上 下
12 / 15

十二話

しおりを挟む
 今日も一日が始まる。窓掛けを空け、日の光を入れると、寝台を囲む氷の薔薇が光を受けて煌めいた。氷の薔薇越しに光を受けるエミリオは相変わらず美しい。手に持った薔薇を取り、他の薔薇と同じく花瓶に生けた。

「おはよう……エミリオ」

 私の言葉に声が帰ってくることはないが、日課となった声掛けは自然と口から零れる。エミリオの手を取り、ゆっくりと魔力を分け与えていく。二年以上の月日をかけ、魔力を分け与えた結果なのか、エミリオの魔力は私の魔力を拒むことなく受け入れるようになっていた。乾いた大地が水を吸い込むように、与えられる魔力を余すことなく受け入れるのを見みていると、心を閉ざし、眠ったままであるのに生きようとする気力が感じられる。それが今では、私の支えとなっていた。
 眠り続けるΩをこうして生かし続けるのは、先の見えない暗闇を進んでいるようなものだ。エルネストから聞いたとおり、心中を選ぶ者が多いのもわからなくはないと思うほどに。それでも、エミリオが私の魔力を受け入れ続ける限り、諦めることなどできなかった。
 魔力の流動が止まり、エミリオの魔力の器が満たされた事を感じる。握っていたエミリオの手を離し、未だ余る自身の魔力を練り上げ、一層青く、澄んだ一輪の氷の薔薇を作り上げた。
 花瓶に生けられたものとは違い、一層青く、澄んだ薔薇を作り上げた理由はこれが千本目の薔薇ゆえだ。千日もエミリオが眠り続けている証であるゆえに、喜ばしいものではない。それでも千日、エミリオが私の魔力を受け入れた証であった。

「まだ、眠り足りないのなら眠るといい。お前が私の魔力を受け入れるだけで、私は待つことが出来る……」

 眠るエミリオの手に新しく作った蒼い薔薇を持たせ、その頬を撫でる。朱の差した頬、血の気の戻った赤い唇。それだけを見ると今にも目覚めそうに見えた。

「エミリオ」

 呼びかけても、やはり答えはない。唇を指の腹で撫で、戯れに軽く唇を重ねた。眠っているエミリオに口づけるのは後ろめたさがある。それが唇であれ、手であれどだ。だが、時折、エミリオに触れたい欲に抗えず、口づけてしまう。子供に聞かせるおとぎ話のように奇跡など起こるはずがないと思いながらも、その奇跡が起きるのではないかと僅かに願いながら。触れるだけの軽い口づけを名残惜しく思いながら唇を離す。残念ながら奇跡は起きず、エミリオの寝顔に変化はない。
 今一度エミリオの頬を撫で、身支度をする為に寝台から離れる。体を清め、軍服を纏えば、僅かに落胆した心も落ち着いた。
 部屋を出る直前、もう一度エミリオの側により、顔を覗きこむ。変わらない穏やかな寝顔。

「……昼に一度顔を出す。それまでいい子に寝ていろ」

 そう告げて、額に口づけを落とすと、ほんの僅かに、エミリオのまぶたが揺れた。

「……エミリオ」

 見間違いだろうか。そう思って、名前を呼ぶとゆっくりとまぶたが開き、赤と水色の混じったような瞳が私を見つめた。

「……ヴィ、ル?」

 ぼんやり揺れる瞳。だが、確かに私を見つめ、私を呼んだ。

「……エミリオ、エミリオっ」

 寝台に横たわる体に縋りつき、名を呼ぶ。ああ、どれほどこの時を待ち望んだ事か。

「ふふ……今日のアンタは、泣き虫なんだな。今までの夢でもそんなアンタ見たことないよ」

 小さく笑ったエミリオに、エミリオがまだ夢の中にいると思っていることに気づく。だが、確かにそうだろう。エミリオにとって、私は最後まで王国を侵略する敵であった。今の私とは結びつかぬほどに差異がある。

「エミリオ……ここは夢だと思うか?」
「うん。だって、夢じゃないとアンタの側にいる価値なんて俺にはないから」

 顔を上げ、問いかけた私にエミリオは穏やかに笑う。だが、その心はあの日傷つき絶望した時のままなのだと察してしまう。このまま、夢だと思っていた方がエミリオにとっては幸せなのかもしれない。現実だと知れば、また眠りにつく可能性だってある。しかし、私はエミリオが夢の中で過ごすのを望まない。たとえそれが、エミリオにとって辛い現実であっても。

「エミリオ。ここが夢でないと言ったら、お前はまた夢に戻りたいか」
「え……」
「私はお前が目覚めるのを待ち続けていた。千の月日を。お前の守りたかった物を守りながら」

 エミリオの瞳が揺れる。

「夢……じゃ、ない……?」
「ああ、お前にとって辛い現実かもしれないが……ここは確かにあの戦争を終えた時の続きだ」
「嘘……嘘だ。それじゃあ、俺はアンタの側になんていれない……アンタの側にいる価値なんて……」

 頭を振るエミリオの瞳に涙が滲む。その表情に横たわる体に手を伸ばすと、逃げようと身を捩るが、気にすることなく抱き起こし、腕の中に捕らえる。

「お前の決めたお前の価値など知らん。私は、私がお前を欲したから、こうして待ち続けたんだ」
「……アンタを何度も拒んだのに?体だって……あんな目にあった……そんな俺でもいいのか?」
「構わない。お前があんな目にあったのは私の咎だ。自身を驕り、お前の意思を顧みることなく手に入れようとした。その結果、戦争を引き伸ばし、お前の守ろうとした兵を傷つけ、部下の制御も出来ずお前とその弟に癒えぬ傷を与えた。それでも、お前と共に生きたいと思う私を許してくれるだろうか」

 エミリオが小さく頷き、一筋の涙がエミリオの頬を伝う。静かに泣きはじめたエミリオを抱きしめながら、ようやく報われた日々に思いを馳せた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで

二三
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

隣のアイツは俺の嫁~嫌いなアイツの正体は、どうやら推しのバーチャルストリーマーらしい~

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
夕暮れ寮シリーズ第三弾。 バーチャルストリーマーが好きな榎井飛鳥は、オタク全否定の隠岐聡が大の苦手だった。 だが隠岐の方には実は秘密があって――。 両視点から進む、ヤキモキのラブストーリー!

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

悪辣と花煙り――悪役令嬢の従者が大嫌いな騎士様に喰われる話――

BL
「ずっと前から、おまえが好きなんだ」 と、俺を容赦なく犯している男は、互いに互いを嫌い合っている(筈の)騎士様で――――。 「悪役令嬢」に仕えている性悪で悪辣な従者が、「没落エンド」とやらを回避しようと、裏で暗躍していたら、大嫌いな騎士様に見つかってしまった。双方の利益のために手を組んだものの、嫌いなことに変わりはないので、うっかり煽ってやったら、何故かがっつり喰われてしまった話。 ※ムーンライトノベルズでも公開しています(https://novel18.syosetu.com/n4448gl/)

処理中です...