上 下
21 / 24

20 パウロの旅立ち

しおりを挟む



「ーーパウロ!」


 そう呼びかけると、パウロは振り向き俺を見て意外そうな顔をした。


「兄…………、殿下」


 パウロは『兄上』と言いかけてやめた。そしてその祖父に似た顔には『何故ここに来たんだ?』と書いてある。


「私はお前の兄だ。弟の旅立ちに兄が見送りに来るのは当たり前だろう」


 あれからパウロは父王の取り決めの通り、王位継承権を放棄し叔父上と共に辺境の地へ行くことになった。パウロは一切反抗する事なく、それを粛々と受け入れたそうだ。


「私は貴方とは実の兄弟では……」


 パウロはそう言って横を向いたが、俺はそれを最後まで言わせなかった。


「……パウロ。どこへ行こうとも、お前は私の大切な弟だという事に変わりはない。身体に気を付けよ。叔父上達の教えを乞い、立派な騎士となれ」


 俺はそう言ってパウロの肩をポンと叩いた。

「ッ……! 兄上……」

 パウロは驚いて俺を見た。
 そして……俺はパウロに言っておかなければならない事がある。

「……パウロ。私もここで国の為人々の為に精一杯尽くしすべき事を成していく。……そして、愛するキャロラインと共にこの国を守っていくと約束する」

 叔父とねーちゃんに言われたのだ。2人は俺がパウロのキャロラインに対する気持ちを知りながらも、パウロには知らぬふりをしておこうとしている事に気付いていた。
 そして、キャロラインにはパウロ本人が伝えない以上余計な事は言うべきではないだろうが、パウロには俺の気持ちを伝えてもいいのではないか、と。

 俺もパウロのキャロラインへの罪を犯す程の愛を知っていて、このまま彼に知らぬ顔をしてキャロラインと結婚するのは卑怯かもしれない、と思った。俺も、パウロにキャロラインに対する真剣な思いを伝えようと決めたのだ。

 そんな俺の気持ちを感じたのだろう。パウロは最初驚き、そしてジッと俺を見た。


「…………兄上ならば、きっと素晴らしい国王に御成になります。ご婚約者殿と……お幸せに」


 そう一言言って俺に少し苦しげに笑いかけた。俺もパウロに笑いかける。


「……ありがとう。……必ず、キャロラインを幸せにすると誓う」


 俺のその言葉に、パウロは目を固く閉じ頷いた。


 それ以上は俺たちは何も言わなかった。そして出発の声が掛かり2人は固く握手を交わし……、パウロは去って行った。


 俺は、そんなパウロの後ろ姿を見つめていた。


「……別れは済んだかい? 彼の事は決して悪いようにはしないから安心して。私も時々は王都に戻るから困ったことがあれば言ってくれ。……オリビアの事も勿論心配要らない。彼女を幸せにする栄誉は私のものだからね」


 後ろからヒョイと叔父ベンジャミンが現れ、そう言った。

「叔父上。色々とありがとうございました。……そしてオリビア聖女様を……ねーちゃんを、宜しくお願いいたします」

 そう言って俺が頭を下げると、叔父は俺の肩を叩いた。……結構強めに。

「ッ!? ちょっ……叔父上ッ!?」

 俺は驚いて叔父を見る。叔父はニヤリと笑った。

「……もう、『ねーちゃん』とは呼ばないのだろう? ふふん、心配せずともオリビアと私は誰よりも深い絆で結ばれ愛し合っている。もし何かの『強制力』というものがあったとしても、それを跳ね除けられる程の強い愛で結ばれているのだ」


 そう言ってもう一度俺の肩を叩こうとしたので俺は素早く避ける。


「……それは、安心いたしました。
……叔父上と聖女オリビア様の輝かしい愛にあやかり、私も愛するキャロラインを幸せにすると誓います」


 俺が神妙な顔でそう告げると叔父は嬉しそうに笑った。


「……ステファン殿下」


 その時後ろから声がかかる。もう、誰かは分かっている。


「……オリビア聖女様。……くれぐれも、お身体に気を付けて。私は、貴女との約束を守りこの国の王太子として人々を導き、愛するキャロラインと共に力を合わせ生きていくと誓います」


 俺は聖女オリビア、……『ねーちゃん』に改めて感謝と約束を守る事を誓う。


「……ふふ。ようございました。……これからはステファン殿下、貴方ご自身が試されていくのです。ゆめゆめご油断なされてはなりません」


 ん? 何に対して『油断するな』なんだ?


「ねーちゃ……聖女オリビア。それはいったいどういう事で……?」


「……これからは本当の貴方自身の価値が問われていくのだという事ですわ。誠実に、丁寧に生きること。
愚かな事をすれば、必ずそれは自身の身に返ってきます。今の貴方は仮にそれを許された状態。……いわば、『次はない』、という事です」


 あの本に書かれていた卒業パーティーでの『ステファン王子のザマァ』は回避された。けど、これから俺自身の行動次第で転落への落とし穴はまだ用意されているから気を付けろ。
 ……そういうことか。


「肝に銘じます。……聖女オリビア様。大変貴重な御忠告をありがとうございました。
  

 聖女オリビアはそれでも少し心配そうに俺を見つめていた。

 が、少しすると気を取り直し明るい? 話題を振ってきた。

 実は聖女サーシャがこれから入る辺境の教会にはねーちゃんの本に載ってた聖女の恋人が教会の騎士として配属されてるんだそうだ。


「私の次の観察対象はこの2人ね。だからこれから私は貴方だけを見守ってはいられないのよ? しゃんとなさいよね! そうでないとキャロライン様に見限られるわよ?」


 と揶揄うように言って笑った。


 と、そこでねーちゃんことオリビア聖女があの後キャロラインと2人で茶会をしていた事を思い出す。


「ねーちゃ……、コホン、聖女オリビア様。貴女は少し前にキャロラインと茶会をしてましたよね? いったいどんな話を……」


「……ふふ。女同士の話よ。教えられないわ。
殿下。これからの人生は貴方自身で切り拓くのです、彼女との関係もね。私から言えるのは一番大切なもの、守らなければいけないものの優先順位を間違わないこと」


「大切なものの、『優先順位』……」


「そうよ。私がベンジャミン様と一緒に居られるのも、互いがそれをきちんと分かっているから。それを間違えてしまうと、取り返しのつかない事になってしまうわよ。……陛下のようにね」


「? 何のように、ですか?」


 ねーちゃんの最後の一言は小さくて聞き取れなかった。


「いずれ分かるわよ。……まあ、私の想像だけれどね。貴方はよく考えて行動するように。もう『ねーちゃん』念仏は通用しないわよ。これからの人生の責任は自分でおとりなさい」


 ねーちゃん……聖女オリビアはそう言って鮮やかに笑ってから美しいカーテシーをした。
 周りから見れば王太子である俺に礼節正しく接する叔母である美しい聖女。


「叔父上も、聖女オリビアも、どうぞ道中お気を付けて。次は私の結婚式でお会い出来る事をお待ちしております」


 俺もそう言って王太子らしく礼儀正しい態度で彼らを送り出した。






 












しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

寝込みを襲われて、快楽堕ち♡

すももゆず
BL
R18短編です。 とある夜に目を覚ましたら、寝込みを襲われていた。 2022.10.2 追記 完結の予定でしたが、続きができたので公開しました。たくさん読んでいただいてありがとうございます。 更新頻度は遅めですが、もう少し続けられそうなので連載中のままにさせていただきます。 ※pixiv、ムーンライトノベルズ(1話のみ)でも公開中。

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

お祭 ~エロが常識な世界の人気の祭~

そうな
BL
ある人気のお祭に行った「俺」がとことん「楽しみ」つくす。 備品/見世物扱いされる男性たちと、それを楽しむ客たちの話。 (乳首責め/異物挿入/失禁etc.) ※常識が通じないです

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

死に戻り令嬢は婚約者を愛さない

まきお
恋愛
リアーナの最期の記憶は、婚約者によって胸を貫かれ殺されるという悲惨なものだった。 その記憶を持って過去に戻ってきた貴族令嬢のリアーナは、今生では決して婚約者からの愛を求めないことを心に誓う。 彼女が望むのは婚約者からの逃走と生存、そして失った矜持を取り戻すことだけだった。

処理中です...