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第3章 ダーコラ国国境紛争

第3章第020話 略奪

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第3章第020話 略奪

・Side:ツキシマ・レイコ

 西の空が赤く染まる頃、ネイルコード国軍は後退して、宿営地に戻ってきました。
 まさかその日のうちに決着が付いて撤収が始まるとは、誰も思っていなかったでしょうね。

 本日のお仕事の〆ということで、レッドさんに再偵察をお願いします。レイコ・カタパルト!
 ん?五分くらいでレッドさんが戻ってきました。なにか慌てているようです。

 三角州の反対側には、ダーコラ国側の街が一つありますが。例の北で止っていた五百の部隊がその街を襲っているそうです。
 会議室のカステラード殿下にすぐに報告します。

 「アトラコム卿!どういうことだ? モンテス卿が指揮に向かったのではないか! 停戦の合意の後に越境して略奪だと! この始末、貴様らの命だけでは足りぬぞ!」

 「いえ!…いえ… 私は知らないことでございます! モンテスめが独断でやっていることかと…」

 「すぐさま鎮圧の部隊をその街に派遣する。…この越境も停戦合意違反だが致し方あるまい」

 そんな時間はありません。
 私は、宿営地を飛び出しました。

 氾濫が頻発するせいでしょう、三角州の中州には高い木はありません。ともかく可能な限りの速度で、中州伝いに河と中州の木々を飛び越えていきます。

 十分もせず、件の街が見えてきました。街の何カ所からか、煙が上がっています。
 レッドさんの索敵では、街に入ったのは五十人ほどのようで。部隊の残りは、街から離れたところで待機しているようです。
 五百人全部を相手にしなくて良かったですが。残ったのは単に略奪に賛同しなかっただけの人たちかもしれませんけど、既に越境していますし。襲撃に参加している五十人を止められなかったのなら無罪放免とはならないでしょうね。

 街に入ると。あちこちに斬られた人が倒れています。血の臭いが漂ってます。
 近くの民家の中から悲鳴が聞こえました。その民家に飛び込むと、数人の兵士が女性を組み伏せようとしています。

 その光景を見た瞬間。心の奥で感情が停まるのが分ります。
 ただ冷静に、彼らがそういったことが出来なくなるようにする算段を立てます。

 手加減する必要は感じません。真横から跳び蹴りを食らわせます。
 女性に被さろうとしていた男が、部屋の壁まで吹き飛ばされます。腰の骨が砕けたでしょうが、知ったこっちゃありません。

 …ああ、心が冷たくなっていくのが分ります。切られた人が転がっている。火を付けられた家もある。あちこちから悲鳴が聞こえています。
 ともかく。こいつら全てを無力化するために。今はただ冷静に…迅速に…苛烈に…慈悲無く…
 殺しちゃいけない、心の隅が叫んでいます。こんな奴らをどうして? …ああそうですね。生かして己が罪を後悔させないといけないですよね…

 「なんだ、このガキ! じゃまするか!」

 「おい!なんか寒くないか? マナ術が解けているぞ!」

 何が起きたのか良く理解していないとおぼしき残りの兵士達が剣を抜きますが。
 一人目、振りかぶったその腕を裏拳で横殴りして関節を砕きます。
 二人目、股間を蹴り上げて腰骨を砕きます。
 三人目、逃げようとしたところを足を引っかけ、転んだところを足首を砕いておきます。

 他の家にも、略奪と暴漢目的の兵が入り込んでいるようです。早く行かないと。

 別の家屋では、家族を庇っている旦那さんに、剣を振り下ろそうとしている兵がいましたので、とっさに側にあった木材を投げつけます。上手く腕に当たって折れたようですね。痛みで倒れ込んだところを、膝を砕いておきます。その場にいた他の兵も、移動できなくなる程度に骨を折っておきます。

 血の海に倒れ込んでいる老夫婦が居る家で、血に濡れた剣を片手に部屋を物色している兵士がいます。
 私にも斬りかかってきたところ、レッドさんがレイコ・ガンで片目を潰します。悲鳴を上げて転がったところを足首の関節を砕いておきました。
 レッドさんが、隣の部屋に人を検知します。そこには、その老夫婦の家族らしき人が隠れていました。
 老夫婦の安否が気になるところですが、先に略奪の兵士達を処理する必要があります。ともかく斬られたところを縛ってあげてと指示して、次の家に向かいます。

 レッドさんと手分けして、兵を無力化していきます。
 私と出会った兵は、手か足を砕かれ。レッドさんと出会った兵は、顔を焼かれます。

 五分も経っていないでしょうが。略奪に来た兵は、全員無力化されました。



・Side:アカイ・タカフミ

 試行番号01-674-04。

 今回も前々回程度の発現か。

 …怒りという感情とはなんなのだろう?
 倫理を廃し、暴走に近い解釈の飛躍。その結果を最短で実現する冷静な選択。

 それでも彼女は、今ひとつのところでブレーキをかけている。まだかけられている。
 止らずに突き破った先に求める物があるのか。

 矛盾に怒りながら、矛盾で対処する。
 築いてきた物を礎にしながらも、築いてきた物を破壊することを躊躇しない演算。その極点にあるもの…

 …。
 ……。

 いや、それは悪手だ。
 漫画家が人気取りのために、主人公の行く先々に怒りの動機となるような惨劇をご都合主義的に配置していくような愚行は置かせない。おそらくそういった事態になったとたんに看破されるだろうし、その矛先はこちらに向かうことになる。
 いくつかある他のメンターの音信途絶。その原因の候補の一つでもあるし。そもそも、そういう惨劇を私が看過しているという時点でギリギリなのだ。

 焦ってはいけない。焦る必要も無い。時間はまだいくらでもあるし。機会もまたいくらでもあるだろう。
 人の歴史は、きれい事だけでは錬成されない。

 …いや。彼女がこの星で平穏に過ごせるのなら、それはそれで良いことなのだ。彼女の不幸を願うようなことは考えるべきではないな。

 AIでは実現できなかった、いや実現できたかどうか判断ができなかった"感情"というもの。矛盾に執着する"バグ"だと、昔の仲間の一人が言っていたな。
 ただ、それが無価値では無いことを我々は知っている。知ってはいるが。
 自身の感情が醸し出す期待と不安と焦燥のせめぎ合い。三千万年程度では慣れることはない。

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