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コーヤダーイ

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予期せぬ暴力(残酷な表現あり)

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 今日はとうとう家の前で待ち伏せしていた。家は誰にも教えていないのに。おおかた学校帰りに後をつけたんだろう。ドミトリーに目をつけるとは、審美眼は確かなようだが許せない。ドミトリーの世話をして、愛でていいのは自分だけだ、とヤーデは思っている。本人に知られたら引かれそうなほど重い執着心だが、要は本人に知られなければいいのだ。
 ドミトリー目当てであることは、わかりきっているから、ともだちかと聞かれてそうだと答えた。早く扉を閉めて、ヘルマンの目からドミトリーを隠したかったから。ドミトリーを見たからか、ヘルマンは一日中まとわりついてうるさかった。

 ヘルマンのせいで、いらいらして帰ってきたら、ドミトリーが暗い家のなかで座っていた。コートも脱がず、暖炉もつけず。何があったのかわからかったが、ヤーデの顔を見たら急に泣き出した。怪我をしたのか、仕事で辛いことでもあったのか。理由を聞くまで、胸がえぐられるくらい心配した。これなら自分が痛い思いをしたほうがましだ。
 ゆっくりなだめてなぐさめて。涙のわけを聞くうちに、歓喜が体のなかを駆け巡った。どうしよう、どうしたらいい。今すぐ大声で叫びたい。しあわせすぎて死んでしまいそうだ。ドミトリーが嫉妬して、寂しがっているのに、ぼくが喜ぶなんて。
 好きすぎて、かわいすぎて、ドミトリーをどうにかしてしまいそうになった。ぼくが大人だったらよかったのに。大人だったら、もっと上手になぐさめてあげられたかもしれない。大人だったら、そもそもドミトリーを泣かせることもなかったかもしれない。
 もっと勉強しよう、と思った。恥ずかしくない大人になろう。何でも知っていて、好きな人を絶対に守れる大人に。

 翌日も学校へ行くと、引き続き馴れ馴れしいヘルマンには、ひとこと言っておくべきだと思った。
「呼びもしないのに、二度と家に来るな」
 ヘルマンはヤーデの肩に手をかける。
「ともだちなんだからいいだろう」
 肩に置かれたの手を払う。払われた手を宙に浮かせて、ヘルマンはへらへらと笑っている。これはしっかり釘を刺しておかねば、今後もっと困ることになるかもしれない。
「ともだちというのは何だ」
「え?」
 怒鳴ったわけでもないのに、ざわついていた教室内が、しんと静まりかえる。ヤーデが声を荒げたことは、今まで一度もない。
「ともだちには何が許される?」
「え、あの、ヤーデ?」
 ヤーデは普通にしゃべっているだけだ。けれど、いまや緊張感に満ちた教室内で、動くものはいなかった。
「ともだちなら、教わってないはずの家に押しかけてもいいのか。ぼくは、ぼくの家族に何かあったら絶対に許さない」
 授業開始前の出来事だったから、聞いていたクラスメイトも多かった。ひそひそと、家まで行ったんだ、教わってないのにどうやって家に、というささやき声が教室内にあふれる。
「ぼくの家族に関わらなければ、学校内では好きにすればいい。ただし本当にともだちだと思うなら、節度をわきまえてほしい」
 青ざめたヘルマンを置き去りにして、席についた。今後ドミトリーに関わらなければ、ヘルマンなんてどうでもいい。クラスメイトは全員年上である。こんなことで、できれば目立ちたくなかった。十歳のヤーデに、十三歳のクラスメイトが暴力をふるってきたら、無事ではすまないだろうから。何でもない風に足に置いた両手を、拳にして握りしめても、怖くて体が震えた。
 昔受けた体への暴力を、ヤーデは覚えている。体の大きな男はずっと怖かった。体に覆い被さるようにされると、刷り込まれた恐怖で心がすくむ。それでも家族は守らなければならない、それほどまでに大切だった。

 放課後、ヘルマンが帰り際に謝罪をした。
「悪かった、ヤーデ」
「家に来ないなら、もういい」
 さっさと許し、家に帰ろうとするのを止められた。
「家に行きたかったんだよ。俺、お前と友達になりたかったから」
「……は……教えてない家の前で待ち伏せして、ともだち、とか」
「他のやつより、お前と仲がいいって。俺、みんなに見せびらかしたかったんだよ」
「意味が、わからない」
 言っていることがわからなかった。そして少し、怖い。
「お前、目立つじゃん、成績よくて女子に人気あるし。顔も、そのほら、きれいだし」
「は?」
「だーかーら、俺がお前と付き合いたいって言ってんだ」
「……はああ?」
 こんな馬鹿に付き合っていられない、聞いて損した。さっさと帰ろう。すり抜けて帰ろうとするのを、斜めがけした鞄を後ろから引っ張られて転んだ。
 転んだヤーデにのしかかり、腹に膝を乗せて動けなくしたヘルマンに、放せと叫ぶ。
「はなせっ! さわるな、はなせっ!」
「静かにしろって!」
「おーい、誰だーそこにいるのは」
 年を取って間延びした声だ、運良く教師が通りがかったのだろう。
「くそっ」
 ヘルマンが立ち上がり、走って逃げていった。教師がこちらにくる前にいなくなるとは、逃げ足が速すぎる。
「大丈夫かー」
「はい」
 一人で起き上がり、鞄や背中を払う。きっと制服が汚れているに違いない。
「……ヤーデ・ドミトリーか」
「? はい」
「今のは上級生、じゃないよなー」
「同じ組です」
「だよなー。うーん、どうするかなー」
「?」
「あ、もういいや。体は何ともないな? じゃあもう帰れ」
 気をつけて帰れよー、という声に返事をして家に帰る道を急ぐ。今日はどこにも寄りたくなかった。できるだけ早歩きで、最後には駆け足で帰った。家の鍵を開けて、鍵を締めて、はじめてしっかり息ができた。止めようとしても、平気だと思っても、体が震えて仕方がなかった。今日がメレネ婦人のお休みの日でよかったと思った。いつも通りに振る舞える気がしなかったから。



 同時刻、学校内。学校長室に、教師が一人訪れていた。
「学校長ー」
「なんだ」
「五年一組ヘルマン・シュミッツ、暴行未遂ですわー」
 また暴行未遂か、と学校長は頭を抱える。成長期の若者が集う学校では、そういった話がたまに起こる。できれば未然に防ぎたいものだが、学校内すべてに目を光らせてもいられないのが現状である。被害者にはかわいそうだが、未遂でよかったというしかない。
「……相手は」
「ヤーデ・ドミトリー、同じ組です」
「飛び級か……ふむ。もうこれ以上飛ばせない方針だったな」
 学校長の脳裏に、ヤーデ・ドミトリーの情報が浮かぶ。頭脳は優秀だが、見た目は庇護欲をそそる美しい子どもだ。年齢のわりに落ち着きがあり、朗らかなのにどこか影がある。面接のとき、話す前によく考えてから言葉にしていた印象が強い。養父は魔法使いで、元は孤児だったと記憶している。
「ですねー。優秀だが若すぎる。あの見た目ですし、貴族の食い物になっちまいそうでって話でしたけど」
「ふむ……」
「卒業前に同級生の、それも男に食われそうになるとはねー。因果なもんだ。養父も美女ですからねー、あそこの家。美形はほんと、いらん苦労をしますなー」
「どうしたもんか」
「シュミッツも、そこそこ優秀なんですがねー」
「落とすか」
「とりあえず、ですかね。最終学年まで組は分けときましょうや」
「ヘルマン・シュミッツに通達を。一週間の自宅謹慎だ」
「へーい」
「その間に試験を行う」
「了解了解ー。そこで組分けですねー」



 学校を休む、という考えの及ばなかったヤーデは、内心びくびくしながら登校した。ヘルマンは一週間の自宅謹慎と、教師が言った。クラスの何人からか、何かあったのかと視線がきたが、ヤーデは無表情で耐えた。ヘルマンの謹慎中に、抜き打ちで試験があって、ヘルマンは二組に落ちた。組が違うと顔を合わせることは、まずない。ヤーデは少しほっとした。
 ドミトリーにもメレネ婦人にも、ヘルマンに襲われたことを話せなかった。転ばされ腹に乗られただけ、他には何もなかった。それでも屈辱的で話せなかった。自分が弱いから悪いのだ。望んでいないのに押しつけられた暴力的な好意を、思い出すたび怖くて震えた。
 教室を移動中、教師がこちらを見ていることがある。学校帰りに、教師が廊下を歩き回ることも増えた。それで守られているのだと気づいた。自分の身を、自分で守る術を身につけねばいけないと思った。そうでなくては、ドミトリーを守る以前に、自分が死ぬだろう。

 学校長に直談判し、ヘルマン・シュミッツに言われたこと、されたことを全部話した。家までつけたあとで待ち伏せし、付き合いを強要した上に、押し倒しているのだから有罪である。学校長からは、罪状を取って学校を辞めさせることもできるが、と言われた。
 ヘルマンがいなくなっても、第二のヘルマンが現れるかもしれない。退学を恨んで、家に押しかけるかもしれない。そちらの方が困りますとヤーデは答えた。学校を卒業するまでは見張ってもらったほうがましです、と。

 成績が落ちなければという条件付きだが、通常授業を免除する時間をもらった。運動専門の教師は、護身術も心得ているので、その時間を護身術の特別授業にしてよいと教師を紹介された。個人授業の特別待遇である。いいんでしょうか、と早速はじまった護身術の授業で聞く。
 貴族の子息や令嬢なら、普通は護衛がつくので心配いらないが、庶民は自分で身を守るしかないと言われた。女生徒への暴行もあるが、実は男生徒への暴行の方が多いのだと教わる。
「なぜかわかるか?」
「女生徒の総数が少ないからですか?」
「はっはっ、違ぇねえ。それもあるが、女は破瓜がある。知ってるか?」
 黙って頷く。つい最近自分で図書館へ行き、勉強しはじめたところだ。
「男にも穴はついてる。尻だがな。男の方が屈辱だってんで、黙って泣き寝入りが多いんだよ」
「………」
「お前は頑張った。学校長に話したんだからな、えらいぞ」
「ぼくは、家族には話せませんでした」
「誰でもいい、大人を頼ったってことが大事だ。家族は必要以上に心配するしな。しょうがねぇけどよ。怖かったのに、立派だ」
 誰でもいい、大人を頼る。そのことばがヤーデを救った。恥ずかしくて、人に言えなくて、力で負けたことも屈辱だった。それでいて怖かったのだ。ヤーデは泣かなかった。その代わりに表情を引き締めて、強くなろうと決意した。
「先生も、怖い思いをしたことがあるんですか?」
「俺にだってかわいい少年の時代は、あったんだぜぇ」
 唇をとがらせてみせても、いかつい筋肉だるまのおっさんである。かわいい少年時代というのはとても想像できなかったが、性的に襲われた人間の気持ちが理解できるのだから、まともな教師なのだろう。
「先生、よろしくお願いいたします」
「おうよ」
 ただ武力は身についても、貴族の圧力には勝てないから、そちらは貴族の気を引かず目立たないよう気をつけろと注意を受ける。たぶん無理だけどな、はっはっはと言ってしまうあたり、教師とは思えない脳筋である。
 とにかくヤーデは学校内で護身術を習い始めた。朝早くドミトリーが目覚める前に、町中を走るようになった。休日は昼間に走ることもある。ドミトリーには体力をつけたくて、と言ってある。ヤーデは前よりもたくさんご飯を食べるようになった。筋肉がつき始めて、体からは子どもの柔らかさがなくなり、腕も足も腹も硬くなってきた。

 ドミトリーからは、毎朝ヤーデを抱きしめて出かけるときに、毎日走ってえらいと誉められる。風呂に入れば、体がしっかりしてきて逞しくなったみたいと驚かれている。格好良いと誉められてみたいのに、寝台ではかわいいと抱きしめられて眠る。



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