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第4章 エルセニム国のおてんば姫

第4章第004話 決闘ですって

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第4章第004話 決闘ですって

・Side:マーリア・エルセニム・ハイザート

 エルセニムに居た頃、お父様とお母様にお兄様、家族と平和に暮らしていた日々。
 ある日、国境が騒がしくなったという話を聞いてしばらくした後、両親が泣きながら私を送り出したのは覚えている。
 私以外にも、何人かの同い年くらいの子供も一緒に連れていかれた。
 隣国が仕掛けてきた戦争に負けて、私が引き渡されたのだと後から理解した。ただそのときは、正教国の役に立てばまたエルセニム国に戻れるとも言われたので、一縷の希望としていた。

 正教国に着いた日から、いきなり水だけで一週間の絶食をさせられた。マナの能力を上げるのに必須なんだと毎日検査に来るマナ術師が言っていた。一週間後、合格だと言われ、やっと普通の食事を与えられた。
 その後は定期的に赤い粉を混ぜた飲み物を飲まされた後、主任と呼ばれている祭司がマナ術で体内のマナを操作する。その後は決まって高熱で数日動けなくなる。かなり苦しかった。
 動けるようになったらなったで、戦闘訓練だ。ただ、あの飲み物のせいなのか私のマナ能力がぐんと向上しているのが分った。特に身体強化は段違いだ。
 たまに、魔獣の討伐とかいうのにも駆り出された。最初の時には油断して後ろから襲われ、もう少しで死ぬって目にも遭った。

 クラーレスカ正教国での四年の訓練。一緒に訓練を受けていたエルセニムから一緒に来た子や、正教国から集められたという子らは、いつの間にか居なくなった。主任は、皆は別のところでやることが出来ただけだって言われたけど、元気にしているかな?



 エルセニム国からのダーコラ国に対する反抗が厳しくなってきたという話を聞いた。エルセニム国として反抗しているわけでは無く、否定もしてきているが。国境から軍の集積所等を襲っている集団がエルセニム人なのは間違いなく、国が関与していないとは考えられないとのことだった。
 その牽制のため、私が正教国側についてるということを示すために、ダーコラ国へ派遣されることになった。この教会の印の入ったゴルゲットもその証だ。
 ダーコラ国に捕まったエルセニム人のうち、マナ術に秀でている人はダーコラ国の戦力として駆り出されている。兵士と言う体裁の奴隷として。
 正教国とダーコラ国が本気に掃討を始めたらエルセニム国は無事では済まないし。ダーコラ国側に奴隷として使われているエルセニム国の人も前線で使い潰されるだろう。エルセニム国との"平和"のために、私が一度姿を見せる必要があるそうだ。



 セレブロは、魔獣退治に行ったとき、討伐した銀狼の巣で見つけた子だ。巣であろう浅い洞窟の中で、その子は、息絶えた親であろう個体を護るように私を威嚇してきた。当時はまだ小さかったな。
 …魔獣でも、親を護ろうとするのか。 …この子の姿を見たら、私にはこの子を殺せなくなった。

 父は、無駄な殺生をするなと言っていた。生きるために必要ならともかく、無闇に命を奪うのは森への冒涜だと。
 狼だって生きるために獲物を狩るだろうが。欲のために命を奪うようなことはしないだろう。

 同行した正教国騎士団の騎士が、その子を見つけて殺そうとした。「毛皮が高く売れそうだ」なんて言う。
 この子の気高い魂が見えないのか?こいつには。イラっとして戦斧の背でその騎士を殴ってしまった。簡単に吹っ飛んでったな、そいつ。

 その後、怒られはしたが。私に罰を与えるべきだと喚いている騎士の前で戦斧を構えると、みな尻込みした。
 その騎士は、主任とやらに抗議したようだが。主任にはどうでもいい些事に見えたようで、特に干渉してこなかった。
 狼の子を私が面倒を見ることも認めさせた。主任が言うに、この狼は魔獣では無いそうだ。…私は魔獣退治に駆り出されたのでは無かったのか?

 考えてみれば、この頃から正教国の者達からは疎まれていたように思う。戦闘力はあるけど言うことを聞かない兵なんて、扱いに困るだけだろう。
 赤い粉の摂取はまだ続いたが。魔獣退治とかは一人で行かされることが増えた。まぁあの騎士らでは、どのみち足手まといだ。
 他の魔獣にもこの銀狼のように気概を感じるか?…と思ったけど、あいつらはだめだ。完全に狂っている。私の体内のマナに反応するのか、私を食べようとすることを止めない。殺すしかなかった。

 ある日、正教国騎士団長に呼ばれてダーコラ国への派遣が決まった。主任と呼ばれていたマナ術師は反対していたが。私を嫌っている正教国騎士団の面々が強行した。
 私としては、あれを飲まなくて済むのならむしろありがたかったし。首尾良く事が進めば、奴隷状態のエルセニム人を幾ばくか解放してくれると言ってくれた。…約束が守られる保証は皆無だけど、信じるしかない。

 馬車でダーコラ国に送られた。着いた早々、王太子と言う奴が私を見て俺の所へ来い!などと言うから、軽くどついておいた。
 王太子がどうの、どうなるのか分っているのかどうの、ギャーギャー騒いでいたが、無視した。取り巻きの騎士も襲ってきたけど、まとめてどついておいた。殺さなかっただけ感謝しろ。
 翌日には、ダーコラ国の宰相に呼び出されて、ネイルコード国行きが決まったと言われた。…私はエルセニム国への牽制のためにダーコラ国に来たのではないの?

 簡単に状況が説明された。
 ダーコラ国とその東のネイルコード国との間で紛争が起き、侵攻してきたネイルコード国優勢で事が進んだ。
 魔女の帝国の御伽噺は、私も知っている。ネイルコード国に黒髪の魔女が現れて、ネイルコード国の上層部を唆して、今回の侵攻が起きたそうだ。

 …これが原因でエルセニム側の反抗勢力がさらに活発になることがあれば、ダーコラ国とのバランスが崩れる。それは双方にいる同胞達の危険に繋がる。
 お父様とお母様は、まだ健勝なのだろうか? 今の状態が良いとは思わないし、良いように使われていることは理解しているけど。余所の国がちょっかいかけてくるような状態は回避しなくてはならない。
 ならば、魔女は退治した方が良さそうだ…と思ったが。魔女とは言え赤竜神に関係する者である可能性もあるとか。五体満足である必要はないが、なるべく生かして連れてこいという指示だった。



 国境まで送られて、そこからはセレブロに乗って、河を越えて西に進む。セレブロは夜目が利くので、私が背中に掴まっていれば、道なりに進んでくれる。ほんとうに賢い子だね。

 関所は避けて通った。ネイルコード国の兵と無駄に戦闘する必要は無いからね。セレブロなら、山の中でも楽勝だし。
 エイゼルの街とやらが見えてきた。地図の読み方は習熟している。ダーコラ国で教えて貰ったツキシマ・レイコとやらがいる所も把握済みだ。ファルリード亭とかいう宿屋を目指せば良い。



 ファルリード亭と看板が出ている店の前に着いた。早速ツキシマ・レイコを退治せねば。まぁ抵抗しないなら捕縛して連行しても良い。

 店に入る直前、近くを通りがかったらしい男に制止された。いきなり肩を掴むとは失礼な。布で包んだ戦斧で小突いてやる。まぁ死にはしないだろう。

 看板を見る。ファルリード亭、ここで間違いないな。
 扉を開けて問いただす。

 「ここにツキシマ・レイコがいるって聞いたんだけど!」



 …なんか調子狂うわね。
 魔女って言ったら、王族や貴族の男達を誑かして貢がせているような女でしょ? こんな宿に居るのか?と思っていたけど。出てきたのは私より年下の女の子じゃない。しかも服装からして宿屋で働いているらしい。…こんな子が魔女? ダーコラ国の騎士は、こんな子供を魔女だと騒いでいるの?まぁ、この子をダーコラ国へ連れていけばお仕事終了か。簡単だったからいいか。
 …その子が小竜を見せてきた。えらく可愛いけど、これはたしかにドラゴンね。
 あと…なにかしらこの子。マナの密度が高い?いや堅い? 彼女の全身から、使っている最中のマナコンロみたいな感じが取れる。 なにかそういうものを着込んでいるのかしら?
 そう言えば正教国の主任が、巫女は全身がマナで出来ているって言っていたっけ。全身がマナなんてあり得ないとか、是非研究してみたいとか言っていたような。まさか…

 「ここから出ていくつもりも大人しく捕まるつもりもないので、抵抗したいんですけど」

 なっ! 生意気な! 即、決闘を申し込んだ。大丈夫、殺さないでいてあげるからっ!。
 …いい匂いがしてくる、良さそうな食堂だ。ここで暴れたくないので、表に出ろと言ったら。近くに場所があるそうなので、そちらに移動することになった。

 護衛職のギルドね、ここは。
 レイコは、場所が空くのをちょっと待つという。
 耳からして山の民の類縁か、モーラという子がセレブロを気に入ったようだ。
 セレブロも、無闇に人を襲ったりはしない。正教国の騎士がちょっかいかけてくるときには、容赦しないけどな。剣を向けてきた騎士の腕や脚をかみ砕いたこともある。まぁ三人ほどそんな目に遭わせたら、手を出して来なくなったけど。

 モーラとセレブロをモフモフしていたら、決闘の場所が空いたようだ。ラウルとか言う大男が見届け人になってくれるらしい。
 レイコは、両腰から短い変な形のナイフを抜いて構える。刃が分厚くて、ナイフと言うよりは楔か?
 私も戦斧をほどいて構える。

 「…それでは…はじめっ!」



 まずは、戦斧の背を振り下ろしてみる。少しずらしてあるので、悪くても腕の骨を折るくらいだろう。

 ジャリンッ!

 レイコとやらは、ナイフで軽く滑らせた。上からがだめなら、横凪で。重たい戦斧だが、身体強化のマナ術を最大でかければ軽々と回せる。…これは上にはじかれた。小さいナイフなのに器用だな。
 私は、回っていく戦斧を止めるように柄を握って体を回し…戦斧の勢いをもらった蹴りを叩き込む。…腕で受け止められた。浅かったか。
 再度戦斧を振る。間を開けずに戦斧、足、拳と叩き込む。
 周囲に配置された丸太や岩、普通なら長物を使うには邪魔だろうが、それらも利用する。足場にして向きを変えるのはもちろん。戦斧をわざとぶつけて軌道を変え、その勢いをもらって相手の死角を狙って蹴りを叩き込む!

 …この子なかなかやるわね。全く当たらないわけじゃ無いけど、戦斧は頑丈そうなナイフでいなし。蹴りや拳はそれなりに入っているはずだが、まったくダメージになっていない感じだ。
 いつまでもこれをやっても、決着は付かないか…ではっ!

 再度!戦斧を横に振る! こんどは避けられる! が、それが狙いだ!。
 いつぞや、猿みたいな魔獣を相手にしたときに使った技だ。奴は、岩がゴロゴロしている荒野で、あちこちに飛び跳ねつつ攻撃をしてきた。直撃させようとしても、避けるか爪で弾いてしまう。そんなやつの不意を突くための即興で使った技!
 戦斧の向かう先には岩が。私は戦斧を岩に思いっきりたたき付ける!。砕けた岩の破片が飛び散り、レイコの注意を削ぐ! そこに、岩で勢いを反射させた戦斧を叩き込む。今度は当たる!…まずい、たたき付け方をミスして戦斧の頭が回って刃がが彼女の方を向いてしまった!
 戦斧を止めようとするが、いつもの癖で、体の方の勢いを戦斧に乗せる動きをしてしまった後だ。止められない!

 戦斧がレイコの脇腹に吸い込まれる。このまま彼女は両断されてしまうか、背骨を折られるかしてしまうだろう。
 …そこまでするつもりなんてなかったのに…

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