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第1章 エイゼル領の伯爵

第1章第021話 バッシュ・エイゼル・アイズン伯爵という人物

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第1章第021話 バッシュ・エイゼル・アイズン伯爵という人物

・Side:ツキシマ・レイコ

 屋敷に見えたのは、王領管轄の領館だそうだ。この街の市役所と要人の宿泊施設が一緒になった感じですね。
 王領?と思ったけど。このタシニの街は、王国の東西を結ぶ要所なので、王都直轄地となっているそうです。
 今日は野営では無くこの領館で一泊できます。領館の警備以外の人たちは、次の日に影響がないようにと釘を刺されつつ、この街の酒場に出かけようなどの話で盛り上がっていますね。

 領館に入ると、部屋に案内すると侍女に連れられていった。アイリさんとエカテリンさんも、護衛兼付き添いとして、ジャック会頭が私に付けてくれました。ここでひとりぼっちは心細いのでありがたいです。

 「アイリさん、アイズン伯爵ってどういう方? なんか私、あまり良い印象で見られていない感じがするんだけど」

 「あっはっはっは。伯爵のお顔、怖いからな! でも普段からあんな感じだから、気にしなくても良いと思うぞ」

 聞いていたエカテリンさんが突っ込むけど。

 「伯爵は、ほんとに凄い方よ。二十代で男爵領を受け継ぎ、周辺領と協力して街道整備とか産業育成して。その辺の功績が認められて子爵伯爵と陞爵。この国一番の街であるエイゼル市の領主になった…というより、エイゼル領と王都を何倍にも繁栄させたのがアイズン伯爵ね」

 アイリさんは、伯爵の信望者のようだ。

 「麦の税率八割の悪魔のような伯爵なんて噂もあるけどな」

 と、エカテリンさん。八割って本当ならかなりの圧政だけど。笑いながら言っているので、裏はありそうです。

 「それってバッセンベル領で流している噂でしょ」

 ネイルコート王国は一つの国としてまとまってはいますが。それでも西の領地とアイズン伯爵の領地は、いまいち仲が悪いそうです。

 「いくら効率が上がったからといって農家が麦ばかり作っていたら麦が余って値下がりするからね。麦の値段が乱高下しないように、麦の八割と塩はこの国では専売なのよ。一旦それらは国に納めて、農村での消費と備蓄と流通と輸出などに振り分けて、パンの値段が安定するようにしているわけ。それに農家だって他にもいろいろな物を生産しているし。その辺いろいろ込みで平均して、農家が払う税は収穫した麦の八割相当…って話ね。でも、農家の収入全部から見れば税は三割くらい、バッセンベル領の半分よ」

 税率は、戦国時代で六公四民とか五公五民とかだったはず。税率三割なら、十分低いのかな?

 「おお、さすがジャック会頭にスカウトされた才女ですな、アイリ嬢は。説明がうまい」

 エカテリンさんがアイリさんを茶化すが。
 この時代レベルでは男尊女卑の風潮が皆無ではないだろうけど。やはり若い女性が商会会頭に同行しているってのは、それなりに実力が認められているようです。

 「エイゼル市を治め始めたとき、最初にやったのがスラム街の解体だからね。私の生まれる前だけど。城塞の外壁の外に街を拡張すると同時に、スラムや下町の人に住む場所と仕事を作って、街の地力の底上げをしたのよ」

 「浮浪児を集めて、これだけの人間がまともに働くようになればどれだけ税金が取れるか考えろ、治安維持の費用の節約できて一石二鳥だ…だっけ? あの人相だろ。伯爵自身は、言動だけなら悪の貴族って感じだしな」

 「アイズン伯爵の隆盛に不満がある東西の領地持ち貴族には、あの凶相だけでも格好の攻撃材料でしょうね。もっとも、伯爵に対する攻撃というよりは、自領から領民が逃げ出さないようにする宣伝の意味の方が大きいみたいだけど」

 うーん。領民には優しいのか?はともかくして。善政を布いているようだし、領民からも評価されている。けっこうまともな領主のようだけど。

 「…私、なんか伯爵に嫌われたかな?」

 「もともと愛想とは無縁の人だからね。いつもあんな感じよ。ただ、レイコちゃんが正教国の関係者かもと警戒されているかも」

 「レイコちゃんが正教国のスパイか工作員ってか? そんなののためにあの小竜様を出すとは思えないし、権威を笠に着るにはレイコちゃん腰低すぎるし。俺はレイコちゃんを信じるぜ!」

 「クー?」

 まぁ、レッドさんの見た目は愛玩動物ですが。能力は本物です。確かにそのまま、神殿の奥で飾っておきそうですよね。

 「まぁ心配する必要は無いと思うわよ。伯爵の顔が恐いのはいつものことだから」

 「…うん、ありがと、二人とも」



・Side:ジャック・ランドゥーク

 私とアイズン伯爵は、ダンテ隊長とタルタス隊長と一緒に、街の執務室に移動した。タロウも一緒である。
 まずは、レイコ殿と出会った経緯から、彼女が話した話の内容を伯爵に報告することになった。

 「…ということだそうです。まぁ、あの子がそう話しているというだけですが。丸呑みして良いのかはともかく、私はある程度信じて良いのでは?という心証をもっています」

 「話された内容がというよりは、悪意の有無ですかね。自分について説明しようにも、前提となる知識に隔たりがありすぎて説明し切れないという印象でしたが。こちらを騙そうとしている雰囲気は無いと思いました」

 タルタス隊長の人の見る目は、私は結構アテにしている。隊員でやらかしそうな奴にまっさきに目を付けて警戒するのは、いつもこいつだ。

 「ダンテ隊長は、どう見た?」

 「マナ術は確かに尋常ではないですね。身体強化にしても放出術にしても、一級術士というレベルを越えています。所作については、貴族ほどではないがきちんと躾けられている裕福な商会の娘…というのが一番近い印象かなと。まぁ、河辺掘り返して風呂にしたり、魚とって皆に振舞ったりなんて、そこらの娘はしないでしょうから。普通の子ではないのは確かですね」

 「ふむ」

 「何より、あの小さいドラゴンです。彼女が赤竜神様の縁者という物証と言うのなら、あれに勝るものはないでしょう。伯爵は、あの子が正教国の工作員かなんかと危惧されているのでしょうが。あんなのが現れたのなら、絶対に外に出しませんて。自分たちで囲い込むはずです。ましてバッセンベル領のやつらが用意できるとも思えません」

 「…あの子は、君たちに街にまで連れてってもらえと赤竜神様に言われた…と言っていたのは確かかね?」

 「一緒に街まで連れてってもらえと赤竜神様に言われた。他には何も聞いていない。…と仰ってました」

 同席しているタロウが答える。

 「崖崩れが無ければ、キャラバンがあそこを通ることも無かったろう。偶然では無く、意図的に赤竜様はあの子と小竜様を、正教国ではなくこの国に連れ来た。まず前提としてこれを受け入れよう。あとは、王宮にも報告が必要じゃな」

 「…あの子たぶん、巫女扱いされるのは嫌いますぜ。大げさにしない方が吉かと思いますが」

 「その辺の距離感も、王宮と相談だな。いや、話すのは王妃殿下の方がいいか? ジャック、件の金貨の価値が分ったら、いくらかこちらにも売ってくれ。いろいろ交渉事に使えそうじゃからな」

 「承知しました」

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