嘘はいっていない

コーヤダーイ

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16花畑

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 サキは何度か瞬きをした。首を傾げると目の前のラミも首を傾げた。

「サキだいじょうぶう?」

 もう一度大丈夫かと問われて、大丈夫なのかそうでないのか迷ってしまう。

「どうだろう?大丈夫?かな」
「ふうん」
「ラミ母さんここはどこです」

 サキは辺りをキョロキョロ見回した。花の香りは嗅ぎ慣れたラミの匂いだ、だがこの丘に見覚えはない。そしてサキにはまだ転移魔法は操れないのである。

「ここはラミの生まれたところだよ」
「生まれたところ?」
「そうだよ」

 見たところ緑の丘に小さな白い花以外何もない。と、サキは空がないことに気づいた、空にあるはずの色はなく真っ白である。太陽でも雲でも見えないかと白い空間をぐっと見て、目の奥が痛くなった。空がないなんてことがあるだろうか。
 緑の丘もどこまでも続いているように見えるが他に樹木一本見当たらないし、蝶一匹見かけない。そしてサキはここには風も吹かなければ何の音もしないことに気づいた。

「ラミ母さんここは何の世界なの?」
「ラミが生まれて帰るところ」
「魔族はここで生まれるってこと?」
「そう」

 驚いた。魔族については確かに不明なことが多い。どこから来るのかわからないから、魔族の国など存在しないとされている。
 おそらくここにみなぎっているのは純粋な魔法の素、魔素であろう。つまり魔族は魔素から生まれて魔素に帰るのだ。

「それでなぜ僕はここに?」
「人間のそばによくない精気たまるの、サキ疲れる」
「ラミ母さんが呼んでくれた?」
「そう、マティアスいなかったら間に合わない」
「ああ、ベッドで三人で寝るやつ」

 ラミが大きく頷いたので、なるほど話が見えてきた。確かになんとなく一人で寝たくないときに三人で川の字で寝ると、不思議と安らいでよく眠れた。家族だから安心するのかと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。
 自分に対してよこしまな思いを当てられると、異常な疲れを感じていた。誘拐されたときは意識を失うほどであったし、今日とてソファーに掛けたら立ち上がる気力がなかった。

 魔族にはそれが身体に毒素が溜まるようなものなのだろう。魔族が人間の世界にほとんどいないわけが、少し理解できた。
 安定した魔素、人間で例えるならば安定した魔力、精気に当たれば中和されるという仕組みなのである。サキは改めて父親の存在をありがたく、頼もしく思った。

「また疲れて父さんがいないとき、僕もここに来られる?」
「ん、まだむり。サキはんぶんだからラミが呼ぶ」
「ラミ母さん僕が疲れたら気づいてくれる?」
「ん、いつでも呼んであげる」
「ありがとう」

 ラミがいつも花の匂いをさせているのは、ここで休んでいるからなのだろう。ラミは美しいから人間からきっと嫌な思いを沢山当てられているはずだ。マティアスがベッドで呼ぶときに嬉しそうなのは、愛もあるだろうが安定した魔力と精気が心地良いからだろう。

「ラミ母さん、ここのこと父さんにだけ話してもいい?」 
「ん、マティアス来たがったけどむりだった」
「父さんここに飛ぼうとしたんだ」
「だからマティアス、いつもラミ呼ぶ」

 確かにここの話はラミの説明では理解できないだろう。ラミは帰ったらマティアスにしっかり伝えようと思った、ここに人間が力技で飛ぶのは無理だ。帰ったらと思って、あれとサキは疑問を感じる。

「ラミ母さんここの時間ってどうなってるの?向こうと同じ?」
「時間いっしょ」
「他の魔族はいないの?」
「いると思うけどお互い見えない」
「そうなんだ」

 どうやら時間軸は同じらしいことに安堵するが、こちらで時間の流れを確認するのは無理そうだ。他の魔族が互いに見えないのはありがたい、ここで存在する間は魔素に中和され紛れるという理解であっているだろうか。魔素の空間という新しい課題を見つけてサキの研究魂が騒ぐのを感じた。

 見えないけれど大きな優しい手が伸びてきて包まれる感じがした。この感覚は知っている、父さんだ。

「ラミ母さん、父さんだ」
「ん、呼んでる」

 ラミが嬉しそうに微笑んでいる。たくさんたくさん包まれて景色が見えなくなった、目を開けると談話室に戻ってきており、眉間に皺を寄せたマティアスと離れたところにクラースが見えた。

「ただいま父さん、大好きだよ」

 サキはマティアスに飛び込んで抱きついた。

「ただいまあ、マティアス」

 一緒に戻って来たラミもマティアスに抱きついたから、マティアスはよく似た親子をいっぺんに抱きとめた。マティアスの魔力と精気が心地良い、近くにいるクラースも魔力はそれほどないが精気も安定しているから毒にはなり得ない。

 サキはこれからこの世界の毒素と上手く折り合いを付けて生きていかねばならないのだ、今までずっとマティアスとラミに守られていた自分に初めて気づいた。両親だけではない、サキの周りの人は優しい人ばかりで、その魔力も精気もサキの毒となることはなかった。

 人間であれば何の影響ももたらさない毒素というものから、一体どうやって自分の身を守ればいいのか、一瞬一人きりで霧の中を歩くような心地になる。
 ぶるりと震えるとマティアスが腕の中のサキとラミを、ぎゅっと強く抱きしめてくれたので安心する。

(ああそうだ、一人じゃない)

 もう今日はこのまま眠ってしまおう、説明できなくてごめん、また明日ね。



 大好きと叫んで抱きついてそのままくたりと眠ってしまったサキを抱いたまま、マティアスは振り返ってクラースを見た。

「今日は迷惑をかけてすまなかった、息子を守ってくれて礼を言う」
「いえ、役には立てなかったです」
「……そんなことはない、感謝している」
「マティアス卿……」
「話はまた後日。転移で送ろう、どこがいい」

 クラースを転移魔法で送り、サキを抱いたまま階段を上がった。心配そうにフロアに出てきた執事と乳母にラミと共にいたと無事を伝え、部屋に入る。ラミも一緒にベッドへと上がりいつものように川の字になる。
 何があってラミと同じところにいたのか気にはなるが、ラミが笑っているのだから大丈夫なのだろう。片肘で身体を起こしラミにキスをする、そのままサキの額にもキスを落としておやすみと呟くとマティアスも目を閉じた。





 すっきりと目覚めたサキはいつもと同じ時間に起床したことを確認する。起きて着替えようかと身じろぎするとマティアスに起きたかと声を掛けられた。転移でエーヴェルト邸へと送ってもらうまでの短い時間に、サキはラミの生まれた世界について説明をした。

「ふむ……魔素に毒素か……」

 一通り話せばマティアスには通じたようで、自分の考えに深く沈んでいくのがわかる。

「人間ではそこへはいけないのだな」
「おそらく。魔素が強すぎます」
「そうか」

 考えに耽るマティアスを置いてサキは自室へと着替えに戻った。稽古着に着替えて戻ればマティアスもすでに着替え終えた後だった。

「毒素の件だが……」
「はい」
(もう考えてくれていたんだ)
「身体の表面に薄く結界を張ってはどうだろうか。いくつか種類を試す必要があるとは思うが、精気と魔力を通さないものと物理的衝撃を緩和させるものとを魔導具に付与すれば、自分の魔力を使わず済むし多少は違うだろう」

 返事の代わりにマティアスの腹辺りへと抱きつく。優しく抱き留められたが前は抱きついても腰辺りだったから、少し背が伸びたのかもしれない。

「背が伸びたな」

 抱きついたまま見上げれば、頭をひと撫でしたマティアスの顔はゆるりと綻んでいた。

「父さん、その魔導具は外したくないからピアスにして」
「わかった、ひとまず試作しておこう」

 仕事の合間でいいからと言えば、サキと完成させる魔導具が現在の国の最先端なのだから、一番優先順位が高い、その魔導具を造り出す本人の身の安全が最重要だろうと答えがきた。
 もう一度ぎゅっと抱きついてから、サキはエーヴェルト邸へと転移で送ってもらった。



 白い息を吐きながら三人で走る。最初は二人のペースについていけなかったサキだったが、半年以上走り込んで最近はそれほど遅れずについていけるようになってきている。走り込みが終わればムスタの武術を習う、相変わらず上半身裸のムスタは足も裸で常と変わらぬ演舞を見せてくれる。サキもだいぶ様になってきたとムスタに褒められ気合を入れて型をさらう。
 
 ひろきとイェルハルドは手の平ほどの小枝を一本手にすると、それを武器として互いに向き合い一撃必殺の演舞を舞っている。舞いに流れて踊る衣ばかりに目がいって、二人の動きが目に入ってこない。
 感想を聞かれたサキがそう言えばムスタは口を開けて笑った。見上げたサキから口の中の犬歯が人間より少しだけ伸びて尖っているのが見えた。

(獣人て爪はどうなっているんだろう)

 普段は見た感じ人間と同じであるムスタの手の爪にそっと目をやり、頼めばいつか見せてくれるだろうかとサキはそのいつかを楽しみに待つことにした。



 帰宅後屋敷の談話室でせっせと猫耳帽子を編み続けるサキの周りには、人が溢れている。一緒に編み物をしているカティがいる、世話をするから傍で遊ばせているキーラがいる。2歳になったキーラは動き回って目が離せないからイェルハルドが見てくれており、その首には「カメラ」が掛かっている。そして今日は護衛のクラースも一緒でマティアスの蔵書を一冊借りてくると、ゆっくりとページをめくっている。

 皆好きなように思い思いに過ごしているが、心地良い空間である。サキは少し休憩しようと冷めたお茶に手を伸ばした。約束通りひろきの猫耳帽子が仕上がったのだが、クラースに頼まれたものと同じ形のカチューシャ猫耳と尻尾セットも一緒に渡すつもりで編んでいるところだ。結婚してまもなく9年というが、いつまでも仲良くいてほしいものである。
 
 あとひと頑張りと編み棒を手にしたサキの一瞬の微笑みを奇跡的に「カメラ」に収めたイェルハルドは、再びキーラへと優しい目を向けた。





「フロウ、ちょっとこれ付けてみて」

 サキから贈られた金色の猫耳帽子を被ったひろきが、寝室にやってきたフロイラインに袋から出したカチューシャを手渡した。黙って袋ごと手に取り中身をじっと眺めたフロイラインは、サキの無言のメッセージを的確に読み取りにやりと笑った。
 常よりもさらに甘く微笑みを浮かべ、フロイラインはひろきの言う通りに金色の猫耳がついたカチューシャを自分にはめて見せてやる。

「わぁっ、フロウとっても似合う!かわいい」
「かわいいのはひろきの方だよ」

 いつの間に呼び寄せたのか「カメラ」を空中で待機させ、手にも持たずにひろきを映していく。「カメラ」を手にしていては自分がひろきに手を出せないと、フロイラインが構築して編み出した最新の魔法である。
  
 魔法研究室の開発部に使用魔力を軽減させる省エネなる新技術ができたからと教わり、早速利用して編み出したのだ。無駄な魔法ということなかれ、一つの魔法を長時間作動し続けるというのは非常に魔力を消耗させるものである。
 それを空中で作動させながらも魔力はそれほど必要とせず、しかも両手は空いているというのは魔法師にとってまさに夢のような話なのだ。

 その夢の新魔法を使ってフロイラインは甘く蕩けるひろきを紙媒体に焼き付けようとしているのである。ひろきは金色の猫耳をつけて甘く微笑むフロイラインにうっとりとして「カメラ」に気づいていない様子である。手に構えていないのだから気づかず当然、これはいけるとフロイラインはひろきに手を伸ばした。

  

 ひろきは恥じらっていた。相手は愛するフロイラインだし夜着のシャツもまだボタンがはまっておりちゃんと着ている、ただし着ているのはシャツだけである。頭にはフロイラインの金色をした猫耳、下衣は脱がされ腰のところに金色のリボンで結ばれた金色の尻尾が揺れている。
 シャツの裾に隠れ見えそうで見えない尻はフロイラインに後ろから覆われるように圧し掛かられ、ゆっくりと穴のひだを伸ばすように解されているところである。
 
 フロイラインは自身の夜着をしっかり着込んだまま、ひろきの耳元で甘く囁きながら香油を少しずつ足して指を増やしていく。二本だった指が三本に増やされて挿入されたとき、長い指がひろきのイイ所を掠めて尻が跳ねる。フロイラインの髪と同じ色に編まれた尻尾も、尻に合わせてゆらりと跳ねた。同じところを擦ってやれば、ひろきは早々に果ててしまう。

 指を引き抜いた穴に香油を垂らした己の竿をぴたりと当てれば、フロイラインを待ちわびるように穴がはくはくとうごめいた。ズッと腰を進めれば穴に沿って己が吸い取られるように飲みこまれていく。
 はっはっと荒く息を吐き振り返るひろきには金色の猫耳があり、開いたシャツの襟元まで真っ赤に染まっている。根元まで納めると身を屈めて胸の先を弄り唇に噛みつけば、塞いだひろきの口からは耐えきれないような喘ぎ声が漏れた。

 背中にぴたりと腹をつけたまま奥を揺すれば背を反らせて啼き、腰を支えて注挿してやればあられもない嬌声を上げて尻尾を揺らし続けた。ひろきの痴態にフロイラインも燃え上がり、結局自身は夜着を乱さず精を吐き出した。
 そのまま眠ってしまったひろきを清めてやり、着衣のままというのも想像以上に燃えるものなのだと思う。それにしても猫耳に尻尾とは考えたものだとフロイラインは満足気に息を吐いた。



 時を同じくして娼館でも似たようなことが起こっていた。水色の猫耳と尻尾を娼館の女性に付けさせると、下着は脱がせぬままクラースは楽しんだ。16歳にしては経験豊富な彼は若さゆえの激しさに浸ることもなく女性を慈しみ一晩の愛を与えた。
 クラースと猫耳の夜を共にした女性の夢見るような口調に、娼館の主が猫耳と尻尾を作成し女性たちに付けさせてみた。
 
 王都で一時猫耳ブームが巻き起こるのはもうすぐのことである。
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