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30 兄の思い その弐
しおりを挟む「……いつまで、そうしてるんだ?」
懺悔の思いで頭を下げたまま動けずにいるハインツに後ろから声が掛けられた。
「……アンタ。にーちゃんなんだろ。なんで妹に酷い態度とってたんだ。魔力がないことって、そんなに価値がないことか?」
その内容からその声の主は妹セリーナの事情を深く知った者である事が分かった。
ハインツはそれでも頭を上げることが出来ない。
「……魔力こそが全ての価値だと、そう思って生きて来た。私自身も兄よりも力が無く情けない思いをしてきた。それが『魔力ナシ』だなんて、そんな存在はあり得ないと思っていたんだ。……今なら分かる。私はセリーナを兄へのコンプレックスの捌け口にしていたのだと」
神に懺悔するかの如くハインツは自分の今までの思いを口にしていた。
「最低だけど、分からなくもない。……けど、多分アンタは結局は自分のその弱さでにーちゃんにも負けたんだ。セリは、幾ら魔法が使えなくてもずっと諦めずに勉強してただろう? アンタらにどんなに冷たくされても努力を続けてた。だから、封じられた力が目覚めた時に、難なくそのデカい力を使いこなせる事が出来たんだ」
「セリーナの力が封じられた事も知って……?」
何故そこまで知っているんだ? 驚いたハインツは思わず顔を上げた。
そこには先程セリーナと一緒に部屋に入ってきた赤髪の騎士が座り込んでこちらを見ていた。
「教皇様は、全てご存知だよ」
アッサリと言われ、ハインツは納得するしかなかった。
「……そうですね。私はセリーナが努力家であった事を知っている。魔法が使えなくてもずっと勉強していたから私よりも魔法に詳しくて驚いた事もある。……私はそんなセリーナにも嫉妬していたのかもしれない」
赤髪の騎士は「ふーん、なんか面倒だな」と言った。
「他人と比べたって仕方ないぞ。……まー俺は母親にもっと人を敬え感謝の心を持てたまには他人と自分はどこが違うかよく比べて考えろって叱られたけどな」
「……そうですか」
ぬかに釘っぽいこの男の母親も苦労したのだろうなと、なんとなくハインツは思った。
「……ま、でも!」
赤髪の騎士はそう言って立ち上がった。
「……アンタとその父親。セリの幸せ考えてくれてありがとな。それだけは、俺も感謝しておく。
……じゃ、な。気を付けて帰れよ」
そう言って男は立ち去った。
ハインツはゆっくりと立ち上がり全く隙のない男のその後ろ姿を見送った。……もしもハインツが今攻撃を仕掛けたとしても勝ち目はないだろうと思った。
「あんな騎士を従えてるなら、セリーナは大丈夫か……」
少しの安堵と寂しさ。
それでも今回の会合に参加できて良かった。
ハインツは向きを変え、もう一つの難関である自国の王子の説得に向かった。
◇
「教皇猊下は、いったいどういうおつもりなんだ!」
レーベン王国のクリストフ王子は荒れていた。
……やっと見つけた愛しい人、セリーナ。……それなのに、彼女は目の前に居たというのに!
「セリーナ嬢は教皇の孫などではない! コレは誘拐ではないのか!? 我がレーベン王国から1人の令嬢を……、伝説の魔法使いを奪い去られたのだ!」
ブルーノ ヒルバート外務大臣は宥めようとするがなんとも手がつけられない。
怒り狂うクリストフのその部屋がノックされ、セリーナの兄ハインツが戻って来た。ヒルバート外務大臣はホッとした。
「ハインツ! どこへ行っていたのだ?」
「おや? ラングレー殿。額が何やら赤くなっておりますぞ? どこかでぶつけられましたかな?」
荒れ狂う王子の気を逸らすようにヒルバートがハインツに言った。
「……はい。セリーナに会えぬかと辺りを歩いておりました。……コレは見知らぬ場所でしたので壁にぶつかってしまいまして……」
「これは跡でも残っては大変だ。『ヒール』。……これで大丈夫でしょう」
そう言ってヒルバートは素早くハインツの治療をした。
「……それで、結局は会えなかったのか。お前達兄妹は仲が悪かったのだったな。それでは余計にセリーナ嬢は出てこないか……」
クリストフは悔しげに爪を噛む。
「それで先程の誘拐説ですが、まあご本人の意思でこちらにいらっしゃる以上は罪には問えませんな。……どちらにしても世界の人々が敬愛する教皇猊下に対しどこへ訴え出るのかという話ではありますが。しかも我らは彼らにとっては異教徒でありますしね」
ヒルバートはそう言ってため息を吐いた。
「くっ……。しかしセリーナ嬢は未成年で……!」
「殿下。セリーナはもう15です。立派に成人いたしております」
この世界の成人年齢は15歳。だからセリーナはどこにでも自分の意思で行くことが出来る。
「しかし! 父親と兄が探しておるのだぞ! そしてセリーナ嬢は私の妃候補で……!」
クリストフはそう考えてはいるが、これは誰に認められた訳ではない。貴族達はもしも王子と『伝説の魔法使い』が結婚するならば喜ぶではあるだろうが……。
「……殿下。我が家はそのお話をお受けしておりません。そして先程のセリーナの様子から、彼女にもそのようなつもりは無いものと思います」
「……そうでございますな。セリーナ嬢は我らを淡々とした感情で見ていたように感じました。恐れながら兄上殿にも殿下にも、好意的な感情は見受けられませんでしたな」
2人の言葉を聞いて、クリストフはカッとした。
「……何を言う! 私はセリーナ嬢を初めて見たあの茶会からずっと思っていた……。彼女も私が声を掛けた時、ほんのりと頬を染めて微笑んでくれたのだぞ!」
しかし、クリストフの言葉を聞いた2人はスッと心が冷えた。
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