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耳長ドミトリー
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ヤーデが馬車で送ってもらい、家に帰るとドミトリーがソファで寝ていた。夕べは侯爵の仕事の手伝いで帰れない、と伝えてあった。寝台でどうしても眠れなかったらしい。ソファに移動して、明け方ようやくうとうとしたところに、ヤーデが帰ってきたというわけだ。
「おかえりヤーデ。おはよう」
「ただいま、レネ。起こしてしまってごめんなさい」
「ん、いいよ、朝なんだから」
しょぼしょぼした目をこすりながら、起き上がったドミトリーの目の下には隈があった。こっちにも疲れてる人がいる。大人はみんな、疲れすぎではないだろうか。若さゆえ、疲れとは無縁のヤーデである。
「レネは今日、仕事は休みでしたっけ」
「ん、そう」
「ぼくは仕事なので、着替えたら出かけますね」
背中からくっついてきたドミトリーが、ヤーデの腹に軽く腕を回してきた。甘えたさんか、かわいい。と思ったら、すぐに離れてしまう。
「ヤーデから知らない香水の匂いがする」
「すみません、借りたお風呂がこの匂いで」
「じゃあ仕方ない、でもいつもの匂いのほうが好き」
「今すぐお風呂入ってきます」
「ふふっ、いいよそのままで。着替えて仕事に行っておいで」
「じゃあすぐ着替えてきます」
脱ぎ捨てた服は洗濯に回す籠に放り込む。ズボンをはきシャツを着て、靴をはく。最近伸びている髪は邪魔なので、横だけ後ろに回して結んでいる。
「あーやだ。出かけたくない」
せっかくドミトリーが休みで家にいるというのに、どうしてヤーデが仕事に行かなくてはならないのか。ドミトリーと家で過ごしたいがために働いているのに、休みが合わないだなんて! しかも今日行けば、ギュンターがうるさいことは目に見えている。
「ふふっ、かわいい。待ってるから早く行って、早く帰っておいで」
「! そうします! 行ったらすぐ帰るって言って、帰ってきますね」
「ふっ、ふふっ、それはさすがに早すぎるでしょう。ヤーデ」
「はいっ」
「いってきます、ってキスはしないの」
「! する、します!」
勢いでドミトリーの頬を両手で包み込み、唇を合わせる。だけのつもりだったが、思ったよりも柔らかい唇が、ふにっとヤーデの唇と重なり包んだ。薄い上唇もふっくらした下唇も、甘やかで美味しくて。ヤーデの舌を、つんとつついた舌先に、思わず絡みつき吸いつく。上顎を舐められるのが弱いようで、ん、と切ない声が漏れる。あ、やばいこれ以上したら勃ちそう。朝からドミトリーの唇をたっぷり堪能してしまった。離れた唇の端が濡れているのを、ぺろっと舐める。うーん、全身を舐めていた客の気持ちが少しわかっってしまったかもしれない。どこもかしこも美味しいのだ。
このままでは止まらなくなりそうだったので、もう一度ちゅっとキスをして抱きしめて、ようやく離れる。ドミトリーはキスのあと、いつも体から力が抜けてしまうので、抱き上げてそのまま二階へ上がる。寝台へそっと降ろして髪を撫でても、ドミトリーはじっとされるがままだ。手のひらに頬をそっと寄せてきた。かわいい。今日も女神みたいに美しい。はあ、出かけたくない。額にキスをする。絶対に早く帰る!
「それじゃ行って帰ります!」
玄関を飛び出したヤーデは無駄に走っていった。体力が有り余っている、若いのだ。
ギュンターは不満気な顔をしていた。ヤーデが開口一番「おはようございます! 今日はもう帰ります!」と宣言したからだ。来てすぐ帰るとはどういうことだ、昨日の話を楽しみにしていたのに。本当はギュンターだって娼館へ行って、他人の性行為を覗き見したかったのだ。だが、ヤーデと侯爵二人に止められた。「黙って静かにしていられないだろう」と、その通りだ。だからこそ、おとなしく家で待っていたというのに。
「昨日の話は? 研究の続きは?」
「すみません、ギュンター。ちょっと家にかわいすぎる人がいまして。あ、じゃなくて侯爵様にご報告がありまして」
「ちょっとぉ、心の声正直に漏れすぎじゃない? 君ぃ」
「だってぼくがいなくて眠れなかったって言うんですもん!」
「俺だって報告が楽しみで寝られなかったがぁ?」
「そうですか」
「おいおい、すんとした顔すんな」
一晩離れていたくらいで、なんだというのだ。それともなんだ、シュテファンの温室で飼っている、すぐ死ぬ耳長か何かなのか。耳長は繁殖力が強いくせに、さみしいとすぐ死んでしまうという、南方の草食小型愛玩物である。ギュンターは想像してみた。魔法使いのドミトリーに耳長の文字通り長い耳をつけてみる。無口なドミトリーに、長い耳はよく似合っていた。なるほど、やつは耳長だったか。それならば、ヤーデがいなければ眠れないというのにも頷ける話である。
「そうか……耳長ドミトリーがさみしくて死なないように、早く帰ってやれ」
「いや、さみしいから死ぬってことはさすがにないと思うけど……みみなが?」
「耳長は愛玩動物だ。知らなくても、まぁいい。それより父上への報告はしてから帰れよ」
「え、ほんとうに帰っていいんですか?」
「かまわないといっている。さっさと行け」
「ありがとうギュンター! 恩にきます。また明日!」
ヤーデは走って離れを出て行ってしまった。元気なやつだ。
本邸に駆けていったヤーデが侯爵に、統計はじゅうぶんであると、昨晩の報告を手短にする。特に最後の、マクシミリアンの話では侯爵の眉がぴくりと上がった。目が泳いでいたような気がするから、やはりばれたら怒られるやつだったらしい。帰るといったら、馬車を出そうと言われたのを断って、走って家まで帰った。
使用人がお茶を準備してワゴンで運んでいくと、すでにヤーデは帰ったあとだった。侯爵が「ずいぶん急いでいたようだが」と、一人でお茶を飲んだ。家令がいうには走って門を出て行ったらしい。若者のその若さがうらやましいと侯爵は思った。
そのまま走って家の近くまで戻ったヤーデは、帰る前に屋台の果物店に立ち寄った。今が旬の、熟れると実の柔らかくなる果物をいくつか購入する。菓子はあまり食べないドミトリーだが、果物であればよく食べる。今日は一日一緒にいるのだから、あとで切って食べさせてあげようと思う。
「ただいま」
鍵を開けて家に入っても、下の階には誰もいなかった。夕べ眠れなかったと言っていたドミトリーだ、まだ眠っているのかもしれない。果物を机に置いて、二階の様子を見に行く。寝顔だけ確認したら、家事を済ませるつもりだった。
ヤーデが出かけるときに閉めた寝室の扉が、少し開いていた。一度起きたのかな、と部屋にそのまま入ろうとしたヤーデは、自分の目にしたものを信じられず、そのまま動きが固まった。
「……」
ごくり、と飲み込んだ唾が驚くほど大きな音を立てた。
「……ぁ、やっ」
ずかずかと足を進める。気がついたドミトリーが、動かしていた利き手をもう片方の手で隠そうとした。乱れた寝台の上で、かぶるだけのワンピースを捲り、下着から出ている男根を握っている手。何をしていたのか、一目瞭然である。ヤーデも自分で自慰をするようになってから、それらしき気配は感じたことがある。しかし実際に目にするのは初めてだったので、嬉しかった。ドミトリーにも人並みにちゃんと、性欲があるのだ。
「レネ」
「や、あのこれ、は……ちがくて」
「違うって何が? 気持ちよくなりたかったんでしょう? ぼく、手伝うよ」
「ちが、いつもはちが、の。こんなじゃないの、すぐ終わっ」
「いつもと違うんだ、いつもより気持ちいいの? それともイけない?」
触ってもいいでしょ? と言いながらドミトリーに口づける。手をドミトリーの手に重ねて、上からそっとしごく。
「ふぁ、ん、んんっ」
「ふふっ、かわいいレネ。ぼくがあんなキスして出かけたから、いけなかったんだね。ごめんね、ぜんぜん寝られなかったんでしょう」
すぐ楽にしてあげるから、ぼくに集中して。そう言うとドミトリーは閉じていた目を開けて、ヤーデを見上げた。かわいい。キス、もっとして。なんて言うから張り詰めた股間が痛い。でも今はドミトリーをイかせてあげることだけを考える、自分の快楽なんてあとだ。耳元で「かわいい、レネ。愛してる、好き、大好き。すぐ気持ちよくさせてあげるからね」とささやく。耳に首筋に頬に鼻に、順番にちゅっちゅと口づけていく。あまり目立たない喉仏を咥えて舐める。とろとろと舌を降ろしていって、鎖骨のくぼみへ。布地の上から唇で乳首を探り当て、唾液を含ませ舌先を何度も往復させて刺激する。
「ぁっ、ど、してそん、なとこっ、ぅっんっ」
わずかに勃ちあがった乳首を、布地ごと前歯でそっと咥える。
「……ひっ、ぁっ、なっ」
のけぞる背中を抱きしめてやり、再び唇を重ねる。自ら大きく口を開け舌を出してヤーデを求める姿は、淫靡なことこのうえない。
「きれいだ、レネ」
キスの合間に、口の中に愛を吹き込むようにささやくと、ドミトリーは「んんっ」と強く目を閉じ果てた。咄嗟に亀頭を握り混んだヤーデの手の中に、ドミトリーの精液がついていた。役目を終えた男根はくたりと腿に乗っている。まだ息が荒いけれど、きっとこのあとドミトリーは寝てしまうだろう。眠ってしまう前に着替えさせて、体も拭いてやりたかった。
「いつもはこんなじゃないの。しゅしゅってこすって溜まったぶんを出すだけなの」
赤い顔をしたままのドミトリーが、とろりとした顔でヤーデに必死に伝えてくる。
「ぼくはいつもレネのこと考えてしてる。もしかして、レネもそうだったら嬉しい」
「ん……そう。ヤ、デのこと考えたら、気持ちいいのに足りなくて、こすってても出なくって」
「そう、つらかったね。ごめんね、レネのつらいときにぼくがいなくて」
「ん」
「これからはぼくが全部してあげるからね。一人でしちゃだめだよ? 今みたいに出なかったら、余計つらくなるだけだから」
「そ、なの?」
「そうだよ。わかった?」
「……ん。また、してくれる?」
「もちろん、いつでもしてあげる。満足するまでたくさんしてあげるからね」
「あり、がと」
安心したのか、半裸のまま眠ってしまった。急いで少量の湯を沸かして、人肌の温度に整え、布を浸して絞る。服を脱がせてから、顔と首と乳首、両手と男根。優しくぬぐって、新しい下着を履かせ、ワンピースを着せた。上掛けを直し、顔にはりついた髪を指でよけてやる。しあわせだった。ヤーデ自身はまだ勃起が治まらなかったけれど、自分に任せてくれたこと、手の中でドミトリーが果てたことの喜びが大きかった。
朝から暇になってしまったギュンターは、シュテファンの温室に遊びに行った。耳長が増えていたので、順番に捕まえて膝に抱き心ゆくまで、もふもふと撫でまくった。昼過ぎにやってきたシュテファンに「耳長は構い過ぎてもすぐ死ぬからやめろ」と言われて憤慨する。
「さみしくても構い過ぎても死ぬなんて、ほんとに面倒くさいやつだなドミトリー!」
「耳長に勝手に名前をつけるな、面倒なのはお前だよ」
ギュンターは、ぷんすこしながら温室を大股で出て行った。昼食とお茶の時間以外はふて寝して過ごした。ヤーデがおやすみなのだから、ギュンターも研究をさぼってしまうのである!
夕食の時間に本邸へ行くと、耳長の毛だらけだったので、使用人に無言で風呂に連行され、丸ごと洗われた。体を洗われてるうちに勃起したら、しこしこと扱いてさっさと射精させてくれたので、だいぶすっきりして賢者みたいな気分で、ゆったりと夕食を食べることができた。ただの欲求不満だったなんて、一日くさくさしていた自分が馬鹿みたいだ。
夕食後、家族で食後のお茶を飲んでいると、怖い顔をしたマクシミリアンがやって来た。母上に挨拶をし、シュテファンと少し会話をする。
以前だったらギュンターは「息災か」と尋ねられて、返事をしてもしなくてもおしまいだったのを、目元を和らげながら「研究も大事だが、体に気をつけろ」とねぎらわれた。あんまりびっくりしたものだから、目を見開いてマクシミリアンを見上げたら、ふっと笑ったマクシミリアンがギュンターの頭に大きな手を置いた。誰かに頭を撫でられるだなんて、子どもの時以来だ。ギュンターは自分が耳長になったような気がした。
家族団らんの最中、さりげなく寝室へ下がろうとしていた侯爵を、マクシミリアンが捕まえた。家族は誰も止めなかったし、使用人たちは無言で視線をそらすと、さながら壁の柄に擬態した。
「約束もなしにどうしたマクシミリアン」
「ほう……自分の家に帰るのに、約束が必要でしたか」
侯爵の二の腕を捕らえているのは、片手だけだというのに、ぎりぎりと万力で締め上げられているように痛む。
「は、離せ。少し乱暴がすぎるぞ」
「大して力を入れてはいません。これでもだいぶ抑えていますよ、自分のなかの獣が暴れ出すのをね」
「うっ……」
お茶の間を出て行くとき、マクシミリアンが壁に向かって顔を向け、いつも通りの優しい声を掛けた。
「あぁ、茶も酒もいらんぞ。話が済んだらすぐ出る。お前達も今日はもうゆっくり休め」
「誰か……たすけろ……」
情けない声を出しながら、侯爵が扉から廊下へと引きずられていく。もちろん誰も手も口も出さない。マクシミリアンがあそこまで怒るということは、侯爵が何かしでかしたのである。使用人からの信頼も厚いマクシミリアンであった。
それにしても氷のように冷気を放ち、静かに怒るマクシミリアンは怖い。絶対に怒らせてはいけないのは、マクシミリアンであると、使用人たちの心には改めて刻まれたのだった。侯爵が少々乱暴すぎる手つきで執務室へ連行されるのを、使用人たちは怯えた目で見送った。
「おかえりヤーデ。おはよう」
「ただいま、レネ。起こしてしまってごめんなさい」
「ん、いいよ、朝なんだから」
しょぼしょぼした目をこすりながら、起き上がったドミトリーの目の下には隈があった。こっちにも疲れてる人がいる。大人はみんな、疲れすぎではないだろうか。若さゆえ、疲れとは無縁のヤーデである。
「レネは今日、仕事は休みでしたっけ」
「ん、そう」
「ぼくは仕事なので、着替えたら出かけますね」
背中からくっついてきたドミトリーが、ヤーデの腹に軽く腕を回してきた。甘えたさんか、かわいい。と思ったら、すぐに離れてしまう。
「ヤーデから知らない香水の匂いがする」
「すみません、借りたお風呂がこの匂いで」
「じゃあ仕方ない、でもいつもの匂いのほうが好き」
「今すぐお風呂入ってきます」
「ふふっ、いいよそのままで。着替えて仕事に行っておいで」
「じゃあすぐ着替えてきます」
脱ぎ捨てた服は洗濯に回す籠に放り込む。ズボンをはきシャツを着て、靴をはく。最近伸びている髪は邪魔なので、横だけ後ろに回して結んでいる。
「あーやだ。出かけたくない」
せっかくドミトリーが休みで家にいるというのに、どうしてヤーデが仕事に行かなくてはならないのか。ドミトリーと家で過ごしたいがために働いているのに、休みが合わないだなんて! しかも今日行けば、ギュンターがうるさいことは目に見えている。
「ふふっ、かわいい。待ってるから早く行って、早く帰っておいで」
「! そうします! 行ったらすぐ帰るって言って、帰ってきますね」
「ふっ、ふふっ、それはさすがに早すぎるでしょう。ヤーデ」
「はいっ」
「いってきます、ってキスはしないの」
「! する、します!」
勢いでドミトリーの頬を両手で包み込み、唇を合わせる。だけのつもりだったが、思ったよりも柔らかい唇が、ふにっとヤーデの唇と重なり包んだ。薄い上唇もふっくらした下唇も、甘やかで美味しくて。ヤーデの舌を、つんとつついた舌先に、思わず絡みつき吸いつく。上顎を舐められるのが弱いようで、ん、と切ない声が漏れる。あ、やばいこれ以上したら勃ちそう。朝からドミトリーの唇をたっぷり堪能してしまった。離れた唇の端が濡れているのを、ぺろっと舐める。うーん、全身を舐めていた客の気持ちが少しわかっってしまったかもしれない。どこもかしこも美味しいのだ。
このままでは止まらなくなりそうだったので、もう一度ちゅっとキスをして抱きしめて、ようやく離れる。ドミトリーはキスのあと、いつも体から力が抜けてしまうので、抱き上げてそのまま二階へ上がる。寝台へそっと降ろして髪を撫でても、ドミトリーはじっとされるがままだ。手のひらに頬をそっと寄せてきた。かわいい。今日も女神みたいに美しい。はあ、出かけたくない。額にキスをする。絶対に早く帰る!
「それじゃ行って帰ります!」
玄関を飛び出したヤーデは無駄に走っていった。体力が有り余っている、若いのだ。
ギュンターは不満気な顔をしていた。ヤーデが開口一番「おはようございます! 今日はもう帰ります!」と宣言したからだ。来てすぐ帰るとはどういうことだ、昨日の話を楽しみにしていたのに。本当はギュンターだって娼館へ行って、他人の性行為を覗き見したかったのだ。だが、ヤーデと侯爵二人に止められた。「黙って静かにしていられないだろう」と、その通りだ。だからこそ、おとなしく家で待っていたというのに。
「昨日の話は? 研究の続きは?」
「すみません、ギュンター。ちょっと家にかわいすぎる人がいまして。あ、じゃなくて侯爵様にご報告がありまして」
「ちょっとぉ、心の声正直に漏れすぎじゃない? 君ぃ」
「だってぼくがいなくて眠れなかったって言うんですもん!」
「俺だって報告が楽しみで寝られなかったがぁ?」
「そうですか」
「おいおい、すんとした顔すんな」
一晩離れていたくらいで、なんだというのだ。それともなんだ、シュテファンの温室で飼っている、すぐ死ぬ耳長か何かなのか。耳長は繁殖力が強いくせに、さみしいとすぐ死んでしまうという、南方の草食小型愛玩物である。ギュンターは想像してみた。魔法使いのドミトリーに耳長の文字通り長い耳をつけてみる。無口なドミトリーに、長い耳はよく似合っていた。なるほど、やつは耳長だったか。それならば、ヤーデがいなければ眠れないというのにも頷ける話である。
「そうか……耳長ドミトリーがさみしくて死なないように、早く帰ってやれ」
「いや、さみしいから死ぬってことはさすがにないと思うけど……みみなが?」
「耳長は愛玩動物だ。知らなくても、まぁいい。それより父上への報告はしてから帰れよ」
「え、ほんとうに帰っていいんですか?」
「かまわないといっている。さっさと行け」
「ありがとうギュンター! 恩にきます。また明日!」
ヤーデは走って離れを出て行ってしまった。元気なやつだ。
本邸に駆けていったヤーデが侯爵に、統計はじゅうぶんであると、昨晩の報告を手短にする。特に最後の、マクシミリアンの話では侯爵の眉がぴくりと上がった。目が泳いでいたような気がするから、やはりばれたら怒られるやつだったらしい。帰るといったら、馬車を出そうと言われたのを断って、走って家まで帰った。
使用人がお茶を準備してワゴンで運んでいくと、すでにヤーデは帰ったあとだった。侯爵が「ずいぶん急いでいたようだが」と、一人でお茶を飲んだ。家令がいうには走って門を出て行ったらしい。若者のその若さがうらやましいと侯爵は思った。
そのまま走って家の近くまで戻ったヤーデは、帰る前に屋台の果物店に立ち寄った。今が旬の、熟れると実の柔らかくなる果物をいくつか購入する。菓子はあまり食べないドミトリーだが、果物であればよく食べる。今日は一日一緒にいるのだから、あとで切って食べさせてあげようと思う。
「ただいま」
鍵を開けて家に入っても、下の階には誰もいなかった。夕べ眠れなかったと言っていたドミトリーだ、まだ眠っているのかもしれない。果物を机に置いて、二階の様子を見に行く。寝顔だけ確認したら、家事を済ませるつもりだった。
ヤーデが出かけるときに閉めた寝室の扉が、少し開いていた。一度起きたのかな、と部屋にそのまま入ろうとしたヤーデは、自分の目にしたものを信じられず、そのまま動きが固まった。
「……」
ごくり、と飲み込んだ唾が驚くほど大きな音を立てた。
「……ぁ、やっ」
ずかずかと足を進める。気がついたドミトリーが、動かしていた利き手をもう片方の手で隠そうとした。乱れた寝台の上で、かぶるだけのワンピースを捲り、下着から出ている男根を握っている手。何をしていたのか、一目瞭然である。ヤーデも自分で自慰をするようになってから、それらしき気配は感じたことがある。しかし実際に目にするのは初めてだったので、嬉しかった。ドミトリーにも人並みにちゃんと、性欲があるのだ。
「レネ」
「や、あのこれ、は……ちがくて」
「違うって何が? 気持ちよくなりたかったんでしょう? ぼく、手伝うよ」
「ちが、いつもはちが、の。こんなじゃないの、すぐ終わっ」
「いつもと違うんだ、いつもより気持ちいいの? それともイけない?」
触ってもいいでしょ? と言いながらドミトリーに口づける。手をドミトリーの手に重ねて、上からそっとしごく。
「ふぁ、ん、んんっ」
「ふふっ、かわいいレネ。ぼくがあんなキスして出かけたから、いけなかったんだね。ごめんね、ぜんぜん寝られなかったんでしょう」
すぐ楽にしてあげるから、ぼくに集中して。そう言うとドミトリーは閉じていた目を開けて、ヤーデを見上げた。かわいい。キス、もっとして。なんて言うから張り詰めた股間が痛い。でも今はドミトリーをイかせてあげることだけを考える、自分の快楽なんてあとだ。耳元で「かわいい、レネ。愛してる、好き、大好き。すぐ気持ちよくさせてあげるからね」とささやく。耳に首筋に頬に鼻に、順番にちゅっちゅと口づけていく。あまり目立たない喉仏を咥えて舐める。とろとろと舌を降ろしていって、鎖骨のくぼみへ。布地の上から唇で乳首を探り当て、唾液を含ませ舌先を何度も往復させて刺激する。
「ぁっ、ど、してそん、なとこっ、ぅっんっ」
わずかに勃ちあがった乳首を、布地ごと前歯でそっと咥える。
「……ひっ、ぁっ、なっ」
のけぞる背中を抱きしめてやり、再び唇を重ねる。自ら大きく口を開け舌を出してヤーデを求める姿は、淫靡なことこのうえない。
「きれいだ、レネ」
キスの合間に、口の中に愛を吹き込むようにささやくと、ドミトリーは「んんっ」と強く目を閉じ果てた。咄嗟に亀頭を握り混んだヤーデの手の中に、ドミトリーの精液がついていた。役目を終えた男根はくたりと腿に乗っている。まだ息が荒いけれど、きっとこのあとドミトリーは寝てしまうだろう。眠ってしまう前に着替えさせて、体も拭いてやりたかった。
「いつもはこんなじゃないの。しゅしゅってこすって溜まったぶんを出すだけなの」
赤い顔をしたままのドミトリーが、とろりとした顔でヤーデに必死に伝えてくる。
「ぼくはいつもレネのこと考えてしてる。もしかして、レネもそうだったら嬉しい」
「ん……そう。ヤ、デのこと考えたら、気持ちいいのに足りなくて、こすってても出なくって」
「そう、つらかったね。ごめんね、レネのつらいときにぼくがいなくて」
「ん」
「これからはぼくが全部してあげるからね。一人でしちゃだめだよ? 今みたいに出なかったら、余計つらくなるだけだから」
「そ、なの?」
「そうだよ。わかった?」
「……ん。また、してくれる?」
「もちろん、いつでもしてあげる。満足するまでたくさんしてあげるからね」
「あり、がと」
安心したのか、半裸のまま眠ってしまった。急いで少量の湯を沸かして、人肌の温度に整え、布を浸して絞る。服を脱がせてから、顔と首と乳首、両手と男根。優しくぬぐって、新しい下着を履かせ、ワンピースを着せた。上掛けを直し、顔にはりついた髪を指でよけてやる。しあわせだった。ヤーデ自身はまだ勃起が治まらなかったけれど、自分に任せてくれたこと、手の中でドミトリーが果てたことの喜びが大きかった。
朝から暇になってしまったギュンターは、シュテファンの温室に遊びに行った。耳長が増えていたので、順番に捕まえて膝に抱き心ゆくまで、もふもふと撫でまくった。昼過ぎにやってきたシュテファンに「耳長は構い過ぎてもすぐ死ぬからやめろ」と言われて憤慨する。
「さみしくても構い過ぎても死ぬなんて、ほんとに面倒くさいやつだなドミトリー!」
「耳長に勝手に名前をつけるな、面倒なのはお前だよ」
ギュンターは、ぷんすこしながら温室を大股で出て行った。昼食とお茶の時間以外はふて寝して過ごした。ヤーデがおやすみなのだから、ギュンターも研究をさぼってしまうのである!
夕食の時間に本邸へ行くと、耳長の毛だらけだったので、使用人に無言で風呂に連行され、丸ごと洗われた。体を洗われてるうちに勃起したら、しこしこと扱いてさっさと射精させてくれたので、だいぶすっきりして賢者みたいな気分で、ゆったりと夕食を食べることができた。ただの欲求不満だったなんて、一日くさくさしていた自分が馬鹿みたいだ。
夕食後、家族で食後のお茶を飲んでいると、怖い顔をしたマクシミリアンがやって来た。母上に挨拶をし、シュテファンと少し会話をする。
以前だったらギュンターは「息災か」と尋ねられて、返事をしてもしなくてもおしまいだったのを、目元を和らげながら「研究も大事だが、体に気をつけろ」とねぎらわれた。あんまりびっくりしたものだから、目を見開いてマクシミリアンを見上げたら、ふっと笑ったマクシミリアンがギュンターの頭に大きな手を置いた。誰かに頭を撫でられるだなんて、子どもの時以来だ。ギュンターは自分が耳長になったような気がした。
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「約束もなしにどうしたマクシミリアン」
「ほう……自分の家に帰るのに、約束が必要でしたか」
侯爵の二の腕を捕らえているのは、片手だけだというのに、ぎりぎりと万力で締め上げられているように痛む。
「は、離せ。少し乱暴がすぎるぞ」
「大して力を入れてはいません。これでもだいぶ抑えていますよ、自分のなかの獣が暴れ出すのをね」
「うっ……」
お茶の間を出て行くとき、マクシミリアンが壁に向かって顔を向け、いつも通りの優しい声を掛けた。
「あぁ、茶も酒もいらんぞ。話が済んだらすぐ出る。お前達も今日はもうゆっくり休め」
「誰か……たすけろ……」
情けない声を出しながら、侯爵が扉から廊下へと引きずられていく。もちろん誰も手も口も出さない。マクシミリアンがあそこまで怒るということは、侯爵が何かしでかしたのである。使用人からの信頼も厚いマクシミリアンであった。
それにしても氷のように冷気を放ち、静かに怒るマクシミリアンは怖い。絶対に怒らせてはいけないのは、マクシミリアンであると、使用人たちの心には改めて刻まれたのだった。侯爵が少々乱暴すぎる手つきで執務室へ連行されるのを、使用人たちは怯えた目で見送った。
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