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卒業パーティー
恋の行く末 3
しおりを挟む「レティシア。……ここだよ」
今日もレティシアはリオネルとの交流の為に王宮に来ていた。するとリオネルから「見せたいものがある」と王宮の裏庭に連れて来られた。
王宮には素晴らしく美しい庭がたくさんある。折々の季節の花が咲き乱れる庭から、幾何学的な庭までたくさんあり訪れた人々を楽しませてくれる。
そして今日は王宮から一足離れた余り人目につかない庭に連れて来られたのだが……。
「……ッ! リオネル様……。これは」
その区画は、一面の野菜畑となっていた。
レティシアは驚き、それを見つめた。
「ふふ……。どうだい? なかなか素敵だろう?」
リオネルはイタズラが成功したかのように笑った。
……元々2人の出逢いはレティシアが学園の裏庭でコッソリ野菜作りを始めそれをリオネルが見つけた事。その後『予言』の為にリオネルがレティシアから身を引くまで2人仲良く野菜作りに勤しんでいたのだ。
レティシアは感動して野菜畑に魅入る。
「もしかして……、リオネル様はあれからずっと?」
「……レティシアと会えなくなって、私の心はとても渇いてしまった。だから、君との事を思い出しながら少しずつ、ね。今では『王立農業研究所』の職員も関わってくれている。向こうに見える温室は花じゃなくて野菜のものなんだ」
「ッ! そうなんですね! 見せていただいても?」
リオネルはレティシアのその反応に嬉しそうに案内した。そして、ある一つの場所を指し示す。
「レティシア……。これ、なんだか分かるかい?」
「ん……? カボチャ……ですよね。ツルが伸びてますよね」
「これはね。……レティシアにもらったカボチャからタネを取って栽培したんだ。2年経ったから君のカボチャのひ孫だね」
「え……? あ……、あの最初に出来た、カボチャですか?」
「……そう。『1番形もよく美味しい』カボチャ、だよ」
リオネルはそう言ってレティシアを見てニコリと笑った。
……あの時の。
あのカボチャをリオネルに渡して暫くしてから、2人は会えなくなった。王子と会っている事で高位の貴族の方々の不興を買い、嫌がらせを受けてとても辛い時期だった。
リオネルはそれをやめさせる為にレティシアから離れたのだった。
……それでもリオネル様はあの時のカボチャを大事にして育て続けてくれていたのね……。
それは、リオネルがずっとレティシアを想っていたという事。離れる事でしかレティシアを守れなかったリオネルがそれでも彼女を愛し続けていたという『証』だった。
「リオネル様……」
レティシアはリオネルを見つめた。そしてその深い紫の瞳から涙が溢れた。リオネルは優しく微笑みながらそれをそっと指で優しく拭いた。
「レティシア……。この先何があろうとも、私は貴女を愛している。もうすぐ離れ離れになってしまうが、私はその間にこの国をしっかりと立て直す。……レティシアが私の元に帰った時、穏やかに健やかに暮らせるように」
リオネルはレティシアを熱く見つめ、誓うかのように言った。レティシアも涙が止まらないままに自分の想いを言葉にした。
「リオネル様……。私もずっと貴方を……愛しています。貴方と堂々と一緒に居られるように帝国で力を尽くしてまいります。
……私は2年前、貴方と会えなくなって暫くしてやっと何故あんな状況になっていたのか分かったのです。そしてリオネル様への想いも離れて初めて自覚しました。
叶わぬ想いと分かっていても、私は貴方以外の方を好きにはなれなかった……。あのパーティーで、貴方に想いを告げられた時、どんなに嬉しく幸せだったか……」
「レティシア……!」
リオネルはレティシアを抱きしめた。レティシアも驚きつつ恐る恐る彼の背中に手を回した。……そして彼の胸にそっと顔を埋める。するとリオネルは更にレティシアを優しく包み込むように抱き締めた。
「……必ず……必ず、帰ってきて、レティシア。10ヶ月はとても長いけれど……、待っているから」
「はい……。私……立派な帝国淑女になって帰ってきますね!」
「…………ふふ。……楽しみにしてる」
そこでレティシアは視線をリオネルに向けた。
「……リオネル様? もしかして無理だと思ってませんか?」
「いや、レティシアはますます素敵な女性になると思うよ。……ただレティシアらしい素敵な淑女になって欲しいな。型にはまった淑女じゃなくて良いと思うよ。
だけど、約束の10ヶ月で必ず帰ってくると約束はして欲しいけどね」
「それは勿論ですけれど……リオネル様? 私……帰ったら貴方をビックリさせて見せますから!」
リオネルは楽しそうに笑い、それにつられてレティシアも笑った。
そうして2人はひとしきり笑い合った後、気恥ずかしげに身体を離す。そのまま野菜畑の散策を続けたが、その手はしっかりと握られていた。
「――それはそうとレティシア。例の手紙の件だけれど……」
「! ……はい。いかがでしたでしょうか……?」
急に真剣な顔になったリオネル。レティシアはその様子と内容に、背筋をシャンと伸ばして聞いた。
「受け取った時にも言ったけれど、一応家族で手紙の中身は検分させてもらったよ。それで問題なしと確認してから本人に渡させてもらった。アベルはその手紙を読んで……泣いていた」
リオネルはそれからの事を教えてくれた。
レティシアはローズマリーから預かった手紙をリオネルに託した。リオネルは最初は少し渋ったものの、国王と王妃に確認してから検討するとの返事だった。そしてその手紙を、アベルに渡してもらえたのだ。
アベル王子はローズマリー嬢からの手紙を読んだ後、王位継承権もその立場も何もかも返上する代わりにローズマリー嬢との結婚を許して欲しいと、そう懇願してきたらしい。
そしてその暮らしも王家の監視下での慎ましやかなもので良い、今後王位や爵位を求めることも決してない。兄リオネルの為になる事をする、自分の出来る限り王家に迷惑はかけない。……ただ、何処かできちんと働きながら2人で一から始めさせて欲しい、というものだった。
それまでとは打って変わったその真摯な態度に、国王一家は驚き協議したとの事だった。
「……私はアベルがそこまで本気でフランドル公爵令嬢を好いているとは思いもしなかった。2人は『予言』の通りにしたその後、王位と権力を手にする事しか考えていないのかと思っていたからね。それは両親も同じだったようで、お2人は関係者等を集めて協議する事にしたんだ」
リオネルからそう聞いてレティシアは少しホッとして微笑んだ。その様子を見てリオネルは「?」となる。
「レティシア? 君は学園では2人と何も関わりはなかったのだよね? ……それなのに、どうしてそこまで?」
「……はい。確かに私はお2人とは全くと言っていいほど関わりはございません。……でもお2人の事は噂になっておりましたし……」
レティシアはチラとリオネルを見て言った。
「お2人のした事は、決して許される事ではありません。兄であるリオネル様を傷付け執拗に王位や権力を追い求めた。そしてこれは一つ間違えば諸外国へ我が国の弱みを見せる事になり、最悪この国で暮らす人々の生命や財産を揺るがす事態にならなかったとも限らなかったのですから」
意外にもしっかりとした考えにリオネルは驚きつつその話に聞き入る。
「……けれど、若い彼らが幾つかの人生の選択肢を間違え、どうにも出来ない状況からもう逃れられないなんて、余りにも気の毒なのですもの。
……誰でも、間違いを起こしますし辛い時には助けが欲しいものですわ。その蜘蛛の糸にも似た細い糸を掴むかどうかはご本人次第。私はその小さな糸のお手伝いをしたかっただけなのです」
レティシアのその言葉にリオネルは静かに頷いた。
「レティシア……。ありがとう。
私はあのパーティーが無事に終わってから、物事への考え方が少し変わったんだ。今まではずっとあの『予言』に振り回されて恨んでいたが……。
もし『予言』がなかったのなら、私は本当にそれこそ『予言』通りの傲慢な王太子になっていたのではないか? と考えるようになった。それまでの幼かった私は第一王子として甘やかされ自分は1番偉いと思っていた。……レティシア、笑わないでくれ」
リオネルは苦笑しながらレティシアに言った。勿論レティシアは馬鹿にして笑った訳ではない。……あの乙女ゲームでは全くその通り、リオネルは『傲慢な王太子』だったのだから。
「周りもそれまでの私を知っていたからこそ、余計にあの『予言』を信じたのだろう。そして私はあの『予言』のお陰でそれからは自分を律しあの通りにはならずに済んだ。私は最近、『予言』のお陰で『予言』を免れたのではないかと思っている。あんな事は二度と御免だし他の者にあんな目にあって欲しくはないけれどね。
……今のアベル達を見ていて、もしかするとあれは自分だったかもしれないとも感じる。勿論彼らのした事は罰せられなければならないが、救いの道は必要だとは思う。だから、今回のことを有難いと思っているよ。それなりの歯止めは必要だけれどね」
「リオネル様……」
あの『予言』が出された事で1番影響を受けたのはリオネル。全て終わった事で色んな側面からこの結論に至ったのだろう。確かにゲーム通りならば今のアベルとローズマリーの立場にいたのはリオネルやレティシアだったはずだから。
おかしな話だが、ある意味本当に『予言』に助けられたのだ。
「……おそらく今回の件は、ドール王国との縁談は断った上でアベルの王位継承権を剥奪し数年経っても2人の気持ちが変わらなければ、という話になると思う」
リオネルのその言葉に、レティシアはハッと顔を上げ彼を見た。リオネルは少し困った顔をして話を続けた。
「2人が一緒になる事で、まだ燻っている公爵派の貴族やよからぬ考えをした者達が現れないとも限らない。少なくとも数年後、世情が落ち着き私達の結婚後数年は経たないと認められないだろう。
それでも彼らが想い合い一緒になりたいというのなら……、一官吏から始める覚悟があるのならというのが両親の意見だ」
数年後、リオネルとレティシアが結婚し世間が落ち着いた頃……。確かにそれが妥当な気がした。彼らはこれから罰せられそれに耐える時間が必要だという事だろう。……だけどその先に、一筋の光が見えているのなら。
「……素晴らしいご判断だと思います。彼らはその間成長し2人一緒になれる日を励みに頑張れる事でしょう」
レティシアは神妙な顔でそう答えた。
「……そうだね。私達も丸2年以上会えずに、しかも先がどうなるかもわからぬままに過ごしても気持ちは繋がっていたのだ。その時期を耐え抜けば一緒になれると分かっているのなら、その気持ちが本物ならば彼らの願いは叶えられるだろう」
リオネルはそう言って悪戯っぽい笑顔を見せた。
――その後、アベルのドール王国への王配の話は無くなり、彼はそのまま王立学園に通うことになった。そして卒業後に王位継承権を放棄し一官吏として働くと発表される事になった。
フランドル元公爵令嬢は両親と共に領地へ戻り監視のもと慎ましやかな暮らしと一平民としての暮らしをする事になる。そしてその生活態度に問題なければ、将来的にアベルとの婚約を認められると本人達に通達された。元公爵一家はその恩情に生きる気力を見出したようだった。
そうしてリオネルとレティシアはそれからも交流を深め……。とうとう、レティシアのヴォール帝国への出発の日がやって来た。
ーーーーー
リオネルとレティシアは、2年以上離れていた間の分までしっかりと心を通わせました。
そしてローズマリーとアベルにも未来に光が見えました。
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