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公爵とアロイス

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 ある日、後継者教育を受けているアロイスはアルペンハイム公爵の執務室で義父と2人になった。


「……アロイス。最近元気がないのではないか?」


 公爵が義息子に声をかける。
 まだそう長い付き合いではないが、最近は娘ツツェーリアと関わる事でアロイスはこの家に馴染み心を開いて公爵夫妻との仲も自然と良好になっていた。
 そして公爵自身、最初から気に入っていたアロイス。更に近頃はその高い能力も認めている。

 しかし最近、公爵の新しい息子は本人は普段通りにしているつもりのようだが明らかに元気がない。しかもそれを自分達に気取られないようにしているようだ。


「……いいえ。そのような事はございません」


 アロイスはそう言って笑ってみせた。
 ……しかしまだ日が浅いとはいえ父親である公爵には何かあるとすぐに分かった。


「……そうか。お前が話したくなったらいつでも話すが良い。……待っているから」


 公爵は優しくそう言って義息子を見る。

 ───銀の髪に水色の瞳の美しい少年。
 来たばかりの頃は痩せて平均よりも少し小柄だったが、最近は栄養のあるものを食べ身体も鍛えつつ健康的な毎日だからか体格も良くなり身長もずいぶん伸びた。……ちょうど成長期だったからかもしれない。


 アロイスはすぐに立派な青年となるだろう。そうなると美しき公爵家嫡男であるアロイスにはたくさんの縁談が舞い込む事だろう。……実際、彼が養子に入ってすぐから既に縁談は幾つか来始めているのだ。


 そう考えながら義息子を見ていると、彼は暫く考えた後顔を上げた。


「……義父上。私はこのアルペンハイム公爵家の為生涯力を尽くしていくと誓います。
……ですから、私が妻を持たない事をお許しいただけませんか」


 アロイスは義父である公爵を真剣に見つめて言った。
 公爵はその内容とアロイスの真剣な様子に驚く。


「……それでは、その後この公爵家の跡取りはどうするつもりなのだ?」

「それは当初からの予定通り、義姉上のお子を次の当主とするべきだと考えます」


 ……公爵家にとって直系のツツェーリアの子が跡取りとなるのが一番望ましく、そうする可能性が高い事もアロイスには最初に話してはあったのだが。
 それにしても結婚しないと言い出すとは全く思っていなかった公爵はアロイスの心情を測るべく、その反応を見ながら言った。


「公爵夫人にも当然大切な役割がある。それにアロイスもこの筆頭公爵家を継ぐにあたりそれを支える存在は必要だろう」


「私には、必要ありません。……それに公爵を支える存在ならば執事や側近などもおります。そして……跡取りとして義姉上の子も」


 アロイスは最後目を伏せながら言った。


 公爵にはアロイスのその言葉が『愛する者以外妻は必要ない』、そう聞こえた気がした。
 ……そしてそれは『ツツェーリアとその子供』に生涯を尽くすともいえる内容だ。……つまりアロイスの『愛する者』とは。


 公爵はその表情を少したりとも見逃さないようにアロイスをじっと見た。


「アロイス、それは……」

「義父上。私は公爵家の為生涯誠心誠意尽くし生きていくと誓います。しかし愛する者以外との結婚はしない。……出来ないのです。それだけはお許しいただきたいのです」


 ───真っ直ぐな、水色の瞳。

 公爵は少し考えた後、答えた。


「───そうか。お前の考えはよく分かった。ではお前が望まぬ限りは縁談は持ち込まないでおこう。
……先日、ツツェーリアが陛下に申し上げたという話は……そういう事だったのだな。しかしそれはいばらの道。
……現状打開の策がない限りはお前達は適切な距離を保つように」


 ツツェーリアと適切な距離を保つようにと言われたアロイスは、義父が自分が誰を愛しているのかに気付いた事を悟る。
 アロイスは、深く頷いた。


「はい。……心より感謝いたします、義父上」


 アロイスは心からの謝辞を述べた。



 公爵は王太子とツツェーリアが共に愛する者が出来たと『婚約の解消』を陛下に打診した話を知ってはいたが、いくら問いただしても娘はその好きな相手の名を決して話そうとはしなかった。
 

 ……ツツェーリアの『想う相手』とは、アロイスであったのか。


 愛する娘が想う相手は自分も気に入っているアロイス。2人は義姉弟で当然血は繋がっていない。そしてアロイスの様子からも娘を真剣に想っていると分かる。

 可愛い娘ツツェーリアが国王に物申すほど愛した相手で、公爵家の有能な後継でもあるアロイス。親としても公爵家としても彼ら2人の願いを叶えてやりたいが……。



 しかしそれから公爵がどれだけ力を尽くして国王に願い出ても、王太子とツツェーリアの婚約解消は為されることはなかった。



 
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