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四章 ”しごでき”部下と社員旅行

(4)しごでき部下と自由行動

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 社員旅行二日目は、自由行動の散策。
 久世は前々から水野くんと行動を共にすることを決めており、トラブルメーカーとコミュ障の組み合わせの保護者として彼らはチームリーダーの私の同行を求めた。加えて久世の隣には朝食会場からぴたりと張り付いて離れようとしない相田さんがおり、相田さんもまた我々がチームとして世話になっている人だから邪険にするわけにもいかず、今日はこのままこの四人で動くことになるのだろうと私は半ば諦めの気持ちでいた。

<昨日はおまえの都合に協力したから、今日はこっちに協力しろ>

 喜田川からそんなメッセージが届いたのは、ホテルを出発したバスから降りて三々五々に散策が始まろうというときのことだった。

「よっ!」

 なとどいう軽快な調子の喜田川と、同じく一課でチームリーダーを務める戸田さん。そして戸田チームの男性社員がにこにこしながらやってきたかと思えば、あれよあれよという間に、相田さんを丸め込み攫っていってしまったのである。
 なんでも戸田チームの彼が相田さんとお近付きになりたいそうで、照れる彼の横で相田さんはわりと必死に抵抗を示したものの強引なチームリーダー二名には敵わず、そして協力を仰がれた私はにこやかにそれを見送った。

「それじゃあ、予定通りに僕らでいきましょうか」

 晴れ晴れとした様子の久世に誘われ、私たちはこうしてぶらり旧軽銀座散歩となったのだった。
 天高く爽やかな秋晴れ、そして人通りの多い観光地の休日となると、人の視線は景色や店に注がれ久世航汰という存在はそこまで目立つことなく人混みに紛れることができる。私たちは人の間を縫うように歩きながら通りに面した様々な店を見て、参加できなかった野本さんへの土産を見繕った。
 一本細い路地に入り込みんだところ、ちょっとしたスペースで、我楽多市と称したフリーマーケットが行われており、表通りよりは人も少なかったこともあって、私たちはそこを覗いてみることにした。

「へぇ、いろんなものありますね。こういうごちゃごちゃっとしたの、僕わくわくします。水野さんは?」
「はい」

 ふたりの短いやりとりにこっそり和みつつ、その時、ふと目の端に留まったものに私は足を止めて久世に声をかけた。

「ねぇ、久世。これ──」
 振り返った久世は、私が示す先にあった銀と青で塗装された、ところどころ色剥げのあるフィギュアを見るや、即座目の色を変えた。

「ウルティメイト・ネオッ!」

 それはジャスティスリーグという久世が好きな特撮シリーズに出てくるキャラクターフィギュアだった。彼の唯一の趣味と言ってもいい。私も子供の頃に放映していた際は目にしていたが、久世の部屋にはこのシリーズのヒーローや怪獣のフィギュアが棚にぎちぎちに詰まっているのだ。
 どうやら中古のおもちゃを扱っているスペースのようで、スペースの主からどうぞと示された籠の中にも三百円の値札を付けられたソフトビニール製の人形が山と積まれていた。

「はぁあライジングネオだ。これもう売ってないんですよ」
「……しかもこれは限定版ですね。通常ソフビより一回り小さいので、ネオのアクティベートネオライザーに付属していたものでしょう」

 久世にそう告げたのは他でもなく水野くんだった。

「水野さん、もしや……ジャスティスリーグ……」
「リーグヒーローそのものより、ぼくは怪獣の造形のほうに興味があり……」
「僕、ネオが一番好きなんですが、怪獣だとデスドルドの胸の形状がかっこいいと思っていて……」
「……新ジャスティスリーグシリーズで新規登場した根源的脅威ジマに通ずるものがありますね」
「わかる……じゃあネオの弟子になったゼータで出た爆撃超獣グルジオボロスは? 造形はシンプルですが、ジマ同様に設定も込みでよく作られていますよね」

 その瞬間、通じ合うものがあったようで、ふたりはがっちりと固い握手を交わした。スペースの主もまた深く頷いていた。
煌めく満面の笑みで久世は私を振り返る。もしも彼が犬であれば、今頃千切れんばかりに尾っぽを振っているに違いない。

「身近に同士がいたみたいでよかったね」
「はい!」
「気になってるならふたりでいろいろ見せてもらったら? そっちの籠の中にあるソフビは、それこそグルジオボロスでしょ?」
「ほんとだ! 旧ジャスのソフビが多いですけど、新ジャスのも結構ある。真咲さん、詳しくなりましたね!」

 そりゃ家で過ごす度あんだけ見てりゃ覚えるだろ、と思うのと同時に普通に名前を呼ばれたことに気が付いた。夢中になっていた久世も途端やらかしたことにはっとしたようで、すぐさまぎこちない動きで水野くんの様子を窺う。

「羽多野さんも詳しいんですか? ジャスティスリーグ」
「く、詳しいというほどでは……私も、子供のころ見てたから」
「グルジオボロスの登場は四年前ですが」

 そうですね。私も久世に見せられたのは最近です。

「い……いま、シリーズを履修中でさ」

 水野くんの純粋な眼差しに耐え切れず答えると、彼は「そうだったんですか」と生真面目に頷いた。

「ちなみにどの程度」
「え……新ジャスのほうの半分くらいは見て、今放映中のやつは毎週見てて、あとギャラクシーバトルのほうは最新まで見てキャラクターと関係性は覚えたよ」
「今シーズンのものからビデオオンデマンド作品であるギャラクシーバトルまで? まさか有料コンテンツ会員なんですか? ガチでは?」

 まずい。水野くんを曖昧さで混乱させたくなくて誠実に答えようとすればするほど、墓穴を掘っている気がする。

「あ、あの、僕が羽多野さんに貸したんですよ、ギャラクシーバトルのブルーレイ。移動中の雑談で趣味の話になって、そこから。ね?」
「うん、そう。子供の時見てた以来だったから、今どうなってるのなぁって、そしたら割と面白くなってきて」
「ギャラクシーバトルの最新作はまだ円盤化していません。有料会員向けのネット配信だけです」

 血の気が引く。

「……俺ん家で見ました」
「白状しなくていいだろ!」



 閑散とした広場に見つけた東屋で、私と久世の関係を水野くんに打ち明けると、彼は見ているこちらがいたたまれなくなるほど恐縮し、俯いてしまった。

「すみません……ぼくが空気を読まず、余計なことを根掘り葉掘り聞いてしまって……」
「水野くんのせいじゃないよ。疑問に思ったことを聞くのは自然なことだから。ただ、我々は事情があって付き合ってることを大っぴらにできないもので」

 水野くんは両手で顔を覆って深いため息をこぼす。

「わかっていらっしゃると思いますが、こういう機微に疎くて、ぼく、全然気づかなくて」
「僕も羽多野さんも気づかれないように頑張っていたんですから、それでいいんですよ」
「羽多野さん、恋人のことは秘密にしたいっておっしゃってました。なのに、暴いてしまって……本当に申し訳ありません」
「大丈夫、大丈夫。こうなった以上は仕方ないから、ね」
 
 視線を向ければ久世も頷く。

「謝るより、水野さんには協力してほしくて。図々しいことを言うようですが、僕たちのことは黙っておいていただけると助かります」
「……それだけで、いいんですか?」
「言えるタイミングになったら、僕か羽多野さんからちゃんと公表しますから。準備ができていないのに、周りに騒がれてそのせいで一緒にいられなくなることを避けたいんです」

 水野くんは小さく頷くと顔を上げて私と久世を見やった。

「わかりました。黙っておくことは得意です」
「ありがとう、水野くん」

 久世と目を合わせてほっと胸をなでおろすと、水野くんは私たちを前に薄く笑った。

「お、お似合いですね。……一度、言ってみたかったんです。この台詞」
「水野さん、ありがとうございます! 俺たちお似合いですって、真咲さん。あれ、顔赤いですね」
「恥ずかし……」
「見てください、水野さん。真咲さんて、この通りめちゃくちゃかわいいんです。俺ほんとは誰かにすげえ惚気けたくて、水野さんよかったら聞いてもらえます?」
「久世!」
「……本当に、お似合いです」

 てれてれと気恥ずかしそうな水野くんにそろって微笑んでいると、彼は急にはっとして立ち上がった。

「あのっ、ぼく、邪魔ですよね。恋人ならふたりで過ごしたいものでは!?」
「いいよ、いいよ。社員旅行なんだし」
「で、でも、実は、先ほどのフリーマーケットにちょっと気になったものがあって、ひとりで購入を検討したいというか……ここで、おふたりで少しの間待っていていただくことはできないでしょうか」

 そういうことなら、と私と久世は水野くんの帰りを東屋で待つことになった。
 気を遣ってくれたのだろうかと思う反面、水野くんの場合、本当にひとりでないと買うかどうかを決め切れないという可能性がある。

「はい、真咲さん。お待たせしました」
「ありがと」

 すぐそばの通りにあったジェラートの移動販売車に向かっていた久世は、私にグレープとバニラで半分ずつ構成された大きなジェラートアイスを渡して木製のベンチに腰を下ろした。

「久世のそれは何?」
「これはレモンティーです。アイスでかいからふたつは多いし、真咲さんの一口もらおうって思って」

 あ、と大胆に久世は口を開ける。

「いきなりかい」
「グレープもバニラもどっちもほしいです」
「混ぜる?」
「わけてくださいよ」
「じゃあ二口じゃん」

 刺さっていたスプーンでまずは紫のジェラートを掬って久世の口に運ぶ。バニラに移る前に私自身も一口掬い取って食べると、口の中に葡萄の爽やかな甘みと酸味が広がった。

「へぇすごいおいしい」
「二日酔いに効きますねえ」
「やっぱ飲みすぎたんだ」

 ほれ、と今度はバニラを食べさせると久世は「んーこれ濃いッ、そして甘い」と言って長い脚を伸ばした。

「こういう時間が持てるとは思いませんでした。水野さんに感謝しないと」
「そうだね」
「真咲さん」
「ん?」

 ジェラートから顔を上げると、唇を塞がれた。

「……バニラ味」
「くーぜー」
「すみません、我慢できませんでした」
「外だよ」
「ごめんなさい。俺、真咲さんのことになると自分で思ってる以上に余裕ないみたいで。誰かに酷いこと言われたら許せないし、嬉しい言葉聞いたら舞い上がって、ふたりきりだと触れたくてどうしようもなくなる」
「同じだよ。私だって」
「そうですか? 真咲さん、こういうときいっつも大人じゃん。俺ばっかダサいところ見せてんなぁって悔しいのに」
「こっちだって、相田さんにベタベタされてんの見て内心はらわた煮えくりかえってたわ」
「えっ、ヤキモチですか?!」
「妬くでしょそりゃ。オフィスでも酷いのに、昨日と今日はあからさまだし、取り返して私のですが? って言ってやりたかった。顔こわばってないか、そればっかり考えて」
「あはっ」

 照れた顔で笑う久世を横目にジェラートを無心に食べた。

「愛されてますね、俺」
「自覚してください」

 ふと気づけば少し離れたところに水野くんの姿があった。
 こちらの様子を窺っていたようで、手を振ってからふたりで手招きをすれば、いそいそと足を進めてやってくる。目当てのものは悩みに悩んで購入を諦めたらしく、その後は集合時間までジャスティスリーグの話でめちゃくちゃ盛り上がった。

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