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卒業パーティー
恋人の真実
しおりを挟む「ロジェ コベールにございます。お呼びと伺い急ぎ登城いたしました」
コベール子爵は王宮の、国王の個人的な執務室と思われる部屋に呼び出され少々恐縮していた。
部屋には国王夫妻とリオネル、そして王国の重鎮で元々王家派のランベール公爵が詰めていた。
「コベール子爵。急な呼び出しに応じてもらい感謝する。……実は今回来てもらったのは、レティシア嬢の事。とある筋からレティシア嬢の母君の情報を得たのだが、それが俄かには信じがたい内容でな。それで子爵に確かめたいと思ったのだ」
国王はそう言ってその表情を確かめるように子爵を見た。
「レティシアの母の情報でございますか……。それは如何様な話なのでございましょう?」
動じる事なくコベール子爵がそう問い返すと、国王は頷き答えた。
「レティシア嬢の母君は、ヴォール帝国で行方知れずとなっていた皇女ではないのかというものだ。子爵はレティシア嬢の母は20年前に現皇帝に味方した元貴族だと、そう言っていたが……。それは誠か?」
国王の問いかけにコベール子爵は迷う事なく答えた。
「私は弟アランからそう聞いておりました。そうしてそれをつい最近まで信じておりましたが……。
先日クライスラー公爵閣下とのお話で、真実を教えていただきました。レティシアの母ヴィオレが、ヴォール帝国のヴァイオレット皇女であったという事を」
「なっ……!! そのような大事な事を、何故今まで黙っていたのだ!」
国王夫妻やランベール公爵は驚き、子爵に詰め寄った。
「――それが、クライスラー公爵閣下との約束だったからにございます。閣下はレティシアがこの国を離れるまでは決して誰にも、本人にも話さないようにと念を押していかれました。ですからこの事はレティシアも知りません」
その返答に、国王達は言葉に詰まる。
……クライスラー公爵はやはりレティシアの事実に気付いていた。レティシアが帝国の皇女の娘だとこの王国の者が知れば、彼女の害になると判断したという事だ。
「それは……。……それでは、クライスラー公爵はレティシア嬢をこの王国へ戻さないつもりだという事ですか?」
リオネルがそう尋ねると、コベール子爵はリオネルを安心させるように言った。
「私は閣下がレティシアの帝国での立場を確かにした後、この王国へ戻してくださるものと信じております。
……閣下は若い殿下とレティシアが幸せになれるようにと、そうお考えくださっておられましたから……」
その言葉にホッとしたリオネルはコベール子爵に微笑み、子爵も頷いた。
「……しかし……! クライスラー公爵はヴァイオレット皇女と恋仲であったと聞いております。その皇女の面影を残すのであろうレティシア嬢を、果たして返してくださるでしょうか? そして、ヴォール帝国の皇帝は同腹の妹の娘と知っても我が国に貴重な皇女を返してくださるでしょうか……!?」
ランベール公爵はそう苦言を呈した。
現在のヴォール帝国の皇族には皇女は前皇帝の唯一の子だけだった。しかもまだ7歳。そして現在の皇帝には皇子が1人だけ。現皇帝の子が1人なので帝位争いの可能性は低くその点は良いのだろうが、その皇子に万一の事があればたちまち大混乱となる。
そしてそうでなくとも皇女は政略の為にも必要とされている。数少ない年頃の皇女で貴重な手札ともなり得るレティシアを、既に婚約しているからとそのままこの王国に嫁がせてくれるだろうか? おそらくは帝国側にはなんの旨味もない。
「――それに、何故『行方不明になった皇女』の娘がこの王国にいたのか、という事も問題となるかもしれん。
帝国さえその気になれば、我が王国の者が皇女を拐かしたとして攻め入る口実にされるやもしれぬ」
次に国王が言った言葉にコベール子爵は衝撃を受ける。
……子爵からすれば、帝国から追われていたヴィオレと一緒になった事で大切な弟アランの人生は狂い、コベール子爵達家族も少なからずその影響を受けてきた。ヴィオレに罪がある訳でもなく彼女を恨む気持ちは毛頭ないが、この事を引き起こしたであろう帝国の貴族社会にはある意味かなりの不信感を持っている。
あちらの都合でコベール子爵家はアランをはじめ大変な影響を受けたというのに、それらをこちらに責任転嫁されるのは、非常に理不尽な話だった。……そしてそれを軽々しくその家族に対して責めるように口にしたこの国王にも苦い気持ちになる。
「……陛下!! それは余りにコベール子爵に対して失礼でありましょう! 子爵こそが皇女殿下達を助け支えてくれた1番の功労者であるというのに! もしもそのような失礼な話を帝国に持ち出されたのならば、それはきちんと事情を話し、子爵こそが皇女殿下達の恩人であり感謝し讃えるべきお方だと、そう強く訴えるべきです!」
コベール子爵の困惑した表情と、息子であるリオネルの怒りに触れ国王はその後すぐに謝罪した。
……が、不用意な国王の発言はコベール子爵と息子リオネルに不信感を抱かせたのだった。
「コベール子爵。失礼な発言を謝罪する。……そして出来れば亡くなった皇女殿下の話を聞かせてはもらえまいか」
国王にそう請われたコベール子爵は、簡単にヴィオレの話をした。……とはいっても、子爵もヴィオレとの直接の関わりは殆ど無い。初めて紹介された時に少し挨拶を交わし、レティシアが産まれた時に祝いを述べた程度。
おそらく彼女は王国に来た当初は出来るだけ人と関わらないようにしながら日々平民としての生活に慣れていったのだろう。
そして当時子爵を始めとした周囲の人間は、ヴィオレのその気品や身のこなしを大帝国の元貴族なのだからそういうものだ位にしか思っていなかった。
子爵の弟で夫のアランが事故で亡くなり、そのまま子爵家の領地から姿を消し敢えて人が多い王都の片隅で娘レティシアとひっそりと暮らしたヴィオレ。
そしてその彼女の最期は――。
「……馬車の事故……であると? しかもその相手は貴族の馬車だと……」
国王はその話に思わず倒れ込みそうになった。
『ヴォール帝国の皇女が、ランゴーニュ王国で貴族の馬車に轢かれて死亡した』
……それは、帝国に知られたならばこの王国の王として責任を取らされるべき話だ。
急に顔色が悪くなった国王に、周囲は慌て今日の謁見はここまでとなった。
コベール子爵やリオネルに気遣われながら国王は自室に戻る。それには王妃とランベール公爵の2人が付き添った。
国王は自室の大きなゆったりとしたソファーに座り込み、大きく息を吐いた。
「……あなた。大丈夫なのでございますか? 急に体調を崩されるなど……。ベッドで身体をお休めになられた方が良いのでは?」
王妃は純粋に夫である国王を心配し声をかけた。
しかし、ランベール公爵は自分も顔色を悪くし少し震えながらも国王に進言する。
「……陛下。ヴォール帝国皇帝の『姪』であるレティシア様はおそらく帝国内にもうお入りです。
我が国は皇帝に罰せられる覚悟をせねばなりません」
それを聞き更に顔色を悪くした国王を見て王妃は公爵に言った。
「何を言うのです!? 陛下のご体調が悪いという時にそのように追い詰めるような事を……! コベール子爵も言っていたではありませんか、クライスラー公爵はレティシア嬢を我が国に返してくれるつもりがある、と。彼女がこの王国にそのような事をさせるはずがありませんわ」
「……王妃よ。公爵の言っている事は尤もなのだ。ヴォール帝国は皇族に手を出されて黙っているような甘い国では無い。
実際以前の戦争も元々は帝国の第一皇子、つまりはマリアンナ女帝の兄が隣国の手にかかった事から始まったのだ。……ヴォール帝国での1番大きな罪は『皇族に手をかける事』。それを行った者は一族郎党過去に渡って遡り罰を受ける。その一族ごと抹消されるのだ。当時第一皇子を手にかけた隣国だったその場所には、今はその名も貴族達も全て居なくなった」
国王の話を聞き、王妃の血の気もひいた。青褪め震えている。
「そんな……。けれど当時ヴァイオレット皇女はその身分を明らかにされてはいなかったのでしょう? 平民として暮らす皇女の生死の責任を我が国が取らねばならないというのですか?」
「……その言い訳が、帝国に通じるのならばな。要するに、帝国が我が国を属国にしようと考えるかどうか、といったところか。今回の件は充分その理由付けになるであろうからな」
「ッ! そんな……」
全ては帝国の皇帝の考え一つ。
……そしてもう一つ王が気になっているのが……。
「……陛下。誠に、申し上げにくいのですが……。もしやその件に王太后陛下が関わっておられる、などという事は……?」
ランベール公爵は恐る恐る国王に問いかけた。
国王は苦虫を潰したかのような顔をした。
「……公爵も、そう思うか?」
それを聞いた王妃は真っ青になった。確かに一つ気になっていた事があったのだ。
「……ッ! まさかそれで……!? クライスラー公爵閣下が王太后様に仕える帝国の者を全て国へ引き上げ援助等を一切無くしたのは……ッ!」
ただの喧嘩にしては有り得ない、クライスラー公爵の非情な王太后への対応に国王夫妻も首を傾げていたのだ。
この間のパーティーの件で王太后に対して呆れ果てたという事か? と思っていたが、今回の事が理由と言われれば納得出来る。
……王太后が皇女殺害と関わりがあったからこそ、クライスラー公爵は王太后を切り捨てたのだ。
3人はもう何も言えず、ただ呆然とした。
これからどうすればとか、王太后への恨み言とか、何をどうしてももう遅い。
――全ては、ヴォール帝国の皇帝陛下の考え一つ。我らはただここで静かに沙汰を待つのみ。
そう悟った3人はいつ来るか分からない帝国からの通達に怯えつつ、無事にレティシアがこの王国に戻る事を願うのだった。
ーーーーー
ランゴーニュ王国の王家の人々はレティシアの真実を聞きとても驚きました。
そしてその母である皇女の死に王太后が関わったのであろうことに気付いた国王夫妻とランベール公爵は絶望的な気持ちになったのでした……。
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