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王子の婚約者

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 ───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。


 しかし2人はお互いにそれに気付きながらも、そうではないフリをした。

 それはその1人は我が国の王太子で、彼には幼い頃から定められた婚約者がいるから。
 ……そしてその彼の婚約者は彼の隣で2人が恋に落ちる瞬間を間近で見ていたこの私、ツツェーリア アルペンハイムなのだから───



 ◇


「───こんにちは。ツツェーリア嬢」


 公爵令嬢ツツェーリア アルペンハイムは8歳の時に婚約者が出来た。

 婚約者アルベルト王子は、金髪碧眼の美しい少年。
 アルベルトはツツェーリアに優しく微笑んだ。


 この国の貴族には恋愛結婚も少しはあるけれど、王家や高位の貴族ではまず『政略結婚』が普通。
 2歳年下の弟がいたツツェーリアに、父の公爵はこの国最高の婚約者だと王家に積極的に働きかけ同い年の王太子との婚約をまとめあげたのだ。


「……ツツェーリア アルペンハイムでございます。アルベルト殿下にお会いでき光栄でございます」


 ツツェーリアは初めて婚約者として会った王子に緊張しつつ型通りの挨拶をし、まだぎごちないカーテシーをした。


「そんなに硬くならなくて大丈夫だよ。これから2人でこの王国の為、共に力を合わせていこう」


 ……まだ子供ながらも優しくそして王太子としての自覚もお持ちの方だった。


「……はい。アルベルト殿下。私もこの国の為力を尽くします。こちらこそよろしくお願いいたします」


 この時、生涯この方と力を合わせこの国を盛り立てていくのだと子供ながらに決意した。


 ───その時から、王妃教育に明け暮れ王城に通う日々。

 そして、周囲の人々は筆頭公爵家令嬢であるツツェーリアに殆どが好意的だったけれど、そうでない人も勿論いた。


「まだ王妃教育を受け続けているなんて、あの方は物覚えが悪いのではないかしら? 本当に王太子殿下に相応しいのかしら」


 王室の茶会でこちらにわざと聞こえるように言っているあの方もそう。……我が国の王妃教育は完成までに10年掛かると言われるものなのにね。


「気になされてはなりません。……特にあのマリアンネ嬢は元々は王太子殿下の婚約者候補のお一人だったのです。ご自分が選ばれなかったものですから悔しくてあんな風に言っているだけですわ。ツツェーリア様は、とても優秀でございますよ」


 この国の筆頭公爵家の令嬢に忖度している部分あるかもしれないけれど、大概の方はツツェーリアのことを『未来の王妃として相応しい令嬢』だと評した。


 そしてああいった不躾な方々は大抵評判を落としていった。……これに関しては、娘を目の中に入れても痛くないほどに溺愛するアルペンハイム公爵の力があったのかもしれない。


 そしてツツェーリアと王太子殿下は将来立派な国王と王妃となるべく、共に帝王学や社交など様々な事を学ぶ同志として特に仲の良い友人のように過ごしていった。


 その頃のツツェーリアは、ほぼ毎日王宮に通い厳しい王妃教育を受けとにかく忙しい日々だった。


 仲の良い弟ともなかなか会えなくなった。しかし毎日が忙し過ぎて寂しいと感じる時間もない程だった。



 ───そんなある日の事だった。

 王城で王妃教育を受けていると、あの恐ろしい知らせが来たのだ。

 ……弟ハルミンが事故で亡くなった、と。






 弟の死の知らせを受けたツツェーリアは、慌てて公爵家に帰った。……その時の事は余りにも混乱していてはっきりとは覚えていない。

 ツツェーリアは涙が止まらなかった。幼い頃から私に懐いてくれた、可愛い大切な愛する弟。母はもちろんのこと、あの父でさえ泣いていた。
 ……父が泣いているのを見たのは、この時が初めてだった。


 しかし、悲しみに浸っている暇はなかった。
 ……弟ハルミンの死。それは筆頭公爵家であるこのアルペンハイム家の後継がいなくなったという事だからだ。


 ハルミンの葬儀の後、ツツェーリアは父の書斎に呼ばれた。


「ツツェーリア。お前は王太子との事をどう考えている」

「どう……とは……? 殿下は尊敬出来る素晴らしい男性だと思っております」


 ツツェーリアは模範解答のような答えをした。
 父は『そうか……』と小さく呟いてから言った。


「……ハルミンがこのような事になった悲しみの中、こんな事をお前に言うのは酷な事だとは分かっている。……しかし、我がアルペンハイム公爵家は大切な跡取りを失った。国の筆頭公爵家たる我が家は殿下とお前が結婚し何人もの子供を授かりその子が成長し跡を継げるようになるまで後継者不在のまま待てる余裕はない。愛する我が領民を不安定な状態にする事は出来ない」


 我が子を失ったばかりの、少しやつれた父の顔。……おそらくあれからろくに睡眠も食事も摂られて居ないのだ。

 母も愛する息子の葬儀だけは気丈に参列したものの、その前後は倒れ込むように部屋で寝込まれている。


 ツツェーリアは父の言う事は勿論理解出来るしそれが我が家にとって一番最善の道である事も分かっていた。
 ……けれども、8歳の頃からずっと敷かれていたレールを突然外そうとする話は私を戸惑わせた。


「…………それが、このアルペンハイム公爵家にとって、一番良き事なのであれば」



 ───私とアルベルト殿下は、恋愛感情で結ばれた関係ではない。この国を良き方向へと導く同志、というものが一番近かった。けれど、これまでこの国の未来を考え続け王子妃教育を血の滲む思いで行ってきたのだ。……その道を閉ざされるのは正直辛い。


 しかし、父の言った通りツツェーリアまでこのアルペンハイム公爵家を出れば、後継者不在の公爵家は不安定な状態となる。元気だった弟が突然このような事になったのだ。父がいつまでも健康でいられるという保証はない。



 父は考えあぐね、国王陛下にこの事を相談した。一人娘となったツツェーリアを殿下の婚約者から外してはもらえないか、と。


 ───しかし。


「陛下は殿下とお前が学園卒業後すぐに結婚すれば問題は滞りなく解決すると、そう仰せになった。2人の子の1人を公爵家の跡取りとすれば良い、と。……今我が家は後継に不幸があった事で少々不安になっているだけだと……」


 国王陛下はアルベルト殿下とツツェーリアの婚約解消を認めなかった。

 父は何度も陛下に願い出たが、それは出来ないの一言だったそうだ。


 ……確かに王家にとって筆頭公爵家との縁は、今この国にとって一番最上の事だった。穏健派の最大派閥で筆頭公爵家。特に何もなければこの国の未来の安定は約束されたようなものだったから。


 そして、何度も話を却下された父は娘を後継とする事を諦めざるを得なかった。

 しかしアルペンハイム公爵家は一人娘であるツツェーリアは王家に嫁ぎ、公爵夫人は身体が弱くもう子供は望めない。


 ───そうしてアルペンハイム公爵家の安寧の為、親戚の子供の中から養子を取る事になった。


 ……本当は父はツツェーリアに跡を継がせたかった。
 しかし父は昔自身が王家に娘を積極的に王子妃にと売り込んだ事を大いに悔やむ事となったのだった。


 
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