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運命の赤い糸
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***
街はずれの丘に不時着した飛空船。
それの修理の手伝いをするため、ジャックは学校が終わるなりまっすぐ丘に向かっていた。
きっと、両親にバレたら口うるさく反対されることは分かっている。
なので、ジャックは誰にも話さずにいたのだが。
「どこに行くつもりだ、ジャック」
学校から直接丘に向かう途中、父親に声をかけられた。
「どこだっていいだろ」
やるべきことはやっている。
学校も行っているし、成績も落としていない。
ジャックがうんざりしたように答えると、父親に腕を掴まれる。
「今日から家庭教師を頼んでいる。毎日寄り道せずに帰ってこい」
「は? そんなこと聞いてない」
「今言った」
相変わらず、父親は自分勝手だ。
「用事があるから無理だ」
ジャックがその腕を払いながら言うと、父親が眉をひそめた。
「用事? なんの用事だ」
「行けば分かる」
どうせ何を言っても口うるさいだけだ。
一刻もはやく、飛空船の元へ行きたかった。
楽しい、のだ。
タックスは丁寧に一つ一つ部品について教えてくれる。
本でしか見たことのなかった飛空船の事を、たくさん教えてくれる。
楽しくないわけが、ない。
「--よぉジャック! 遅かったな! ……と、そちらさんは?」
「父親」
丘の上にくると、タックスが一人で飛空船の中を何やらガチャガチャとしていた。
「……この船は?」
父親が、飛空船を見上げてポツリと問いかける。
心なしか、いつもよりも声が弾んでいるようにも聞こえるのは気のせいだろうか。
父親を見てみれば、やはりその顔がどことなく楽しそうだ。
こんな父親を見るのは……初めてだ。
「じゃあ、あんたが領主さんか。
船が直り次第街から出て行くつもりなんだが、なんせ修理のための部品やら何やらが手に入らなくてなぁ」
申し訳ない、と言いながらケラケラと笑うタックスは、どうも楽観的というか。
「笑ってる場合じゃないだろ」
ジャックが呆れた顔して突っ込みを入れてると、父親が少し間を置いて、ポツリと口を開いた。
「……少しなら、家にあるかもしれない」
「え?」
何を言っているのだろうか。
「来たまえ」
ジャックとタックスが顔を見合わせていると、スタスタと家へと向かう父親。
「おい、どういうことだ?」
「……さぁ」
こちらが聞きたいくらいだ。
家に着くと、普段誰も使用していない鍵のかかった物置へと案内された。
ガチャ、と鍵を開ける父親が、タックスを中へと促すと。
「……こりゃ大したもんだ」
ジャックは、目の前の光景に言葉を失った。
無理もないと思う。
なぜなら、ただの物置だと思っていた部屋は、様々な図面や部品、模型で埋め尽くされていたのだから。
信じられない。
「領主さんも、飛空船技師だったのか?」
「……私にはもう必要ないものばかりだ。使えそうなものは好きなだけ使ってくれて構わない」
「そりゃー助かるが……」
「それでは、私は仕事があるので失礼する」
部屋から出て行こうとする父親に、タックスがニカッと笑顔を浮かべて声をかけた。
「時間のある時でいい。領主さんにも手伝ってもらいてぇなー。ジャックより戦力になりそうだ」
「……おい」
たしかに、本物の飛空船を近くで見るのが初めてのジャックは、何の役にも立っていない。
それは自覚している。
「……申し訳ないが、私にそんな暇はない」
--その日の夕食後。
すでにあたりは真っ暗だ。
差し入れを持ってきたジャックは、月を眺めながらタックスと並んで触る。
とりあえずまだ肌寒いため、温かい飲み物を口にしていると、モグモグと差し入れを食べるタックスが思い出したように聞いてきた。
「そういやー、ジャック。お前、いつか自分の造った飛空船で旅をしたい、って言ってたな?」
タックスの手伝いをしている間、そんな話をした気もする。
「ああ」
「まずはどこに行ってみたいんだ? オレもいろいろ行ったからな。今のうちにアドバイスしてやるぞ?」
「……雲の上の島国」
ポツリと答えたのは、無意識だった。
「……雲の上の島国? おいおい、まさかおとぎ話に出てくる魔法の国のことか??」
タックスはポカンとしたあと、ケラケラを笑い出す。
まぁ、当たり前の反応だろう。
「そんなの信じてるなんて、意外だなぁ。可愛いとこあるじゃねーか!」
笑いながら、タックスはジャックの髪をぐしゃぐしゃとかき乱してきた。
冗談だと思っているのだろう。
「……誰が何と言おうが、どうでもいい。
でも魔法の国クラスタは、きっとある」
テスは、きっとそこにいる。
彼女はただの夢じゃない。
そんな気がするのだ。
ふと、テスの笑顔を、繋いだ手の温もりを、……唇の柔らかさを鮮明に思い出して。
……なんだかこそばゆいような、不思議な気分になった。
ジャックの真剣な表情に、タックスは笑うのをやめた。
そして、一緒に月を見上げる。
「……まぁ、雲の上なんて誰も行ったことねぇからな。絶対にないとはいえねーか。けど、前途多難だぞ」
「前途多難?」
何のことだろう。
「だからよ、雲の上まで誰も行ったことねぇんだ。行く技術がねぇってことだ。少なくとも、今は」
「…………」
「その魔法の国はどうやって飛んでんだろな? やっぱ魔法か?」
そんなの、ジャックが知るわけがない。
ジャックは草むらの上にごろりと転がり、空に浮かぶ雲をぼんやりと眺めた。
どこかの雲の上で、テスも同じ月を眺めているのだろうか。
街はずれの丘に不時着した飛空船。
それの修理の手伝いをするため、ジャックは学校が終わるなりまっすぐ丘に向かっていた。
きっと、両親にバレたら口うるさく反対されることは分かっている。
なので、ジャックは誰にも話さずにいたのだが。
「どこに行くつもりだ、ジャック」
学校から直接丘に向かう途中、父親に声をかけられた。
「どこだっていいだろ」
やるべきことはやっている。
学校も行っているし、成績も落としていない。
ジャックがうんざりしたように答えると、父親に腕を掴まれる。
「今日から家庭教師を頼んでいる。毎日寄り道せずに帰ってこい」
「は? そんなこと聞いてない」
「今言った」
相変わらず、父親は自分勝手だ。
「用事があるから無理だ」
ジャックがその腕を払いながら言うと、父親が眉をひそめた。
「用事? なんの用事だ」
「行けば分かる」
どうせ何を言っても口うるさいだけだ。
一刻もはやく、飛空船の元へ行きたかった。
楽しい、のだ。
タックスは丁寧に一つ一つ部品について教えてくれる。
本でしか見たことのなかった飛空船の事を、たくさん教えてくれる。
楽しくないわけが、ない。
「--よぉジャック! 遅かったな! ……と、そちらさんは?」
「父親」
丘の上にくると、タックスが一人で飛空船の中を何やらガチャガチャとしていた。
「……この船は?」
父親が、飛空船を見上げてポツリと問いかける。
心なしか、いつもよりも声が弾んでいるようにも聞こえるのは気のせいだろうか。
父親を見てみれば、やはりその顔がどことなく楽しそうだ。
こんな父親を見るのは……初めてだ。
「じゃあ、あんたが領主さんか。
船が直り次第街から出て行くつもりなんだが、なんせ修理のための部品やら何やらが手に入らなくてなぁ」
申し訳ない、と言いながらケラケラと笑うタックスは、どうも楽観的というか。
「笑ってる場合じゃないだろ」
ジャックが呆れた顔して突っ込みを入れてると、父親が少し間を置いて、ポツリと口を開いた。
「……少しなら、家にあるかもしれない」
「え?」
何を言っているのだろうか。
「来たまえ」
ジャックとタックスが顔を見合わせていると、スタスタと家へと向かう父親。
「おい、どういうことだ?」
「……さぁ」
こちらが聞きたいくらいだ。
家に着くと、普段誰も使用していない鍵のかかった物置へと案内された。
ガチャ、と鍵を開ける父親が、タックスを中へと促すと。
「……こりゃ大したもんだ」
ジャックは、目の前の光景に言葉を失った。
無理もないと思う。
なぜなら、ただの物置だと思っていた部屋は、様々な図面や部品、模型で埋め尽くされていたのだから。
信じられない。
「領主さんも、飛空船技師だったのか?」
「……私にはもう必要ないものばかりだ。使えそうなものは好きなだけ使ってくれて構わない」
「そりゃー助かるが……」
「それでは、私は仕事があるので失礼する」
部屋から出て行こうとする父親に、タックスがニカッと笑顔を浮かべて声をかけた。
「時間のある時でいい。領主さんにも手伝ってもらいてぇなー。ジャックより戦力になりそうだ」
「……おい」
たしかに、本物の飛空船を近くで見るのが初めてのジャックは、何の役にも立っていない。
それは自覚している。
「……申し訳ないが、私にそんな暇はない」
--その日の夕食後。
すでにあたりは真っ暗だ。
差し入れを持ってきたジャックは、月を眺めながらタックスと並んで触る。
とりあえずまだ肌寒いため、温かい飲み物を口にしていると、モグモグと差し入れを食べるタックスが思い出したように聞いてきた。
「そういやー、ジャック。お前、いつか自分の造った飛空船で旅をしたい、って言ってたな?」
タックスの手伝いをしている間、そんな話をした気もする。
「ああ」
「まずはどこに行ってみたいんだ? オレもいろいろ行ったからな。今のうちにアドバイスしてやるぞ?」
「……雲の上の島国」
ポツリと答えたのは、無意識だった。
「……雲の上の島国? おいおい、まさかおとぎ話に出てくる魔法の国のことか??」
タックスはポカンとしたあと、ケラケラを笑い出す。
まぁ、当たり前の反応だろう。
「そんなの信じてるなんて、意外だなぁ。可愛いとこあるじゃねーか!」
笑いながら、タックスはジャックの髪をぐしゃぐしゃとかき乱してきた。
冗談だと思っているのだろう。
「……誰が何と言おうが、どうでもいい。
でも魔法の国クラスタは、きっとある」
テスは、きっとそこにいる。
彼女はただの夢じゃない。
そんな気がするのだ。
ふと、テスの笑顔を、繋いだ手の温もりを、……唇の柔らかさを鮮明に思い出して。
……なんだかこそばゆいような、不思議な気分になった。
ジャックの真剣な表情に、タックスは笑うのをやめた。
そして、一緒に月を見上げる。
「……まぁ、雲の上なんて誰も行ったことねぇからな。絶対にないとはいえねーか。けど、前途多難だぞ」
「前途多難?」
何のことだろう。
「だからよ、雲の上まで誰も行ったことねぇんだ。行く技術がねぇってことだ。少なくとも、今は」
「…………」
「その魔法の国はどうやって飛んでんだろな? やっぱ魔法か?」
そんなの、ジャックが知るわけがない。
ジャックは草むらの上にごろりと転がり、空に浮かぶ雲をぼんやりと眺めた。
どこかの雲の上で、テスも同じ月を眺めているのだろうか。
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