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『平凡令嬢』、友人と考える。

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「ねー、マルクスぅ? 何見てるのぉ?」


 セイラが上目遣いでマルクスを呼ぶ。マルクスは少し『彼女達』の様子を窺うだけのつもりだったのだが、いつの間にかガン見していたらしい。


「……いやなにも」

「えええー、ウソぉー! ずっと見てたじゃない? 女の子?」


 セイラはしつこく食い下がる。自分に夢中だと思っている男子が他の女子を見ている事が許せないのだ。


「……婚約者がいたんだ」


 仕方なくマルクスがそうポソリと言うと、まず王太子が反応した。


「──シッテンヘルム侯爵令嬢か?」


 すると、ああ、と侯爵令息も納得した。


「お前に一目惚れして無理矢理婚約者におさまった令嬢か。確か親は軍務大臣。騎士団長をしているお前の家では断れないよな。……いやでも、伯爵令息が侯爵家と縁を結べるなら本来は万々歳だけどな?」


 自分の取巻きが自分ではどうにもならない身分の高い女性の話をするのが気に入らないセイラは口を挟む。


「ええぇー。無理矢理? そんなのあり得ないわぁ。結婚は愛し合う者同士がするものよ。……ね?」 


 そう言っていつも3人から可愛いと言われる微笑みを浮かべた。

 案の定、3人はその微笑みを見て嬉しそうだ。セイラはそれを見てふふと笑う。3人とも自分に夢中なのだと確信した。


 ──しかしセイラには不満もある。

 彼ら3人は、確かにセイラに夢中で学園では他の誰よりも自分を優先してくれる。
 そして他の人には見せないような蕩けるような微笑みもくれる。……しかし、関係を深めようと一対一で会おうとしてもそれが出来ないのだ。

 『2人きりで会いたい』と王太子に言えば、『立場上護衛なしで2人では会えない』と断られ、後の2人に言っても『王太子を差し置いて2人きりで会う事は出来ない』と断られた。

 これでは確実に関係を深める事が出来ない。……セイラは焦っていた。3人はもうすぐ学園を卒業する。卒業してしまったら、セイラと3人との接点は無くなってしまう。


 セイラは地元では領地一の美少女と有名だった。しかしこの王都に来るとそれ以上に美しい女性はたくさんいた。……だけど、自分だって負けてはいない。領地の友人達には『この美貌を生かして高位の貴族と結婚する』と宣言して王都に来たのだから。

 1番の狙いは王太子だが、流石に王族相手に結婚は実際難しいだろう。……だから、愛妾でも残りの2人でもいい、とりあえず3人の誰でもいいからお手付きになって立場を確実にしたいのに。

 いつでも4人で仲良く行動していたのでは、一向に関係は変わらない。


 ……セイラは、焦っていた。


 ◇


「──まあそんな事が。そして『平凡令嬢』は元々はハルツハイム様から言い出した事だったの。そこからシッテンヘルム侯爵令嬢がお知りになられたのならあっという間に広まったのも頷けるわ」


 子供の頃からの友人ロミルダが納得したように言った。


「そうみたいなのよね。アルペンハイム公爵令嬢がお諌めくださったからあの噂は少しは治まるとは思うんだけれど……」


 ミランダがため息混じりに言うと、ロミルダもそうなると良いわねと頷いた。


「……でもやはりアルペンハイム公爵令嬢は、『あの方々』の噂をかなり気になさっているご様子だったわ。当然と言えば当然なのだけれど。となると娘を溺愛していると有名なアルペンハイム公爵閣下も当然ご存知のはずよね。
……学園内の事は王宮にも伝わっているはずだけれど、王家の方々はこの事をどうおおさめになられるつもりなのかしら」


 同じ取巻きの侯爵令息とマルクスも婚約者持ち、彼らの事も大いに気にはなるが貴族同士の揉め事はまあある意味では他人事。
 しかし王家の醜聞や争いの元になる事は王国の貴族として一大関心事なのである。

 ロミルダはうーんと考えながら口を開く。


「殿下は、セイラ嬢を愛妾か何かになさるおつもりかしら……?」

「……でも、他のお二人ともとても仲がよろしいのよ……?」


 ロミルダとミランダは顔を見合わす。
 王太子の愛妾となる者が、他にも関係がある男性がいる事が許されるはずがない。
 その疑いがあるだけでアウトだ。


 暫くして2人ともがはぁ~と大きくため息を吐いた。いくらこの2人がそれを考えても答えが見つかるはずもない。
 そしてミランダはポツリとこぼす。


「……マルクス様は、そんな方ではないと……どこかで信じていたのにな……」


 ロミルダはその言葉を聞いて悲しそうにミランダを見つめ、そっと優しく手を取った。


「初恋の君、だったわよね。……人って変わるものだから……。特にこの王都で大人達とのやり取りをしていたら、純粋な気持ちのままではいられないのかもしれないわ」


 子供の頃から仲の良いロミルダは当然ミランダの淡い初恋を知っている。
 

「変わり過ぎよ……。それに初恋、なんかじゃあないわ。少し気になる存在だっただけよ。
……ッ! ……もしかして、マルクス様か侯爵令息が『婚約破棄』をしてセイラ嬢とって事もあり得るのかしら!?」


 突然思い付いた想像に、ミランダは顔を青くした。


「そんなまさか……。王家程でないにしても高位の貴族同士で結ばれた婚約の意義は大きいわ。貴族もそんな簡単に破棄なんて出来ないわよ。しかもハルツハイム様の婚約者は格上の侯爵家なのだから、そんな事をすればハルツハイム伯爵家が侯爵家に睨まれて立ち行かなくなるわ」


 ロミルダは慌ててミランダに言った。普通は伯爵家が侯爵家に刃向かうのはあり得ない。
 ミランダはそれはそうだと納得した。


「……そうよね。『婚約破棄』なんて、最近流行りの恋愛小説の読み過ぎかしら? 現実にはそんなのあり得ないのにね」


 ──そう言って2人は笑った。



 そう、あり得ない。そう思っていた。

 おそらくこの学園の誰もが、王太子達はこのまま学園を卒業すればセイラとは疎遠となるか、周囲の反対を押し切って無理矢理愛妾の座に座らせるかのどちらかだと考えていた。


 そしてその日はやって来た───



 
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