泡沫

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5.嫌悪

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***

 
「湯加減はどう? 熱かったりしたら調節してね」
 
ソフィアの部屋にある浴室に半ば強引に押し込まれていたディアナは、今の状況に少々困惑していた。
 
無理もないだろう。
思っていた以上に、あまりにも簡単に城に入ることができただけでなく、レオナルドの提案により、しばらく滞在できる事になったからだ。
 
ディアナは初めて見る広い浴室の中をキョロキョロしながら、その時の会話を思い出す。
 
『襲われたショックで、何も思い出せないって事……?』
 
ソフィアの部屋に向かう途中。
家はどこかと聞かれたディアナが、少し間を置いて小さく首を横に振ると
ソフィアは、記憶喪失だととらえたらしい。
あまり詮索されても面倒なため、そういう事にしておいた方がいいと思ったので、否定はしなかった。
 
すると、黙って二人の前を歩いていたレオナルドが振り返るなり、
 
『それなら、帰る家を思い出すまでの間、城に滞在するといい』
 
命を救ってくれた礼だ、とニコリと笑みを浮かべてそんな提案をしてきたのだ。
やはり、どこか冷たい瞳を向けながら。
 
ディアナにとってはもちろん都合の良い展開だが……。
  
「広いから分かりにくいでしょう? 一人で大丈夫? 私も一緒に入って手伝う?」
「……!」
 
浴室の中を観察していたディアナは、ひょっこり顔を覗かせるソフィアに慌てて首を横に振った。
 
(一人で、平気)
 
声が出ないのを忘れて思わずそう口をパクパクと開くと、ソフィアはニコリと笑みを浮かべて頷いた。
 
「そう? ゆっくり温まってね」
 
どうやらちゃんと伝わったらしい事に、ディアナはホッとする。
声が出ないというのは思った以上に不便で、思った以上に心細いものだ、と感じた。
 
人魚にとって『声』は、命の次に大事なもの……。
何故ならば、人魚が外敵から身を守ったり戦ったりする方法は、魔力を込めた歌を歌うこと。
 
つまり、声を失った人魚に、外敵から身を守る術はないも同然。
今のディアナは、何の力も持たないちっぽけな存在なのだ。
それに、
 
『ただし、この術は完成してはおらん故……下半身が水に浸かると、人魚の姿に戻ってしまうのが欠点じゃ』
 
ルーナの術は、未完成。
完璧な人間になったわけではない。
 
不安は尽きないが、すべて承知の上でルーナと取引をしたのだ、とディアナは自分に言い聞かせた。
 
(……とにかく、人魚だとバレないように気をつけなくちゃ)
 
いつ、またソフィアが浴室にやってくるか分からない状況で、湯船に入るなどもってのほかだろう。
……そもそも、湯の中に入るなど、人魚であるディアナには全く理解できない行動であるのだが。
しかし、何もせずに浴室から出るわけにもいかない。
  
(水……浸からなければ大丈夫なのかしら)
 
ディアナは用意された湯船に入る事なく、恐る恐る冷たいシャワーを頭から少し浴びてみることにした。
すると、特に体には何の変化も見られない。
 
(……良かった)
 
どうやら、シャワーを浴びるくらいなら人間の姿を保てるらしい。
そのことに安堵したのもつかの間。
 
 
「……!」
 
部屋に戻ると、何故かソフィアのない。
そのかわり、レオナルドが一人、ソファーに足を組んで腰掛けていたのだ。
 
部屋にはソフィアがいるとばかり思っていたディアナは、つい眉をひそめる。
しかしすぐにハッと我に返り、にっこりと作り笑顔を浮かべた。
レオナルドとの間に子を作り世継ぎにするためには、まずこの男に気にいられなければならない。
……心底、気分が悪いが。
 
そんな事を考えていると、
 
「それで笑ってるつもりか? もう少し練習した方がいいぞ。下手くそな愛想笑いは、見ていて気分が悪い」
「!」
 
先ほどと違い、レオナルドはニコリともせずに、冷たい口調で吐き捨てるようにそんな事を言った。
そしてソファーから立ち上がり、タオル一枚を体に巻いているだけのディアナの目の前にやってくる。
 
(下手くそで悪かったわね)
 
笑顔を貼り付けたままギュッと手に力を入れ、ディアナはレオナルドを見上げた。
すると、突然。
  
ーーパサ……
 
ディアナの体に巻いていたタオルは、レオナルドの手によって外され、床へと音を立てて落ちたのだ。
予想外の行動に、ディアナはキョトンとするばかり。
 
(……なに?)
 
何一つ身につけていない美しい裸体を、レオナルドは触れるわけでもなく無表情に黙って眺めている。
レオナルドが何を考えているのか分からないが……これは、もしかしてチャンスなのだろうか。
部屋には今、二人きり。
王であるレオナルドと二人きりになる機会など、もう二度と訪れないかもしれない。
 
ディアナはようやくその事に気づくと、レオナルドの体を、床に押し倒した。
しかし、レオナルドは特に動じる事なく、
 
「……あぁ、なるほど。子種が欲しいのか?」
 
まるで軽蔑するかのような口調で、ディアナにそう問いかけてきたのだ。
動揺することもなく、あまりにも冷静に。
 
もしかしたら、彼にしてみればこんな事は日常茶飯事なのかもしれない。
大国の若き国王の子種を求める女は、山ほどいるだろう。
生まれた子どもに王位継承権を与えられるならば、尚更。
 
(ッ、バカにして)
 
そんな野心を持つ醜い人間の女と一緒にされ、ディアナは悔しくて歯を食いしばる。
 
だがその問いかけに、笑顔で小さく頷いた。
求めている結果に変わりはないのだから。
  
ディアナは慣れない手つきで、レオナルドの服のボタンを外そうとする。
自分の手が小さく震えている事に気づいた。
 
(……ごめんなさい、ラキ)
 
恋人だったラキとでさえ、唇を重ねた事しかなかった。
なのに今は、憎くてたまらない人間と自ら体を重ねようとしているのだから……無理もないだろう。
 
「……あいにく、」
 
レオナルドはポツリと口を開くなり、自分の上にまたがるディアナの顔に手を伸ばす。
そして、
 
「ッ、」
 
グイッと、顔をほぼ隠していたディアナの長い前髪を、強く掴んできた。
痛みで思わず顔をしかめるディアナに、レオナルドは冷たい瞳を向けたまま……
 
「オレは、お前が嫌いなんだ」
 
そうハッキリと言い放つと、ディアナの体を押しのけて立ち上がる。
 
「それに……色気のかけらもないお前の体に、興味ないな」
 
レオナルドは淡々とした口調でそう言いながら、床に落としたタオルを拾うと、
 
ーーパサッ
 
唖然とした表情で座り込むディアナに、放り投げた。
  
「とりあえず、その鬱陶しい前髪は切れ。小汚く見える女を、オレの城に置くわけにはいかないからな」
 
言うだけ言うと、レオナルドはクルリとディアナに背を向けて歩き出してしまう。
 
ディアナはというと、その後ろ姿を眺めながら……正直、ホッとしていた。
 
(悔しい……)
 
覚悟してここへやって来た。
復讐すべき人間と交わる事、子を産む事だけではない。
命を落とす覚悟さえ、していたのだ。
……なのに。
 
おそらくレオナルドに拒絶されなかったとしても、最後まで出来なかっただろう。
そんな自分を、ディアナはひどく嫌悪する。
 
(私だって、)
 
震える体を抱きしめながら、部屋から出ようとするレオナルドの背中を強く睨みつけた。
 
(私だって、あなたなんか大嫌い)

 
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