玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

文字の大きさ
上 下
102 / 342
第3章 ダーコラ国国境紛争

第3章第019話 オルモック・タリサイ将軍

しおりを挟む
第3章第019話 オルモック・タリサイ将軍

・Side:オルモック・タリサイ(ダーコラ軍将軍 伯爵位)

 くそっ! 王都から付けられた軍監のカプチャがやりたい放題だ。なにが、巫女様をネイルコード国からお救いする聖戦だ。
 だが。カプチャは宰相直属の監察部隊に属している。私の方が階級も爵位も上だが、こいつにあること無いことを報告されては、王都にいる家族にも危険が及ぶ。

 戦の前の口上の現場に、ネイルコード国のカステラード王子が直々に出てきたようだ。
 私も、最前列から少し下がったところで観察していたが。相手が王族ならば、カプチャでは格が不足するだろう。ここは私が出る必要があるか?と思っていたところ、カプチャが見せ場とばかり派手な鎧をガチャガチャ響かせながら前に出た。

 お前が出てどうする?
 本来の立場として、お前には軍の指揮権も交渉権も無いだろ。

 …まぁ、こいつが失敗するのなら、それはそれで良しか。
 遠目では、王子の側に子供が一緒にいるのが見える。しかも女の子?。なんで最前線に子供を…と思ったのだが。
 なにやらやり取りがあった後、その子供が前に出てきた。

 パパパッ!

 河に水しぶきが上がる。マナ術か? こんな速度で連射?
 北のエルセニムの民でも、ここまでの能力のマナ術師はいないぞ。
 と思っていたら、次は上流方向の離れたところにある中州で爆発が起きる。

 ドカン! ドカン! ドカン! ドカン!

 あんな威力のマナ術があるのか?! 陣の一部の兵が逃げ出している。
 ネイルコード側の街に続く支流を堰き止めている堰に爆発が近づくと、堰を警備していた兵達も逃げ出したのが見えた。

 踊るようにマナ術を連発する子供。そう言えば報告書には、巫女様は十歳くらいの少女だとあったな。あのとんでもないマナ術、間違いない、あれが巫女様なのだろう。

 ドッコーンっ!

 最後に、カプチャの命令で作らせた堰が爆砕される。…人足達と兵士達がかなりの手間をかけて作ったのだがな。一瞬で灰燼に帰した。
 ネイルコード国と行き交う商人からの報告にあった、巨大な岩を一撃で破壊したマナ術。現実離れなその威力に眉唾物であったが、もうこれは信じるしかない。

 あれをこちらの軍勢に撃ち込まれたら…抵抗することなども出来ずに、あっという間に全滅だ。
 さすがにカプチャも、撤退を飲まざるを得まい…



 と思ってたが。あの馬鹿、徹底抗戦を命じてきた。
 当然反対するが。国への忠誠に命をかける気概はないのか! 赤竜教への信仰心はないのか! このまま逃げたら反逆罪だ! 郎党諸共で連座だ! と喚く。
 …こ奴にそれが出来るかはともかくとして、あの宰相なら最悪やりかねない。見ていない人間に巫女様のあの力を説明したところで簡単には納得しないだろうし。敗戦の責任を誰かに取らせようとするだろう。
 ここから逃げざるを得なかったと上に理解させるには、一度全滅して見せないといけないというわけか。八方塞がりではないか。

 …いっそ、カプチャをここで始末するか。
 赤竜騎士団…カプチャ達の自称だが、こいつらは侍従を含めても十人もいないし、今はなぜか四人だけだ。敵前逃亡とか、独断先行して自滅したとか、後から理由は付けられるだろう。実際、自分だけ逃亡する気は満々だろうしな。
 決心して部下と目配せをする。…とそのとき、前線からの伝令が来る。

 「巫女様が、本陣に直接交渉に訪れました!」

 …この子が巫女様か。黒髪だが整った顔立ちの少女だ。肩につかまってるのが、小竜様か。小さいが、本当にドラゴンなのだな。
 巫女様が投降してきたと喜ぶ馬鹿共。向こうの方が有利なのに、そんなことがあるわけないだろ。

 巫女様の目的は、停戦の勧告。
 ありがたい。赤竜神の巫女様の仲裁ともなれば、撤退の十分な大義名分となる。
 …しかし、ここで馬鹿が激高する。馬鹿の部下に巫女様を捕らえさせようとするが、簡単にいなされる。
 馬鹿が剣を抜いた!まずい!

 「カプチャ卿!巫女様に何をする!」

 私も剣を抜こうとするが。

 「ぐぎゃぁぁーーっ!」

 なんと。巫女様は馬鹿の持つ無駄に豪華な装飾の剣を素手で握り砕き、斬りかかってきた馬鹿の手首を砕き、返しで蹴られた馬鹿の膝を逆に折り曲げてしまった。これでは騎士としてはもう再起不能だろう。まぁもともと大して騎士としての能力も無い馬鹿だが。

 「…オルモック将軍、あなたはどうされます?」

 転がり叫んでいる馬鹿たちを尻目に、覚めた目で巫女様がこちらを見る。

 「…この馬鹿…いや…軍監が失礼した。私が話を聞こう。」



 交渉の場には、再度カステラード王子も参加していた。
 国境線を三角州の中間に設定と、両軍の後退。ダーコラ国の面子については、ここから上塗りすればなんとかなるか。

 巫女様については、ネイルコード国とは直接は関係ない独立した存在だということを文章にして、双方で確認するように求めてきた。
 それでも、巫女様がネイルコード国と友好的なのは間違いないのだろう。出来れば我が国とも誼をと思うが、馬鹿のせいでその辺は台無しだ。王都に帰ったら、この辺の責任追求は成されなければならない。

 なんと。馬鹿が斬りかかったことに関する抗議書も、巫女様とカステラード王子が連名で出してくれた。ありがたい。これがあれば、撤退しても馬鹿以外に累が及ぶことはあるまい。



 軍の後退を始める。こちらの軍は、西へ戻るのに中州の河を複数越えていかなくてはいけない、早く動かねば。
 カプチャ達は、治療もそこそこに縛られて、荷馬車に放り込まれている。巫女様からの抗議書がある限り、こやつはもう犯罪者だ。
 万事安心とはまだならないが、なんとかなるだろう。

 このくだらない出兵も終わりだ。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

家の庭にレアドロップダンジョンが生えた~神話級のアイテムを使って普通のダンジョンで無双します~

芦屋貴緒
ファンタジー
売れないイラストレーターである里見司(さとみつかさ)の家にダンジョンが生えた。 駆除業者も呼ぶことができない金欠ぶりに「ダンジョンで手に入れたものを売ればいいのでは?」と考え潜り始める。 だがそのダンジョンで手に入るアイテムは全て他人に譲渡できないものだったのだ。 彼が財宝を鑑定すると驚愕の事実が判明する。 経験値も金にもならないこのダンジョン。 しかし手に入るものは全て高ランクのダンジョンでも入手困難なレアアイテムばかり。 ――じゃあ、アイテムの力で強くなって普通のダンジョンで稼げばよくない?

第3次パワフル転生野球大戦ACE

青空顎門
ファンタジー
宇宙の崩壊と共に、別宇宙の神々によって魂の選別(ドラフト)が行われた。 野球ゲームの育成モードで遊ぶことしか趣味がなかった底辺労働者の男は、野球によって世界の覇権が決定される宇宙へと記憶を保ったまま転生させられる。 その宇宙の神は、自分の趣味を優先して伝説的大リーガーの魂をかき集めた後で、国家間のバランスが完全崩壊する未来しかないことに気づいて焦っていた。野球狂いのその神は、世界の均衡を保つため、ステータスのマニュアル操作などの特典を主人公に与えて送り出したのだが……。 果たして運動不足の野球ゲーマーは、マニュアル育成の力で世界最強のベースボールチームに打ち勝つことができるのか!? ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

処理中です...