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第7章 Welcome to the world

第7章第026話 レイコ、出撃します

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第7章第026話 レイコ、出撃します

・Side:ツキシマ・レイコ

 ムラード砦での対魔獣蟻攻防戦。蟻が地下を迂回路を掘って来てさぁ大変…というところで。
 急遽、出現予想地点に柵を作り対処ができたと思ったら、偵察から帰ってきたレッドさんからさらに二本目三本目の追加のお知らせです。

 石造りの砦自体が蟻に崩される心配はまずないのですが。胸壁や左右の崖をよじ登って越えられては意味がありません。そこでわざと通り抜けられるかのように門を開け、今回はさらにマナの点滅を使った誘引機まで用意して蟻を呼び込み、後はそこで順番に処理していくだけ…と思っていましたが。
 砦や谷の崖を越えようとするのならともかく、まさか下から迂回しようとする…とは思いませんでした。…いや蟻ですからね、予想しておくべきでした。

 「小ユルガルムの時には、蟻共は防衛していた砦の下を掘ろうなんてしなかっただろ?」

 「あのときは昼間のうちにレイコ殿が始末してくださったからな。時間がかかればあそこでも掘っていたかもしれん」

 「まぁ反省と考察は後でいくらでもしよう。今は目の前の対処だ。レイコ殿、いつぞや正教国で使ったというマナ制御とやらでは対応できないのかな?」

 指揮所の会議にてカステラード殿下が聞いてきます。正教国での時は、ご本人はその場にいなかったですが。レポートとか読まれたんでしょうね。
 私のマナ制御とは、身体強化などに使っている体内のマナの制御権をむりやり引っぺがして自分の管理下に置く荒技です。
 正教国のときには、王城ならぬ教会本部の範囲で効果があったようですが。あの後も一応練習はしてましたが、現状で半径十メートルくらいがやっとかなという感じです。…なにかトリガーがあるんでしょうけど、再現はごめんですよ。

 「範囲が狭すぎて、今回の蟻の群れを押しとどめるのは難しいかなと。あと、あれ使うと近くの騎士さん達の身体強化も全部使えなくなりますよ? 蟻がどれくらい弱体化するかわからないけど、それでも昆虫の素の戦闘力は舐めたくないかな」

 自重の何百倍もの重量を運べる蟻ですが。これだけでかくなった蟻にそのまま通じる話でもないでしょう。ほぼ確実にマナによる身体強化が前提のサイズです。これでマナを停止させたとしたら、蟻がどの程度動けるのかは不明な点は多いですが。
 仮にオオカミ程度の戦闘力が残ったとしても、この数では十分脅威です。

 「ケールさん。蟻って、女王がいなくなれば、統一した動きはしなくなるのよね?」

 会議室に参加しているケール・ララコートさんに質問します。

 「はい。どういう仕組みで連絡しているのかは不明ですが、おそらくマナを使っているのでしょう。女王がいなくなれば、女王を中心とした活動はしなくなって。個々で活動を始め、誘引機もほとんど効かなくなります。小ユルガルムでの報告からしても、その辺は間違っていないと思いますが」

 女王を倒せば、団体行動していたところが、現地で解散!状態になるってところですか。
 小ユルガルムの時には、私自身は女王を吹き飛ばした後には意識なくなってましたからね。その後の蟻の動向については伝聞でしか知りません。
 それでも数が数ですから脅威は残りますが。一斉に襲ってこられるよりは遙かに楽になるでしょう。
 砦で指揮を執っているウードゥル様に相談します。

 「山の峰を辿って、群れの中心にいる女王に接近して、レイコ・バスターで一気に決めたいと思います。資源として蟻が使える数が減るのは残念ですけど」

 「事ここに至ってはそうも言ってはいられないだろう。レイコ殿には是非お願いしたいが…」

 「承知しました、カステラード殿下」

 前段階として、女王の位置確認のためにレッドさんに偵察に飛んでもらいます。私はその間、防衛戦に参加です。
 半時くらいでレッドさんは帰ってきました。貰ったイメージは、まるで楕円銀河? 中央が明るくて外にいくにつれて薄くなる感じの雲のようです。
 まぁ真ん中の明るいところに女王がいるのは間違いないようです。丁度地峡の出口あたりにさしかかっていますね。


 「では。大体の場所は把握しましたので、行ってきます」

 胸と手足を覆う革鎧。ブーツに鉄のスパイクを取り付けて。両脇にレイコ・ナックルソード。レッドさんは首後ろのフードの中からわたしの頭に掴まってのナビゲートです。

 「うむ…レイコ殿、よろしく頼む」

 「まず監視櫓に向かって、そこから丁度良い射点を探すつもりです。蟻を避けながら進んで…だいたい三十分後くらいだと思います。まぁでかい爆発が見えたら成功ということで」

 「小ユルガルムの時のような無茶はされないようにな。さすがに陸峡までの蟻を片づけてからでないと捜索隊は出せないぞ」

 「蟻達は地表を進んでますから、多分今回は離れた高いところから撃てると思います。まぁまたやらかしせざるを得なくなったら、その時にはレッドさんを先に退避させますので。後から安全第一で掘りに来てくれれば良いですよ」

 「…あの状態で長く放置するのは忍びないな…」

 ウードゥル様はあの後の私を見てるんですね? 明るく冗談っぽく言ったのですが、苦笑されています。
 アイリさんが取り乱したという話はよく聞かされます。…おなかの赤ちゃんのためにも、蟻は退けないと行けませんね。

 「臨機応変にやるべき事をやって来ます。でわっ!」

 胸壁の端から飛び出し、谷の南の斜面を登り、峯に駆け上がります。そのまま東へ!



 マルタリクで作って貰ったスパイクがいい仕事してくれます。岩壁相手でも爪先だけで体重を引っかけられるのがいいですね。この体のパワーもありますが、雪と氷が滑り剥がれている急斜面をトトトと登れます。
 所々残っている雪に惑わされて何度か滑落しそうになりましたが。ムラード砦からも見えていた監視櫓にたどり着けましたので、そこに登ってみます。話を聞いたときには木造を想像していた砦ですが、石を積んで漆喰で固めていてけっこう頑丈そうです。ここに作るのは大変だったでしょうね。特に破損も無く健在です。ここには餌もないので、蟻も気にしないようですね。

 見張り台に上ると、谷の間から陸峡が見えます。山の岩の色、積もった雪の白。そして蟻の黒。
 うーん。レッドさんに頼るまでもなく、私のマナ感知でも蟻群れの中央がどちらにあるのか分かるほどの反応がしますね。
 ただ、詳細を知るには、まだちょっと距離があります。途中のちい南に見えている岩山、あそこの頂上が良さそうですね。普通の人なら絶望しそうな絶壁ですが、今の私なら軽く登れるでしょう。行きましょうか。


 一旦谷を降り、蟻の群れの隙間を飛び越えつつ、谷の反対側にたどり着きます。道中の蟻は、私が突然現れてびっくりしたって感じの反応はしますが、特に追いかけては来ません。

 「この山や谷の形…氷河に削られたって感じよね。昔に氷河期があったって事なんだろうけど、どれくらい前なんだろ?」

 険しい山の地形のほとんどは、クレーターで上書きされているように見えますが。クレーターの外輪山も氷河で浸食されているように見えます。隕石が落ちたのは氷河期なのか、氷河期が繰り返されているのか。地質学なんてものができれば、そのうち研究する人が出そうですね。

 「レイコ・ナックルナイフ、初めて役に立ってます」

 目的地の岩山は標高五百メートルくらいですか。タシニの岩山より高いですね。
 両手にナイフを逆手に持って、たまに岩肌に穿ちながら急傾斜の岩山を昇ります。足のスパイクだけだと不安定なところは、ナイフがピッケルやハーケン代わりになって便利です。
 たどり着いたのは尖った岩の天辺。写真でしか見たことないですが日本の槍ヶ岳よりはマシかな?という程度しか足場はありません。これが蟻退治で無ければ、山頂に旗でも立てたいところですが。

 おお、絶景ですね。高さはスカイツリーの展望台くらいですか。北には海と陸峡が広がり。後ろを見ると、雪と氷で真っ白な山脈が横たわっています。この山脈のせいで、ここを渡ってきた魔獣はまずユルガルムに向かうことになるわけですが。

 ここからなら、地峡がクレーターの外輪だというのがよくわかります。クレーターの向こう側の分はほとんど海の下のようで、島が連なっているのが見えます。中央丘は見当たりません。海の下のようですね。

 「レッドさん、もっぺん偵察して女王の位置を再確認してきてもらえるかな?」

 さすがにあの群れの中を探しまわるのでは時間がかかりすぎます。…なにより蟻の中をまさぐるようなことはしたくないですし。あらかじめピンポイントにチェックしておきたいところ。

 「クックーッ!」

 レッドさん、了解だそうです。
 ぴょんと崖っぷちから飛び降りると、その勢いで滑空し翼が光って再度上昇。地峡に向かっていきます。
 レッドさんの帰りを待つ間、私は絶景を楽しむことにしますか。

 うん。ここはネイルコードの北の端。平地には針葉樹の森が広がっています。木がないところには雪が積もるか岩肌か。
 
 それでも。天気は雲多めですが雲間から差し込む日光と合わさり、なんともいい景観となっています。…お弁当持ってくれば良かったな。せめて炒り豆でも。
 みんなで来たい…とか思ったりもしましたが。こんな所、私でもないとそうそう来られないでしょう。

 地峡と海の向こうには、陸地と雪を被った山…というより、氷で出来ているかのような険しい山脈の天辺が雲の間から見えています。あれが北極大陸ですか。本当に大陸かどうかは分からないけど、あの規模の山脈が見えるって事はけっこう広いのでしょう。

 …あまり見ないようにしていましたが。浸食をうけてなだらかになっているクレーターの外輪山の地峡となっている部分、頂を覗かせている山の灰色と比べて裾は蟻で真っ黒です。ここからは動いている様子は見えませんが、全部蟻ですよ。想像したくないかな。

 目を瞑ってマナ探知をしてみます。山頂は風が強いので、突っ立っているとちょっとよろけました。
 陸峡に沿ってマナの…河ですかね。陸峡のずっと北の方…これは分からないですね。この辺の大地には薄くまんべんなくマナが堆積しているようなので、近くのマナ塊は判別できても、遠方だと霧の中に紛れる感じで分かりづらいです。何かでかい反応はあるとは思うのですが。この辺の制度は、私ではまだまだです。


 十分程度でレッドさんが帰ってきました。
 さすがに山頂でドスンと突撃はしてきません。差し出した両手にバサバサふわっと下ります。空気が読めるレッドさんです。

 「ご苦労さまです、レッドさん」

 「ククーッ」

 レッドさんは、蟻の群れの上空を低空で通過しての偵察してきてくれました。
 女王らしき個体の場所も把握できました。女王自身は、自力ではほとんど動けないサイズなので、その下に沢山の働き蟻が入り込んで運搬してます。さらに寒さから守るためでしょうか、大量の蟻が周囲を覆っています。見た目、蟻の団子が移動しているようなもんです。
 その後ろを、卵を加えた蟻がぞろぞろと… こんな時にも兵力増強は止めないようですね。凍らないのかしら?

 蟻同士はマナで通信しているようですが、私には雑音にしか聞こえないです。レッドさん、分析できます?
 多少なりともコミュニケーション出来るのなら、この惑星で共存できないもんですかね?

 …レイコ・バスターで蟻の殲滅は一旦中止。
 大量の昆虫、気持ち悪いと言えば気持ち悪いですが。ここまで集団で行動できる生き物を、気持ち悪いからと壊滅させるのは、後で後悔しそうです。
 あまり時間的猶予は無いですが。やっぱり一度、女王蟻を見ておきましょう。

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