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18 教皇と側近

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「……ふむ。一月後、例年通りレーベン王国との会合を行う事とする」


 教皇が魔法鳩の文を読み、一昨年まではほぼ毎年行われていたレーベン王国との会合を告げると側近は驚いた。


「……先ほどの文、でございますか。しかしながら、彼の国はまだ復興がそれ程進んでいないと聞き及んでおりましたが」


 レーベン王国は魔法王国。
 ……その王国は約一年半前、魔物が溢れるという未曾有の大災害に襲われた。

 レーベン王国の誇る有能な魔法使い達であってもその未曾有の大災害になす術もなかったようだと、後に教皇の情報機関によって調べがついている。
 そして最初魔物たちに押されるばかりだった魔法使い達だったが、突然現れた一人の魔法使いによって魔物達は全て殲滅されたようだと。

 周辺国は、その後の魔物の動向とその魔物を殲滅したといわれる魔法使いを恐れ、レーベン王国の様子を窺っている状況だ。

 ……しかし。その後のレーベン王国では魔物達の動きもないが、それをやり遂げた魔法使いの動きもどうしても掴めなかった。……いや、その魔法使いはもうレーベン王国にいないのではないか? と思われるのだ。

 何故ならば、今までレーベン王国は国を魔法によって栄えさせてきたというのに、今回は一年半近く経っても復興の兆しがない。……という事は。

 ……今、レーベン王国にはその偉大な魔法使いはおろか、今までいた多くの有能な魔法使い達も力を振るえない程に弱った状況にあるのではないか……?

 勿論、今下手にレーベン王国に手を出して返り討ちにあってはかなわない。
 確かな情報を掴めるまでは各国はまだ様子見だろう。


 そしてこの状況で、レーベン王国は彼らの国以外の世界の宗教の頂点である、つまりはレーベン王国以外の世界の国々をある程度まとめる力を持つこの教皇との会談を求めて来た。

 確かにあの大災害以前もだいたい年に一度会談はされてはいたのだが、それはどちらかというと教皇側から乞い、そしてレーベン王国は世界の状況を見ておこうか、くらいの感覚でされていたものなのだ。
 少なくとも今まではレーベン王国から是非にと会談の日取りを指定してくる、などという事はなかった。

 ……これは、レーベン王国が切実に今世界が自分達をどう思っているのかを知りたい、もしくはこの世界をまとめる教皇に保護か仲裁などの願い事をしたい、という事かもしれない。


「猊下。あの国とお会いになっていかがなさいますか。……こちらに有利な情報を聞き出しだならば周辺国をけしかけ…………落としますか?」


 側近はジッと教皇を見て言った。

 教皇は就任して早20年になる。その20年の間には様々な裏切りや国の諍いなどもあった。……それをこの教皇は20年の長きに渡り教会有利に治めてきたのである。一部の派閥からは『冷酷無比』などと言われた事もあった。ただの好々爺ではない。


「……ふ」

 教皇は薄く笑った。

 今、教皇の頭には輝く銀髪に美しい紫の瞳の少女が思い浮かんでいた。


 ……とても愛らしくそして魔力の強大なセリ様。……貴女こそが、レーベン王国を危機から救ったという大魔法使いなのでありましょう?

 セリ様はとても可愛くそして心優しいお方。この爺の我儘にもなんだかんだ言って付き合ってくださる。
 そのセリ様がもしも故国の危機を聞いたとしたなら何とも思わないはずがない。

 レーベン王国の高位魔法使い達が束になっても敵わなかった魔物達を一瞬にして葬り去ったというその力を、敵に向けられるだろう。


「……確かに世界で我らが神に与しない国はあのレーベン王国だけではあるがの」


 薄く笑いながらそう答えた教皇に、側近は表情を綻ばせて言った。


「それでは、全世界を我らが神が治めるという悲願が達成されるやもしれないのですね!」


「ふ。……じゃがそれは勝算あっての話じゃ。残念ながら、もし争いになったなら我らは一瞬で消し炭よ」


「……な! しかし今レーベン王国は今までにない程弱っております! そして現在あの国に強き魔法使いが居ないのだとすれば、この好機を逃す手はないかと!」


 側近はそう力強く説得して来たのだが。教皇は遂には笑い出した。


「ふはは……。お前は何を見聞きしておったのだ? あの国には大魔法使い殿がついている。今国におらずともレーベン王国に再び危機があれば必ず大魔法使いは現れる。そうなれば我らは一瞬で終わりじゃ」


 側近は顔を真っ青にした。彼はレーベン王国の惨状を調べて知っているのだ。
 あれだけの事を成し遂げた魔力をもし自分達に向けられたなら……。側近は身震いした。


「……分かったであろう? ……しかし此度のレーベン王国の申し出には、何やら裏があるからのう」

「彼らは猊下に周辺国の動向の確認と自分達の身の安全を確保する為の話し合いがしたいだけなのでは?」

「無論、それもあるであろうが……」


 ……彼らの本当の狙いは『セリ様』ではないのか? いくら転移が出来るとはいえ、彼女が故国に帰っている様子はない。ここに来る以外はあの街で仲間たちとのんびり冒険者をしているようだし、おそらくは故国と連絡も取っていない。セリ様は故郷の話などされた事がないのだ。

 つまりはセリ様はレーベン王国から出奔している状態。そしてレーベン王国ではセリ様を……『大魔法使い』を探しているのではないか?

「……おそらくレーベン王国は大魔法使いを探しておる。今回はその捜査協力の願い出ではなかろうか」

 教皇がそう言うと、またしても側近は瞳を輝かせた。


「……それならば! その大魔法使いの行方が分からない内にさっさとレーベン王国を……!」


「たわけが。すぐに転移で駆けつけられて消し炭コースじゃ」


「ええ……。……ん? 転移……? ッ! まさか!」


 『大魔法使い』の正体に気付き側近は目を丸くして教皇を見た。
 彼は時々転移魔法で現れる教皇のお気に入りの少女を見知っていた。


「……秘密じゃぞ? そうでなければお前は消し炭じゃな」


 あんな可愛い少女が消し炭になどするはずがないとは思うが、この教皇なら別の手を使って自分を消し炭にしかねないと思った側近は大きく何度も頷いたのだった。


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