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レーベン王国 会議 その壱

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「ラングレー侯爵が……、筆頭魔法使いが目を覚ましたのだろう!? 早く王宮に出仕させるのだ!」

 そう叫ぶのはこのレーベン王国の宰相。
 それを聞いた若干18歳で本来まだ学生であるハインツ ラングレーは苦々しい思いで答える。


「我が父は目覚めたとはいえ未だ起き上がる事もままなりません。約一年の昏睡状態で身体は痩せ衰え当時の面影もない程なのでございます」


 その答えに会議会場は騒然とした。筆頭魔法使いであった父の力は飛び抜けていて、もし倒れる事なくあのままその立場に居たのなら街の復興は勿論の事、魔物によって荒らされた田畑や河川の復旧も随分と進んでいた事だろう。

「そんな……! 筆頭魔法使いもそのような状態、そして次期筆頭と言われた嫡男も亡くなるとは……。我が国はいったいどうすればよいのだ」

「既に一年以上経つというのに国内はまだこの状態。残る我らの力だけでは国の復興は、いったいいつまでかかるか分からんぞ……」

 弱音を吐くばかりの大臣達だが、今のこの国の不安材料はそれだけではない。近隣諸国の動向。この国がここまで弱り切っている状況を知られたら、周辺国にはこれ幸いと攻め込まれ属国とされる恐れもある。

 しかしそれを分かっていたとしても、皆敢えてそれを言い出せずにいた。あれから一年経ってもこの国の復興がほとんど進んでいないからだ。大多数の国民が酷い状況に置かれている今、戦力の増強などに力を入れれば今度は内側から国民の暴動が起こるだろう。今この国はそれ程切羽詰まった状況なのだ。


「それならば……、魔物を殲滅させた魔法使いを早く見つけ出すのだ!」

 一つの声があがる。

「あれだけの魔物を殲滅させる力を持っておきながら、その後その姿を現さぬ身勝手な魔法使いを探すのだ!」

「そうだ! なんと薄情な奴なのだ! さっさと我が国の復興の為にその力を使うべきであるというのに!」

「いやそもそも、何故これ程の被害が出るまで力を行使せず魔物達を放置したのか……!」


 更に会議は紛糾した。

 ハインツは心の中で呆れてその様子を見ていた。

 ……彼らは、自分たちがどれだけ自分勝手な都合の良い事を言っているのか分かっていないのか?

 これまでレーベン王国の為に身を粉にして尽くした我が父。一年もの昏睡状態から目覚めてまだ思うように動けないその父を気遣うどころか仕事をしろ?

 そしてあの大災害時この国を救ったとされる謎の魔法使い……。その者に感謝をするどころかこのように戦犯扱いをするとは。


 ……我が国を襲った未曾有の事態に現れたとされる、まるで伝説の巨大な魔法力を持った魔法使い。
 初めはこの国の魔法使いの誰かが命と引き換えにでもして大きな力を引き出し魔物を殲滅したのではと考えられたのだ。だがその様な該当者もいない為今では謎の魔法使いが現れたとの説が有力だ。

 ……我が国には伝説がある。この国に危機が訪れる時には偉大な魔法使いが生まれるという。
 しかしあの時この国で一番強い力を持っていたのは父ラングレー侯爵であったし、おそらくその次は死んだ我が兄。その2人でさえあれ程大群の魔物達にいきなり襲われてはまるで太刀打ちできなかった。

 それが、何者か強力な力を持つ魔法使いが一瞬のうちにあの魔物の大群を殲滅した。それを、人々は『伝説の魔法使い』ではないかと言い出しているのだ。

 王国のお偉い方達は今の救いのないこの状況から目を逸らし、何とかその伝説の魔法高いとやらに縋り付き救いを求めているのだろうが……。


「ラングレー侯爵家の長女シルビア嬢は確か奇跡的に生き残られたのですな? 屋敷に住む他の家族が亡くなって彼女だけが生きているのは、もしやシルビア嬢が伝説の魔法使い、という事ではないのか!?」

 元から国一番の魔法使いの家系である我が家では、一番その『伝説の魔法使い』説を疑われている。ハインツも随分と怪しまれたが、残念ながら彼にそこまでの力がない事は明らかだった。

「……何度も説明しました様に、姉は屋敷の地下室におりましたので無事だっただけなのです」

 ハインツはもう何度目になるか分からない説明をする。

「……それなのだが……。何故シルビア嬢は地下室にいて無事であったのに、侯爵夫人は亡くなられたのだ?」

 不躾な質問だが、これも今まで何度も問われた。

「……おそらくは魔物達を娘の隠れる地下に行かせないよう、囮になるために母は出たのではないかと」

 ハインツも、これまでと同じ答えを返す。

 ……実は近頃姉にはこのレーベン王国のクリストフ王子との縁談が上がっている。
 姉は王子よりも2歳年上で特別優秀な訳ではない。通常ならば候補に上がる事はないのだろうが、この非常時に優秀な魔法使いの血筋を王家に残す為、そして他の有力な候補が悉く亡くなった為に姉の名が上がってきている。
 だからこそ姉のその人となりを確かめる為に余計にこの様な質問がされるのだ。

 姉には公爵家嫡男の婚約者がいたが、あの魔物騒動で亡くなった。であるから、一定数姉を王子妃候補にと推す貴族達がいる。


 そこに、ハインツが今までにされた事のない質問が飛び出した。


「……それでは、何故セリーナ嬢は死んだのだ?」


 今まで黙っていた、この国の王子クリストフだった。


 ……セリーナ? 何故殿下がアレの事を?

 そう一瞬疑問に思いクリストフ王子の顔を見る。王子は真剣な顔でハインツを見ていた。

 ……そうだ。この方はいつぞやの茶会でセリーナをお気に召したのだった。見かけだけはかなり美しい少女であった妹。
 ……その時のゴタゴタでアレを領地に押し込めようと家族で決めた。……その晩に魔物達が襲って来たのだったな。


「妹もおそらくは初めは共に地下室に行ったのだと思いますが……」

 ……そうだ。何故あの時セリーヌは地下に居なかったのだろう。姉シルビアとの部屋は近いし、初めは共に避難したはずだ。

「……母である侯爵夫人に、ついて行ったのではないでしょうか。あの子は母にとても懐いておりましたので……」

 ……あの非常時に母を案じ共についていったのだとしたら、アレも案外可愛いところもあったのだな。

 などと、ハインツは呑気に考えていたのだが。


「……それを、侯爵夫人は止めなかったというのか? 娘を案じ命をかけてまで囮になろうとした母親が、安全な地下から娘が共に出る事を許したと?」

 王子は鋭く追及してきた。ハインツはドクリと嫌な胸騒ぎの様な不安が起こる。

 ……確かに。母は地下室を出る時に魔法で鍵を閉めたはずだ。娘を救う為に囮として外へ出たのなら当然そうしただろう。そして魔法の使えないセリーナにそれを開けてまで追う事は不可能だ。


「……それは……。では最初に地下から飛び出したのはセリーナで、それを母が追いかけたのでは……」

「……初めにもその地下室には鍵がかけられていたはずであろう、いったい誰がその鍵を開けたというのだ? セリーナ嬢には魔法の鍵を開ける事は出来なかったはずだ」


 戸惑いながらも答えたハインツに、王子がそう畳み掛けた。


 ハインツは今まで考えもしなかった可能性に気付き動揺していた。
 ……『誰が』魔法の鍵を開けたのか。母でなく、魔法の使えないセリーナでもないのだとしたら……。


 ……そして、ハインツは不意に何故か思い出していた。

 幼い頃、夜中に妙な魔法の気配を感じ部屋を出たハインツが見た、1人廊下を歩く姉シルビアを。セリーナの部屋から出て来たいつもは優しいはずの姉の、……あの恐ろしい横顔を。



 
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