上 下
222 / 325
第6章 エイゼル市に響くウェディングベル

第6章第036話 バンシクル王国大使オルマラ・タンプ・ヒンゴール伯爵

しおりを挟む
第6章第036話 バンシクル王国大使オルマラ・タンプ・ヒンゴール伯爵

・Side:ツキシマ・レイコ

 貴族街にあるバンシクル王国大使館前です。大使の伯爵に端金で持ってかれたカーラさんの眼鏡の回収に来ました。
 門番やら家令やらと問答の後、やっとオルマラ・タンプ・ヒンゴール伯爵とやらが出てきました。
 ロマンスグレーの髪で、黙っていればイケオジかもしれませんが…。軽薄さが髭の薄さとお腹に出でいるって感じのおじさんですね。

 「ふん。こんな便利な物、早々手放せるか! 30で足りないというのなら、1000くれてやる! これで十分だろうっ? それを持ってさっさと帰れっ!」

 ああ…もうダメオヤジ確定です。
 大金貨一枚、でもそれネイルコード国の金貨じゃないですよね? それをチャリンと私の足元に転がしました。
 流石に30ダカムでは文句も出るだろうと思ったのか、外聞的にまずいと思ったのでしょうか、一気に30倍超えの値段を付けてきました。
 1000ダカムは10万円ほど…まぁ量産の暁にあの眼鏡に値段を付けるとしたらこのへんからでしょうが。その金貨に本当に1000ダカムの価値があればですけど。 ネイルコード国税関の金含有率検査はなかなか厳しいですよ。
 だがしかしっ!

 「金払えば良いってもんじゃないでしょっ! 老人の持ち物を貴族の爵位にあかして取っていく、それがバンシクルとかいう国の貴族なの?」

 ピュンッ! ガンッ!

 用は済んだとばかりに屋敷の中に戻って行こうとしている伯爵に向けて…実際は頭をかすめるように、拾った金貨を投げました。
 伯爵の面前で扉にめり込み潰れる金貨。 もちろん手加減していますよ。本気で投げたら扉どころか屋敷を貫通してしまいますからね。扉の向こう側が危険です。

 「…眼鏡を、返してください。言葉、分かりますよね?」

 固まってゆっくり振り向く馬鹿伯爵。なにか危険なことが起きたことは分かるようですが、まだ頭が追いついていないようですね。
 「く…バンシクル国大使である私に手を出すというのかっ?! おい門番なにをしているっ! この娘を排除しろっ!」

 門番さんたち命令はされましたけど。私についてはこの伯爵よりは詳しく知っているようで。手の平を前に向けて、首を振ります。

 「伯爵、赤竜神の巫女様のことをご存じないのですか? 私達には無理ですよっ!」

 「お前らっ! こんな小娘に躊躇しおって! くそっ!私が直々にっ!」

 と、これまた伯爵、門番が下げている剣を抜こうと手を伸ばします。
 手ぶらの人間、まして子供に剣を向けるってのは、私の専守防衛のボーダーを越えます。
 こういう人間ならもうこれは実力行使しかないかな? 眼鏡をかけられない顔に…いや眼鏡が必要ないようにした方が良いのかな? などと、我ながら物騒なことを考えたその時。


 「レイコ殿っ! おまちをっ!」

 「レイコちゃんっ!、タンマタンマっ!」

 ダンテ隊長にエカテリンさんが走ってきました。

 「よかった間に合ったっ! まだ屋敷が残っているっ! 大使が原形を留めているっ!」

 エカテリンさん…原形留めているって、私そこまで酷いことしたこと無いですよ。こちらから手を出したことは無いですし、やるとしてもちょっと手足が曲がる程度で済ませています。どこも千切ったりはしていません。

 「レイコちゃん!この馬鹿を半殺しにしたい気持ちは分かるけど、エイゼル市、いやネイルコード国に一旦預けてくれないかな?」

 「ば…馬鹿とはなんだっ! この無礼者っ!」

 さすがに交易対象の国の大使をここで問答無用に再起不能にするとまずいって判断なのでしょうが…ここは相手の出方に寄りますけど。

 「オルマラ伯爵! ネイルコード国からの通達は聞いていないんですか? 赤竜神の巫女であるレイコ殿およびその周辺には手出し無用、敵対した結果についてはネイルコード国は貴国の趨勢ついても一切の責任を持たないと。昨日も北の食堂に行く際も門のところで注意されたでしょう?」

 「趨勢とは大げさな… 衛兵が行き先を告げた際に何か言っていたが…これが本当に赤竜神の巫女だというのか?」

 「ほら、やっぱり馬鹿じゃないか。今回のことが大事にならないように私達がどれだけ根を詰めていたか知らないだろ? 昨日から散々警告と抗議の使者を送ったのに悉く無視しやがって。今、自分が命拾いしたって理解しているかっ?!」

 エカテリンさん、私の反応を先読みして待機していたみたいです。ご心配おかけしてます。…敬語はいいんですか?
 馬鹿伯爵、エカテリンさんの剣幕に気圧されています。一応注意されてたけど全部聞き流していたということですね。

 「貴方も外交官なら、レイコ殿がダーコラ国や正教国でどう立ち回ったかくらいの情報は得ているのでしょう? それを踏まえて、彼女と敵対するというのですか?」

 「あの二カ国のトップ入れ替えの切っ掛けとなったあの騒動のことか? いやしかし、小娘一人がなどと誇張された話を…」

 まぁ私は切っ掛けに関わっただけで。ほとんど先方の自滅案件ですけどね。

 「私は、ダンテ隊長とエカテリンさんがそういうのなら引いても良いんですけど。でも伯爵、メガネは今すぐ返してください。あれは貴方のために作った物ではありません」

 「ヒンゴール伯爵、今朝のうちにすでに警告してあるはずです。赤竜神の巫女様を子供だと思って侮ると、貴方だけではなくバンシクル王国に厄災となって返ってきますよと。武威だけでも、タシニの街での岩山粉砕とかユルガルムでの魔獣殲滅とか、そちらにも届いているのでしょう? この子の後ろにいる小竜神様が見えないんですか?」

 「クックーッ!」

 「大使館どころか、あなたの爵位も、下手すればバンシクル王国そのものが消し飛びますよ?」

 何が起きているのか分からない顔をする馬鹿伯爵。たかが場末の宿の平民の老女の持ち物で国が出てくるわけが…とでも思っているのでしょうけど。さすがに大事になってきているとは理解したのか、仕方がないという感じで胸ポケットに仕舞ってあった眼鏡を取り出しました。

 「…そこでその眼鏡を放り投げたりしたら、許さないですから」

 さっき大金貨投げましたからね、この馬鹿伯爵。
 ぐぬぬという顔で睨め付けてくるだけのヒンゴール伯爵。やるつもりだったんですか?

 眼鏡はダンテ隊長が代わりに受け取ってくれました。
 苦々しい視線をこちらに向けてきますけど。盗っ人猛々しいですね全く。

 とりあえず。アイズン伯爵が顛末の事情説明をしてくれるって事で、このあとアイズン伯爵邸の方に寄ることになりました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

処理中です...