上 下
17 / 39

14

しおりを挟む


 その後暫くこのメンバーで話をしたけれど、結局拓人が父にどうやって薬を飲ませたかについては今の状況で結論は出なかった。
 そして刑事さん達との話がほとんど済んだかと思った時、鈴木さんが私を見てポツリと言った。


「……前回も少し思いましたが、以前拓人氏のマンションでお会いした時とは随分と印象が変わりましたね」


「……私は拓人のマンションで鈴木さんとお会いしていたのですか?」


 私は驚いてそう口にする。鈴木さんとは前回が初対面だと思っていたのだが……。


「まあ、会ったと言ってもその姿をチラリと確認しただけなんですがね。あの時の貴女は目もうつろでまるで怯えた小動物のようだった」


 鈴木さんがそう言うと、私の隣の伯父が頷いた。


「沙良の無事を確かめてくださった時ですね。……沙良。お前はあの男に囲われ直人達の葬式以来姿を見ることさえ叶わなかった。私はお前の身に何かあったのではないかと、鈴木さんに無理をお願いしてお前が無事か確認してもらったんだよ」

「どうしても会わせようとしない松浦氏に、本当の所彼は貴女をどうにかしたのではないかと私も不安になりましてね。かなり強行に彼を説得して、やっと会えたんですが……会話さえままならなかった。玄関の奥の扉の前で貴女に頭を下げられ、名前を聞いたら『松浦沙良です』とだけ名乗られました」

「……私ったら、きちんとご挨拶もしなかったんですね。申し訳ありません」


「いや、それがあの時の貴女が普通じゃなかった、という事なんでしょうな。まるで人が違うみたいに今の貴女とは大違いでしたよ。……前回は失礼を申しまして申し訳ありません」


 鈴木さんはそう言って私に頭を下げた。


「……いいえ。その時から気にかけていただいてありがとうございます。
……私は、本当にこの一年心を失った状態で生きていたんですね…………」


 ……自分でも覚えていない『私』は何かに怯え1人殻に閉じこもり息を潜めて生きていた。
 両親から離れその両親を事故で亡くしてもそのまま動かなかったという『私』。

 私はその意味を重く受け止めていた。
 ……おそらく、部屋全体が重い空気になっていたのだと思う。



「…………スーさん、それって一人で沙良さんの所へ行かれたんですか?」


 その少し重くなりかけたこの空気を破ったのはもう1人の刑事清本さんだった。


 私がキョトンとして彼を見ると、清本さんが隣に座る鈴木さんをジト目で見ていた。


「……あー……、本当に沙良さんが無事なのか、確認に行っただけだ。……キヨ、そんな目で見んな」


 鈴木さんは冷たい視線を送る清本さんに嫌そうな顔で言った。


「スーさん……、普段1人で突っ走るなってよく俺に言ってますよね?」


 恨みがましく清本さんに言われた鈴木さんは言い訳するように言った。


「いや、『拓人氏は若い男を沙良さんに会わせようとしない』って聞いてたから、年寄り1人で行ったんだよ。それでちゃんと会えたんだからいいじゃねぇか」


「なんですかそれ。そもそも誰がそんな事言ったんスか」


 本当は普段年齢通りに見られない清本は珍しく『若い男』扱いされ少し気分は上がっていたのだが、わざと呆れたような態度を取って鈴木に言った。


 ……私はそんなおかしなやり取りをする2人を最初は驚いて見ていたけれど、もしかして彼らは先程落ち込んで重くなった空気を取り払う為にしてくれているのかしら、と気付いた。……考え過ぎかしら。


 清本さんの呆れたような態度に鈴木さんは困り果てた様子で言い訳を始めた。


「ほら、アレだよ。沙良さんのおばさんに言われたんだよ。『あの男は自分以外の若い男には会わせようとしない。ウチの息子も何度も追い返された』ってね」


「え。私ですか?」


 伯母綾子は驚いてつい声を上げた。しかし綾子もこれが2人が沙良の気持ちを軽くする為のお芝居かしらと感じていたので合わせるべきだったかと悔やんだのだが。


「あ、いや三森さんではないです。ほらあの、沙良さんのお母さんの……」


 鈴木さんが訂正して出したその名に、三森の伯父夫婦と私の3人はハッとする。


「真里子おばさま、……ですか……?」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

政略でも愛は生まれるのです

瀬織董李
恋愛
渋々参加した夜会で男爵令嬢のミレーナは、高位貴族の令嬢達に囲まれて婚約にケチを付けられた。 令嬢達は知らない。自分が喧嘩を売った相手がどういう立場なのかを。 全三話。

両親と妹から搾取されていたので、爆弾を投下して逃げました

下菊みこと
恋愛
搾取子が両親と愛玩子に反逆するお話。ざまぁ有り。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

悪評高き騎士、異国の王女と共に未来を切り開く

小笠原 ゆか
恋愛
ヴェリアスタ王国に暮らすアイヴァンと妹フリーダは、父の命令でサディアス王子に尽くすよう育てられ、王子に酷使されながら苦しい日々を送っていた。そんな中、王国に遠い異国の王女・リンレイが訪れる。王女の侍女であるスズと出会い、アイヴァンの日常は少しずつ変わっていく。彼の心はスズに惹かれるが、アイヴァンには婚約者がいて、恋を諦めるしかなかった。 しかし、サディアス王子の策略によって、アイヴァンは王女リンレイの婿に選ばれてしまう。 60000字程度を予定しています。 この話は他サイトにも掲載予定です。

処理中です...