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第7章 Welcome to the world

第7章第018話 ムラード砦

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第7章第018話 ムラード砦

・Side:ツキシマ・レイコ

 "波"の対策会議に強制参加させられて、食事をいただいた後はすぐにムラード砦の方に移動することとなりました。
 イストラ・スコエ料理長の料理、もちっとゆっくり味わいたかったです。事が片づいた帰りにでもお願いしたいところですね。

 あと、シュバール君とも遊びたかったな。まだ二歳くらい。周囲の人にもきちんと反応するようになってもう可愛い盛り。ナインケル辺境候とアイズン伯爵が孫馬鹿おじいちゃんになるのも分かるという物です。
 ただまぁ、今回はユルガルムに遊びに来たわけでもないので、致し方無しです。残念。

 「じーじー、ばーばー」

 「ほっほっほっ、そうじゃじいじじゃぞ。くくく、そのままナインケルの事なぞ忘れてしまえば良いのじゃが」

 「あなた。シュバールにへんなことを教えないでくださいな。それにしても、ばぁばはここでは私だけですね。ふふふ。」

 アイズン伯爵とマーディア様、それにクラウヤート様とバール君は、お城に居残り組です。伯爵と奥様はまぁ、おじいちゃんおばあちゃんモード全開でシュバール君と一緒に積み木を積んでます。同じく城に居残りのナインケル辺境候が忙しいのを尻目に、もうかまいっぱなしです。
 シュバール君は、お土産にもらった積み木の追加セットにご満悦です。建設資材が一挙に三倍、さらにアーチ、窓、尖塔、いろんな人物の描かれた人型などの多才なパーツも増えて、もうご機嫌で積んでます。…私も混ざりたかった…

 ちなみにシュバール様略してバール君とも呼ばれていますが。クラウヤート様の白狼もバール君。英語で言えばber-luとbar-ruという感じでこちらの世界でも文字の表記は違い、発音もちょっと違いますが。こちらのみんなはきちんと聞き分けているようですね。私は会話を聞いていてたまに混乱しますよ、日本人だもの。

 砦への出発待ちのつかの間、居間でシュバール君らが遊んでいるのを眺めます。何気にレッドさんも混ざっています。
 狼のバール君がシュバールのバール君の組んだ積み木を振った尻尾で崩しちゃったときには、ガン泣きしてました。
 狼のバール君がおどおどしていますが、ごめんなさいとばかりにシュバール君に頭スリスリするとシュバール君の興味がバール君に移ったようです。ああ、耳は引っ張っちゃ駄目ですよ。あああ今度はレッドさんの尻尾が犠牲に…
 なんだかんだで半時ほどで電池切れになったようで。一緒にお昼寝して仲良くなった…ってところで時間切れ、私達は砦へ出発です。
 レッドさんの尻尾を回収して、おねむの間にお暇です。
 子供と大きな犬のツーショット…くぅぅ、写メ撮りたい。レッドさんお願いね。



 はい。後ろ髪引かれつつ領都から部隊と一緒に移動して、夕暮れギリギリにムラード砦に到着しました。
 まだあちこちに雪が残っていて、いかにも針葉樹の森といったところに開かれた街道を進むと、川を中心に開けた平野があります。川は東に見える山の間の谷に伸びています。北の方、山地の向こう側にはけっこうな規模の雪に覆われた山脈が伸びています。なんか長野で見た日本アルプスを思い出しますね。

 川が流れ込む谷の入り口には、ぱっと見ダムのような建造物が見えます。あれがムラード砦ですね。ただ、このダムが堰き止めるのは川の流れではなく、川下から登ってくる魔獣の"波"ですが。

 砦と言っても、城壁があるのは谷を塞いでいるダム状の部分だけで。平野部分には屋敷や宿舎、さらに酒場や工房に商店まで並んでおり、これはもう駐屯地というよりちょっとした街です。

 私には士官用の部屋を1つ宛がわれました。4人部屋を一人ですよ。
 …まぁ私は一応女ですし、士官棟に女性はせいぜい食堂のおばちゃんくらいです。男と相部屋って訳にもいかないでしょうという配慮ですね、ありがたいです。
 ちなみに、エカテリンさんは領都の方で、伯爵らの護衛についています。まぁ当然ですね。

 エイゼル-王都組は、領都に一泊もせずに強行軍です。簡単な夕食をいただいたら、今日はもう休むことになりました。
 広い部屋に一人だけはちょっと寂しいですね。レッドさんを抱いて寝ます。



 到着した次の日の朝、朝食の後、早速レッドさんが偵察に出発。大体三十分くらいで帰還してくれました。
 兵士達が大勢見物に来てました。レイコ・カタパルトで歓声が上がります。

 戻ってきたレッドさんを抱っこして、会議室に向かいます。
 まずすべきは、ユルガルム側が持っている地図のアップデートですね。でかい紙を用意してもらって、海岸線と山地との境界を描いていきます。もう人間プロッターです。レッドさんにデータを貰っていますので、今まで一番正確な地図でしょう。
 もう机に載って描いちゃいますよ。背が低いので。色々書き込んでたら、これだけで一時間くらいかかっちゃいました。

 「この地峡…これってもしかして、ユルガルム盆地と同じか?」

 正確な地形図が描かれていくうちに、浮かび上がる円形の地形。

 「この地峡、ユルガルムの領都を取り囲む山とおなじように出来たみたいですね。地峡のさらに東にも、反対側の山があるようです」

 「我々が把握しているのは、件の地峡だけだな。舟を陸揚げするわけにも行かんからな、その向こうは未踏だ」

 とは、次期領主のウードゥル様。

 クレーターが出来て、外輪山で北の大陸と繋がったという感じですね。…カルデラと言うには、付近に火山らしき山はありませんから、多分クレーターで正解なのでしょう。
 ユルガルム領都は連結クレーター。王都の湖もクレーターっぽいですし。この惑星、もしかしてクレーターが多いですか?。
 隕石が多い…というよりは、クレーターが消えるほど時間が経っていないのかな?

 星系が出来た初期には、出来た惑星上に残りの隕石が降り注ぐ重爆撃期という期間が存在したという仮説があります。外惑星の重力共鳴による軌道の移動に合わせて、周囲の小惑星らの軌道が曲げられたのが原因で、内惑星に大量の隕石が降り注ぐことになりました。月のウサギもそのころ出来たと言われていますが、地球の場合は火山活動や浸食で当時のクレーターはぜんぶ無くなってしまいました。

 この星、地球に比べるとかなり若いのかもしれませんね。もっと正確な地図が広範囲で出来れば、あちこちに巨大なクレーターが浮かび上がってくるかもしれません。

 あと。ユルガルム領に面している海が西へどれくらいどこへ続いているかはみだ未踏ですが。この海の西の方にも地峡がある可能性があります。エルセニム国には"波"と言うほどの魔獣の増減は無いようですが、コンスタントに魔獣がやって来ているそうです。
 今回の蟻が向こう側に回っているかは不明ですが。マーリアちゃんにエルセニム国に里帰りしてもらったのは正解と言ってよいでしょう。


 肝腎の蟻は現在地峡を渡っているところです。直径数十キロのクレーターの外輪山の山裾、平坦とは言い難い所を進んでいますからね。あまり侵攻速度は速くないようですが。

 「さすがに今回は数を数えるのは無理だそうです。…地峡はこの辺まで真っ黒だそうです」

 蟻が渡り始めた地峡は、レッドさんの感覚では海沿いが蟻で埋め尽くされているそうです。

 「レッドさん曰く、蟻の砦到着は七日後くらいだそうです」

 「まだ七日あると言うべきか。思ったより早かったと言うべきか。王都でもたついていたら、下手すると間に合わなかったぞ」

 軍が動くとなると、一週間くらいのスケジュールの差は誤差の範疇ということでしょうか。
 とはいえ、王都からの後発隊の到着は間に合いそうです。カステラード様が現状の報告を兼ねて王都に伝令を出すことを指示されています。
 とりあえず。今のところはこの地峡以外に見張る必要は無いだろうと言うことで。レッドさんの一日4回の偵察は、この地峡を重点的に行なうことになりました。



 実は、ユルガルム領の兵には、ムラード砦勤務がけっこう人気があるそうです。
 周辺警邏だと、馬が使えるとはいえ始終動き回る必要があり、けっこうな重労働になりますが。砦は、その構造からして効率よく魔獣を屠る為の施設で、兵の負担と言えば魔獣の数が多いときに手数を増やすことであり。基本的に危険は低めの上に、なにより狩った魔獣が食べられるものなら、砦に付随する施設でお肉になってユルガルムに出荷されていきます。
 哺乳類系の魔獣は、魔獣にまだ至らない個体を子分として率いていることが多く、その分お肉が増えることになります。いつぞやのボアも同じでしたね。
 当然、砦駐留の兵達もそのお裾分けとばかりにお肉がけっこう食べられるんだそうです。

 真冬にはこの砦への街道は雪に覆われ、非常に通い辛くなります。馬車は当然無理で、伝令がスキー板を履いて踏破するのが精一杯だとか。資材食料を砦に備蓄して砦に籠もることになります。
 まぁ真冬に寒いのは領都も似たような物ですが。周辺警邏も訓練がてらに行なわれる程度で。砦にたどり着く魔獣の数も減少しますが、肉としての出荷は出来ませんので、全てが砦の兵達のお腹へ。
 まぁお肉が飴なら、鞭も用意されているわけで。砦近くの駐屯地では兵の鍛錬も始終行なわれています。新人なんかは優先的にここに放り込まれ、お肉と鍛錬で体を作っていくのです…だそうです。冬の間も砦から動けない分、訓練や鍛錬が増えるわけですが。それでも冬の駐屯任務を過ごした兵には体重が増える者も多いとか。…筋肉にもなっていそうですね。
 厳しい鍛錬があるのなら、まだ警邏の方がいいのでは?とも思いましたが。まぁ領兵も軍ですから、どこの配属でも鍛錬はついてきます。
 まぁ砦の役目上、饗されるお酒はほどほどですが。兵隊ともなれば若い人が多いですからね。お肉が沢山食べられる方が魅力的なようです。

 この肉の供給量…もとい食べられる魔獣の襲来にも、ある程度小規模な波があるそうで。季節とかはあまり関連性が無いことから、北方大陸の方で何か魔獣を追い出す様なことがあるのだろう?とは推測されています。
 赤井さんは当然承知なんだろうな。レッドさんも知っているかも? 

 今丁度。蟻に追い立てられているのかその小規模な波が続いてたそうです。砦で十分捌ける規模なので、皆さんお肉が食べられて士気は高いそうです。

 今夜は、私が来たということで歓迎焼き肉パーティーとなりました。
 付属の街で古着を一枚キープしてきましたよ、いつぞやのパーティーで学びました。
 もともとそんなに食べられないですからね、食事はすぐ終わってしまったのですが。こういう場に居ると、ファルリード亭のお手伝いを思い出してしまいます。賄いのおばちゃん達に混ざって肉焼きましょうかね。

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