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黎編
24話 動きだす
しおりを挟む勇太{side }
黎が監禁されてから───1ヶ月が経った。黎はいまだに監禁されたままだった。
助けたいが、おれだけでは正先生には叶わない。
情報もない。
考えても考えてもいい案が浮かばない。
正先生と黎のいる場所もわからない。
兄貴には話せない。兄貴が黎のことを心配していることはよくわかっていた。
朝、いつも黎、今日も学校来てないね…とため息をついていた。
────兄貴に教える。
その方法もあるが…それは色々リスクが高かった。正先生に兄貴には伝えるなと脅されているということもあるが。もっと、根本的なことだった。
兄貴が心配するから?危険にあわせなくない?
いや、それだけではない──。
心配なのだ───兄貴が何をしてしまうのか…わからないのだから。
はぁっとため息を吐きながらおれは家に帰る。ドアをがチャッと開けると─
そこには高そうな靴がきれいに置いてあった。
おれは目を疑った──まさか。
おれは急いで靴を脱ぎ捨て走って自分の部屋へ駆け込んだ。
バンっと部屋のドアを開けると──
そこには、─────あいつが。
「やぁっ!勇太君、久しぶり~!
会いたかったよ~~!勇太君も会いたかったでしょ!?ねぇっ!」
おれの椅子に座ってくるくると体を揺らしているのは──海翔だった。
おれが───ずっと会いたかった相手だ。
「っ────てめぇっ!!」
おれは海翔に思いっきり掴みかかった。
「えぇ!?どうしたの?勇太君、今日は積極的だよね♡」
海翔はあはあはっと笑っておれにそのまま掴まれていた。
「─────てめぇが…てめぇのせいだろうがっ!!」
「え?いきなりなに?」
海翔は知ーらないといったような言葉、表情を並べていた。
「ふざけるなっ!!黎の兄貴がここに教師として就職したのも、おれへの脅しのかけ方も──てめぇが仕組んだことだろ!!」
「仕組んだ──?」
「あいつが…正先生がそう、言ってたっ!!」
「…あぁ。」
海翔はそう頷くとはぁっと息を吐いて下を向いた。
「…まぁ、認めるよ。僕は正に黎君の居場所を教えた。でも、本当は教える気なんてなかったんだよ?
…正が教えて、教えて~ってうるさいから教えちゃっただけ。」
わざとじゃないっと海翔は頷いた。
「でもさ…そんなに悪い話じゃないと思うんだけど?
勇太君的には。」
「は?」
「そうでしょ?黎君っていうゴミを大切な亮君から離してあげたんだから。
僕はこれでも勇太君のために動いたつもりだったんだけど?」
海翔はきょとんっとしながら首を傾げた。
「勇太君だって黎君が邪魔だったんでしょ?今はいいかもしれないけど…
これから黎君は自分の気持ちにどんどん貪欲になっていく。
勇太君が黎君に亮君をとられるまえに手を打ってあげたんだけど?」
「なっ…」
「そうでしょ?黎君は亮君にとって特別な存在なんだから。いつ、恋に移り変わるのかもわからない。
僕はそうならないために黎君をちょっと移動させただけ。
監禁の件だって確かに勇太君の働きかけで少し監禁期間が早まった。
けど、今頃、もし勇太君が手を貸さなくとも黎君は確実に正に監禁されていたはずだ。
期間は早いけどいずれはそうなっていた。
それに君は先に監禁されると予測して黎君に伝えてあげていた。
それを───いかせなかった黎君に否があると思うけど?」
ベラベラと海翔は話し始めた。自分の中で色々な感情がぐちゃぐちゃになる。
「監禁する方が悪い。
けど、監禁されるとわかっていて手を打たなかった黎君も悪いよ。
───今なら、勇太君は逃げられる。
なかったことにすればいい。
黎君がこのままずっと閉じ込められれば君は亮君をそばに置いていられる。
取られることもない。
黎君は君を…睨むかもしれない。
いや、黎君の性格上恨むことも低い。
もし、恨まれたとしても黎君は監禁されているのだから…何も動けないよ。
よって…君は自由だ。何も気にしなくていい。
ただただ君は亮君のそばにいてさえすへばいい。
もう、なかったこときすれば…君は幸せを手に入れられる。
罪悪感があるかもしれない。
でも───そんなの、時が経てばすぐに捨てられるよ。」
海翔はにこにこしながらそう話した。
バカみたいに清々しい考えにおれはため息を吐いた。
「…お前…バカじゃねぇの?」
「…ほう。」
おれがそう答えるとうんうんっと頷いておれの心理を呼んでくる。
「…そっか。君は過去、黎君に助けられたもんね。捨てられないよね。
ここで捨てたら──自分のことを君は責めてしまうんだ。
君は罪悪感を隠しきることができないってわかっているもんね。
…それに、僕が思っているよりも君は黎君を大切にしているようだ。」
うんうんっと海翔は頷くとにこっと笑った。
「君にとって───黎君の存在は憧れだった。昔も…そして今も。
それに君は黎君に借りがあるはずだ。
それが───心の中でぐちゃぐちゃになってるんだよねぇ。」
わかったようにうんうんっと頷く。
おれの思考を読んでいるかのようにおれを見ていた。
気持ち悪いっ…と心はそう言っているが…海翔の話は全て真実だった。
「…てめぇ…、そこまで知ってておれが何を言いてぇのかわかるか?」
「うん、黎君の今いる場所。住所が欲しいんだよね?」
───ずばり、的中した。
「────そうだ。」
「うん、いいよ~。」
誤魔化されたりいやだと拒否されたりするのだと思っていたのに海翔はそのような身振りを見せなかった。
そして…改めて思う。
「お前…」
「え?」
「てめぇは──何がしてぇんだ?」
こいつの───目的。
「目的?特にないけど。」
さらっと海翔はいうとペンと紙を取り出しさらさらと文字を書いていた。
「ただ…僕は勇太君のことが大大、大好き~♡だから何か手伝いがしたかっただけだよ。」
「…ちげぇだろ。
なんで…おれのキャラのこと正先生が知ってるんだよ。」
「それは~正が頭良すぎるのがいけないんだよ~。」
あははっと海翔は笑いながら答えた。笑い事ではないことを海翔も知っているはずなのに…
「まぁ、正にバレたけどいいよ。
どうせ、正はもう、ここにいられなくなるだろうし。」
「は?」
「君が──正を懲らしめるんだよね?
だから…もう、大丈夫だよ。」
はいっと海翔は住所の書いた紙を渡すとがんばって!っとおれにエールを送った。
その表情、仕草が…とても苛立った。
「…っ、てめぇ…は結局、どっちの味方だよ。」
「え?僕はいつでもどこでも勇太君の味方だよ!勇太君だけに恋するピュアな乙女だよっ♡」
気持ち悪い声を上げて海翔は笑った。
「──死ねよ。」
おれはそう吐き捨てた。
「さて、勇太君と沢山話せたし…もう、帰ろっかな。」
海翔はそういうとよっこらしょっと椅子から降りた。
「あ、早く黎君のこと助けてあげてね。」
「は?」
「早くしないと───黎君の大切なもの…全部取られちゃうよ。」
海翔はそういってにやにやと笑うと
「もし、それをとられたら───黎君は、本当に壊れてしまうよ。」
と言い捨ててそのまま家から出て行ってしまった。
「…は、大切な…もの?」
おれはわからず、首を傾げた。でも…海翔の表情が真剣であったから…とても怖かったのだ。
海翔が家に出て行ってからしばらく時間が経った。渡された紙切れを見ながらおれは考えていた。
一秒でも早く助けにいきたい気持ちを抑えてしっかり考えなくては…っとおちついている自分がいた。
考えていると──
「ただいまぁ…。」
兄貴が家に帰ってきた。飛びっきりの笑顔でお兄ちゃん、おかえりなさいっ!大好き♡と飛び込みたいところだが…今はそうする気分ではさらさらなかった。
「…お兄ちゃん、おかえり…。」
あははっ…と無理やり笑って見せると兄貴は心配そうな顔をしていた。
「…勇太、大丈夫?…元気ないね。」
「…あ、うん。まぁね。」
「…黎、どこに行っちゃったんだろう…。」
兄貴は呟いてはぁっとため息をついた。
「おれね…、黎と同じクラスで…いつも一緒にいたから黎のこと沢山知ってると思ったんだ。
でも、ふと黎がいなくなったら…おれ、黎のこと何もわかってなかったって…気づいたんだ。
黎が…学校に来ないのが…つらい。
おれが…何かしちゃったんじゃないかって…。
黎が───大変なときにそばにいてあげられない──それが、とても悔しいよっ…。」
兄貴はそういって手を握りしめていた。手は握りしめ続けていたのか血の痕が残っていた。
「て、ごめん。勇太の方がつらいのに…おれが…こんなこと言って…」
兄貴はそういって笑った。
そんな────こと。
おれが…いけなかった。おれが…。
おれが────黎を守れなかったから。
「あっ…兄貴っ…!」
おれは兄貴に言おうとした。
自分一人では無理だと思ったからだ。
けど───本当に良いのか?という思いもある。
だって────兄貴はっ…
「─────あっ。」
兄貴がそう声をあげた。
ふと、兄貴を様子を伺うと兄貴は携帯を見ていた。
「────黎からラインだ!」
兄貴は嬉しそうに携帯を眺めていた。
───ライン?黎から?
そんな──訳がない。黎がラインできるか?監禁された状態で──。
──────出来るわけがなかった。
「よかった…っ!黎っ、なんだろうっ…!」
「まっ────兄貴っ!」
おれが兄貴から携帯を奪おうとした。
けど────遅かった。
黎のラインから送られてきた写真をおれも亮も見てしまった。
それは─────衝撃的な写真だった。
写真には黎が写っていた。だが──衝撃的なのは黎の哀れな姿だった。
赤い痕、叩かれたような痣。
死んだような瞳の黎がそこには写されていた。
そして───体中に白い液体。
────両手、首に鎖がつけられ、全裸の姿の黎。
─────こんなの、見て冷静でいられる訳がない。
おれの温度がどんどん低くなっていく。
黎は───今、酷い状況にいて、それを1ヶ月間、ずっとずっと…。
1人で──────。
みたくなどなかった。
こんな─────酷い姿の黎を。
海翔が言っていたことを思い出す。
『早くしないと──黎は壊れてしまう。』
その意味がひしひしとわかっていった。黎は───、今までどうやって生きてきたのだろう。
そう、考えるとおれは震えが止まらなかった。
おれは呆然として何も言えずにいた。
兄貴は隣で携帯をじっと見つめていた。しばらく時間が経過した。
おれも、兄貴も話せずにいた。
おれは、ずっと永久に続くのではと思われる沈黙を破った。
「兄貴っ…」
声を掛けたがいいが、なんて言えばいいのかわからなかった。
だって…兄貴は黎が監禁されていたことを知らない。
いきなり──この写真を見たのだ。
「─────っ黎が…」
「え?」
「…黎が…言ってたんだ。」
「…何を?」
「───自分に危害を与えたら…って。」
兄貴はボソボソとそう呟いていた。
「…勇太、これ…やったのって黎のお兄さん…正先生だよね…?」
兄貴は弱々しい声でそう尋ねた。
「…そうだよ。」
おれはその問いを肯定した。もう、隠すことなんて出来ない。
「…そっか。」
兄貴はそういうと…
「─────あはっ。あははっ、あははっ!!!」
奇妙な笑みを浮かべ笑い出した。
「…兄貴?」
おれは突然のことで戸惑う。…そりゃあ、いきなり笑い出すんだから戸惑うだろ、しかも──何で、笑ったのかがわからないから尚更だ。
「──────っふざけやがって。」
バンっと兄貴は携帯を投げつけた。
投げた携帯は床に落ち画面が粉々に割れてしまった。
「っ…!?」
兄貴の反応にさっきから戸惑いが続く。
「…ねぇ、勇太は黎の居場所、知らない?」
「あ、…知ってる。」
おれは、そういってとっさに海翔に渡された紙切れを兄貴に見せた。
「そう、貸して。」
兄貴はおれが持っていた紙切れをじぃっと見るとはぁっとため息を吐いた。
「─────許さない。」
そう、兄貴はいうとポケットからナイフを取り出した。
そして、そのまま玄関に向かって歩き始める。
「あ、兄貴っ…!どこへっ…!?」
「─────あいつを殺しにいく。」
あいつ───とは正先生であることは聞かなくてもわかった。
「まっ…てよ!作戦もなしにいっても…!しかもこんな時間にっ…!」
おれがそう言って止めようとすると兄貴はこう言い放った。
「人を殺すのに作戦なんていらない。
ただ───ぶっ刺してやるだけだ。」
「っ…!!」
兄貴の目はいつもの兄貴と全く違っていた。目の焦点が合わず目をつり上げていた。
くそっ────だから、兄貴には知らせたくなかったんだ!!
「兄貴っ…!!」
「────あいつ─黎を。──。
───────殺して、黎に首を。」
兄貴はぶつぶつ言いながらそのままどこかへ向かっていく。
向かう場所などわかっている。
「─────っくそっ。」
─────兄貴に知られたくなかったのは。
兄貴が心配だから、兄貴が黎のことを大切な人だとわかっていたから。
そして────
兄貴は────本当に人を殺してしまうから。
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