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一章:迷い込んだのは人ならざる物の住む世界

6:黄泉に繋がる戸と鍵を持つ名

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 泣き続ける渉の涙を拭いながら、男は渉へと優しく問いかける。

「しかし、なぜこんなところに迷い込んだのだ?徒人《ただひと》が立ち入ることのできる領域ではないぞ?」
「わから、ない……あれと、目が合ったと思ったら……周りの人が消えて、追いかけられて……」
「ふむ……人の子には、わからぬのも仕方ないか。時は、逢魔が時。迷い込みやすい時間帯ではあるし、土地柄的に迷い込んでもおかしくない場所でもあるが……久しく、このような事は無かったはずだがなぁ」

 渉の返事に仕方ないと頷きながらも男は、考え込む様に首を傾げた。

「体質か、それとも名か……」
(体質?名前?)

 ぽつぽつと呟く男の言葉に渉は涙を流しながら目を瞬かせる。自分がここに迷い込んだのは偶然ではないのか、何か原因があるのだろうかと。

「時に、人の子よ。名はなんという?」
「……稲鍵渉。稲に、鍵……わたるは、さんずいに歩くで渉……」

 普段であれば、見知らぬ人物に、それこそお狐様と言われる神の眷属とか怪しい人物に名前を教える事などなかっただろう。しかし、先の出来事で感情が振り切れている渉はあっさりと名前を口に出した。

「ふむ……なるほど、名か」

 渉の名を聞いた男は、納得したように頷く。

「この戸夜見の地にその名というのであれば、うっかり幽世の扉を開いてしまうのも頷ける」

 一人納得する男に、渉が首を傾げていると渉の様子に気づいたのか、男が困った笑みを浮かべながら口を開いた。

「お主自身の事だから、説明しておくのが筋というものか……だが、どう説明したものか」

 渉の涙を拭う手とは反対の手を顎へと当てる男。僅かばかりの時間二人の間に沈黙が続いたが考えを纏めた男は、渉へとポツリポツリと語り出した。

「この地の名は、戸夜見。戸は、扉の戸。夜見は夜に見るの字が当てられているが……これは後世での当て字でのう。本来は死者の住まう国である黄泉の国。の黄泉の字なのだ。ゆえに本来の地名は、戸黄泉。黄泉に通じる戸のある土地と言う事だ」

 ゆっくり語られる言葉は、あまり国語や歴史が得意ではない渉でも理解できるもの。

(へー、そんな由来なんだ)

 と、素直に感心している渉に、男は理解できていると判断しながら言葉を続けた。

「と、まあ……その名の通り、元々は人の子が黄泉に近い幽世に迷い込みやすいゆえに付いた地名でな。昔は、人の子は迷い、黄泉に近いゆえに幽鬼や妖などの怪異なども集まる徒人《ただひと》には住みづらい土地だったのだ」

 今の発展している様子とは、違う過去の話。

(でも、今は発展している。東京とか、大きな県の大都市ほどではないけど……それでも、大学があるだけ周りも発展しているんだよなぁ)

 県内では、三、四番目程度には大きな市。以前は人の住みづらい土地だったのに、なぜこうも発展したのか。と、渉は首を傾げた。
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