転生冒険者と男娼王子

海野璃音

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1-2.転生冒険者と男娼王子の最初の一日

十五話

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 フレデリック様を抱えて自室へと戻り、フレデリック様をソファーへと降ろす。

「さて……どこから話せばいいか……」

 フレデリック様の正面へと座りながら、俺は収納魔法から果実水を取り出し注いでいく。

「……どうやって、王都から抜け出したんだ?貴族街も、大門も、警備はされていただろう?」
「確かに警備はありますが……意外と出ていく相手には緩いものなんですよ。あれらは元々王都に入ってくるものを防ぐためのものでしょう?」

 フレデリック様からの問いに当時を思い出しながら答える。

「実家には使用人家族の住む建物もありましたからそこから同じ年頃の子供の服を拝借して、髪を短く刈り込んでしまえば、誰も俺をニコラウスとは思いませんでしたよ。家の門番も、貴族街の騎士も、大門の兵士もね」
「使用人の子供と思われるには顔が整い過ぎていたと思うのだがな」
「貴族の子供は髪が長いのが一般的でしたからざんばらに切られた髪の子供の顔が整っていようと貴族には見えなかったのでしょう」

 納得いかないと言った表情のフレデリック様に苦笑しながら果実水の入ったカップを傾けた。

「まあ……そうですね。最初から話しましょうか。どうして、実家から……あなたからも逃げようとした所からも」

 冒険者としての俺の話を聞きたいというフレデリック様の言葉は事実だろうが、どちらかと言えば聞きたいのはこの辺りだろう。あんまり思い出したくないがフレデリック様も当事者だし、話しておくとしよう。

「俺が虐待まがいの教育を実家からされていたのは……王家に提出した証拠で知っていますよね」
「……ああ」
「教育係からの暴言や鞭で打たれる事もあったし、食事に関しては容姿を幼いままに留める為に酷く制限される事もありました」

 実家が俺の教育係に選んだのはうちの家より上位の侯爵家の三男だったか、四男だったかの男。

 本来、フレデリック様の婚約者には侯爵家以上の生まれの人間が選ばれるはずだったのに、魔力が同年代でダントツに多かった俺が王家にその魔力を取り入れる為に選ばれたというのが気にいらず、俺を追い落とす為に痛めつけたというのがアレの本心だろう。

 実際に、鞭打つときにたかが伯爵生まれとか、伯爵家ごとき下位貴族と同等ではないかとか……見下す発言多かったからな……。お前は爵位すらもてない、スペアですらない存在じゃないかと何度思った事か。

 それを親に訴えても、侯爵家出身の学者先生なのだからお前が王宮に行っても恥じにならないように厳しく躾けされてくださっているんだとか、たわごとをほざいて聞いてくれないし、それどころか教育係の助言を肯定するばかり……正直あのまま折れなかったら死んでいたんじゃないかと思う。

「成長するにつれて教育係は俺をいたぶる事を隠さなくなり……このままじゃ、身体的、精神的どちらかで死ぬかもしれないと思って出奔する事を決めました。最後に反撃する事も決めて」

 伯爵家とは言えど、上位貴族に当たるからそれなりに金はあったし、死蔵されていた魔道具も複数あった。その中から映像記憶の魔法や録音の魔法を刻まれた魔石をくすね、教育係の暴言や暴力、教育係からの虚偽の報告を信じた両親からの叱咤、過激すぎる食事制限などを記録し、出奔する直前に王家へと渡る様に仕向けたのである。

「あれだけの証拠があったのなら……王家に保護される選択肢もあったのではないか?……今の私からしたら出奔してくれてよかったとは思うが」

 フレデリック様の言葉に苦笑する。

「確かに、その様な選択肢もあったと思います。ですが、長年虐げられ自尊心を失っていた俺としてはあなたから離れた方があなたにとって幸せな事だと思っていたのです。それこそ、王宮であなたと出会うあの日まで」

 今でこそわかるが、あれも一種の洗脳だったのだろう。洗脳されていた俺があそこまでの反撃をされるとは教育係も実家も想像していなかったと思うが。

「なるほどな……まあ、アレを見てたらお前がそう思うのも仕方のない事だろう。だが、私は知らなかったが……父上は知っていたようだ。時折伯爵家に影を派遣していたようだからな。なぜ、もっとお前を上手く依存させられなかったのかと失望された」
「……フレデリック様は悪くないでしょう?」
「お前も私も……親にとっては道具でしかなかったと言う事だろう。あの人に愛された記憶などないしな。お前を失ってから私の側に居てくれる者はいなくなったし、父上は側妃と弟にのめり込んでいくばかり……次期王太子候補として育てられてはいたが、お前が婚約者であった時から私は父上の視界に入っていなかったのかもしれん」

 当時を思い出したのかフレデリック様が重い溜息を吐く。確かに、当時から国王のフレデリック様への態度は義務的なものがあったように思える。フレデリック様のご母堂は隣国から嫁入りされた王女で、王妃として迎え入れられたがフレデリック様が幼い頃に亡くなっていた。乳母もいたらしいが、俺との婚約前に離されたと聞いている。

 考えるなら俺より扱いはマシだったとはいえ、フレデリック様もまた放置され虐げられていた幼少期と言えなくもなかった。

「お前と会う時が一番楽しい日々だった」
「……俺もです。あなたが居たから辛い日々も耐えられた。最終的には逃げてしまいましたけどね」
「生きていてくれただけでも十分だ。あのような仕打ちを受けていてもお前は箱入りの令息だったからな……出奔してから一年見つからなかった時点で生存は諦めていた」

 その時の記憶を思い出すかのようにフレデリック様は瞼を閉じる。

「私では頼りにならなかったのかと後悔もした。だが、今のお前を見ていたらあの時のお前の行動が最善だったのだろう。こうして、同じ時を過ごせるようになるなど二度とないと思っていたからな」

 瞼を開き、フレデリック様は柔らかく微笑む。

「……これからは、ずっと側に居ます。この十五年、離れていただけずっと」
「そうか」

 俺の言葉にフレデリック様が満足気に頷き、ソファーから立ち上がって俺の側まで近づいてくると、俺の膝の上に腰を下ろした。

「フレデリック様!?」

 突然の行動に驚く俺を気にする事もなくフレデリック様は俺の肩に頭を預けるようにもたれ掛かる。

「どうにも一人では落ち着かなくてな。このまま続きを聞かせてくれ」

 俺の肩に頭を預けながら見上げてくるフレデリック様に理性が揺らぎそうになりながらも話を続けるのだった。
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