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第6章 エイゼル市に響くウェディングベル

第6章第023話 披露宴

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第6章第023話 披露宴

・Side:ツキシマ・レイコ

 「新郎新婦、この後の披露宴のためにお色直しにはいります」

 おとなしめのワルツ曲が流れる中、新郎新婦はゆっくり礼拝堂から退場です。参列者の方々は、参列席の間を歩いて行く新郎新婦を正面から見る形になりますが。相変わらずアイリさんのウェディングドレスに対する女性陣の好奇心と憧憬のまなざしが凄いですね。ランドゥーク商会にとってはファッショショーですね。
 二人はこれから披露宴向けてのお色直しに入ります。このお色直しっても、会食に向いた服装に着替えるだけと言えばそれまでですけど。
 私とレッドさんも祭司服ですので、ちゃちやっと着替えます。ザフロ祭司にリシャーフさんもですね。

 参列の皆様にも、教会の隣に建てた披露宴会場へ移動していただきます。今回の結婚式に合わせて建てたわけですが、今後いろんな祭事に使われることになるでしょう。教会の有望な収入源になりますよ。


 披露宴会場に入ると同時に漂ってくるおいしそうな香り…準備も整っていますがもう少しお待ちください。
 皆さんにはぞれぞれ縁戚関係で円卓に座っていただいて食事していただくことになります。オードブルと食前酒は、各卓にお出ししますが、あとの料理はビュッフェ形式としました。
 コース料理にしようかと悩みましたが。

 「男性からすれば量がもの足りないし、女性には多いしで。お店なら各卓に気が配れるけど、この人数だと難しいかも」

 というカヤンさんとモーラちゃんとの意見を取り入れました。
 今回の招待客も非貴族の人の方が多いですので、食べたいものを自由にとってもらった方が良いでしょう…ということに。
 空きテーブルも用意してありますので、会話をしたい場合にはそちらに移っていただくことも出来ます。貴族の方々は従者が取りに行く事になります。もちろん自分で取りに行くのも有りですよ。

 並んでいるのはエイゼル街の名物料理と、いままでファルリード亭でカヤンさんらと一緒に開発していた料理の集大成です。
 奉納まで行った地球の料理はいまのところ好評を得ておりますが、地球に無い素材を使う時にはエイゼル料理を参考にします。
 当たり前ではありますが、好評だからと言ってエイゼル市の食事が全部地球風に取って代わったわけではありません。それでもエイゼルの料理の方も地球風調理や調味料の影響は受けて変化しています。一番の例が屋台の港焼きですね。醤油とマヨネーズが出回ると、それらを使うのが当たり前になりつつあります。
 まぁ文化というのは互いに影響を受け変化しつつ進歩していく物なのでしょう。カヤンさんや料理騎士ブールさんも、いろいろ試せて面白いと言っております。

 プリン等のスイーツも、バニラの入手と冷蔵庫のおかげでやっと完成形です。砂糖はともかくバニラが高価なので、完成形プリンはここ以外ではそう食べられませんよ。生クリームにレアチーズも使えますので、他のお菓子類も豊富です。
 っと、スイーツ類の改良にはカルマ商会が協力してくれてます。材料が高いため、ファルリード亭だけでの開発では足が出そうだったのです。
 砂糖に新鮮な牛乳と卵、これらが潤沢に手に入ればもう無敵ですよ。今日もなかなかのスイーツラインナップとなりました。なんと氷菓子もありますよ。冷凍庫の方がアイスクリームに必要なところまではまだ温度が下げられないので、シャーベット止まりですが。
 会場に併設されている厨房ではピザなんかも焼いております。もう少ししたら焼きたてが供されることになるでしょう。
 料理が並んでいるところの隣でたこ焼き焼いているってのも凄いですね。いつもは屋台で焼いている子が張り切っております。
 …さすがに今日はイカは無しです。やっぱ匂いがね… シーフードピザの具までです。


 お色直しの終わったタロウさんにアイリさんが、静かな音楽に合わせて入場です。来賓者達も拍手で出迎えます。
 タロウさんは、商人の正装ですかね。派手さは抑えて、誠実そうな雰囲気の服です。
 アイリさんはライトグリーンのドレスです。ウェディングドレスほどパーツは多くはないですが。Aラインの凝ったドレスですね。アイリさんのライトブラウンの髪の毛と相まって、落ち着いた感じになりました。ゴルゲットに填めた赤い石がよく映えます。
 …ウェディングドレスのときもでしたが、アイリさんブラジャー付けていますね。胸元が見えるわけではありませんが、体の綺麗なラインがけっこうくっきりと。ブラジャーは高価な下着としてすでに貴族などに出回っていますが、着こなしの良い例としてランドゥーク商会の方に問い合わせが殺到しそうです。
 式で着ていたウェディングドレスが形代に着せられた状態で会場の隅に置かれました。参列者の方はどうぞご覧下さい…ですね。もちろん、ランドゥーク商会の宣伝ですよ。


 さて。席に着いた二人の前にウェディングケーキの登場です。
 三段のでかいケーキ! 流石に自重を支えられませんので、木製のフレームにケーキを並べてある構造ですが。うん、天辺の新郎新婦をモデルにした小麦餅細工? 良いアクセントですね。
 もちろん、フレーム以外全部食べられます。

 まずは、新郎新婦からのご挨拶です。

 「みなさん、今日は俺…僕たち夫婦のために足を運んでいただき、感謝いたします。思えば、僕がアイリと始めて出合ったのはこの教会でした。当時、ランドゥーク商会の跡取りとして様々な教育をされていたのですが、それが辛くて逃げ出したことがあるんです。将来のためだと言われても、それが何の役に立つのかもよく分からずただ辛いだけで。そんな時ここで出合ったのがアイリでした。
 当時のアイリは孤児院で年長長をやっていて。僕が出合ったときには、ちょうど小さい子らに文字を教えていたところでした。
 逃げ出した理由を話したところ、そんなに恵まれた環境に居るのに逃げ出すとは何事だと叱られましてね。最初はお前に何が分かると思ってましたが。何度か教会に通うにつれて、アイリがやっていた授業を通じて普段している勉強が何の役に立つのかおぼろげながら理解するようになりまして。もしアイリとの出会いが無ければ、未だにふてくされていたかもしれません。
 そんなとき、来年には孤児院を出るアイリが領庁の方からスカウトを受けていると聞きまして。祖父を説得してランドゥーク商会に勧誘して今に至る…ってところです」

 「念のため。孫の頼みだからと誰でも商会に入れたりはせんぞ。きちんとこちらでも調査した上での採用だからな」

 アイリさんがジャック会頭に頭を下げます。

 「子供だった僕の目を彼女が覚まさせてくれた、人生の道標を示してくれた。その時から彼女は僕の目標であり、そんなアイリだからこそ生涯隣に居て欲しいと思うようになりました。彼女の今日の選択が間違っていなかったと、男として生涯をかけて証明していきます。皆さん、今後もご鞭撻の方、よろしくお願いいたします」

 拍手で迎えられました。次はアイリさんからですね。

 「皆さん、今日はよくお越し下さいました。並べられてる料理は、レイコちゃんの奉納レシピが一杯となります。将来は無償で公開されることにはなっていますが、すぐに家でも食べたい方はランドゥーク商会の方へご一報を」

 軽く笑いが上がります。

 「あと、タロウに最初に謝っておかなくっちゃ。求婚のとき、答えを三日も待たせてごめんなさいね。本当はあのときに即答でも良かったんだけど、レイコちゃんのありがたいアドバイスがあったからね…」

 「アドバイス?」

 「高い買い物をするときには、まず三日間考えろってレイコちゃんに言われたんです」

 それでも結婚の決断は三日くらい考えても良いと思うけど…ね?

 「タロウのこと、最初は頼りないというか情けないというか、まぁ今でも半分はそんな感じですけど。それでも勉強の習得は早いし仕事は的確だし。 …いざという時には頼りになるし。いつのまにか常に近くにいて当たり前の男性になっていました。この当たり前ってのが、求婚がピンとこなかった理由なんでしょうけど。生涯の伴侶として考えたとき、タロウ以上の人が思い浮かばなかったのも確かです。…三日間も結局は単なる照れ隠しになってしまいましたね」

 …アイリさんよりタロウさんの方が照れてますね。

 「この街に来て、いろんな人に助けられました。両親が亡くなって孤児院に入ったときには、将来のことなんかなにも分からずに絶望していたんですが。祭司様、六六の人達、いろんな人に助けられて。衣食住だけではなく勉強までさせてもらって、ほんと感謝しているんです。それらの街の施政をしているのがアイズン伯爵と聞いて。バッシュ・エイゼル・アイズン閣下、このアイリ・エマント改めアイリ・ランドゥーク、一度しっかりとお礼を言いたいと常々思っておりました。私が今、ここにこうしていられるのも、伯爵の御仁政のおかげです。この街に来られて、この街で生きられて、本当に良かったです。感謝しております、アイズン伯爵」

 会場の左前、こちらの世界で上座…というか上卓に座られているアイズン伯爵が応えます。

 「うむ。結婚、まことにおめでとう。実はアイリ殿を領庁の方にスカウトを打診したのはわしだったのだがな。孤児院と六六の子供達をまとめて事業を展開している才覚のある子供があると報告を受けていてな」

 孤児院にまで人材捜ししていたとは、さすが伯爵です。

 「文官の門戸は広く開けているつもりだが。実際に教養がある者となると、貴族家の次男三男の受け口になってしまっていた面もあるからの。なにせ陛下まで戴冠前には来られるようなところじゃ。スカウトしたは良いが、そういう貴族が大勢いるような職場にはアイリ殿はキツかろうと指摘されてさらなる勧誘は断念したのだが。今の縁を見るにそれでよかったのだろうな。…ふぅ、領民に感謝されるとは領主冥利に尽きるの」

 伯爵、ちょっとうるっとしているようです。

 「街のため国のため…などと野暮なことは言わん。幸せな家庭を築きなさい」

 「…はい。本当にありがとうございます、伯爵」

 うん。伯爵、いつもの怖い笑顔ではなく優しい笑顔。…昔の怖い笑顔しか知らないことが初めて見たようでびっくりしています。
 …アイリさん泣いちゃダメですよ。化粧が落ちますから。女は化粧のために涙を耐えるのです。



 さて。ウェディングケーキのナイフ入刀ですが、こちらでは食事処にナイフは厳禁。でもまぁ、フォークみたいので押し切る程度なら食事でも普通にすることですので。ケーキを取り分けるヘラみたいなやつ、ケーキサーバーというそうですが、それを使います。元々、披露宴に来てくれた人を歓待するという目的の行事ですので、これでOKです。

 「このでかいお菓子は、ウェディングケーキと言いまして。一段目は披露宴に来てくれた人に。二段目はここに来れなかった人に。三段目は保存しておいて結婚記念日に…という地球の風習でしたが。今日お出しするのは日持ちしないお菓子なので、今日全部いただきましょう。今年開店したカルマ商会のスィーツ店の腕によりをかけた逸品です」

 ファルリード亭のフードコートにも、ここの店長のお弟子さんが来てくれるそうです。スイーツ目当ての客でも混雑しそうですね。 あっと、説明役の司会は不肖ツキシマ・レイコが勤めさせていただきます。


 「こんなに綺麗なのにちょっと勿体ないですが。これを新郎新婦が切り分けることが、夫婦最初の共同作業とされています。それではみなさんお見守り下さい」

 楽団の方々が演奏する中、厳かにケーキ入刀も終了。みなさんの拍手の後、誰とも無く乾杯の声が上がります。

 各卓では、先に給仕されていたお酒を飲みオードブルを摘まみつつ、ビュッフェに案内されるのを待ちます。流石に混雑するので最初の一回は卓毎に順番ですね。
 …あそこの卓はマルタリクの方々ですね。用意されていたお酒とオードブルが瞬殺です。各卓を回っている給仕の方が慌てて追加の手配をしています。もうちょっと手加減お願いします親方…

 貴族席の方々はやはり侍従に取らせに行かせてます。皆さん主人の好みも把握していますので取る料理もお任せですが。…陛下が取りに並んですね…

 「あれ、いいんですか リーテ様?」

 「あの人も元はエイゼル市で文官やっていたから、こういうのにも抵抗はないわよ。むしろ楽しんでいるから気にしなくて良いわ。見てご覧なさい、料理を選ぶあの楽しそうな顔。まるで子供ね」

 司会席の比較的近くの席にいたローザリンテ殿下が、ニコニコしながら小声で教えてくれます。
 クライスファー陛下、眼をキラキラさせながらビュッフェ付きの給仕にいろいろと料理について質問していますね。
 数分後。自分とローザリンテ殿下とセーバスの分の料理をトレイに乗せた陛下が、うれしそうに戻ってきました。

 「昔、昼食を屋台街で取っていたのを思いだしたよ。どの屋台にするか、毎日迷ったものだ。今日は好きな物ばかり取ってきたぞ」

 王宮の宴会とかでもビュッフェ形式の時はあるそうですが。流石に王族は自分では取りにいけませんからね。

 「カクテルとかいう新しい酒を使った飲み物も頼んできたし。ピザは焼きたてが届き次第、持ってきてくれるそうだ。至れり尽くせりだな。さぁ食べよう」

 ビュッフェには、これまた専門の給仕が付いたカクテルコーナーもあります。蒸留酒は飲み慣れない人が呑むとあっというまに酔い潰れますからね。お酒は注ぎ放題では無くロックとカクテルにしたのも用心のためです。

 貴族以外の方々の順番の回ってきました。給仕の人が各机の使ったお皿やグラスの回収、オードブルの追加、エールなどの軽めの酒の補充に回っています。
 うーん。男性陣はやっぱお肉、女性陣はスィーツに寄りがちですね。ウェディングケーキも切り分けて振る舞ってますが、もう半分くらい無くなっています。

 「…レイコちゃん、私はまだ食べられないのかしら?」

 「流石にその姿でビュッフェはダメでしょ?」

 新郎新婦の席でアイリさんがぼやきます。先ほどから言祝ぎに来てくれる人が後を絶ちません。女性陣なんかはもう、アイリさんの衣装について質問攻めですね。飾られているウェディングドレスの前から人が減りません。
 アイリさん、食事は我慢してください…はちょっと可愛そうなので。

 「なんか合間に摘まめるスイーツ、持ってきてあげる」

 「ありがとうっ!レイコちゃん!」

 マカロンやカップケーキみたいなのもありましたね。これなら合間に食べられるでしょう。


 …。
 賑やかながらもお祝いムード一色で、宴も終わりました。
 最後のご挨拶です。

 「最初にお話ししたように、私の両親はバッセンベル領から逃げてきてこのエイゼル市で力尽き、私はここの孤児院に預けられることになりました。これが他の国ならそこで悲惨な人生が確定となっていたと思いますが。この街は私に教育と働く場所を与えてくれました。」

 アイリさんの同僚の女性の方々でしょうか? ハンカチで涙拭いています。
 タロウさんが挨拶を引き継ぎます。

 「ランドゥーク商会も、エイゼル市に拠点を構え、アイズン伯爵の施政の一つとして六六の人達を雇用して共に大きくなってきました。今、こうして幸せな結婚が出来たことに、この街に、そしてアイズン伯爵に至大の感謝を捧げると共に。妻アイリと共に貢献していたらと思っております。本日はみなさん、私達のために足を運んでいいただき、本当にありがとうございました」

 最後に。参列者の方々と教会の前に出て、お見送りとなります。
 この後、新婚旅行…って程でもないですが。二人は、エイゼル市沖合のボルト島のリゾート地で一週間の休暇となります。港まで行く馬車も用意されていますよ。


 っと、そのまえにブーケトスです。
 ルールを参列者に説明します。花嫁が後ろ向きにブーケを投げて。それを取れた人が次に結婚できるってあれですね。
 アイリさんの同僚の方や、他の商会の娘さんあたりの目がマジになりました。あの、本気で取り合ったりしないで下さいね、周囲には結婚相手の候補になるかもしれない男性の目も多いですよ。
 …みごとブーケを手にしたのは、アイリさんの同僚の方でした。良いご縁があるといいですね。



 カンコーン。カンコーン。カンコーン。

 馬車の出発に合わせて教会の鐘が、六六のみならずエイゼル市に響きます。もちろん、領庁の許可はもらっていますよ。時刻や非常時以外の冠婚葬祭用の鳴らし方があるんだそうです。

 缶からをガラガラ鳴らして…は缶がないので手来ませんが。あれってもともと音で悪霊を祓うって意味があるそうですね。竹筒をガラガラ引きずりながら馬車が出ていきました。


 次に、伯爵とリーテ様とその従者、その他ご招待した貴族の方々を、これまた参列者皆でならんでお見送りします。

 「うむ。良い結婚式でしたな」

 「そうね。ドレスとか楽曲とか王都からも問い合わせが殺到すると思うから。アイリさん達、帰ってきたら大忙しね」

 「城の儀仗官も連れてくるべきだったか? クリスは嫁には出さんがな」

 儀仗官ってのは、城の儀式とかを担当する人達で。お城の礼拝堂とかの管理もこの方たちのお仕事ですね。まぁ年がら年中出番があるわけでも無いので、王族のお召し物を管理する被服官も兼ねているそうです。
 今日の式と衣装、確かにお城から注目されるとなれば出番となるでしょう。…まぁ一編に変える必要も無いのです。気に入ったところがあったら取り入れてくださいね。
 クリス…王太子の長女クリスティーナ王女ですね。孫馬鹿がここにも居ましたね。


 余った食事やらスィーツは、希望者でお持ち帰りです。こういうめでたい席での食事は余るほど用意しておくというのがもてなす側のマナーだそうですが。今回は皆さん沢山食べました。あまり残っていませんので、家族へのお土産の人優先です。
 ウエディングケーキは、縁起物だということで全部食べ尽くされました。同じ味のケーキも別にけっこうな数を用意してありましたけど、そちらもだいぶ片付きましたね。



 さて。結婚式は披露宴を含めて無事盛況で終わりました。まだ外が明るいうちに片付けをしてしまいましょう。食器洗いに調理場と会場の清掃、机や椅子の片付けに、テーブルクロスの洗濯依頼。やることはけっこうありますよ。
 日が暮れたらファルリード亭で二次会です。参加希望の人は片付けを手伝って下さいね。お腹減らさないと食べられませんよ。
 …リシャーフさん、二次会出るんですかっ?!

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