5 / 40
5
しおりを挟む当時を思い出したのか、拓人の言葉には怒りが籠っていた。
……警察は、拓人を疑ったの? 両親の事故は、拓人のマンションに……私に会いに来てくれた帰りに起きたんだ……。確かに父は車が趣味だった。お気に入りの車を3台も持っていたくらいだから。
拓人がお酒の話をしたということは、もしかして両親の事故の原因は飲酒運転なの? 確か運転すると分かっていてお酒を勧めた人も罰則を受けるんだったわよね。
……でもそれこそまさかだわ。父は決して飲酒運転をする人ではなかった。それに一緒に乗っていた母がそれを許す筈がない。もしも誰かに勧められたのだとしても、絶対に飲まないし飲んだのなら運転はしないはずだわ。
そして娘の交通事故の半年後に、その両親が交通事故で死亡。事件性を疑われても仕方ないかもしれない。
……だとするのなら。今回の私の階段から落ちた件も事件性ありと見られるのかしら?
「……それで、昨日の沙良の階段の事故だ。昨日はまた警察に事情を聞かれたよ。……全く、冗談じゃない」
そう言って拓人は今度こそ怒りを露わにした。
「俺は仕事に行っていて、沙良は買い物にでも行こうとしたのか1人出掛けた駅の構内の階段で足を踏み外したみたいだ。俺が君に何かなんて出来る筈がないしする筈もない。それなのに警察は……!」
そこまで言って私の視線に気付いたのか、拓人はハッとして警察への不満を言うのをやめた。そして私に言い聞かせるように言った。
「……沙良は最近運動もしていなかったし、足元が弱くなっていて足を踏み外したんだろう。駅内も結構混んでいたみたいだからね」
……私はそもそも階段の事故を覚えてもいないから今回の件が誰かに、ましてや事件だなんて事は全く考えていなかった。けれど拓人は今の何も分かっていないこの段階でそれを『事故』だと断定して話をしてきた。
……私の心に疑念が湧いた瞬間だった。
「とにかく、俺たちは結婚して幸せに暮らしてた。色々不幸が続いて不安だろうけどこれからも俺がいるから大丈夫だ。記憶も、その内に戻るだろう。出会った頃の記憶だけでも戻って良かったと思わなきゃな」
拓人はこう言ってこの話を締め括ろうとした。
……その記憶を取り戻した事で、私は拓人の事を信じられなくなっているのだけれどね?
私は内心そう苦笑した。
「拓人。……私は、まだあの交通事故の前で止まってる。貴方が話すこの一年の事は私には全く現実の事とは思えない。
……少し、考えさせて。一度実家に帰ろうと思うの。両親の……遺品の整理もしたいし」
お父さんお母さんと暮らした大切な家。生まれ育った家で2人の思い出に囲まれながらゆっくりと今後を考えよう。
「でもあの家は、もう売りに出す事にしてるんだ。誰も住んでいない家を維持していくのは大変だからね。沙良の親戚がしゃしゃり出て来て大変だったけど、沙良は実子だしやっと話がまとまりそうで……」
「お父さんの家を!?」
私達家族の、大切な家。
そして今の私にとってはつい昨日まで住んでいたはずの家。……それを、売りに出す!?
「……売らないわ! どうしてそんな勝手な事を!」
「いやでも……。もう誰も住んでないんだよ? 場所もいいから高く売れそうだし、俺は一戸建てよりマンションの方が楽で良いし。家っていうのは人が住んでいないとすぐに荒れてしまうから、早くに処分した方が高く売れるんだ。
それにこれは沙良も納得してた事なんだよ」
言い訳をするように、拓人は少し早口で言った。
「私には、その記憶がないからなんとも言えないわ。とにかく、家は売らない。実子の私の権限で、それは取りやめてもらうわ。それにこれは拓人に迷惑をかける話ではないでしょう?」
実家は、どちらかというと資産持ちだった。日本有数の資産家の、分家の分家の分家くらいの家の次男の父が母の家に養子に入ってくれたのだ。その資産家とはほぼ関係はないのだけれど。そして父は有名企業の役員。
だから、両親が居なくなっても暫くあの家を維持するくらいは難なく出来るはず。
「……せっかく手続きがかなり進んでたのに……。
…………分かったよ。とりあえず売るのはいったんやめる。けれど沙良が実家に帰るのはナシだ。夫婦は離れるとダメになってしまう」
……付き合っている時も随分と会わなくなっていたから、拓人は浮気をしてダメになっていたのだものね?
私はそうは考えたものの、それを言葉にすることはなかった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は十五年ぶりに栃木県日光市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 俺の脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
スーサイド・ツアー
空川億里
ミステリー
アルファポリス第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞作
自殺願望のある者達が、闇サイトを通じて孤島に集まる事に。
闇サイトの主催者は、孤島で参加者全員が美食を楽しんだ後1週間後に苦しまない方法での死を約束。
にも関わらず、なぜかその前に1人ずつ殺されてゆく。その謎を、読者のみなさんに解いていただきたいです。
感想も気軽にご記入願います。この作品に限らず、批判的な意見でも歓迎します。
【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞
衿乃 光希
ミステリー
高校で、女子高生二人による殺人未遂事件が発生。
子供を亡くし、自宅療養中だった週刊誌の記者芙季子は、真相と動機に惹かれ仕事復帰する。
二人が抱える問題。親が抱える問題。芙季子と夫との問題。
たくさんの問題を抱えながら、それでも生きていく。
実際にある地名・職業・業界をモデルにさせて頂いておりますが、フィクションです。
R-15は念のためです。
第7回ホラー・ミステリー大賞にて9位で終了、奨励賞を頂きました。
皆さま、ありがとうございました。
特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発
斑鳩陽菜
ミステリー
K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。
遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。
そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。
遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。
臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
かれん
青木ぬかり
ミステリー
「これ……いったい何が目的なの?」
18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。
※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。
魔法使いが死んだ夜
ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。
そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。
晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。
死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。
この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる