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39 レーベン王国 王子とハインツ
しおりを挟む「……ハインツ!」
「クリストフ殿下」
ハインツは素早く臣下の礼をする。
国王との謁見の後、王宮で侯爵家に与えられた部屋に戻る所だった。そしてそのまま2人はその部屋に入り向かい合わせのソファに座った。
一応礼を崩さないハインツに、
「ああ、私達の間でそのような事は無用だ。……父上が済まない。やはり父上ご自身も侯爵家を目障りと思い母上を庇われたのだな。今の父上を見て確信した」
クリストフは謝罪した後ため息を吐いた。
「……あれから王妃殿下はいかがお過ごしですか」
「相変わらずだ。父上から今後気を付けるよう言われてご機嫌斜めだな。反省などしていない。王妃という立場にあるのに我が母ながら情けない話だ」
ハインツはなんとも返事をしかねた。
「それはそうとハインツ。あの北の見事な復興工事。……セリーナ嬢か?」
クリストフがそう聞くと、ハインツは静かに微笑んだ。クリストフはそれを見て頷く。
「……そうか。では今は屋敷に?」
「……殿下。セリーナは自由です。彼女の意思で考え動くことでしょう」
ハインツが答えを濁すと、クリストフは『転移』の事に気付き頷いた。
「! あぁ、成る程そういう事か。
……ハインツ。今貴族達は強大な力を持つと思われるお前達ラングレー侯爵家に非常に好意的だ。しかし一部の貴族や王家の者達は違う。私も気をつけて見ているつもりだが、お前達もくれぐれも気をつけるのだぞ?」
セリーナ捜索からその後王妃の愚かな企みを知った事で、クリストフは王と王妃から少し距離を取っている。そして来たるべき自分の時代に向けて強く頼もしい信頼出来る相手としてハインツを認めている。
「ありがとうございます、殿下。そして、これを……」
ハインツは一つの書類をクリストフに差し出した。それは国王のここ最近の不正疑惑の調査結果だった。
クリストフはそれを受け取り、軽く読み出す。……そしてだんだんと食い入るように真剣にそれを読んでいた。
「……ハインツ。これは……」
顔を上げたクリストフにハインツは重々しく頷いた。
「ッ……。そうか……。私も腹を括らなければならないという事だな」
クリストフもそれを重く受け止めた。
国王の、数々の不正。人々はそれを公然の秘密としているが、今回クリストフは思い切ってそれを内密に調査をしていた。それをラングレー侯爵家にも一部調査依頼をしていたのだ。
しばらく、重い沈黙が彼らに訪れる。……特に、クリストフは思い悩んだ様子だったが、一つ大きく息を吐いた後ハインツを見た。
ハインツもクリストフを見ていた。クリストフの目には、もう迷いはなかった。
「ハインツ。これからの事だが、順調なのか? 何か困っている事は無いのか」
反対にハインツが心配されてしまい、心の中で苦笑しながら話す。
「……実は次に行う復興工事をどちらを先に進めるかで迷っておりまして……」
「どこだ? ……ああ、ここはやめた方がいい。母上の実家の近くで、彼らの利権に深く関わる場所だ」
「そうでございましたか。ここは東の大きな街にも近く迷っておりましたのですが……」
「東の街にはこちら側の街道からも行けるだろう。ここは被害が少ないし元々昔から多くの人々はこちらの街道を使っている。そこよりも優先順位の高い場所は幾らでもあるだろう。それは後回しだな」
などとクリストフとハインツは話し合いを続けたのだった。
◇
「……お父様」
淡い光の中から愛しい娘が現れる。
「おお、セリーナ。元気そうだな。お前の好物を準備してあるぞ。……ライナー殿も、どうぞお召し上がりください」
ラングレー侯爵家の居間。
侯爵が約束の時間に愛しい娘を待っていると、今回も娘といつも『転移』で一緒に現れる体格のいい赤髪の青年がいた。そしてお互いを見る2人の目。
……男女の事にそれ程鋭くはないラングレー侯爵も、流石に気付かないではいられなかった。
「ありがとうございます。侯爵閣下。ご相伴にお預かりします」
そしてこの男はなかなかに礼儀正しくいい男のようだ。何よりセリーナを大切にしているのがよく分かる。
しかし、何やら侯爵は気に入らない。いや、きっとセリーナが誰を連れてきたとしても気に入らないのだ。……自分でも分かっている。
「今回はどの辺りの工事をするの? お父様」
不意に娘から話しかけられ自分の浅はかな考えを読まれたのかとどきりとする。
「あ、ああ。王都から北西に少し行った河川だ。昔からの用水路が魔物達によって壊され流れが変わり農作物の育ちが悪くなっている。……まずこの箇所を治してから……」
侯爵は動揺を隠し娘セリーナに説明していく。
「閣下。この辺りに魔物は出ないのでしょうか?」
赤髪の青年はその地図を見ながら尋ねてきた。
「ああ、出るかも知れない。ここは少し王都から離れているからね。一年半前にセリーナが抑えてくれてからは魔物の出る量は王都周辺は昔くらいの様子には減っているようだが……」
侯爵が説明していると、途中ハインツが部屋に入って来た。
「勿論セリーナには私と侯爵家に仕える騎士達が警護につく。背後は固めるから安心して作業に集中して欲しい。それから……、セリーナ。おそらくそろそろ来るぞ」
ハインツがそう言うと、部屋の雰囲気がピリリとする。
「……分かりました。いよいよですね。……お父様! ご飯、取っておいてくださいね。帰ってからのお楽しみにします」
セリーナはそう言って侯爵を見た。
侯爵は、『だから安心して待っていて』。そう聞こえた気がした。
「……ああ、分かった。冷めない内に帰っておいで。ハインツ、……ライナー殿。くれぐれも、よろしくお願いいたします」
侯爵はそう言って娘を奪い去っていきそうな赤髪の青年に頭を下げた。
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