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33 兄と妹 その弐

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 ハインツはセリを見つめた。

「だから、お前は何も心配せずとも良い。あんな話をしておいてなんだが……。今までお前は散々辛い思いをしてきた。それなのに大災害の折にはあの魔物達を退治までしてくれた。……あとは、残された私達の仕事だ」

「…………ハインツ兄様……」

 ハインツはそう言ってセリーナを安心させるかのように優しい微笑みを浮かべた。

 が、次の瞬間に、とても苦々しい顔になった。

「……それから、セリーナにはもう一つ伝えなければならない事がある」

 急に表情の変わった兄に、セリーナは少し緊張しつつ頷く。


「……姉上の事だ」


「シルビア姉様?」


「姉上は、今王宮の罪人が囚われる塔で幽閉されている。おそらく一生出る事は出来ない」

 苦しげにそう伝えるハインツ。そしてセリーナもその話に驚いた。

「どうして!? ……あ、まさか、私に地下室から出るように言ったから? でもあれは、私の意思でもあったの。姉様は鍵を開けただけ。だからそれが原因なら……!」

 ……やはり、姉上はセリーナに地下室から出るように言い、そして鍵を開けたのか。セリーナは自分の意思だと思っているようだが、そもそも地下室から出れば間違いなく死が待っていたのにそのような事を言ったシルビアがおかしい。ハインツは姉への怒りを抑えながら答えた。

「……いや違う。勿論それも道義上とんでもない事だ。しかし、姉上はもっと許されない罪を犯した」

「許されない罪……。
……まさか……お姉様だったのですか? 私の魔力を封印したのは?」

「ッ!? セリーナ、お前は知って……?」

 ……そうか、教皇はご存知だとあの赤髪の騎士も言っていたではないか。しかしそれが本人も知るところだったとは……。

 驚くハインツにセリーナは頷いた。


「……教皇さまがね。私の為に調べてくださったのです。魔力は目覚める前に『封印』の能力を使えば封じる事が可能だと教えてくださったの。そして私の家が身分ある家だとすれば、私に近付きそんな魔法をかける事が出来たのは間違いなく身近にいた人間だと……」


「教皇猊下が、セリーナの為にそこまで……」

 これは、教皇はセリーナの力を欲して側にいるのではない。本当にセリーナを大切に思ってくださっているのだ。
 ……自分がセリーナにしてやれなかったことだ。ハインツは言葉に詰まった。


「そして今回、その犯人を見つけ出すとまで仰ってくれたんだけど……それはお断りしたの。だって今の私はもう力に目覚めているのだし大切な人たちに囲まれてとても幸せだわ。今更過去を掘り返すなんてしたくなかったの。
……だけど、お姉様、だったのね。うん、そうかなとは思ってた。
だって他に該当者がいないんだもの」

 そう言ってセリーナは苦笑した。

「セリーナ。……私だとは思わなかったのか?」

 ハインツは恐る恐る聞いた。

「え? ハインツ兄様は違うでしょう。兄様は威張ってて意地悪ばかりだったけど、陰で何かはしなかったもの。兄様は堂々と嫌な事をしてくるのです!」

「堂々と嫌な事って……。セリーナ、それはあんまりではないか……」

「だって本当でしょう? 兄様は陰でコソコソ嫌がらせなどみみっちい事はしないのですわ。だからこの事はハインツ兄様ではないと思っておりました」

 ハインツはこれはセリーナに信頼されているのか貶されているのか、なんとも複雑な気持ちだった。


「フォルカー兄様は年も離れているから私には殆ど関わりにはならなかったし、お父様もお母様も当然違う。そうなったら消去法で姉様かしらと思ったの。……出来れば、違っていて欲しかったけれど……」

 そう言ってセリーナは少し哀しげな顔になった。
 ハインツは心苦しかったが全てをセリに伝える為に話し出した。

「セリーナ……。……姉上は、2つの大きな罪を犯した。一つ目は、将来偉大なる魔法使いになると期待されたセリーナ、お前の能力を封じたこと。
……そして、もう一つはその能力を隠し続けあの大災害の時もその能力を使わなかったこと」

「……え?」

「この二つはあの災害を避けられた、若しくは大きく抑える事が出来たかもしれない重要な事柄だ。一つ目、お前の能力が封じられる事なくそのまま伸ばされていれば魔物が溢れたあの時、すぐさまそれを抑える事が出来ただろう。そして二つ目は……」

「……『封印』、ね? あの時それを使ってダンジョンを早くに封じる事が出来れば、あれだけの災害にはならなかった……。お姉様はこの国の英雄になれるチャンスだったのに、どうして『能力』を使わなかったのかしら?」 

 セリーナは教皇から『封印』の話を聞いた時、その能力を持った人はどうして大災害の時それを使わなかったのかと不思議に思ったのだ。

 ハインツは、何とも言えない顔をして言った。

「その後の取り調べで、姉上は『怖かったから』と言ったそうだ。
……姉上は幼い頃セリーナにかけた『封印』に気付かれるのを恐れその能力を徹底的に隠し続けた。それで、『封印』の能力を磨く事を全くしなかった。だから、怖かったんだと。
それに『封印』をかけるにはダンジョンに近付かなくてはならない。父上や兄上に守られながら行ったとしても、今まで使わなかった『封印』が成功するか分からない。
だから魔物に殺されるのが怖かった。……父上や兄上に、失望されるのが怖かったんだと」


「…………そう」

 お姉様は、結局ずっと誰かに認められたかったのか。それで最初から恵まれた魔力を持つ私を妬んだ。小さな頃は分からないけど、少なくとも私の知るお姉様は周りを貶す事で自分を上げようとしていたように思う。そしてせっかくの能力も、結局は活かさないまま……。


「人を貶す事をせずに自分の力を信じて磨き続けていたのなら。……お姉様は今頃レーベン王国の聖女のような存在だったのかもしれないわね」

 
「…………そうだな」


 兄妹は、やりきれない気持ちで暫く馬車の音を聞いた。


「……あ。そうだ、兄様。再来週お父様の誕生日でしょう。お菓子を持っていくからお屋敷で待っててってお父様に伝えてくれる?」


「そうだな……、ッえ!?」


 ハインツは驚いてセリーナを見た。


「そうね……。誕生日プレゼントにお願いを2つ聞いてあげると伝えておいて。お父様はお仕事で復興工事なども取り仕切っておられるんでしょう? そういうことでも大丈夫ってね」


「セリーナ。それは……」


「あ。会うのは家族だけよ。他の貴族がいたらさっさと帰るから。……では、またね」


 セリーナはそう言って微笑んだ。


 そして……。セリーナの周りに光が現れそのままそれに包まれるように消えた。


 ハインツは驚きで目を見開く。


「…………は…………。これが、『転移』……。本当にセリーナは、それまで使えるのか……。まさに『大魔法使い』……。今までの自分の魔力が馬鹿らしく感じられる程の魔力だ……。いや、それが使いこなせるのも全てはセリーナのそれまでの努力の賜物か……」

 そう呟いて暫くハインツは茫然としていた。

「セリーナ……。父上の喜ぶ顔が浮かぶようだ……。帰って来なくても、などとは言っていたが寂しそうなご様子であったからな……」


 そしてセリーナは誕生日の願い事などと言って、幾つかの復興に手を貸し『大魔法使い』の足跡を周辺国や国の重鎮達に見せつけてくれるつもりであるのだろう。


「……ありがとう、セリーナ……」


 ハインツは、溢れる感謝とどこか切ない気持ちで涙した。



 
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