泡沫

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25.願い

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***
 
 
「ディアナは無事……王に会えたかしら……」
 
戦場と化した、広大な海の上。
少し離れた孤島の浜辺にアメリアは横たわり、浅い息を繰り返していた。
腹部を銃弾が貫通したため、おそらく、長くはもたないだろう。
自分がよく、分かっている。
 
「アメリア様……傷が広がります。喋らないでください」
 
血だらけのサムが、アメリアの手をギュッと握りしめる。
彼は争いの中、ずっと守ってくれていたが、圧倒的に数が違いすぎた。
……このままでは、人魚は本当に絶滅してしまうかもしれない。
 
「ルーナは……ルーナはどこ?」
 
もう残り少ない命。
身動き一つできない自分に今できることは、おそらく、これだけだろう。
アメリアは、最後の望みをディアナに託すことにしたのだ。
 
ーーパシャ、
 
「女王様……ワシならここじゃ」
 
どこからともなく現れたルーナが、アメリアのもとへとやってきた。
 
未来が見えると噂される彼女には、今、どんな未来が見えているのだろうか。
 
「……お願いがあるの。
私の声と引き換えに……ディアナの声を、返してほしい……」
 
アメリアの願いを聞いたルーナは、ソッとアメリアの頭を撫でた。
その表情は、とても優しいもの。
アメリアはどこか懐かしいような、そんな気持ちになった。
それがなぜなのかは、よく分からないのだが。
 
「……人魚にとって、命の次に大事な声を?」
 
ルーナがそう問いかけると、アメリアは痛みに耐えながら、ニコリと笑みを浮かべる。
  
「きっと……あの子なら、この戦争を、皆の憎しみを……鎮めてくれる……。それに、」
 
アメリアの頬を、いつの間にか、涙が一筋流れていた。
 
「私は……あの子の声が、歌が……大好きだから」
 
昔のディアナは明るくて優しくて、花のような笑顔を絶やさない娘だった。
いつも皆に囲まれて、大好きな歌を歌っていた。
……幸せだった。
 
最後にもう一度だけ……あの頃に戻りたいと、願ったのだ。
 
「……わしに見える未来は、やはり今も変わらんのぅ。姫様が人間の姿を望みにやって来た、あの日見たものと」
 
ルーナはアメリアの首に手をかざしながら、話を続ける。
 
「だから、安心するがよい。
わしの見る未来は、人間も人魚も、皆が笑顔じゃ。……姫様は、幸せそうに歌っておる」
「……んとう、に?」
 
次第に、力を失う感覚に襲われながら、アメリアは嬉しそうにつぶやいた。
声はかすれ、うまく出ない。
それでも、
 
「……たしも、……みて、みたい……」
 
ただただ、嬉しかったのだ。
皆が笑いあい、ディアナが幸せそうに歌っている未来が。
 
「…………」
 
そんなアメリアの言葉に、ルーナの瞳が、一瞬揺れたように見えた。
 
  
***
 
 
『オレも……見てみたい。君の見る、幸せな、未来を……』
 
優しい、とても優しい碧の瞳。
懐かしい人の言葉と、アメリアの言葉が重なり、ルーナは切ない気持ちで胸がいっぱいになる。
今でも、彼のことを鮮明に覚えている。
一日とて、忘れた日はなかった。
 
碧の瞳の青年……人間の前国王、ダグラスのことを。
 
「ルーナ様……あれは、」
 
何かに気づいたらしいサムに声をかけられ、ルーナはゆっくりと沖の方に視線を移す。
すると、
 
「ディアナ様! アメリア様はこちらです!!」
 
息をきらしながらもこちらへと向かう、ディアナとレオナルドの姿。
レオナルドの姿が、在りし日のダグラスと重なり、フッと笑みがこぼれた。
 
「懐かしいのぅ……。ダグラスに瓜二つじゃ」
 
そうつぶやきながら、ルーナは腰から下げていたポシェットから、小さな透明の瓶を取り出す。
そして、
 
「では、姫様にこの“声”をお返しすることにしましょう。……しばし時間がかかるかもしれんがのぅ」
 
ルーナたちの元にやってきたディアナに向かってそう言うと、瓶に入っていた液体を、頭からゆっくりと振りかけた。
何が起きたのか分からず、ディアナはキョトンとするばかり。
そんなディアナたちをよそに、ルーナはアメリアから吸い取った“声”を液体に変化させ、瓶へと入れる。
  
そしてようやく、ディアナはアメリアが今どんな状態なのか、気づいたらしい。
慌ててアメリアの顔を覗き込むと、
 
「アメリア様は……あなたに託すそうです。……あなたならきっと、この争いを鎮めることが出来ると。そして、あなたの声が、歌が好きだから、と」
 
声を震わせながら、サムがそう教えてくれて。
 
ディアナの目からは、ポロポロと大粒の涙が溢れていた。
無理もないだろう。
アメリアの腹部からは、血がとめどなく流れている。
誰の目から見ても、もう長くはないのだから。
 
アメリアがディアナの涙を拭おうと手を伸ばしながら、笑みを浮かべて口を開く。
しかし、アメリアの口からは、何一つ声が聞こえることはなかった。
すでに、ルーナの術により、声を失ったからだ。
 
「……人間の王。お前は、本当にこの争いを止めに来てくれたのか?」
 
サムがキッと、近くに立つレオナルドを睨みつけながら、問う。
彼は、人間にひどい目に合わされた過去がある。
そして、今こうして人魚たちにとって大切な王であるアメリアを、仲間たちを攻撃されているのだ。
人間を簡単に信用できるはずもない。
 
「さっさと答えろ……。もし違うというのなら、今ここで、オレが殺してやる!」
「!」
 
そう興奮気味に怒鳴ると、息をスゥ、と大きく吸った。
威嚇のための、攻撃をするつもりなのだろう。
しかし、ガシ、とアメリアが弱々しい力で、サムの手を制止するように掴んだ。
  
アメリアを見下ろすと、彼女は小さく首を横に振る。
 
「……アメリア様」
 
我に返ったのか、サムはため息をつくと、プイと顔をレオナルドから背けた。
 
「人間の王……レオナルドといったかのぅ」
 
身構えていたレオナルドに、ルーナはポツリと話しかける。
その片方の耳につく、美しい輝きを放つ宝石のピアスを見つめながら。
 
もう、あの日から十年も経つ。
ルーナには、その十年が随分と長く感じた。
 
「……お主が耳につけている宝石は、代々人魚の王家に伝わるモノ。十年前、わしがダグラスに預けたモノじゃ」
「……父を、知ってるのか?」
 
驚きを隠せない様子で、レオナルドがポツリと問いかける。
すると。
 
ーードォォォォン……
 
沖の方から聞こえる、砲撃の音とともに、ビリビリと空気が伝わってきた。
 
「……ヴィクトル」
 
レオナルドは軍船の方へと振り向くと、厳しい表情を浮かべながらつぶやいて。
 
「ディアナ! ヴィクトルのもとまで頼む!」
 
ディアナはその言葉にハッとすると、涙を拭って頷いた。
そして、沖へと飛び込もうとした時。
 
「姫様。……王家の石は、二つが揃っただけでは力を発揮できん。呪文を口にするのじゃ。そうすれば……」
 
ディアナが最後まで聞いたのかは、分からない。
海に飛び込み、レオナルドと共に軍船に向かうディアナを眺めながら、ルーナは、昔のことを思い出す。
 
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