攻略なんて冗談じゃない!

紫月

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第5章

第32話 失敗と大成功は紙一重

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 城からの帰り道、俺はいつものように母上と一緒に馬車に揺られていた。

 特に何かをする訳でも無く、ただ揺れとゆったりとした時間の流れに身を任せる。


 せっかちなレオンなら退屈だと大騒ぎしそうだけれど、俺はこの時間が何と無く好きだった。


 よく女の人が編み物は考え事の片手間の作業に最適だと言うけれど、馬車に揺られるこの時間が俺にとってはそうなのかもしれない。

 思考に没頭し過ぎて、母上の話が耳に届かずうわの空という事もままあるけどな。

 そういう時は拗ねてしまった母上のご機嫌を取るのが大変だった。



 そういえば外の景色をきちんと眺めた事も無かったな。

 思い立つと急に気になって来るもので、半分ほど下りていたカーテンを跳ね上げ、サッシ窓に顔を近付ける。


 上下にスライドするタイプのこの窓は確か、前世では上げ下げ窓という名称がついていた筈だ。

 いや、うん、上げ下げするけどさ。

 なんの捻りも無い、ストレートど直球なネーミングだよな。

 それともわかりやすくていいと褒めるべきところなのか?


 開閉する時は手を挟まないように注意しなきゃね、なんて自分自身に注意喚起をしつつ、今回はガラス越しに外を眺める事にした。


 中から外は見えるが、外から中は見えないという、優れもののガラス越しに外を見て最初に目についたのは赤レンガ造りの家々だった。

 車窓から見える実に七割以上の家の外壁が赤レンガで組まれている。

 これはこの辺り一帯に建国当時から伝わる風習だ。


 血の盟約により天から魔法を授かった六大家の祖の逸話にちなんで、赤レンガで家を建てると幸せな家庭を築けると伝えられている。

 それに則って建てられたのが、眼前に建ち並ぶ家々だろう。


 城の中の街並み程では無いが中心部に近い土地の為、比較的富裕層も多く栄えているように見えた。


 道行く人たちの顔色が明るい。

 それだけで良政が敷かれている事が判る。


 おつかいを頼まれたのか、大きめの鞄を抱えて家を飛び出してきた女の子と目が合った気がした。


 ドキッとして身を引くと、背後からクスクスと笑い声が聞こえる。

 勿論母上のだ。


 そうだ、マジックミラーだから外から俺が見える筈が無いんだった。

 本当に魔法が掛けられているから、これぞ本当のマジックミラーだ。


「何か良いものがありましたか?」
「はい、母上」


 笑いの滲む声で訊ねてくる母上に首肯する。

 いつか遊びに出たいなと思うくらいには俺の目に街は魅力的に映った。

 そこに住む人々に元気を貰って、ようやく俺は家に着くまでに母上にしようと思っていた話を切り出す勇気が出た。



「母上……」
「なぁに、アルちゃん?」


 向き直った俺の呼び掛けに応える母上の声は優しく温かい。

 だからこそ大丈夫だと思う事が出来た。


「実は母上に内緒にしてた事があるんだ」


 臆病な俺が少しぼかして告げると、まあ何かしらと灰色の瞳を母上は一閃させた。


 ごくり、と生唾を呑むのは母上の方だと思っていた。

 だけど気付けば自分の喉仏が上下していた。


 思いきりが大事だ。

 こういうのは勢いに任せて、一気に吐き出してしまった方がいい。

 自分を鼓舞しながら胸いっぱいに空気を吸うと、呼気ごとわだかまっていたものを吐き出した。


「魔法でお家の森を大きくしちゃいました、ごめんなさい!」



 ガラガラと車輪が石畳を蹴る音だけが響く。


 驚くだろうか、叱られるだろうか。

 謝罪の為に頭を下げてしまい、母上が今どんな顔をしているのかわからない。


 緊張から指先から血の気がすーっと引いていく感覚がする。

 きっと俺の手は今触れると冷たいだろう。

 身体を固くしているというのに、どういう訳か俺は全くの無防備だと思った。


 自分の心臓の鼓動を十程数えた頃だろうか。

 頭の上で、大きく息を吸う気配がした。



「まあ、何かと思ったらその事だったのね」
「……えっ?」


 腹筋と背筋を使って、跳ね上がるように身体を起こす。


 秘密で魔法の特訓をしていると聞いて、 母上はさぞかし驚かれる事だろうと思っていた。

 年端もいかない子供が親に黙って魔法の特訓だなんて危険だと言われる事は想定していた。


 だけど、実際はどうだ?

 なんだその事かって、まるで知っていたみたいな……。


 俺の胸で心臓が跳ねた。



「まさか、母上は知ってたなんて事は無いよね?」
「ええ、知ってたわよ」


 まさか、というのはそんな事がある筈無いという気持ちを強調する為に用いる表現だ。

 そんないとも容易く肯定されては困る。

 母上はそれがどうかしたのとでも言いたげだけれど、俺の方は困るといったら困る。



「えーっと、いつから?」
「そうねー、アルちゃんがお昼寝の時間によくお部屋を抜け出して書庫に通って、本を読んでいるのは知ってるわよ?」
「その段階からなの……」


 ドキドキしながら聞いてみると、やはり母上はとんでもない事をさらりと言ってのけた。

 魔法の特訓がバレていたとわかった時点で、何と無くそんな感じはしていたけれど、実際に言われると少なからずショックだった。

 少なからずどころか激しく落ち込んだ。


 つまりはだ。

 男のロマン、俺の潜入作戦スニーキングミッションは何度も失敗していたのだ。



「でも途中で母上の姿を見かけた事は無かったよ?」
「コソコソされると何と無く跡をつけてみたくなるじゃない?」
「お部屋の中でご本を読んでるのはどうしてわかったの? 見えないよね?」
「ああ、それは水鏡の魔法を使って壁越しに見たのよ」
「壁越し……」



 こうしてやりとりしていて、母上が常識ではかれない人だった事を思い出した。

 色んな意味で規格外だ。


 尾行されていたとは、全くもって気付かなかった。

 周囲の確認はこれでも常に怠らなかったつもりなのにと口惜しくも思うが、よく考えてみれば元・王立魔法師団副長にへのあまりにもお粗末な対策だった。

 普通の母親と同じ尺度で見るには無理がある。

 俺がうかつだったと言う他無い。


 水鏡の魔法って何だろう。

 あれか、鏡よ鏡よ鏡さんってやつか?

 “お部屋を抜け出してる悪い子はだぁれ?”とか聞いたら映るんだろうか。

 壁越しに見るって透視ですか?


 母上はさらっと答えてくれた。

 だけどだからこそ俺はこんなにも当惑しているに違いない。

 後から後から疑問が生まれてきて、頭の中で収拾がつかない。


 俺はいったん細かなそれらを忘れる事にした。

 バレてしまったという事実はどうあっても覆りそうにない。


 俺が今日、母上に秘密特訓をカミングアウトしたのは、練習が行き詰まってきているからだ。

 この間の庭の緑化事件は幾つか原因は考えられるも、光系統だけ暴走した理由がはっきりしなかった。

 その後、誕生日だとかルーカスの事件だとか色々あって練習時間そのものもここ二週間ほど減ってしまっていたが、問題はそこじゃない。


 失敗への懸念があった。

 あの時は木立が森へ進化した程度で済んだけれど、クレーターが出来たり、屋敷が燃えたりしては困る。


 館もののラストの炎上は定番だとか言って自分の家で試す程、俺は馬鹿では無い。

 俺の人生はまだクライマックスじゃないしな。


 そんな訳であれ以降、一度も魔法の試し打ちをしておらず、足踏み状態だった。

 母上へのカミングアウトは専門家の見解を聞く為である。


 まさか全部バレているとは思っていなかったけどな。

 緑化事件直後に母上が詰め寄ってきた時は全力で誤魔化し通したつもりだったけれど、今思えばあの時言っておけば良かったのか。



「アルちゃんはどうしてバレたと思う?」

「うーんと……俺が母上に見られているのに気付かなかったから?」


 俺が聞きたかった事を母上の方から逆に訊ねられて、俺は自信無く答える。


 俺は横断歩道を渡る時みたいに右を見て左見てをしていたけれど、水鏡の魔法とやらで透視出来る母上だから、壁の向こう側に隠れて悠々となんて事も有り得る。

 正直これくらいしか思い付かなかったが、母上は俺の答えを聞いて惜しいと言った。


「それだと半分正解で半分不正解かしらね。そうねー、ヒントは毎回授業の最後にしている魔石探し、かしら?」

「あっ!」


 魔石探しと聞いて、頭の中である考えが閃いた。



「魔力探知?」

「正解!」


 答えた俺より、母上の方が何だか嬉しそうに見える。


 俺の方は正解を喜ぶより、どうしてそんな簡単な事に今まで気付いていなかったのかと恥ずかしくなっていた。


 魔石探しは頑張った俺達への母上からのご褒美でもあるが、その本来の目的は魔力の気配を感じ取れるようになる事だ。

 遊ばせているようでも、実はきちんと考えられている。


 そりゃあバレるよな。

 今の俺には自分の魔力を隠蔽するなんて高等技術は無い。

 俺がどこでどうしてるかなんて、母上には水鏡の魔法を使うまでも無く、丸分かりだったという訳だ。



「アルちゃんの場合、ずっと気配を探るんじゃなくて力業で引き寄せていたからわからなかったのかもしれないわね。今日はルーカスくんにコツを教えてもらっていたみたいだけど」
「はい……」


 反則紛いのやり方でレオンに凄い凄い言われて有頂天になっていたつけがここで回ってくるとは思わなかった。

 魔石の方から飛んでくれば気配なんて判らなくても関係無いとか思っていたけれど、基本を踏まえるって重要なんですね。


 皆より一歩リードしているつもりだったけれど、魔力探知についてはリードどころか一番後ろを歩いていた事になる。


「大丈夫よ。練習すればアルちゃんも魔力を感じ取ったり、隠したり出来るようになるわ。それに発想は面白いと思うの」


 俺の落ち込みようが余程見るに堪えなかったのか、母上が海のように慈悲深い心でもって慰めてくれるが、最後の言葉が俺の傷口を抉った。

 その発想すらもともとはレオンのものなんですよ、母上。


 反省すべき点が身に染みてわかっただけで今日のところは良しとするか。

 落ち込んで蹲っている暇は俺には無いのだ。


「それと多分アルちゃんが知りたがってるだろう、魔法の失敗の事ね。あれは何の魔法を試してああなったの?」
「光のスフィアの魔法だよ」
「うん、なるほどね。だったら簡単に説明がつくわ」


 今日打ち明けた主目的に話題が移行して、俺は大きく身を乗り出した。



「あれは失敗じゃない。そう、云わば大成功なのよ」
「大成功?」


 聞き間違えたのかと思い、俺は首を捻った。


「そうよ、大成功。多分アルちゃんは私に似て、光系統が得意なのね。それと、アルちゃんが庭で魔法を使った日は光の日だったでしょう?」
「光の日に、光の魔法……」


 曜日と魔法に関連性があるというのは初耳だった。

 でもそう言われてみれば闇、火、水なんかは魔法の系統名称と同じだ。

 前世の曜日とあまり変わらないと思っただけで、気付かなかったな。

 前世の曜日も七曜とか言って陰陽術と関係があるんだったっけ?



「着いたわね」


 母上がそういうと同時に馬車が止まる。

 いつの間にか我が家の敷地に入っていたらしい。


 母上に続いて降りると、見覚えのある森が出迎えてくれた。

 俺が育てた森だ。


「光の日なら光系統。闇の日なら闇系統の力が増幅されるのよ。アルちゃんは風は使える?」


 こくりと頷いて意識を集中させる。


「大いなる風よ、我が手となり彼のものを蹴散らせ!」


 この間試した時は、足元の草を俺の頭くらいの大きさの渦巻く風が揺らすだけだった。


 最初は失敗したかと思った。

 けれど、耳元を優しく撫でるだけだった風は次第に大きくなり、森全体をと揺るがす大きな流れへと姿を変える。


「あら、少しやり過ぎたかもしれないわね」


 頭上からバラバラと降り注ぐ丸い木葉に母上が苦笑した。


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