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いつ出動になるかわからないから、寝られるときに寝ようと横になったが、ふと気になったことがありトッカに問いかける。
「トッカ、まだ起きてる?」
「ん」
ちなみにマットは汚れも落ちて乾いたとかで、無事に寝台に戻ってきている。
「あのさー、たいしたことじゃないんだけど。トッカの裸ってどうなってんの?」
「ハダカ? 何か思い出した?」
「いや、そうじゃないけど。あ、そういや風呂毎日入れてくれてんの、トッカだもんな。ありがとーね。気を失ったおっさんなんて、重いでしょ」
「重くはない、それで?」
なぜ急にトッカの裸の話か、という続きだ。
「うん、トッカの足すごくきれいじゃない」
「きれい………この足が?」
「うん、モフモフしてるしさー。足もすげー速いし」
トッカの足は山羊のような足なのだ。膝から下が白い毛で覆われててモフモフしている。足先は蹄(ひづめ)で、走るのが実はめちゃくちゃ速い。普段は特別にあつらえたブーツを履いてるから、足が小さめにしか見えないのだが。
人間は生活できないような山の上で生活する、絶滅危惧種の希少な部族、それがトッカの出自だそうだ。遊牧民だから定住はしないため、トッカも家族が現在どこにいるか知らないらしい。頭には左右に小さい角がある、触ってもそれと気づかないくらい小さな突起。ずっと昔には大きな角を生やした人もいたらしいんだけど、今は退化してるそうだ。
で、だ。角とひづめがあるならば、あれがあるはずだと、長いこと思っていたわけである。ひそかにいつか見れるんじゃないかと、そっと機会をうかがっていた、この数年間。
「しっぽ」
「そ、しっぽ。あるの? ねぇ、あるの?」
「あるけど見せない」
「あるんだ。やっぱりあるんだ。でも見せないって、どういうこと?」
「お前すぐしっぽ触る」
「ええぇ、触ってないよ、俺一回も見たことないもん。ってまさか……魔力酔いのときの俺か」
「しっぽはだめ」
「そっか。ごめんなー」
きっと魔力酔いの時、親切に風呂に入れてくれるトッカの尻を、勝手に触っているんだろう。品のないやつだ。魔力酔いって、酔っ払いと一緒なんだな、たぶん。トッカが嫌がってるのに勝手に触るなんて、自分自身でも許せない。しっぽを見せてくれ、とは言えなくなってしまった。トッカを嫁に迎える日が万が一きたら、見せてもらおう。それまでは心の嫁で我慢だ。
「触るのはだめだが、見るだけならかまわない」
「え、ほんと?」
「見て面白いものでもないが……」
「そんなことない、そんなことないよ! 見たい!」
好きに見ろというので、寝台にうつ伏せで寝るトッカの方へ近づく。マットに腰掛け、シャツを少しだけまくる。
「わわ、ふわっふわ」
「ん」
トッカが自分でズボンを少しズラしてくれると、背中の下側から尻の方にかけて白いもこもこした毛が生えていた。小さなしっぽも見えている。想像していたよりも、ずっともっこもこの、ふっわふわである。
「あの、あの、ちょっとだけ触ってもいい? しっぽは絶対触らないから」
「いいが、眠い」
ちょっとだけ……のつもりで、背中のもふもふに触る。ふわぁっ、トッカの体温で温められた毛、めちゃくちゃ手触りがいい。指を埋めてみると、完全に埋まってしまうくらいのふわふわなのだ。やわらかくて、あたたかくて、あぁなんて気持ちいい。無意識に顔を下ろしていた。ふぁっ、やわらかくって、ふわっふわ、気持ちいい。モフモフをなでながら、頬でそのやわらかな感触を味わう。あー最高癒やされる、こんな枕で毎日眠りたい。俺は堪能するために、目をつぶった。トッカも疲れてるんだろう、規則正しい寝息が聞こえて、やさしく背中も上下する。なんか、こう、誰かの体温感じながら眠るっていいな。あやされてるみたいな感じ。そしてあろうことか、俺はそのまま寝落ちた。
トッカの尻を枕に眠ってしました魔法使いは、気づかなかった。部屋の扉が叩かれたことを。傷薬が欲しくてやってきた第一の同僚が、「トッカさん、おっさん、薬が欲しいんだけど……」と扉を開けたことを。同僚の目に映ったのは、背後からシャツをまくられ、ズボンを下げられたトッカに、のしかかる魔法使い。片手は尻を掴み、顔は尻に埋まっている。同僚は静かに扉を閉めると「そっちもあるよな、やっぱり」とつぶやきながら、静かに去っていった。
目が覚めると寝台で寝ていた。あれ、夕べはトッカのモフモフ触らせてもらって、それで……んー、どうやって寝台に戻ったか、覚えていない。隣の寝台は空(から)で、開け放たれた鎧窓から風が抜けていく。爽やかな朝だ。んんーっ、と伸びをして、あくびをひとつ。頭をかきながら、シャツに手を入れて腹をかく。あー、よく寝た。
食堂に行くと、いつも以上に騒々しい。見回した感じトッカはいなかったので、ひとりぶんの食事の盆をもらい、適当なテーブルに席をとる。こってりした分厚い脂と濃い味付け、添えられた野菜は小さくて少ない、最高。もっきゅもっきゅと噛み切れない肉を咀嚼し、ずっしり重いパンを口に入れ、水で飲み込む。
「なぁ、おっさん。聞いたかよ」
「んあ?」
第一の同僚だ。お前は食事を終えたかもしれんが、今来たばかりで食事中の人間の。肩に肘乗せてくるな、体重掛かって重い。肉の脂とタレが、無精ひげにいっぱいついている。
「撤退命令でたってよ」
文句を言おうとして、ぜんぶ飲み込んだ。
「……は? 嘘だろ」
「いやまじで」
「どういうことだ」
「そんなこと知らねーよー。部隊長なら聞いてるかもな」
「部隊長は、どこに?」
見回したが食堂に部隊長の姿はない。
「別件で第四に呼ばれてる。第二と第三の部隊長も、そっち行ってる」
「それもう、第四で会議じゃね?」
「んー……会議ってか、抗議? 第四からウチに」
「は? なんで? なんかあったの」
言いづらそうに視線をそらす同僚に詰め寄り、無理矢理聞き出した。
今回演習訓練が実践になったわけだが、この機会にどうしても別部隊の人間と、個人的に仲良くなりたい男がいた、これが第四部隊の男らしい。そして狙っていたのが、第一部隊のトッカである。あれは可憐な見た目だが、立派な戦士でめちゃくちゃ強い。心の嫁を、第四の男なんかに、断じてやらん。
演習のときから、かなりつきまとっていたらしい。それで、今朝早くに薬の素材を集めに出たトッカが、ひとりだったので後をつけた。人がいない場所まで行ってから、人の住んでいない建物に引きずり込み、襲いかかった。なんだそれは、人が来ないとこで襲うとか、完全レイプ、だめだめ絶対。トッカ怖かったろうなあ、かわいそうに。
「で、なんで抗議?」
「トッカさんがそいつを倒したら、建物崩れて怪我したって」
「怪我? トッカは?」
「トッカさんは無傷。ただ第四の部隊長はアレだから」
「……あぁ」
第四の部隊長は、あまり関わりたくないタイプの人間だ。貴族のコネで上にいる、と言われている。第四は補給物資を運んだり、退路を確保したり、直接戦闘する部隊ではない。第四がいなければ困るのは事実だが、それが部隊長が威張っていい理由にはならないはずだ。しかもウチの部隊長が平民叩きあげだからか、第一を目の敵にしていて、なにかと突っかかってくるのだった。戦闘能力重視、個人実力主義の第一部隊とは、なにもかも正反対。
「あのネチネチ野郎かー」
「なんでか知らねーけど、あいつ第四にトッカさんを寄越せって言ってきやがって」
「はぁ?」
「自分を襲った男をのした後、トッカさんわざわざ運んでやったらしい」
「第四に?」
「第四に」
はぁ、なるほど。優しいトッカらしい気遣いだ。そこでネチネチ変態野郎が、トッカの素顔を見てしまったわけか。これはタチが悪い。第四部隊長は位の低い貴族の出だが、男遊び女遊びが派手で有名なのだ、そいつに目をつけられるなんて。
「面倒くさいことになったな」
「そーなんだよ。んで、第四とその他で、もめてるらしいぜ」
第二、第三部隊は部隊長みんなまともだもんな。なんで第四だけ部隊長アレなんだろうか。
「まぁそっちは部隊長がなんとかするとして。撤退命令ってなんだろうな」
「さぁなー。俺はこのままじゃ怖くて撤退できないけどな」
「んだよなー。俺たちは実際、氾濫見てるからな」
「今は連日の戦闘で、一時的におさまってるだけだと思う」
「石壁……壊れてからじゃ、遅いよな」
「そりゃそうだ。魔物の進行を止めるのは、ここしかない」
いつの間にか、俺たちのテーブルに第一のみんなが集まっていた。みんな脳筋ではあるが、真面目に考えることもできるやつらなのだ。
「ところで、おっさん」
ひどく真面目な声は、向かい側に座った同僚だ。
「んあ?」
なぜか全員が怖い顔して、注目している。なんだ、どーした?
「昨日トッカさんの尻に、何してたんだ」
「あー、尻枕! 気持ちよくて寝ちゃったんだよねー」
「枕?」
「そ、枕」
「俺たちはさ、おっさん」
「うん?」
迫力がある。ぐいぐい近づくな、顔が近い。
「おっさんの魔力酔いは許してんだ。あれは仕方ねーよ」
「あ、はい」
やはりトッカだけじゃなく、周りにも迷惑をかけているらしい。
「けどそれはそれとして。俺ら全員、トッカさんの尻は許さねーから」
「ん? 尻枕、そんなにだめだった?」
トッカ本人にも、しっぽは絶対だめだって言われたのだ。こいつらがそれを、トッカに言われて知ってても当然の話だ。
「よし、お前らの言うことはわかった。尻はやめとく」
「……わかってくれるか、おっさん」
「トッカもだめって言ってたし」
「「「! ……なにっ!」」」
「だめって言ったトッカさんに! 無理強いしてねーだろーな、おっさん!」
「トッカさんが許しても、俺たちが許さねーからな!」
「わかってんのか、おっさん!」
「わ、わかった。だいたいあいつ、俺よかはるかに強いからな? てか、掴むな首。首が、苦し……」
爽やかな朝に、意識がトびかけた。
「じゃれつくのはそこまでだ、お前ら」
肩をいからせ、大股で食堂にやってきた部隊長が、一声で第一部隊の面々を黙らせる。戦闘以外では、基本穏やかな人だ、それが見るからに怒っている。
「明日、第四から順に撤退する」
ゴツい男たちがざわつく。
「順番に撤退って、魔物はまだ森ん中にいるのに」
「石壁には結界を張るから大丈夫だ。それよりも」部隊長は声をひそめた。集まっていた俺たちも、さらに顔を寄せる。
「こっから西、国境沿いで、どうやら同じことが起きている」
誰も言葉を発しない、事の異様さがわかるからだ。ごくりと誰かが喉を鳴らす音がした。国境沿い、つまり隣国で何かある。この北の森の魔物を放っておいても、行かねばならない何かが。
「俺たちが国境を越えるってことも、あり得る話ですか」
部隊長に小さな声で確認する。なんてことない質問、てフリをして。
「さぁ、そこまでは知らん。詳しい話は、俺も聞いていない」
首を横に振って、部隊長はちらりとこちらを見た。
「そっすか」へらりと笑って視線が合わないようにする。顔に汗はかいてないはずだ、背中には一気に冷たい汗が吹き出たけれど。部隊長は特に何も言わず、周りに命令を出した。
「明日早朝に移動開始とする、解散」
「「「おうっ」」」
借りていた個室に戻る、トッカはまだ戻っていない。ぼんやりしていたようで、食堂のカップを持ってきてしまった。夕食のときに返せばいいか、と小さなテーブルに置き、荷物をまとめる。改めてまとめなおすほどの荷物もない。背負い鞄がひとつ、防具類は身につければいつでも出立できる。そういう風に訓練されている。
「隣国かぁ」
寝台に腰掛け、あえて隣国とつぶやいてみる。この国は自由の国だ、働くも自由、死ぬも自由。向き不向きはあれど、人々は付きたい職業を選択することができるし、いつでも辞めることもできる。人々はすべてにおいて、選ぶ権利を与えられている。
それがどんなに素晴らしいことか、この国で生まれ育った人間にはわからないだろう。選ぶ権利すらない、死ぬことすら自ら選べない人間が、隣国に存在することなど。
「トッカ、まだ起きてる?」
「ん」
ちなみにマットは汚れも落ちて乾いたとかで、無事に寝台に戻ってきている。
「あのさー、たいしたことじゃないんだけど。トッカの裸ってどうなってんの?」
「ハダカ? 何か思い出した?」
「いや、そうじゃないけど。あ、そういや風呂毎日入れてくれてんの、トッカだもんな。ありがとーね。気を失ったおっさんなんて、重いでしょ」
「重くはない、それで?」
なぜ急にトッカの裸の話か、という続きだ。
「うん、トッカの足すごくきれいじゃない」
「きれい………この足が?」
「うん、モフモフしてるしさー。足もすげー速いし」
トッカの足は山羊のような足なのだ。膝から下が白い毛で覆われててモフモフしている。足先は蹄(ひづめ)で、走るのが実はめちゃくちゃ速い。普段は特別にあつらえたブーツを履いてるから、足が小さめにしか見えないのだが。
人間は生活できないような山の上で生活する、絶滅危惧種の希少な部族、それがトッカの出自だそうだ。遊牧民だから定住はしないため、トッカも家族が現在どこにいるか知らないらしい。頭には左右に小さい角がある、触ってもそれと気づかないくらい小さな突起。ずっと昔には大きな角を生やした人もいたらしいんだけど、今は退化してるそうだ。
で、だ。角とひづめがあるならば、あれがあるはずだと、長いこと思っていたわけである。ひそかにいつか見れるんじゃないかと、そっと機会をうかがっていた、この数年間。
「しっぽ」
「そ、しっぽ。あるの? ねぇ、あるの?」
「あるけど見せない」
「あるんだ。やっぱりあるんだ。でも見せないって、どういうこと?」
「お前すぐしっぽ触る」
「ええぇ、触ってないよ、俺一回も見たことないもん。ってまさか……魔力酔いのときの俺か」
「しっぽはだめ」
「そっか。ごめんなー」
きっと魔力酔いの時、親切に風呂に入れてくれるトッカの尻を、勝手に触っているんだろう。品のないやつだ。魔力酔いって、酔っ払いと一緒なんだな、たぶん。トッカが嫌がってるのに勝手に触るなんて、自分自身でも許せない。しっぽを見せてくれ、とは言えなくなってしまった。トッカを嫁に迎える日が万が一きたら、見せてもらおう。それまでは心の嫁で我慢だ。
「触るのはだめだが、見るだけならかまわない」
「え、ほんと?」
「見て面白いものでもないが……」
「そんなことない、そんなことないよ! 見たい!」
好きに見ろというので、寝台にうつ伏せで寝るトッカの方へ近づく。マットに腰掛け、シャツを少しだけまくる。
「わわ、ふわっふわ」
「ん」
トッカが自分でズボンを少しズラしてくれると、背中の下側から尻の方にかけて白いもこもこした毛が生えていた。小さなしっぽも見えている。想像していたよりも、ずっともっこもこの、ふっわふわである。
「あの、あの、ちょっとだけ触ってもいい? しっぽは絶対触らないから」
「いいが、眠い」
ちょっとだけ……のつもりで、背中のもふもふに触る。ふわぁっ、トッカの体温で温められた毛、めちゃくちゃ手触りがいい。指を埋めてみると、完全に埋まってしまうくらいのふわふわなのだ。やわらかくて、あたたかくて、あぁなんて気持ちいい。無意識に顔を下ろしていた。ふぁっ、やわらかくって、ふわっふわ、気持ちいい。モフモフをなでながら、頬でそのやわらかな感触を味わう。あー最高癒やされる、こんな枕で毎日眠りたい。俺は堪能するために、目をつぶった。トッカも疲れてるんだろう、規則正しい寝息が聞こえて、やさしく背中も上下する。なんか、こう、誰かの体温感じながら眠るっていいな。あやされてるみたいな感じ。そしてあろうことか、俺はそのまま寝落ちた。
トッカの尻を枕に眠ってしました魔法使いは、気づかなかった。部屋の扉が叩かれたことを。傷薬が欲しくてやってきた第一の同僚が、「トッカさん、おっさん、薬が欲しいんだけど……」と扉を開けたことを。同僚の目に映ったのは、背後からシャツをまくられ、ズボンを下げられたトッカに、のしかかる魔法使い。片手は尻を掴み、顔は尻に埋まっている。同僚は静かに扉を閉めると「そっちもあるよな、やっぱり」とつぶやきながら、静かに去っていった。
目が覚めると寝台で寝ていた。あれ、夕べはトッカのモフモフ触らせてもらって、それで……んー、どうやって寝台に戻ったか、覚えていない。隣の寝台は空(から)で、開け放たれた鎧窓から風が抜けていく。爽やかな朝だ。んんーっ、と伸びをして、あくびをひとつ。頭をかきながら、シャツに手を入れて腹をかく。あー、よく寝た。
食堂に行くと、いつも以上に騒々しい。見回した感じトッカはいなかったので、ひとりぶんの食事の盆をもらい、適当なテーブルに席をとる。こってりした分厚い脂と濃い味付け、添えられた野菜は小さくて少ない、最高。もっきゅもっきゅと噛み切れない肉を咀嚼し、ずっしり重いパンを口に入れ、水で飲み込む。
「なぁ、おっさん。聞いたかよ」
「んあ?」
第一の同僚だ。お前は食事を終えたかもしれんが、今来たばかりで食事中の人間の。肩に肘乗せてくるな、体重掛かって重い。肉の脂とタレが、無精ひげにいっぱいついている。
「撤退命令でたってよ」
文句を言おうとして、ぜんぶ飲み込んだ。
「……は? 嘘だろ」
「いやまじで」
「どういうことだ」
「そんなこと知らねーよー。部隊長なら聞いてるかもな」
「部隊長は、どこに?」
見回したが食堂に部隊長の姿はない。
「別件で第四に呼ばれてる。第二と第三の部隊長も、そっち行ってる」
「それもう、第四で会議じゃね?」
「んー……会議ってか、抗議? 第四からウチに」
「は? なんで? なんかあったの」
言いづらそうに視線をそらす同僚に詰め寄り、無理矢理聞き出した。
今回演習訓練が実践になったわけだが、この機会にどうしても別部隊の人間と、個人的に仲良くなりたい男がいた、これが第四部隊の男らしい。そして狙っていたのが、第一部隊のトッカである。あれは可憐な見た目だが、立派な戦士でめちゃくちゃ強い。心の嫁を、第四の男なんかに、断じてやらん。
演習のときから、かなりつきまとっていたらしい。それで、今朝早くに薬の素材を集めに出たトッカが、ひとりだったので後をつけた。人がいない場所まで行ってから、人の住んでいない建物に引きずり込み、襲いかかった。なんだそれは、人が来ないとこで襲うとか、完全レイプ、だめだめ絶対。トッカ怖かったろうなあ、かわいそうに。
「で、なんで抗議?」
「トッカさんがそいつを倒したら、建物崩れて怪我したって」
「怪我? トッカは?」
「トッカさんは無傷。ただ第四の部隊長はアレだから」
「……あぁ」
第四の部隊長は、あまり関わりたくないタイプの人間だ。貴族のコネで上にいる、と言われている。第四は補給物資を運んだり、退路を確保したり、直接戦闘する部隊ではない。第四がいなければ困るのは事実だが、それが部隊長が威張っていい理由にはならないはずだ。しかもウチの部隊長が平民叩きあげだからか、第一を目の敵にしていて、なにかと突っかかってくるのだった。戦闘能力重視、個人実力主義の第一部隊とは、なにもかも正反対。
「あのネチネチ野郎かー」
「なんでか知らねーけど、あいつ第四にトッカさんを寄越せって言ってきやがって」
「はぁ?」
「自分を襲った男をのした後、トッカさんわざわざ運んでやったらしい」
「第四に?」
「第四に」
はぁ、なるほど。優しいトッカらしい気遣いだ。そこでネチネチ変態野郎が、トッカの素顔を見てしまったわけか。これはタチが悪い。第四部隊長は位の低い貴族の出だが、男遊び女遊びが派手で有名なのだ、そいつに目をつけられるなんて。
「面倒くさいことになったな」
「そーなんだよ。んで、第四とその他で、もめてるらしいぜ」
第二、第三部隊は部隊長みんなまともだもんな。なんで第四だけ部隊長アレなんだろうか。
「まぁそっちは部隊長がなんとかするとして。撤退命令ってなんだろうな」
「さぁなー。俺はこのままじゃ怖くて撤退できないけどな」
「んだよなー。俺たちは実際、氾濫見てるからな」
「今は連日の戦闘で、一時的におさまってるだけだと思う」
「石壁……壊れてからじゃ、遅いよな」
「そりゃそうだ。魔物の進行を止めるのは、ここしかない」
いつの間にか、俺たちのテーブルに第一のみんなが集まっていた。みんな脳筋ではあるが、真面目に考えることもできるやつらなのだ。
「ところで、おっさん」
ひどく真面目な声は、向かい側に座った同僚だ。
「んあ?」
なぜか全員が怖い顔して、注目している。なんだ、どーした?
「昨日トッカさんの尻に、何してたんだ」
「あー、尻枕! 気持ちよくて寝ちゃったんだよねー」
「枕?」
「そ、枕」
「俺たちはさ、おっさん」
「うん?」
迫力がある。ぐいぐい近づくな、顔が近い。
「おっさんの魔力酔いは許してんだ。あれは仕方ねーよ」
「あ、はい」
やはりトッカだけじゃなく、周りにも迷惑をかけているらしい。
「けどそれはそれとして。俺ら全員、トッカさんの尻は許さねーから」
「ん? 尻枕、そんなにだめだった?」
トッカ本人にも、しっぽは絶対だめだって言われたのだ。こいつらがそれを、トッカに言われて知ってても当然の話だ。
「よし、お前らの言うことはわかった。尻はやめとく」
「……わかってくれるか、おっさん」
「トッカもだめって言ってたし」
「「「! ……なにっ!」」」
「だめって言ったトッカさんに! 無理強いしてねーだろーな、おっさん!」
「トッカさんが許しても、俺たちが許さねーからな!」
「わかってんのか、おっさん!」
「わ、わかった。だいたいあいつ、俺よかはるかに強いからな? てか、掴むな首。首が、苦し……」
爽やかな朝に、意識がトびかけた。
「じゃれつくのはそこまでだ、お前ら」
肩をいからせ、大股で食堂にやってきた部隊長が、一声で第一部隊の面々を黙らせる。戦闘以外では、基本穏やかな人だ、それが見るからに怒っている。
「明日、第四から順に撤退する」
ゴツい男たちがざわつく。
「順番に撤退って、魔物はまだ森ん中にいるのに」
「石壁には結界を張るから大丈夫だ。それよりも」部隊長は声をひそめた。集まっていた俺たちも、さらに顔を寄せる。
「こっから西、国境沿いで、どうやら同じことが起きている」
誰も言葉を発しない、事の異様さがわかるからだ。ごくりと誰かが喉を鳴らす音がした。国境沿い、つまり隣国で何かある。この北の森の魔物を放っておいても、行かねばならない何かが。
「俺たちが国境を越えるってことも、あり得る話ですか」
部隊長に小さな声で確認する。なんてことない質問、てフリをして。
「さぁ、そこまでは知らん。詳しい話は、俺も聞いていない」
首を横に振って、部隊長はちらりとこちらを見た。
「そっすか」へらりと笑って視線が合わないようにする。顔に汗はかいてないはずだ、背中には一気に冷たい汗が吹き出たけれど。部隊長は特に何も言わず、周りに命令を出した。
「明日早朝に移動開始とする、解散」
「「「おうっ」」」
借りていた個室に戻る、トッカはまだ戻っていない。ぼんやりしていたようで、食堂のカップを持ってきてしまった。夕食のときに返せばいいか、と小さなテーブルに置き、荷物をまとめる。改めてまとめなおすほどの荷物もない。背負い鞄がひとつ、防具類は身につければいつでも出立できる。そういう風に訓練されている。
「隣国かぁ」
寝台に腰掛け、あえて隣国とつぶやいてみる。この国は自由の国だ、働くも自由、死ぬも自由。向き不向きはあれど、人々は付きたい職業を選択することができるし、いつでも辞めることもできる。人々はすべてにおいて、選ぶ権利を与えられている。
それがどんなに素晴らしいことか、この国で生まれ育った人間にはわからないだろう。選ぶ権利すらない、死ぬことすら自ら選べない人間が、隣国に存在することなど。
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