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第5章 クラーレスカ正教国の聖女

第5章第002話 トラーリ・バッセンベル・ガランツ女伯爵

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第5章第002話 トラーリ・バッセンベル・ガランツ女伯爵

・Side:ツキシマ・レイコ

 バッセンベル領ジートミル・バッセンベル・ガランツ元辺境候の娘、トラーリ・バッセンベル・ガランツ様。アトラコムの叛逆未遂の仕置きで家は伯爵に降格となりましたが。ガランツ元辺境候が亡くなったあと、無事爵位を引き継ぐことは出来ました。
 条件はいろいろありますが、ネイルコード国では女性でも爵位を引き継ぐことは可能だそうです。

 トラーリ様は、春からエイゼル市での研修が待っています。バッセンベル領の代官となる人の家族がエイゼル市に残っているそうで、その奥さんがいろいろとお世話をしているそうです。
 彼女とは、アイズン伯爵の屋敷でお会いすることがありました。

 「国境での顛末は伺っております。巫女様、ご心労おかけして申し訳ありませんでした」

 「悪いのはアトラコム一味だというのは理解しています。トラーリ様が謝られる必要は無いですよ」

 「…それでも、父が伏せっていた以上、バッセンベル領貴族のしでかしたことは私にも責任があります」

 いきなり謝罪されましたよ。人一倍責任感強い方のようですね。領主の娘として、アトラコムの専横には忸怩たる物があったのでしょう。

 「分りました。謝罪は受け入れますので」

 切り上げないと話が進まないみたいですからね。

 「ありがとうございます… あのアイズン伯爵、ザッコの家族らの墓を参りたいのですが…」

 「墓?」

 アイズン伯爵とダンテ隊長が、マズイ!って顔をしました。

 「あー。アトラコムがですな。ザッコの不始末の処理したという証拠と称して、…ああ…遺体を送りつけてきたんですよ、あの馬鹿は」

 ダンテ隊長が若干しどろもどろで説明してくれます。

 「…レイコ殿が嫌がるのを分ってやったのか、それとも嫌がらせをしたいのはわし相手なのか。…まぁそれが分ったところで今更何が変わるわけでもあるまいがな。ともかくレイコ殿が不快になることだけは確かじゃからの。母子の方は貴族墓地に丁重に葬ってある」

 「あ…あの…申し訳ありません!アイズン伯爵!」

 ザッコの件が私に知らされていないことを理解したトラーリ様が、平身低頭です。

 「お気遣いありがとうございます、アイズン伯爵。…バッセンベル領で処分されても碌な扱いでは無かったでしょうから。こちらで葬られたのなら、まだずっとマシでしょう」

 …向こうでなら打ち捨てられて終わりそうですからね。

 「…そう言って貰えると助かる」



 私達がダーコラ国に出張っている間に、王都でアトラコム・メペック・モレーロス元伯爵の裁判が実施され、もろもろの証拠によって処刑が決定。私が帰ってくる前に執行されていたそうです。

 処刑はだいたい罪人用の墓地で行なわれるそうです。掘られた縦穴の上に絞首刑の台が組まれて執行。死んだらそのまま墓穴に落されて埋められて終わり…だそうです。 死後に遺体を引き取る家があるのならまた違うそうですが、今回はお家断絶ですからね。引取りを申し出た親族もいなかったそうです。

 処刑を見世物にするようなことは、ネイルコード国ではほとんどしないそうです。公開処刑は、民に多大な損害を与えたような場合に行なわれるだけだとか。例えば、大量殺人とか放火で街を燃やしたとかがそれにあたりますね。
 今回も、処刑の許可を出したクライスファー陛下にカステラード軍相、バッセンベル領新領主のトラーリ様、司法関係者、この程度が見届け人として参列します。

 アトラコムは最後まで命乞いしていたそうですが。

 「いろいろ言いたいことはありますが、あなたが病床の父に代わりバッセンベル領を切り盛りしていたのは確かでしょうね」

 「なっ! ならばっ!」

 「…もしあなたがザッコの妻と幼い子供を見逃していれば、私も助命嘆願したかもしれませんね。彼女らの処刑にあなたは立ち会ったと聞きます。彼女はあなたに命乞いをしなかったのですか? せめて子供だけはとは言わなかったのですか?」

 こうトラーリ様が言うと、アトラコムは観念したのか何も言わなくなったそうです。

 「…今度はあなたの番です」



 アトラコムの嫡子であるモンテスは、結局ダーコラ国から戻って来られませんでした。
 モンテスに同行していた貴族子弟も骨折で歩けなくなっている者が多いため、奴隷としての価値も無く。彼らの略奪に対する補償金がネイルコード国から支払われたこともあって身代金を取る必要も無くなり。全員が賊として処刑されたそうです。
 補償金が支払われたことでそれを身代金と見なして返還という話も、ダーコラ国側から持ちかけられていたそうですが、この件に対するクライスファー陛下の怒りは収まらず「ご配慮に感謝するも、無用に願いたい」という返事がなされたとか。

 本来は、この叛逆はバッセンベル領の罪と言うことで、トラーリ様の父親であるジートミル前辺境候が処罰されるところでしたが判決前に病没、代わりに次期領主のトラーリ様が代わりに処刑…ってのはいくら何でも不憫ですので、カステラード殿下が私の恩赦ということで手を回しました。前領主の喪が明けたら、エイゼル市で領主としての勉学予定です。

 「ジートミル様は残念でしたね」

 「ありがとうございます。巫女様にそう言っていただければ父も喜んでいるかと…父ももっと素直になっていれば、生きている内にアイズン伯爵やレイコ様ともいろいろ話せたと思うのですが…」

 「武威で領主にまでなった彼奴からすれば、わしは姑息な手を使って街を大きくしているように見えたんじゃろうな」

 「…いえ。父が読んでいたエイゼル市についての報告は結構詳細なものでしたよ。それを読んで一度、自分には出来ないなと洩らしたことがありましたが…」

 「ジートミル卿がか?」

 「はい。おそらく内政という枠では伯爵に敵わないことは認めていたようです」

 「ふむ…彼奴がの…」

 「案外、互いの得手不得手を認めて話をしていたら、意気投合していたかもしれませんね」

 「そう言われると。亡くなられる前に一度話をしてみたかったの…」

 「…多分、父もそう思っていたかと」

 伯爵への毒殺未遂は、毒の仕入れをしていた商会までは判明したそうですが、誰が指示して実行したのかまだ不明だそうです。
 その商会から毒を買っていた貴族がそこそこの数おりまして、そのことも事件をややこしくしているのですが。
 ただ、こうなってくると先代辺境候が指示したとも思えず。一番妖しいアトラコムはすでに墓の下。調査は今後も続行されるそうですが、容疑者が多すぎて迷宮入りしそうですね。難儀な話です。

 「トラーリ嬢。ともかくあなたが次の領主じゃ。この街でしっかり学んで、バッセンベルをより豊かに盛り立てて欲しい。それがジートミル卿への供養にもなるじゃろう」

 「はい。ご指導よろしくお願いいたします」

 「ふふふ。任せておきなさい。なに三年もあれば王国の政にも口が出せるくらいにはして差し上げよう」

 あの恐い笑顔でニヤッと笑うアイズン伯爵でした。ほら、トラーリ様ちょっと引いてますよ?

 …その後トラーリ様は、いきなり領庁に放り込まれてブライン様の下に付けられ。午前が文官による領経営に関する講義、午後が実際の書類仕事と外回りというスパルタスケジュールで涙目になるのでした。

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