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八話
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エミリオが目覚めぬままに日々は過ぎていく。食料や薪の貯蔵が済み、あと一、二週間で本格的な冬が来るかという所で、王国側からの使者が砦へと訪れた。
「この度の和平交渉を任されたフェルディナンド・レジナ・フォルミーカと申します」
王国の人間には珍しい金色の髪の男。フォルミーカは王族の家名で、レジナは王位継承権を持つΩに与えられる称号だったはず……随分と地位の高い男が来たものだ。
「ヴィルヘルム・フォン・ヴォルフガングだ。こちらは捕虜の引渡しについての親書を送っただけなのだが……和平とは……王国では随分と話が進んだようだな」
「ええ、あなたと敵対するよりは、和平を結んだ方が利になると判断したのです。私が訪れる前、帝国と一戦交えたと聞いています。二百の兵で二万の軍を圧勝したとか……帝国軍ですら防ぐのが精一杯だった我々しては、あなた方と友好的な関係でいたいのです」
フェルディナンドはそう言うが、つい先日まで戦っていたはずの我々だ。そう簡単に友好的な関係が築けるとは思っていないだろう。我々部隊がが帝国を裏切ったゆえに、未だ遺恨が残る状態であったとしても、国を守る為に我々を引きこみ、帝国からの盾としたいというところだろうか。
「なるほど……まあ、和平については飲むとしよう。我々は王国に興味はない。要求は親書でも伝えたとおり、エミリオ・マルロ、エルネスト・マルロの引渡しだ。それ以外の捕虜に対しての身代金等の要求はない」
「ええ、心得ております。エミリオ・マルロ大尉とエルネスト・マルロ軍曹の身柄はそちらに……。そして、捕虜についてなのですが……人手は必要ではありませんか?もちろん、ヴォルフガング殿の部隊が優秀なのは知っておりますが雑務をするものは必要でしょうし……αばかりでは解消できぬこともあるでしょう?」
露骨なまでの言葉に眉を潜めた。
「……自国を守る為に戦った兵を慰み者として売るか」
「そう言われても仕方ありませんね……国、いえ……王家としては強い血がほしいのですよ。無論、兵だけに背負わせるべきではありません。この度、私は和平の使者として……そして、王国から差し出された献上品としてこちらにやってきました」
フェルディナンドが笑みを浮かべる。諦めを含ませながらも覚悟を決めたような笑み。そこには国の決定を背負わされた、一人のΩがいた。王国もΩが優位な国とはいえ、その程度か。
「その選択が私の機嫌を損ねるとは思わなかったのか」
「多少は。ですが……これが私達の戦い方です。他国から強いαを引き入れることができれば、それだけ国は守られる。王族すら、国を守る為の駒の一つ。この身で国を守る事ができるのなら……αへ身を捧げる事にためらいはありません」
どこの国も王族も難儀なものだな……。正直、捕虜を受け入れる利点もフェルディナンドをここに置く利点もない。だが、それは部隊として考えた場合である。いずれはどこかに属すなり、属さぬままここに単独国家を作るなりを考えると、部下達に対する番なり、伴侶なりの問題は出てくる。それを踏まえると、王国の言い分を受け入れる価値はあるだろう。まあ、捕虜をそのまま引き受ける利点はないと思うが。
「王国の言い分はわかった。だが、捕虜の者達にとって私達は未だに敵であり、遺恨も残ったままだ。そのような者達を受け入れる利点はない」
「兵には、私から説明しましょう。王国の考えに納得いかないものは、元々のそちらの要求通り国へ送り返します」
王族からの説明……それは殆ど命令のようなものだろう。おそらく、ほぼ全ての捕虜が残る事になるであろうと頭を抱えたくなった。
「和平を受け入れて頂ければ、王国から物資の支援なども可能です。食料や薪は間に合ったようですが、衣服や日用品はそうもいかないでしょう?帝国から敵対され、王国と不干渉を貫くより砦の環境は良くなると思うのですが……いかがでしょうか」
こちらの欲しい物資も絡めてくるか……政治と言うものは存外面倒くさいな。戦うだけというのがどれだけ楽なことだったのかがわかった。
「いいだろう。そちらの言い分を飲む。和平を結び、帝国からの侵略を防ぐ代わりに、物資と人材の支援を受け入れる。だが、人材については砦の管理に必要と判断したからだ。交友を育もうとするのは自由だが、発情期等で無理に部隊の者を誘惑したと判断した場合は、貴殿も含め王国へ送り返す」
「承知しました。あなたの寛大な配慮に感謝いたします」
フェルディナンドが深く頭を下げる。王族であっても頭を下げることが出来るのか……。帝国の皇族では考えられないな。
「和平についての文書は用意してあるのか」
「こちらに」
フェルディナンドが差し出した文書に目を通す。内容はフェルディナンドが最初に話したものと同じ内容だった為、こちらで作り直す必要があるか……。
「このままだと私の出した条件と差異がでる。作り直していいな」
「もちろんです」
「ハンス」
「はっ!」
ハンスの差し出した紙を受け取り、和平の文書を作成する。内容は私が述べたものに変え、印を押し、フェルディナンドに差し出す。
「これでいいか」
「……はい。先ほどのヴォルフガング殿の発言と同じものと確認しました。正式に締結させる為に一度王都に戻る許可を頂いても?」
「構わん。私は動けぬからこちらから使者として向かわせた者を再度同行させるがいいな」
「ええ、その方がよろしいでしょう。こちらもまだ信用していただけているとは思っていませんので」
その後、捕虜……もとい、貸し出される人材について、おおよその取り決めを決める。どちらが給与を持つか、どのような労働体制にするかだ。給与は王国持ち、労働体制は発情期のΩに対しては王国側の体制に習ったものになっているが、基本的には私達が帝国側で従っていた時の一兵卒程度となった。
一通り話が終わり、地下にいる王国兵への説得に向かってもらおうと切り出そうとした時、フェルディナンドが口を開いた。
「あの……エミリオ・マルロ大尉に会わせていただく事は可能でしょうか……運命の番を手に入れたαが番を他人と会わせるのを好まぬ事は知っていますが……エミリオとは学友でしたので。無事の確認だけでもしたいのです」
フェルディナンドの言葉に、親書にはエミリオの状態を書いていなかったと思い出す。今の状態を見せるのは酷であろうが……。
「今のエミリオは無事とは言えん状態にある。それでも良ければ会わせても構わない」
「……会わせてください」
「こっちだ」
立ち上がり、自室の扉へと向かう。扉を開け、部屋で眠ったままのエミリオを見せるとフェルディナンドは言葉を失った。エルネストの時のように泣くだろうかと、様子を見ていたがその表情は悲しげではあるが泣く気配はない。王族なのだから感情を抑えるのは得意なのだろう。エミリオの眠る寝台に近寄りフェルディナンドはエミリオを見つめ、呟く。
「……この薔薇はあなたが?」
フェルディナンドの見つめる先には、数が増えてきた氷の薔薇がある。二十を超えようとしているそれは、エミリオの胸の上を覆うように抱かれていた。
「ああ」
「……この状態のエミリオを見て……彼に何があったか、なんとなく察しました。そして、あなたがそれを助けた事も。帝国を裏切ったのは彼がこうなったからですか」
「そうだ」
「そうですか……」
部屋に沈黙が広がる。しばらくして、フェルディナンドが口を開いた。
「彼が生きていてよかった。エミリオをよろしくお願いします」
「……恨まないのか」
「思う事はありますが……こんなにもエミリオの事を想っている人を恨めませんよ」
振り返り笑みを浮かべるフェルディナンド。その瞳は僅かに揺れていた。本心かはわからないが、それでも心の中で区切りはついたようだった。
「ですが、本当にエミリオが運命の番であるなら……私のもう一つの仕事は果たせそうにありませんね」
困ったようにため息を吐いたフェルディナンドに眉を上げる。
「なにがだ?」
「先ほども言ったでしょう?王家は強い血が欲しいと。王家の狙いはあなたの子種ですよ」
」
「お前に興味はない」
「でしょうね。私としても友人の運命に手を出すなどしたくありませんから、どうにか説得してきます。出来なかった場合は、大使として派遣されるでしょうが……まあ、適当な事務仕事でも振ってください」
苦笑するフェルディナンドに一つため息を吐く。これだから国というものは面倒だ。
「さて、エミリオの顔も見れたことですし、捕虜の方々を説得しに行こうと思います。どなたかに案内をしてもらっても?」
「ああ、手の空いているやつにさせよう」
寝台の側から戻ってきたフェルディナンドに頷き、自室を後にした。
「この度の和平交渉を任されたフェルディナンド・レジナ・フォルミーカと申します」
王国の人間には珍しい金色の髪の男。フォルミーカは王族の家名で、レジナは王位継承権を持つΩに与えられる称号だったはず……随分と地位の高い男が来たものだ。
「ヴィルヘルム・フォン・ヴォルフガングだ。こちらは捕虜の引渡しについての親書を送っただけなのだが……和平とは……王国では随分と話が進んだようだな」
「ええ、あなたと敵対するよりは、和平を結んだ方が利になると判断したのです。私が訪れる前、帝国と一戦交えたと聞いています。二百の兵で二万の軍を圧勝したとか……帝国軍ですら防ぐのが精一杯だった我々しては、あなた方と友好的な関係でいたいのです」
フェルディナンドはそう言うが、つい先日まで戦っていたはずの我々だ。そう簡単に友好的な関係が築けるとは思っていないだろう。我々部隊がが帝国を裏切ったゆえに、未だ遺恨が残る状態であったとしても、国を守る為に我々を引きこみ、帝国からの盾としたいというところだろうか。
「なるほど……まあ、和平については飲むとしよう。我々は王国に興味はない。要求は親書でも伝えたとおり、エミリオ・マルロ、エルネスト・マルロの引渡しだ。それ以外の捕虜に対しての身代金等の要求はない」
「ええ、心得ております。エミリオ・マルロ大尉とエルネスト・マルロ軍曹の身柄はそちらに……。そして、捕虜についてなのですが……人手は必要ではありませんか?もちろん、ヴォルフガング殿の部隊が優秀なのは知っておりますが雑務をするものは必要でしょうし……αばかりでは解消できぬこともあるでしょう?」
露骨なまでの言葉に眉を潜めた。
「……自国を守る為に戦った兵を慰み者として売るか」
「そう言われても仕方ありませんね……国、いえ……王家としては強い血がほしいのですよ。無論、兵だけに背負わせるべきではありません。この度、私は和平の使者として……そして、王国から差し出された献上品としてこちらにやってきました」
フェルディナンドが笑みを浮かべる。諦めを含ませながらも覚悟を決めたような笑み。そこには国の決定を背負わされた、一人のΩがいた。王国もΩが優位な国とはいえ、その程度か。
「その選択が私の機嫌を損ねるとは思わなかったのか」
「多少は。ですが……これが私達の戦い方です。他国から強いαを引き入れることができれば、それだけ国は守られる。王族すら、国を守る為の駒の一つ。この身で国を守る事ができるのなら……αへ身を捧げる事にためらいはありません」
どこの国も王族も難儀なものだな……。正直、捕虜を受け入れる利点もフェルディナンドをここに置く利点もない。だが、それは部隊として考えた場合である。いずれはどこかに属すなり、属さぬままここに単独国家を作るなりを考えると、部下達に対する番なり、伴侶なりの問題は出てくる。それを踏まえると、王国の言い分を受け入れる価値はあるだろう。まあ、捕虜をそのまま引き受ける利点はないと思うが。
「王国の言い分はわかった。だが、捕虜の者達にとって私達は未だに敵であり、遺恨も残ったままだ。そのような者達を受け入れる利点はない」
「兵には、私から説明しましょう。王国の考えに納得いかないものは、元々のそちらの要求通り国へ送り返します」
王族からの説明……それは殆ど命令のようなものだろう。おそらく、ほぼ全ての捕虜が残る事になるであろうと頭を抱えたくなった。
「和平を受け入れて頂ければ、王国から物資の支援なども可能です。食料や薪は間に合ったようですが、衣服や日用品はそうもいかないでしょう?帝国から敵対され、王国と不干渉を貫くより砦の環境は良くなると思うのですが……いかがでしょうか」
こちらの欲しい物資も絡めてくるか……政治と言うものは存外面倒くさいな。戦うだけというのがどれだけ楽なことだったのかがわかった。
「いいだろう。そちらの言い分を飲む。和平を結び、帝国からの侵略を防ぐ代わりに、物資と人材の支援を受け入れる。だが、人材については砦の管理に必要と判断したからだ。交友を育もうとするのは自由だが、発情期等で無理に部隊の者を誘惑したと判断した場合は、貴殿も含め王国へ送り返す」
「承知しました。あなたの寛大な配慮に感謝いたします」
フェルディナンドが深く頭を下げる。王族であっても頭を下げることが出来るのか……。帝国の皇族では考えられないな。
「和平についての文書は用意してあるのか」
「こちらに」
フェルディナンドが差し出した文書に目を通す。内容はフェルディナンドが最初に話したものと同じ内容だった為、こちらで作り直す必要があるか……。
「このままだと私の出した条件と差異がでる。作り直していいな」
「もちろんです」
「ハンス」
「はっ!」
ハンスの差し出した紙を受け取り、和平の文書を作成する。内容は私が述べたものに変え、印を押し、フェルディナンドに差し出す。
「これでいいか」
「……はい。先ほどのヴォルフガング殿の発言と同じものと確認しました。正式に締結させる為に一度王都に戻る許可を頂いても?」
「構わん。私は動けぬからこちらから使者として向かわせた者を再度同行させるがいいな」
「ええ、その方がよろしいでしょう。こちらもまだ信用していただけているとは思っていませんので」
その後、捕虜……もとい、貸し出される人材について、おおよその取り決めを決める。どちらが給与を持つか、どのような労働体制にするかだ。給与は王国持ち、労働体制は発情期のΩに対しては王国側の体制に習ったものになっているが、基本的には私達が帝国側で従っていた時の一兵卒程度となった。
一通り話が終わり、地下にいる王国兵への説得に向かってもらおうと切り出そうとした時、フェルディナンドが口を開いた。
「あの……エミリオ・マルロ大尉に会わせていただく事は可能でしょうか……運命の番を手に入れたαが番を他人と会わせるのを好まぬ事は知っていますが……エミリオとは学友でしたので。無事の確認だけでもしたいのです」
フェルディナンドの言葉に、親書にはエミリオの状態を書いていなかったと思い出す。今の状態を見せるのは酷であろうが……。
「今のエミリオは無事とは言えん状態にある。それでも良ければ会わせても構わない」
「……会わせてください」
「こっちだ」
立ち上がり、自室の扉へと向かう。扉を開け、部屋で眠ったままのエミリオを見せるとフェルディナンドは言葉を失った。エルネストの時のように泣くだろうかと、様子を見ていたがその表情は悲しげではあるが泣く気配はない。王族なのだから感情を抑えるのは得意なのだろう。エミリオの眠る寝台に近寄りフェルディナンドはエミリオを見つめ、呟く。
「……この薔薇はあなたが?」
フェルディナンドの見つめる先には、数が増えてきた氷の薔薇がある。二十を超えようとしているそれは、エミリオの胸の上を覆うように抱かれていた。
「ああ」
「……この状態のエミリオを見て……彼に何があったか、なんとなく察しました。そして、あなたがそれを助けた事も。帝国を裏切ったのは彼がこうなったからですか」
「そうだ」
「そうですか……」
部屋に沈黙が広がる。しばらくして、フェルディナンドが口を開いた。
「彼が生きていてよかった。エミリオをよろしくお願いします」
「……恨まないのか」
「思う事はありますが……こんなにもエミリオの事を想っている人を恨めませんよ」
振り返り笑みを浮かべるフェルディナンド。その瞳は僅かに揺れていた。本心かはわからないが、それでも心の中で区切りはついたようだった。
「ですが、本当にエミリオが運命の番であるなら……私のもう一つの仕事は果たせそうにありませんね」
困ったようにため息を吐いたフェルディナンドに眉を上げる。
「なにがだ?」
「先ほども言ったでしょう?王家は強い血が欲しいと。王家の狙いはあなたの子種ですよ」
」
「お前に興味はない」
「でしょうね。私としても友人の運命に手を出すなどしたくありませんから、どうにか説得してきます。出来なかった場合は、大使として派遣されるでしょうが……まあ、適当な事務仕事でも振ってください」
苦笑するフェルディナンドに一つため息を吐く。これだから国というものは面倒だ。
「さて、エミリオの顔も見れたことですし、捕虜の方々を説得しに行こうと思います。どなたかに案内をしてもらっても?」
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