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アロイスの思い

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 ツツェーリアとアロイスはその日屋敷に帰ってから居間のソファーに座り2人で話をしていた。


「……アロイス。今日私は周囲の考えを知るためにわざと黙って聞いていたのよ? それに人の話なんてあんなものよ。王宮でもそうだったし……、私は気になんかしていないのに」


 ツツェーリアは子供の頃から王太子の婚約者として羨望と嫉妬で何かと色々と言われて来た。それと比べれば今日の話はそれほど酷い訳ではないのだ。
 そう思って自分を庇ってくれたアロイスに語りかけた。


「───あれが、当たり前? ツツェ、もしかして王宮でずっとあんな酷い扱いをされて来たの!?」

「酷い扱いなんてされていないわ。……ただ、どこでもどんな立場でも……いえ、むしろれなりの立場になればなる程余計に嫉妬ややっかみで足を引っ張ろうとする人はいて余計な噂などをされるものなのよ。……とても、残念なのだけれどね」


 ツツェーリアはそう言って力無く微笑んだ。

 そんな愛する人を見て、アロイスは心の底から憤っていた。


 ──アロイスはツツェーリアから一年遅れて学園に入学してから、他の女性には一切目を向けず義姉ツツェーリアだけに愛を捧げている。
 ……周りには義父から義姉を守るようにと厳命されている、ということにしながら。

 アロイスが義姉ツツェーリアを女性として愛している事など知るはずもない周囲の人々は、娘を溺愛する義理の父からの命令に逆らえないのだな、と同情的だった。


「なんて事だ! 殿下はそれらからツツェを守ってくださらなかったのか!? やはり殿下は信用ならない。今もツツェをこのような立場に追い込んで! ……それにこの様な事で本当に『婚約解消』が出来るのだろうか。義父上も大変心配されている」


 怒りの収まらないアロイスにツツェーリアは困ってしまう。

 
「殿下はいつも私を気遣ってくださっていたわ。……ただ、人の口に戸は立てられないもの。今日だってそう。さっきの彼女達は思った事を口にしているだけ。勿論そこに色んな思惑も入ったりもするのだろうけれど……。その全てを封じる事なんて出来ないわ」


「それはそうなんだろうけれど……! でも今ツツェがこんな風に言われるのは間違いなく殿下のあの行いのせいだ。……目的を聞いているから義父上も僕も何とか耐えているけれど、本当の所は憤死寸前だよ! 
ッ! ……ごめん。こんな事ツツェに言っても困るだけだよね」


 途中で困った顔をするツツェーリアに気付いたアロイスは最後に謝った。


「……いいえ。2人の気持ちは痛い程分かっているわ。ありがとう、私の為にそんなに怒ってくれて」


 そう言って優しく微笑まれて、アロイスはホッとした顔をした。


「……とりあえず今回の事が成功するよう祈りながらこの経緯を見守るしかないんだけれど……。あぁ、でも本当にヤキモキするよ。傍観している事しか出来ないなんて」


 そう言って大きくため息を吐くアロイスに心配をかけないように、それでもこれからも続くであろうこの騒ぎを思ってツツェーリアも心の中で大きなため息を吐いた。


 ◇


「殿下。……少しお時間をいただけますか」


 王立学園での移動教室の途中でアロイスはたまたま出会ったアルベルトを呼び止めた。ちょうど殿下と2人の側近だけだ。


「アロイスか……。……構わない。ブルーノ、マルクス。済まないが少しだけ席を外してくれるか」


 アルベルトはそう言って近くの空き教室にアロイスと共に入り、ブルーノ達を教室の前で待機させた。


「ご配慮、痛み入ります。……殿下は今のこの状況をどうお考えか、お聞かせくださいますでしょうか」


 単刀直入に切り込んできたアロイスに、アルベルトは彼のその険しい表情からこちらも本気で応えねばと覚悟する。


「勿論、良い事だとは思っていない。しかしどうあっても叶わなかった我らの願いを叶える為ならば致し方ない部分もあるのだ」


「しかし……! その為にツツェーリアは学園で『婚約者に浮気された憐れな令嬢』と言われているのですよ!? そしてよく話を聞けば王城でも何かと噂されるような状況であったとの事……。殿下は余りにもツツェーリアを軽んじておられるのではありまさんか!?」
 

「……! ……色々と、言われているのは知っている。しかしそれは我らも同じ。人々は王家や高位の貴族を敬い慮る様子を見せながらも、その実色々と好き勝手な噂を流す。……アルペンハイム公爵家でもそうではないのか」

「ッ! それは……そうです。……ですが、これまでも王妃候補として散々嫉妬されて来た彼女は、今殿下からこのような扱いを受ける事で更に嘲笑の的となっています。
義父も……私も! このような不当な扱いをとてもではないが許す事は出来ません!」


 アロイスの強い想いの籠もった真っ直ぐな目を見たアルベルトは、彼のツツェーリアへの深い愛を感じた。


「アロイス……。本当に、彼女を愛しているのだな」


 思わずアルベルトがそう口にすると、アロイスは「なっ……!」と唸りバッと顔を赤くした。


「…………そうです、愛しています誰よりも彼女を! そして私は愛する人を蔑ろにする貴方を許せない!」


「それは……本当に申し訳ないと思っている。だからこそ、今度こそ確実に婚約の解消を成し遂げなければならない。……だがこの方法は諸刃の剣。下手をすれば私の失脚もあり得る。その場合、私はどこかに幽閉でもされ『私の想い人』との婚約は叶わない。……しかしその場合、ツツェーリアは私から解放される」


 アロイスはハッとする。


「……その時は、彼女をくれぐれも頼む。
無いとは思いたいが、もしかすると陛下は歳の離れた未熟な弟の側にツツェーリアを置こうとする可能性もある。私との婚約が解消となれば、彼女と出来るだけ速やかに婚約をして欲しい」


「……殿下、貴方は……」


「陛下はツツェーリアを高く買っておられる。この国の『将来の王妃』は彼女をおいて他にいないとそう考えておいでなのだ。……万一私が失脚したならば、必ず彼女を守りその願いを叶えてやってくれ」


「アルベルト殿下。……貴方は……本当はツツェーリアの事を愛しているのではありませんか?」


「ッ……私は……彼女をこの国を共に守っていく同志として友として……愛している。幼い頃から厳しい王妃教育を受け血の滲むような努力をしてくれたツツェーリアには、必ず幸せになって欲しいのだ」



 そう言って哀しげな笑顔を見せるアルベルトに、それ以上は言えなくなったアロイスだった。





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