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- 13章 -

- 記憶 -

殺してやりたいと思ったことだってあった。


様々な事を乗り越えた今となっては、そんな感情など殆んど持っていないけれど。


父の名は安積考治。
母の名はエリシア・ナトリー。

大学教授をしていた父は
当時アメリカの大学で講師をしていた。

その時に出会ったのが、教え子のエリシアだ。

講師と生徒という間柄ゆえ周囲には秘密にしていたが、２人の関係は燃え上がる一方。

結果、エリシアの19歳の誕生日を待たずして、そのお腹には第一子を授かった。

仕事を辞めるわけにはいかない父に代わり、エリシアは大学を中退。

幸い親族達は理解ある人ばかりで、お互いの両親すらも両手を上げて喜んだという。

だが、上手く行く事ばかりではなかった。

妊娠9ヶ月目。出産も秒読み段階に入る頃、医師から告げられた言葉に、全員が言葉を失った。

エリシアは幼い頃から体が丈夫ではなく、出産日が近づくにつれ誰の目から見ても衰えて来ている事が分った。

このまま出産すれば、母子共に危ない。

子供は残念だと思って…


それが医師が下した診断だった。

それでも、今こうして俺が生きているという事実。

エリシアはどんな結果になろうとも、腹に宿る尊き命を産むと決意したのだ。

愛する人との、愛おしい我が子を。

俺だけが、生きているという事。

エリシアは強い意思を貫き通し、宣告通り出産と同時に19年という短い人生を終えた。

愛する人を失った悲しみ。

父もエリシアの両親も、暫くは人目を避け悲しみに暮れた。

それでも、父やエリシアを責める人は誰一人として居なかった。

父はアメリカの大学を辞め、妻の忘れ形見を連れて日本へ帰国。

子の名は、エリシアの生前２人で既に決めていた。

清く正しく、優しい子に育って欲しい。

そんな想いからつけられた名前。


“聖ひじり”


片親ながらも父は懸命に子を育て、両親が大事につけてくれた大切な名前と共にすくすくと成長した子が４歳になる頃、人生を狂わせる出来事が起きる。

いつもの様に、遅い時間に保育園まで迎えに来てくれた父はどこか様子がおかしかった。

家に着つくと手洗いうがいをし、共に食卓を囲みお風呂へ入り就寝の挨拶を交わす。

それが毎日の日課。

けれど、この日は違った。

夕飯の手伝いをと台所へ行くと、そこに父の姿はなかった。

父はリビングのソファーに座っており、真剣な目で子を呼んだ。

いつもと違う雰囲気に恐怖しつつも言われたとおりに向かいに座る。

そしてー…


「聖ひじりに新しいお母さんを紹介したいんだ。…お前もお母さん、居たほうがいいだろ？」


その言葉は理解を超えていた。