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10 聖女と王子2

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「……やっぱり、ダメだったじゃないッ! 王子もみんなも酷いわ、私だけ除け者にして! 私は『聖女』なのよ!』

 サーシャはステファン王子の所から走り去った後、一人の男子生徒のところに来ていた。

「『聖女』などこの国には沢山いる。……やはり兄上は『聖女』の誘惑などに惑わされる事はない、という事か……! 確かにあれ程に美しい婚約者がいてこのような野の花などに揺らぐはずがないか……」

「ッ! なんですって!? あの女は私をこんな目に合わせた元凶よ! 『聖女』である私の方が偉いんだからッ! あの女には神様からの罰が当たるわ……。ッ! ……そうよ、罰を、当ててやればいいんだわ。……私は『聖女』なのだから……」


 『聖女』サーシャの不穏な言葉に、その男子生徒……ステファンの弟パウロ王子は顔を顰める。


「……? 何を言っている? 『聖女』は教会が定めた一生国の為に神に祈る為だけの存在。貴族の方が偉いに決まっている。……オイ、分かってるのか?」

「……『聖女』よッ! 貴族なんかより、神の遣いである『聖女』が偉いの! 絶対後悔させてやるんだからッ!」


 サーシャはそう叫んでパウロの前から走り去った。……そしてしばらく姿を消してしまったのである。


 ◇


「……え? 聖女が……、『サーシャ嬢』が学園に来ていない?」


 俺がその話を聞いたのは、卒業まであと一月となった頃。生徒会室で、他のメンバーと卒業までの事を話し合っていた時だった。俺は公務が入り最近学園に来れていなかった。


「そうなのです。1週間程前からでしょうか……。少し変わった方でしたけれど、せっかく編入してらしたのに卒業まであと僅かとなったこの時期に学園に来なくなるなんて」


 戸惑った様子でキャロラインが言った。

 部屋の中の生徒会役員スヴェンはいっときサーシャの信者となっていたが、あれから目が覚めたようでサーシャから離れた。しかし、彼の婚約者からは婚約を白紙にすると言われてしまい必死で説得している最中らしい。
 そのスヴェンはサーシャの話に顔を顰めただけだった。彼にとってはサーシャはもうとっくに『黒歴史』となっているらしい。

 その他のメンバーもそれぞれに神妙な顔。……本の通りならば俺も含めてキャロライン以外全員サーシャに攻略されて彼女の取り巻きとなっていたはず。……王子である俺が攻略されなかったから、という事なのだろうか?

 皆それなりに彼女に付き纏われた経験を持つからか複雑そうな表情でその話を聞いていた。


 そして、1週間前と言えばサーシャが俺に『相談』をして来た頃だ。


「……そうだね。確かに変わった令嬢だけれど、卒業まであと一月というところで学園に来なくなるなど……。先生方はお家や教会に問い合わせなどされているのだろうか」


 などと言いながら、俺はサーシャはあの時の相談が上手くいかなかったからか? と思った。
 ……しかし、一国の王子の立場として1人の無関係の生徒に肩入れするなど出来ない。これは学園での事であり本人が先生方と相談して解決していく案件だ。
 ……それに何より下手に同情して関与して、またおかしな強制力に流されるのは御免だ。
 
 少なくともこの学園を無事卒業するまではまだ油断は出来ないと、俺は考えている。


 結局生徒会のメンバーで、『サーシャ嬢は『聖女』だから教会で何かあったのだろう』という答えに落ち着いた。普通の生徒ならこんな風に話題に上がる事もないのだろうが、やはりみんなの中でサーシャは特殊な存在でそれぞれに関心があったようだ。


 ……俺としては、このまま何事もなく卒業してしまえたらとしか思えなかった。



 ◇


「キャロライン……。綺麗だ」


 今日はいよいよ『卒業パーティー』。
 俺は婚約者であるキャロラインを迎えにルーズベルト公爵家を訪れていた。彼女は俺が贈った鮮やかな青い色のドレスを着ている。青は俺の瞳の色。……つまりは、キャロラインは俺の婚約者だと皆に知らしめているのだ! まあ、みんな分かっているだろうがな!
 などと考えながらも目の前の美しい我が婚約者に、俺はすっかり見惚れて思わず心の声が漏れて呟いてしまったのだ。


「殿下。美しいドレスをありがとうございます。……あの、ステファン様も素敵です……」


 キャロラインは頬を染めながら俺にそう言ってくれた。そんな風に言われた俺も照れてしまう。キャロラインの母である公爵夫人や侍女達が俺たちを微笑ましそうに見ていた。




 ……とうとうあれからヒロインサーシャは学園に来なかった。

 先生方もサーシャの住む子爵家に何度か問い合わせたそうだが、『聖女サーシャは祈りを捧げに教会に通っている』とだけ言われたそうだ。


 サーシャは『聖女』となって子爵家の養女となったので、子爵家には『居候』している状況のはずだ。本の中で彼女は子爵家で最初は『元平民』と見下げられていたが、それが徐々にサーシャの純粋さに子爵家の人々も惹かれていく。
 しかし卒業パーティーで王子が迎えに来た時には『王子には婚約者がいる』と子爵家の人々はサーシャを説得するのだが、王子相手には強く言えず彼らを送り出す。……その後の『ザマァ』の後は、『聖女』であるサーシャを庇う役どころだった。

『どうか……、どうかお許しください! ……サーシャは聖女。彼女はこの後生涯神に仕えますので、どうかお許しを……!』
 養女である彼女を必死に庇う子爵家の養父母達と教会。それでサーシャは罪を許され教会に入る。

 ……うん。本を読んだ時は義理とはいえ親子の愛にちょっとじんわりきたもんだったが、現実ではどうなんだろう。サーシャは学園でも自分勝手気ままに振る舞うあの調子だったのだ。子爵家でもしおらしい態度をとっていたとはとても思えないんだが……。

 というかステファン王子は断罪時、誰も助けてくれなかったんだよな。……ちょっと、悲しい……。
 


 とにかく今は本の展開とはかなり違っているので、サーシャの行動もかなり不可解だ。本の通りなら、今頃ステファン王子はサーシャのいる子爵家にパーティーの迎えに行ってるはずだったしな。

 このままサーシャは教会へ行き『聖女』として慎ましく生きる決意をするのだろうか? ……普通の『聖女』はそうするのでそれは不思議ではない。

 しかし、最後に会った時のサーシャは全く王子の事を諦めていなかった。
 あの時、俺が冷たくした事で諦めたのだろうか?
 俺は冷たい態度をとったがあれは例え相手が誰であったとしても一国の王子が無関係の1人の生徒に肩入れする事は出来ない。……しかもサーシャ自身が王子に『特別扱い』される事を望んでいたのだから余計だ。 

 とにかくあのサーシャがあの件ですんなり諦め、最後の学園生活の期間を来なかったのはかなり不気味に感じる。

 
 これから始まる『卒業パーティー』。

 ここで、何事も起こらずキャロラインと過ごせる事が出来るのだろうか?

 
 馬車へとエスコートしながら俺は愛しいキャロラインを見つめる。彼女も俺を優しく見つめ返してくれた。

 キャロラインのこの信頼に満ち溢れた視線。俺は絶対に、彼女を裏切りたくない。……彼女を守りたい。彼女と共に未来を築いて生きていきたい!


 卒業して半年後には2人の結婚式だ。

 俺はそれに向かって今日という最大の難関を克服する事を、心の中で愛するキャロラインと……そして『ねーちゃん』に誓った。


 
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