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慰弦

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- 28章 -

-憎悪と情愛-

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「……ひじりね、今自分で会社立ち上げて、結婚もして、幸せにやってるよ」

「……」

「従業員さん達とも奥さんともすっごく仲良しで、今でも高校時代の親友と会って遊んだりもしててさ。ひじりも、その周りの人も、皆いつも、楽しそうに笑ってるんだよね」

「…それがなに?私には関係ない話だわ」

「……孤児院の家族とか、親友とか、大切な人達に出会えたのは、今までの人生のおかげなんだって。その人達と出会うためには、今までにあったどれもが必要で、大事な事だったって。 …母さんにも感謝してたよ」

「………」

「愛そうとしてくれてたって言ってた。自分にも悪いところはあったんだって…だから、俺に母さんを嫌いにならないでって、言ってくれたよ?」


言葉もなくうつむき、ただただその場にたたずむ母の姿に、心が冷めていくのを感じる。

『こんな風に、思いたくなんて、ないのに…』


「母さんは、ひじりが居なくなってから何してたの? ひじりも、ひじりが居た痕跡も、全部捨ててさ。自分1人が被害者みたいな顔して、周りに不幸撒き散らしてっ、自分の為だけに、なにもかも切り捨てて、ひじりの全部を追い出せて満足した? そんなの、嫌な事とか都合の悪い事から目を反らして逃げてただけじゃんっ!」

生意気な事を言っていると思う。
なにも知らないくせにって思われたかもしれない。
だけど、間違った事は言っていないはずだ。


「なんか言ってよ…嫌いに、なりたくない」

「………」

「…………」


2人の間を無言の時間が流れていく。

お互い微動だにもせず、まるで時間さえも止まってしまっているかのようで…やはり、今きちんと話をするのは無理そうだ。このままここに居ても、良いことなど1つもないだろう。

『……帰ろぅ』


「ーじゃぁ、帰るね。また春休みに」

「………」


頷く事すらせず、ただじっと足下を見る母を横目に、安積は玄関から足を踏み出した。折角作ってくれたのだから、せめて夕飯くらい食べれば良かったかなと、罪悪感に胸が締め付けられるが、この状況で食べるのはー…


「自分の為だけじゃない
  貴方たちのためでもあったのよ」


ドアが閉まる直前、確かに聞こえた小さな声に、そんな罪悪感は即座に消え失せ、怒りが頭を支配していく。振り返り言い返したい気持ちを、奥歯を噛みしめ、なんとか飲み込むと、足早に門扉を出た。

1度振り返り、塀の外から異母兄の部屋へと続く階段を見上げる。続けて、雪遊びをし、母が手を上げた瞬間を唯一目撃した中庭を見て、ギュッと手を握りしめた。

母の言葉が頭の中をぐるぐると回っている。

叫びたくなる気持ちを堪えつつ電車に揺られ、最寄り駅までつくと、スマホを取り出しコールボタンを押す。
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