29 / 62
18 教皇と側近
しおりを挟む「……ふむ。一月後、例年通りレーベン王国との会合を行う事とする」
教皇が魔法鳩の文を読み、一昨年まではほぼ毎年行われていたレーベン王国との会合を告げると側近は驚いた。
「……先ほどの文、でございますか。しかしながら、彼の国はまだ復興がそれ程進んでいないと聞き及んでおりましたが」
レーベン王国は魔法王国。
……その王国は約一年半前、魔物が溢れるという未曾有の大災害に襲われた。
レーベン王国の誇る有能な魔法使い達であってもその未曾有の大災害になす術もなかったようだと、後に教皇の情報機関によって調べがついている。
そして最初魔物たちに押されるばかりだった魔法使い達だったが、突然現れた一人の魔法使いによって魔物達は全て殲滅されたようだと。
周辺国は、その後の魔物の動向とその魔物を殲滅したといわれる魔法使いを恐れ、レーベン王国の様子を窺っている状況だ。
……しかし。その後のレーベン王国では魔物達の動きもないが、それをやり遂げた魔法使いの動きもどうしても掴めなかった。……いや、その魔法使いはもうレーベン王国にいないのではないか? と思われるのだ。
何故ならば、今までレーベン王国は国を魔法によって栄えさせてきたというのに、今回は一年半近く経っても復興の兆しがない。……という事は。
……今、レーベン王国にはその偉大な魔法使いはおろか、今までいた多くの有能な魔法使い達も力を振るえない程に弱った状況にあるのではないか……?
勿論、今下手にレーベン王国に手を出して返り討ちにあってはかなわない。
確かな情報を掴めるまでは各国はまだ様子見だろう。
そしてこの状況で、レーベン王国は彼らの国以外の世界の宗教の頂点である、つまりはレーベン王国以外の世界の国々をある程度まとめる力を持つこの教皇との会談を求めて来た。
確かにあの大災害以前もだいたい年に一度会談はされてはいたのだが、それはどちらかというと教皇側から乞い、そしてレーベン王国は世界の状況を見ておこうか、くらいの感覚でされていたものなのだ。
少なくとも今まではレーベン王国から是非にと会談の日取りを指定してくる、などという事はなかった。
……これは、レーベン王国が切実に今世界が自分達をどう思っているのかを知りたい、もしくはこの世界をまとめる教皇に保護か仲裁などの願い事をしたい、という事かもしれない。
「猊下。あの国とお会いになっていかがなさいますか。……こちらに有利な情報を聞き出しだならば周辺国をけしかけ…………落としますか?」
側近はジッと教皇を見て言った。
教皇は就任して早20年になる。その20年の間には様々な裏切りや国の諍いなどもあった。……それをこの教皇は20年の長きに渡り教会有利に治めてきたのである。一部の派閥からは『冷酷無比』などと言われた事もあった。ただの好々爺ではない。
「……ふ」
教皇は薄く笑った。
今、教皇の頭には輝く銀髪に美しい紫の瞳の少女が思い浮かんでいた。
……とても愛らしくそして魔力の強大なセリ様。……貴女こそが、レーベン王国を危機から救ったという大魔法使いなのでありましょう?
セリ様はとても可愛くそして心優しいお方。この爺の我儘にもなんだかんだ言って付き合ってくださる。
そのセリ様がもしも故国の危機を聞いたとしたなら何とも思わないはずがない。
レーベン王国の高位魔法使い達が束になっても敵わなかった魔物達を一瞬にして葬り去ったというその力を、敵に向けられるだろう。
「……確かに世界で我らが神に与しない国はあのレーベン王国だけではあるがの」
薄く笑いながらそう答えた教皇に、側近は表情を綻ばせて言った。
「それでは、全世界を我らが神が治めるという悲願が達成されるやもしれないのですね!」
「ふ。……じゃがそれは勝算あっての話じゃ。残念ながら、もし争いになったなら我らは一瞬で消し炭よ」
「……な! しかし今レーベン王国は今までにない程弱っております! そして現在あの国に強き魔法使いが居ないのだとすれば、この好機を逃す手はないかと!」
側近はそう力強く説得して来たのだが。教皇は遂には笑い出した。
「ふはは……。お前は何を見聞きしておったのだ? あの国には大魔法使い殿がついている。今国におらずともレーベン王国に再び危機があれば必ず大魔法使いは現れる。そうなれば我らは一瞬で終わりじゃ」
側近は顔を真っ青にした。彼はレーベン王国の惨状を調べて知っているのだ。
あれだけの事を成し遂げた魔力をもし自分達に向けられたなら……。側近は身震いした。
「……分かったであろう? ……しかし此度のレーベン王国の申し出には、何やら裏があるからのう」
「彼らは猊下に周辺国の動向の確認と自分達の身の安全を確保する為の話し合いがしたいだけなのでは?」
「無論、それもあるであろうが……」
……彼らの本当の狙いは『セリ様』ではないのか? いくら転移が出来るとはいえ、彼女が故国に帰っている様子はない。ここに来る以外はあの街で仲間たちとのんびり冒険者をしているようだし、おそらくは故国と連絡も取っていない。セリ様は故郷の話などされた事がないのだ。
つまりはセリ様はレーベン王国から出奔している状態。そしてレーベン王国ではセリ様を……『大魔法使い』を探しているのではないか?
「……おそらくレーベン王国は大魔法使いを探しておる。今回はその捜査協力の願い出ではなかろうか」
教皇がそう言うと、またしても側近は瞳を輝かせた。
「……それならば! その大魔法使いの行方が分からない内にさっさとレーベン王国を……!」
「たわけが。すぐに転移で駆けつけられて消し炭コースじゃ」
「ええ……。……ん? 転移……? ッ! まさか!」
『大魔法使い』の正体に気付き側近は目を丸くして教皇を見た。
彼は時々転移魔法で現れる教皇のお気に入りの少女を見知っていた。
「……秘密じゃぞ? そうでなければお前は消し炭じゃな」
あんな可愛い少女が消し炭になどするはずがないとは思うが、この教皇なら別の手を使って自分を消し炭にしかねないと思った側近は大きく何度も頷いたのだった。
1
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!
突然現れた自称聖女によって、私の人生が狂わされ、婚約破棄され、追放処分されたと思っていましたが、今世だけではなかったようです
珠宮さくら
恋愛
デュドネという国に生まれたフェリシア・アルマニャックは、公爵家の長女であり、かつて世界を救ったとされる異世界から召喚された聖女の直系の子孫だが、彼女の生まれ育った国では、聖女のことをよく思っていない人たちばかりとなっていて、フェリシア自身も誰にそう教わったわけでもないのに聖女を毛嫌いしていた。
だが、彼女の幼なじみは頑なに聖女を信じていて悪く思うことすら、自分の側にいる時はしないでくれと言う子息で、病弱な彼の側にいる時だけは、その約束をフェリシアは守り続けた。
そんな彼が、隣国に行ってしまうことになり、フェリシアの心の拠り所は、婚約者だけとなったのだが、そこに自称聖女が現れたことでおかしなことになっていくとは思いもしなかった。
薄幸の令嬢は幸福基準値が低すぎる
紫月
恋愛
継母に虐待を受け使用人のような扱いを受ける公爵令嬢のクリスティナ。
そんな彼女は全く堪えた様子もなく明るく前向き!
前世でも不遇な環境だった為に彼女が思う幸福は基準が低すぎる。
「ご飯が食べられて、寝る場所があって、仕事も出来る!
ありがたい話です!」
そんな彼女が身の丈以上の幸福を手に入れる…かもしれない、そんな話。
※※※
生々しい表現はありませんが、虐待の描写があります。
苦手な方はご遠慮ください。
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
中イキできないって悲観してたら触手が現れた
AIM
恋愛
ムラムラして辛い! 中イキしたい! と思ってついに大人のおもちゃを買った。なのに、何度試してもうまくいかない。恋人いない歴=年齢なのが原因? もしかして死ぬまで中イキできない? なんて悲観していたら、突然触手が現れて、夜な夜な淫らな動きで身体を弄ってくる。そして、ついに念願の中イキができて余韻に浸っていたら、見知らぬ世界に転移させられていた。「これからはずーっと気持ちいいことしてあげる♥」え、あなた誰ですか?
粘着質な触手魔人が、快楽に弱々なチョロインを遠隔開発して転移させて溺愛するお話。アホっぽいエロと重たい愛で構成されています。
処刑された人質王女は、自分を殺した国に転生して家族に溺愛される
葵 すみれ
恋愛
人質として嫁がされ、故国が裏切ったことによって処刑された王女ニーナ。
彼女は転生して、今は国王となった、かつての婚約者コーネリアスの娘ロゼッタとなる。
ところが、ロゼッタは側妃の娘で、母は父に相手にされていない。
父の気を引くこともできない役立たずと、ロゼッタは実の母に虐待されている。
あるとき、母から解放されるものの、前世で冷たかったコーネリアスが父なのだ。
この先もずっと自分は愛されないのだと絶望するロゼッタだったが、何故か父も腹違いの兄も溺愛してくる。
さらには正妃からも可愛がられ、やがて前世の真実を知ることになる。
そしてロゼッタは、自分が家族の架け橋となることを決意して──。
愛を求めた少女が愛を得て、やがて愛することを知る物語。
※小説家になろうにも掲載しています
婚約破棄は夜会でお願いします
編端みどり
恋愛
婚約者に尽くしていたら、他の女とキスしていたわ。この国は、ファーストキスも結婚式っていうお固い国なのに。だから、わたくしはお願いしましたの。
夜会でお相手とキスするなら、婚約を破棄してあげると。
お馬鹿な婚約者は、喜んでいました。けれど、夜会でキスするってどんな意味かご存知ないのですか?
お馬鹿な婚約者を捨てて、憧れの女騎士を目指すシルヴィアに、騎士団長が迫ってくる。
待って! 結婚するまでキスは出来ませんわ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる