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トッカが依頼された魔物を狩り素材を持ち帰るまで、たいそう時間が掛かった。なにせ必要だと言われた素材の種類が多すぎたからだ。パウークには思うところあるものの、世話になっているから全ての素材を集めた。パウークの元を去り、二度と会わないものだと思っていたが、魔法使いの一件がでたとき、頭に浮かんだのはパウークしかいなかった。トッカの鎧を造り上げた男だ。異種族ではあるが、世話になったし、尊敬していた。番にはなれないとわかっていたが、パウークの精の捌け口にされたときだって、黙って耐えた。トッカが男で子を孕むことはないと説明しても、理解できなかった男。前戯も快楽もない、魔物のような交尾。トッカが受け入れるには、パウークの体はすべてが大きすぎた。毎回どこかしら出血し、尻の穴から血の色が混じった精液を掻きだしながら、ため息をついた。自分で作った薬を塗り込み、傷が癒えるころまた、早く子を産めとばかりに何度も犯され、説得を諦めた。
パウークの元を去ってからは、傭兵として生きるようになった。もらった鎧は動きが遅くなるので嫌だったが、確かに怪我はしなくなった。戦い方を変え、使いこなし強くなった。そして旅をするうち、ついに番を見つけた。パウークの元へ、番である魔法使いのモルを連れて行くことに、不安はあった。しかし魔道具に関しては、他に頼る者がいない。十年以上前に別れたままとは思えぬほど、パウークは少しも変わっていなかった。まるで昨日別れたばかり、といった風のパウークの態度に驚いた。昔からそうだったが、時間の感覚が人間とは違うのかもしれない。トッカはパウークが熟睡する姿を見たことがなかった。緊張していたものの、とりあえずモルが受け入れられ、ほっとした。
何十日も三人で一緒に暮らしたから、油断していた。モルと共に暮らすのは、楽しかった。パウークがモルを気に入ったことも、気を抜いてしまった一因だった。
それがいけなかった。
「戻った」
声を掛けても、モルは出てこない。いつもなら「おかえり」と迎えに来るものなのに。何か作業をしているのかと、重たい素材を部屋に置くと、モルの姿を探した。部屋のひとつで息づかいが聞こえた。モルが体力作りの訓練をしている時のような、人間の息づかい。
「モル」
自分の目に映るものを疑った。全身血だらけのモルが裸で犯されていた。台の上で、ぐにゃりと手足が揺れているのは意識がないせいだ。こちらに尻を向けるパウークが、四本の腕でモルの足をかつぎ、腰を持ち上げ、自らの尻を揺らしている。
怒りで我を忘れた。自分が犯されたときなどより、堪えきれない怒りを覚える。パウーク、と名前を呼び叫んだ気がする。行為に夢中だったパウークが振り返り、嬉しそうな顔をした。
どういうことだ。なぜ貴様が笑っている。俺の番、俺の魂、俺の命を。
鎧に身を包み、パウークに殴りかかった。体を引き離し、壁に投げつけ、掴んだまま放さなかった腕が一本ちぎれて、トッカの手に残った。壁にぶつかったところへ駆けつけ、反対側の壁に投げつけた。もう一本腕がちぎれた。手に残る二本の腕を見て、無造作に捨てる。
壁に当たって崩れた体が床につく前に、頭を持ってぶら下げる。メキリ、と音がして指の入っていた額の目と片方の目が、頭蓋骨ごと潰れていた。どろりとした血が流れる。生かしておくつもりはない、確実に仕留める。首に持ちかえ、グッと力を込めた。
殺さなかったのは慈悲ではない。死んでいると思ったモルが、身じろぎしたからだ。パウークなど、もうどうでもいい。手を放すと、かろうじて人型をとどめた肉塊が、ドサリと血だまりの床にくずおれ、辺りに血飛沫が跳ねた。
「モル」
鎧を解き、走り寄る。台から落ちかけた血だらけの体は、支えようとしたらぬるりと滑った。ひどい。全身の血の正体は、あちこち切り刻んだ跡であった。体中を糸で縫われていたが、傷跡からはまだ出血が止まっていない。床に散らばっているのは、モルの体内から取り出した魔道具だろう。新たな怒りが湧き上がる。殺すのは一度では足りない。
「ぅ」
ごくごく小さな声が、わずかに漏れた。
「モル、モルッ」
血で滑る肩を支え、揺すり起こしたいのを必死に堪える。生きていれば。死んでさえいなければ、なんとかなるかもしれない。
「と……か………す、な……」
「なに? なんだ、なんて言ってる、モルッ」
耳を近くに寄せても、聞き取れない。モルの目が、かすかに開いた。
「と、か。こ、ろ……す、な」
トッカ、殺すな。トッカの瞳からぶわっと涙があふれ、こぼれた。
許せない、殺したい。何度でも殺してやりたい。怒りが収まらない、抑えきれない。それでも。
「ん」
トッカはうなずいた。モルは安心したのか、瞳から力が抜けた。
トッカはまず、モルの全身を清めた。汗をぬぐい、止血をし、薬を塗り清潔な布でくるんで、部屋を移動し寝台へ寝かせた。少しずつ時間をかけて薬を飲ませる。再び汗をぬぐい、着替えさせ、スープを含ませ、薬を与えた。
合間にパウークを持ち上げ、血を流し、へこんだ頭蓋骨をできるだけ戻すと、目と腕の傷を手当てした。すでに血は固まっており、止血の必要もないほどだった。パウークの寝ている部屋にも寝台があったので、転がしておく。おそろしいほど回復力の早い男のことだ、目が覚めれば自分で水分をとるだろう。水差しに水を汲み、大きな器にスープを入れ、平皿を蓋にして置いた。
少しの時間、席をはずしただけなのに、モルは死にかけた。咳き込んだらしく、喉に痰がからまっていた。ひゅーひゅーと鳴る喉を開かせ、無理矢理吸い出した。一晩寝ずに見守ったが、意識は戻らない。おまけに高い熱が出た。モルが死んだら、即座に後を追って死のう。トッカはモルを誰にも触らせたくないから、死んだら燃やすつもりでいる。人体は水分が多いから燃えにくいと聞いたことがある、乾いた太い木をたくさん集めた。モルが死んだらここに寝かせて火をつける、隣に横になり、自分も燃えて死ぬ。
二日目、モルは目覚めない。熱もひいておらず、汗をかくのに唇はひび割れ、脱水がひどい。汗をぬぐって傷口を確認する。薬を塗り直し清潔な布でくるむ。ひと匙の薬を飲ませるのにも、時間がかかる。スープを布に含ませて、むせないよう少しずつ流し込んだ。
パウークが起きてきて、部屋を覗いている。さすがに顔色が悪いが、生きて動いているのだから強い。目がひとつ、腕は二本残っているのだから運のいいやつだ。モルに殺すなと言われたから殺さない。二度とモルに近づくな、と宣言しておく。次は確実に殺す。
この日も時間の許す限り、モルに寄り添い様子をみる。熱のため脱水症状が改善されないので、ほとんどの時間を水分を摂らせることに費やす。まだ意識は戻らない。
三日目、寝不足でうとうとしてしまう。モルはと見れば、熱が下がっていた。ホッとしたと同時に、上下に動いていた胸が、すうと吐いた息で、そのまま止まった。トッカが目を見開く。起きろ、モル起きろ。息を確かめ、胸をどんと叩く。
閉じていたモルの目が、カッと開いた。鋭い眼力がトッカを射貫き、むくりと上体を起こした。モルの体だが、モルじゃない。トッカの心を絶望が満たした。もうだめだ。力の抜けたトッカの横から、大きな器がにゅっと出てきた。器にはスープが入っている。モルの体が動いて、片腕が器を受け取った。器の中身をを盛大にこぼしながら、モルの体はスープを飲んだ。空になった器をぽいと投げ捨て、ドッと寝台に寝て目を閉じた。床に転がる器をパウークが拾った。目を閉じて眠るモルは、呼吸も安定している。
モルがどうなるかわからないが、トッカは疲れ果てていた。もう何も考えられない。モルの隣に横たわると、トッカは一瞬で眠りに落ちた。パウークはしばらくその場で、眠るモルとトッカを見守っていた。布を巻いた隙間から見える、残ったひとつの目からは、何の感情も読み取れなかった。
パウークは感情というものがよくわからない。以前トッカが出て行った意味も、いまだにわからない。魔物ならば、交われば生き物が生まれるはずなのに、トッカとは無理だった。だがなぜトッカが無理だと言っていたのか、わからない。魔物と人間からパウークは生まれた。パウークと人間からも、ときに生き物が生まれたが、どれもすぐ死んでしまった。モルとなら、生き物が生まれたかもしれないから試した。だが人間は弱い、モルもまた死にかけている。
トッカに腕二本と目玉二つを潰された。あんなにトッカが怒ったのをはじめて見た。モルが目を覚まして生きれば、もう怒らないかもしれない。トッカはパウークのために、水とスープを用意し置いてあった。パウークもモルのために、器にスープを入れた。運んでいくと、自力で起き上がったモルが器を受け取り飲み干した。あれはモルだが、モルではなかった。パウークにとっても、いつものモルの方がよかった。どうしたらいいかわからなかった。人間は魔道具のように造るものでも、直すものでもないからだ。ほんの短い時間だったが、トッカとモルと過ごしたのは、パウークにとって……そう。楽しいことだった。
祈るものを持たぬパウークは、祈ったことなどない。たぶん祈るという気持ちすら、わからないであろう。しかし、パウークは何かをせずにはいられなかった。トッカのために、自分のために、モルが死なないようにすればいいと思い立った。黙って部屋に戻ったパウークは、ペンを持った。初めての二本腕は使いにくく、ひとつしかない目は、ひとつのことしか見られなくなっていた。
パウークの元を去ってからは、傭兵として生きるようになった。もらった鎧は動きが遅くなるので嫌だったが、確かに怪我はしなくなった。戦い方を変え、使いこなし強くなった。そして旅をするうち、ついに番を見つけた。パウークの元へ、番である魔法使いのモルを連れて行くことに、不安はあった。しかし魔道具に関しては、他に頼る者がいない。十年以上前に別れたままとは思えぬほど、パウークは少しも変わっていなかった。まるで昨日別れたばかり、といった風のパウークの態度に驚いた。昔からそうだったが、時間の感覚が人間とは違うのかもしれない。トッカはパウークが熟睡する姿を見たことがなかった。緊張していたものの、とりあえずモルが受け入れられ、ほっとした。
何十日も三人で一緒に暮らしたから、油断していた。モルと共に暮らすのは、楽しかった。パウークがモルを気に入ったことも、気を抜いてしまった一因だった。
それがいけなかった。
「戻った」
声を掛けても、モルは出てこない。いつもなら「おかえり」と迎えに来るものなのに。何か作業をしているのかと、重たい素材を部屋に置くと、モルの姿を探した。部屋のひとつで息づかいが聞こえた。モルが体力作りの訓練をしている時のような、人間の息づかい。
「モル」
自分の目に映るものを疑った。全身血だらけのモルが裸で犯されていた。台の上で、ぐにゃりと手足が揺れているのは意識がないせいだ。こちらに尻を向けるパウークが、四本の腕でモルの足をかつぎ、腰を持ち上げ、自らの尻を揺らしている。
怒りで我を忘れた。自分が犯されたときなどより、堪えきれない怒りを覚える。パウーク、と名前を呼び叫んだ気がする。行為に夢中だったパウークが振り返り、嬉しそうな顔をした。
どういうことだ。なぜ貴様が笑っている。俺の番、俺の魂、俺の命を。
鎧に身を包み、パウークに殴りかかった。体を引き離し、壁に投げつけ、掴んだまま放さなかった腕が一本ちぎれて、トッカの手に残った。壁にぶつかったところへ駆けつけ、反対側の壁に投げつけた。もう一本腕がちぎれた。手に残る二本の腕を見て、無造作に捨てる。
壁に当たって崩れた体が床につく前に、頭を持ってぶら下げる。メキリ、と音がして指の入っていた額の目と片方の目が、頭蓋骨ごと潰れていた。どろりとした血が流れる。生かしておくつもりはない、確実に仕留める。首に持ちかえ、グッと力を込めた。
殺さなかったのは慈悲ではない。死んでいると思ったモルが、身じろぎしたからだ。パウークなど、もうどうでもいい。手を放すと、かろうじて人型をとどめた肉塊が、ドサリと血だまりの床にくずおれ、辺りに血飛沫が跳ねた。
「モル」
鎧を解き、走り寄る。台から落ちかけた血だらけの体は、支えようとしたらぬるりと滑った。ひどい。全身の血の正体は、あちこち切り刻んだ跡であった。体中を糸で縫われていたが、傷跡からはまだ出血が止まっていない。床に散らばっているのは、モルの体内から取り出した魔道具だろう。新たな怒りが湧き上がる。殺すのは一度では足りない。
「ぅ」
ごくごく小さな声が、わずかに漏れた。
「モル、モルッ」
血で滑る肩を支え、揺すり起こしたいのを必死に堪える。生きていれば。死んでさえいなければ、なんとかなるかもしれない。
「と……か………す、な……」
「なに? なんだ、なんて言ってる、モルッ」
耳を近くに寄せても、聞き取れない。モルの目が、かすかに開いた。
「と、か。こ、ろ……す、な」
トッカ、殺すな。トッカの瞳からぶわっと涙があふれ、こぼれた。
許せない、殺したい。何度でも殺してやりたい。怒りが収まらない、抑えきれない。それでも。
「ん」
トッカはうなずいた。モルは安心したのか、瞳から力が抜けた。
トッカはまず、モルの全身を清めた。汗をぬぐい、止血をし、薬を塗り清潔な布でくるんで、部屋を移動し寝台へ寝かせた。少しずつ時間をかけて薬を飲ませる。再び汗をぬぐい、着替えさせ、スープを含ませ、薬を与えた。
合間にパウークを持ち上げ、血を流し、へこんだ頭蓋骨をできるだけ戻すと、目と腕の傷を手当てした。すでに血は固まっており、止血の必要もないほどだった。パウークの寝ている部屋にも寝台があったので、転がしておく。おそろしいほど回復力の早い男のことだ、目が覚めれば自分で水分をとるだろう。水差しに水を汲み、大きな器にスープを入れ、平皿を蓋にして置いた。
少しの時間、席をはずしただけなのに、モルは死にかけた。咳き込んだらしく、喉に痰がからまっていた。ひゅーひゅーと鳴る喉を開かせ、無理矢理吸い出した。一晩寝ずに見守ったが、意識は戻らない。おまけに高い熱が出た。モルが死んだら、即座に後を追って死のう。トッカはモルを誰にも触らせたくないから、死んだら燃やすつもりでいる。人体は水分が多いから燃えにくいと聞いたことがある、乾いた太い木をたくさん集めた。モルが死んだらここに寝かせて火をつける、隣に横になり、自分も燃えて死ぬ。
二日目、モルは目覚めない。熱もひいておらず、汗をかくのに唇はひび割れ、脱水がひどい。汗をぬぐって傷口を確認する。薬を塗り直し清潔な布でくるむ。ひと匙の薬を飲ませるのにも、時間がかかる。スープを布に含ませて、むせないよう少しずつ流し込んだ。
パウークが起きてきて、部屋を覗いている。さすがに顔色が悪いが、生きて動いているのだから強い。目がひとつ、腕は二本残っているのだから運のいいやつだ。モルに殺すなと言われたから殺さない。二度とモルに近づくな、と宣言しておく。次は確実に殺す。
この日も時間の許す限り、モルに寄り添い様子をみる。熱のため脱水症状が改善されないので、ほとんどの時間を水分を摂らせることに費やす。まだ意識は戻らない。
三日目、寝不足でうとうとしてしまう。モルはと見れば、熱が下がっていた。ホッとしたと同時に、上下に動いていた胸が、すうと吐いた息で、そのまま止まった。トッカが目を見開く。起きろ、モル起きろ。息を確かめ、胸をどんと叩く。
閉じていたモルの目が、カッと開いた。鋭い眼力がトッカを射貫き、むくりと上体を起こした。モルの体だが、モルじゃない。トッカの心を絶望が満たした。もうだめだ。力の抜けたトッカの横から、大きな器がにゅっと出てきた。器にはスープが入っている。モルの体が動いて、片腕が器を受け取った。器の中身をを盛大にこぼしながら、モルの体はスープを飲んだ。空になった器をぽいと投げ捨て、ドッと寝台に寝て目を閉じた。床に転がる器をパウークが拾った。目を閉じて眠るモルは、呼吸も安定している。
モルがどうなるかわからないが、トッカは疲れ果てていた。もう何も考えられない。モルの隣に横たわると、トッカは一瞬で眠りに落ちた。パウークはしばらくその場で、眠るモルとトッカを見守っていた。布を巻いた隙間から見える、残ったひとつの目からは、何の感情も読み取れなかった。
パウークは感情というものがよくわからない。以前トッカが出て行った意味も、いまだにわからない。魔物ならば、交われば生き物が生まれるはずなのに、トッカとは無理だった。だがなぜトッカが無理だと言っていたのか、わからない。魔物と人間からパウークは生まれた。パウークと人間からも、ときに生き物が生まれたが、どれもすぐ死んでしまった。モルとなら、生き物が生まれたかもしれないから試した。だが人間は弱い、モルもまた死にかけている。
トッカに腕二本と目玉二つを潰された。あんなにトッカが怒ったのをはじめて見た。モルが目を覚まして生きれば、もう怒らないかもしれない。トッカはパウークのために、水とスープを用意し置いてあった。パウークもモルのために、器にスープを入れた。運んでいくと、自力で起き上がったモルが器を受け取り飲み干した。あれはモルだが、モルではなかった。パウークにとっても、いつものモルの方がよかった。どうしたらいいかわからなかった。人間は魔道具のように造るものでも、直すものでもないからだ。ほんの短い時間だったが、トッカとモルと過ごしたのは、パウークにとって……そう。楽しいことだった。
祈るものを持たぬパウークは、祈ったことなどない。たぶん祈るという気持ちすら、わからないであろう。しかし、パウークは何かをせずにはいられなかった。トッカのために、自分のために、モルが死なないようにすればいいと思い立った。黙って部屋に戻ったパウークは、ペンを持った。初めての二本腕は使いにくく、ひとつしかない目は、ひとつのことしか見られなくなっていた。
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