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第24章
神威
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街頭に照らされながら、夜の街を歩く。考え事をしながら歩く時間も、最近は減ってきたなぁ…と思いながら、ひたすらに足を前に送る。
「お前、一体誰が作ったんだ?」
ペンギンのキーホルダーに呼びかけても、返事はない。ただ、電竜刀にぶら下がっているだけだ。
「はぁ、最近訳わかんないことばっかりだよ…」
そう思いながらふと立ち止まる。目の前に男が立ち塞がる。黒いフードを深く被り、独特の気配。なるほど、2度も俺の命を救ってくれた恩人様だ。
「なんだ、今回は正面からか。大人しくなったものだねぇ」
返事はない。コイツもキーホルダーみたいなものか。そう思っていると、男が振り向き路地に向かって歩いていく。ついてこい、と言わんばかりの様子だ。
「はぁ……」
俺は念の為索敵スキルを発動させてから後を追う。
路地の奥で見たのは積まれた木箱に腰掛ける男。俺はその前まで歩いていき、壁にもたれる。左に声をかける。
「なんか用なんだろ。喋れよ」
「……一連のブランカーとの繋がり……」
「…! お前……!」
フードを外しながら、男は続きを話す。
「一連の首謀者は、ゲイルだ。やつを警戒しろ」
その男の顔は、完全に俺だった。鏡を見ているような、しかし現実。奇妙な感覚に襲われながら。
「お前…未来の俺とか言わないよな」
「ご明察だな、兄弟」
「兄弟じゃねぇだろ、本人つったろ今」
俺の台詞を完全に無視しながら、続ける。
「ブランカーとの戦争が起きかねない。ヤツを止めろ」
「お前の未来はどうなってるんだ」
「実際にそれが起きてしまった」
その声に、どこか無力感を感じた。
「なんで2回、俺を止めた…?」
「別にアレを喰らっても平気だろう。だが、アレによって俺のデータを取られた」
「もうすぐコピーが作られる。コピーが完全にこっちの能力を把握してしまえば、勝ち目がなくなる」
「なるほどな……」
コピーと言うことは、向こうは同等以上の性能が大量にいるはずだ。確かにそれなら運が良くてぎりぎり勝てるぐらいで、連戦でもすればこちらの勝ち目はない。
「まぁ…勝ったんだが」
「勝てるんかい。どうなってんだ」
「お前だぞ、どうとでもなる」
「すごい、実感がこもってる。すごい」
「俺はこの時間で派手な動きは出来ない」
「……? お前、元々IFを作る為に来てるんだから、動いても良さそうだけど。正体さえバレなきゃ」
「俺は特異点じゃない。特異点は別にいる」
「世界線を歪めるほどの運命力を持つ人間、だっけか。仲間の一人か?」
「今はまだ、仲間になっていない」
「へぇ……」
あまり実感がわかない。当然と言えば当然なのだろう。
「……星座の力を、早く手にしろ」
「星座…?」
「各々にあった力がある。自覚する事が一番の条件だ」
「そうか。意識してみる」
「俺はそろそろ戻る」
「どこへ?」
「時代だ」
「なるほどな」
「またな」
その言葉に、あぁ、コイツは本当に俺自身なんだと思った。
「……あぁ」
そう言いながら、転移によく似た魔法陣によって身体が消えていくのを、静かに見送った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「開けるぞ」
「ああ。いつでも」
その声を聞いて、扉を押す。大きな2枚扉は音を立ててずれていき、そのまま完全に内部を見せつける。
「アイツらが……今回の守護ボスか……」
「奥にいるのが報告にあった王か」
今回の守護ボスは、同部屋に2体同時出現している。手前にいる片手剣を使う剣士と奥に居座る杖を持つ王という構成だ。王は魔法攻撃を飛ばしてくるらしく、剣士の相手をしている間に詠唱が完了されると、大ダメージを受ける可能性が大きくなってしまう。
それに、剣士がボスと言えるような体格ではなく、人間と同じような大きさをしている。その為、大人数で入り込んでもお互いが邪魔になり、王の魔法攻撃をもろに食らってしまう。少数精鋭で行くしかないボスだ。
参加したのは計六人。
俺、ライト、氷河、龍牙、天、レナ。
「後衛が不安だな」
と、龍牙が呟く。
「え、私じゃ役不足?」
と、レナが反応するが、そこに間髪入れずに俺が返す。
「おまえ、テンション上がってきたら前衛行くだろ」
「うん」
「うんじゃねぇよ。魔法使えよ魔法使わない」
「魔法使いです」
「使ってないじゃん」
「はい」
「魔法使わないさんじゃん」
「誰だよ」
「お前だよ」
最後の台詞は俺ではない。ライトである。
「俺は後衛って括りじゃないしな。」
と、氷河。
確かに、氷河は後衛というよりはオールラウンダーなイメージがある。銃を使うと言ってもハンドガンではある程度接近する事を想定しているからである。
「そうだな…実質後衛ゼロだな」
「じゃあお前が後衛しろよ」
と、レナ。
「いいぞ。前線の司令塔いなくなるけど。後ろ行くね」
「ごめん忘れて。正直すまんかった」
「ええんやで」
「だまれ」
なんでや…なにがあかんかったんや……と思いながら左腰の黒い剣を抜く。全員が武器を出したのを確認してからゆっくりと敵に近付いていく。ある一定の距離になった瞬間に、王が手に持つ杖を音高く地面にぶつける。それが合図なのか、剣士が緩やかにこちらへと近付いてきた。
俺の横を、2つの影が飛び出る。龍牙と天だ。剣士と撃ち合いはじめたふたりは、一歩も引かずに互角に渡り合っている。竜牙は当然だが、天もかなり腕を上げた。それを眺めながら微笑みそうになったが、今はそんなことしている場合じゃない。
「レナ」
「了解」
レナの杖から一瞬で魔法陣が出現し、ボス部屋の真ん中を区切るようにバリアが出現する。魔力遮断バリアだ。直線的に狙ってくる魔法攻撃は、完全にこちらに通らなくなった。これで背中を撃たれる可能性は限りなく低くなった。しかし足元をサーチしてくる魔法は一部防げないものもあるし、魔法以外は弾けない。油断は出来ない。
「氷河、ライト。王を頼む」
「任せろ。」
「分かった」
王は魔法攻撃を得意としている為、物理攻撃が弱点というのがセオリーだ。まだ確かめられていないが、無理があれば、ちゃんと撤退できるようにはなっている。レナの転移魔法も発動可能であることを確認済みだ。
「レナ、魔力体を王に」
「分かった」
その返事の瞬間にレナの横に俺の姿をした魔力体が出てくる。俺は剣士のもとへと走り、飛んできた斬撃を切り落とす。
そのまま接近し、天の横に並ぶ。
「王の直線は防いだ」
「分かりました。……ゼクルさん」
「どうした?」
「コイツ、ヤバいです。一撃が重すぎて」
「マジか。分かった」
そのタイミングで上から炎が降ってくる。気付いた俺達は左右に分かれて飛ぶ。左に飛んだ直後に、また上から、今度は剣が降ってくる。さっきの報告を受けて、極力回避しようと思った直後ではあるが、この体勢から回避は無理だ。
「クソッ」
毒づきながら、右手の剣を上に掲げる。そこに衝突した剣は、大剣の上位ソードスキルを受けているかのような感覚がある。確かに異常なほど重い。俺は即座に剣を傾けて攻撃の軌道を逸らすと、ダッシュでその場を離れる。龍牙の元まで走ってから呟く。
「なんだあれ……」
「いつものお前なら回避できるだろう。心配なのは王の魔法だ」
「確かに。バリア貫通してやがる」
そう言いながら、ボス部屋の奥に目を向ける。ライト、氷河、そして俺の姿の魔力体。ライトが攻撃を弾き続ける中で、魔力体と氷河が攻撃を続けている。今のところは順調だが、どこで行動が豹変するか分からない。
「……こうなったら、こっちをすぐに片付けるしかないか」
天が相手の剣を弾いた瞬間に俺が飛び出す。剣を限界まで引き絞りながら叫ぶ。
「レナ!」
レナが笑みを浮かべながら剣士に向かって呟く。
「…喰らえ」
細剣用重突進技――アルビレオ。青い光がボス部屋を包み込み、剣士の体に風穴を開ける。先程俺がいた場所とは逆方向から。
転移によって敵の死角に移動しながら撃つ高火力技は、反則気味の対応難度がある。膝から崩れ落ちる剣士の体は、ボロボロと砕けていき、消えていく。
素早く身体を起こすと、王の方を見やる。
剣士が倒しやすいということは、王の方に何かしらあるはずだ。
「龍牙、天。回復したら、王行くぞ」
「分かった。数秒待て」
「了解です。行きます」
天はダメージを受けていないようで、そのまま王のもとへと向かう。
「強くなったな、天は」
「だな。けど、まだ伸びる」
天はまだ、上に行ける。俺とは違うから。まだ、砕けない闘志があるなら。
「もう大丈夫だ。行くぞ」
「あぁ」
龍牙と共に王のもとへと向かう。しかし、俺の索敵スキルが今までにないレベルの警告を出し始める。
「っ!……なんだ…!? この感覚!?」
「なんだ! どうした!」
龍牙の声も遠く感じる。この……敵の数は……!? ありえない数の魔法陣が現れて、先程倒した剣士が魔法陣全てから出てくる。ボス部屋を埋め尽くすかのような数だ。そう思った瞬間に王の姿がかき消え、索敵スキルからも消滅する。
「クソッ…………大層な置土産だな! 全く!」
氷河が叫ぶ。全速力のダッシュだろう、足音が後ろから聞こえる。
「ゼクル、退くよ!!」
そう言いながら、動けない俺を引きずりながら出口へと向かう。頭の中が、少しずつ白くなっていく感覚がある。
「転移使えない! 出口に向かって!」
「ライト、最後列行けるか!」
「任せろと言いたいけど、流石に数が…」
「僕が行きます! 下がってください!」
「天! 無茶だ下がれ!」
「天くん!」
「……クソッ!」
「駄目だ! シールド…もう持たない!」
「下がれ! 下がらないと全滅だ!」
「けど…!」
「ゼクルは絶対に連れていけ! レナちゃん!先に行け!」
「…………ッ!…………分かった!」
「……………クル! ゼクル!」
目を覚ます。記憶は鮮明だ。眠っていたのは、数分か、数秒か。今になって状況を理解する。
「天は!」
「まだ奥にいる」
「行ってくる。レナは」
「行くよ。一緒に」
「駄目だ。ここにいろ」
「なんで…?」
「俺の勝手でこれ以上巻き込むわけにはいかない。強い弱いなんて関係ない。レナがどう思っているかなんて関係ない。俺が自分を許せなくなる」
「……ゼクルは。ゼクルは、なんで私が協力すると思ってるの?」
「…………分からない。友達だから、だけじゃないはず」
「そうだね……私は君を知ってるから。それが理由」
優しい声で伝えられたその言葉を、俺は理解できなかった。
「どういう意味だ……?」
「言葉通りだよ。……私は、今の君以上に、君を知ってる」
俺に向かって。壁にもたれた状態の俺に向かって。肩をつかんで、必死に言う。涙を浮かべて。
「……君が、ライズくんを生き返らせようとしている事。私は知ってる」
頭が真っ白になった。仲間の中でも、生前交流がなかったレナが。俺が話さなかったレナが。彼女の口から。
何故、ライズの名前が出てくるのか。
「私を助けてくれたじゃない……あの時」
レナの声が、少しずつ俺の記憶を溶かしていく。
「……国に喧嘩まで売って……何処まで私の事好きなのかと思ったよ」
ライズと、俺と。そのふたりで王宮と戦って。取り戻した少女。
当時、世界に抗った代償で目が見えなかった俺は、人の放つ"気"を頼りに世界を視ていた。その時に感じた"気"を思い出し、そして、目の前の涙をこぼす少女と重なる。
「……レナ、だったのか……? ……あの時……俺がライズに託した……あの子は……」
「……私だよ、ゼクル」
レナは、ライズと交流があったのだ。
大戦のあと、苦しんでいたのは俺だけじゃない。分かっているつもりだった。
聖杯を求めているのはライズを取り戻そうとする俺達だと。分かっているつもりだった。
レナも。レナもだ。彼女も、いや、彼女こそが俺と同じように思っていたのなら。
俺は、何故レナを信用出来ていないのか。
「レナ。帰ったら、話をしよう」
「うん」
「行くぞ。レナ」
「……………うん!」
涙を飛ばすように頷いたレナと共に立ち上がり、再び遺跡の奥へと走っていく。
走っていくと、どうやらここが最下層の真反対だったらしいと分かる。しばらく走ると、扉が見えてきた。奥から光がとめどなく届く。戦っているのだ。俺の仲間が。友達が。
「ッ……!」
思い切り床を蹴る。扉をくぐり、その場で右手を掲げる。そこに敵の群れから飛び出したそれが収まる。
「ゼクル!」
「ゼクルさん!」
「戻ってきたか…!」
「みんなありがとう。俺は大丈夫だ。下がってくれ」
俺の声が聞こえた瞬間に、全員が重攻撃を放って敵を足止めする。すぐに下がってくる仲間を横目に、敵を見る。
もう、隠す必要なんてない。ここには信頼する仲間しかいない。
「……行くよ、相棒」
そう言いながら、剣につけたキーホルダーを手で弾く。力の残滓が、その場から飛んで、俺の横に蓄積する。人の形をなしたソレは緑と白の鎧を着た青年。俺と同じように、戦ってきた。その年季の入った鎧と、彼の腰に釣られた派手な白銀の片手剣、勇者の象徴。
ライズ・クライムが、当時と変わらない笑顔でそこに立った。
「お前、一体誰が作ったんだ?」
ペンギンのキーホルダーに呼びかけても、返事はない。ただ、電竜刀にぶら下がっているだけだ。
「はぁ、最近訳わかんないことばっかりだよ…」
そう思いながらふと立ち止まる。目の前に男が立ち塞がる。黒いフードを深く被り、独特の気配。なるほど、2度も俺の命を救ってくれた恩人様だ。
「なんだ、今回は正面からか。大人しくなったものだねぇ」
返事はない。コイツもキーホルダーみたいなものか。そう思っていると、男が振り向き路地に向かって歩いていく。ついてこい、と言わんばかりの様子だ。
「はぁ……」
俺は念の為索敵スキルを発動させてから後を追う。
路地の奥で見たのは積まれた木箱に腰掛ける男。俺はその前まで歩いていき、壁にもたれる。左に声をかける。
「なんか用なんだろ。喋れよ」
「……一連のブランカーとの繋がり……」
「…! お前……!」
フードを外しながら、男は続きを話す。
「一連の首謀者は、ゲイルだ。やつを警戒しろ」
その男の顔は、完全に俺だった。鏡を見ているような、しかし現実。奇妙な感覚に襲われながら。
「お前…未来の俺とか言わないよな」
「ご明察だな、兄弟」
「兄弟じゃねぇだろ、本人つったろ今」
俺の台詞を完全に無視しながら、続ける。
「ブランカーとの戦争が起きかねない。ヤツを止めろ」
「お前の未来はどうなってるんだ」
「実際にそれが起きてしまった」
その声に、どこか無力感を感じた。
「なんで2回、俺を止めた…?」
「別にアレを喰らっても平気だろう。だが、アレによって俺のデータを取られた」
「もうすぐコピーが作られる。コピーが完全にこっちの能力を把握してしまえば、勝ち目がなくなる」
「なるほどな……」
コピーと言うことは、向こうは同等以上の性能が大量にいるはずだ。確かにそれなら運が良くてぎりぎり勝てるぐらいで、連戦でもすればこちらの勝ち目はない。
「まぁ…勝ったんだが」
「勝てるんかい。どうなってんだ」
「お前だぞ、どうとでもなる」
「すごい、実感がこもってる。すごい」
「俺はこの時間で派手な動きは出来ない」
「……? お前、元々IFを作る為に来てるんだから、動いても良さそうだけど。正体さえバレなきゃ」
「俺は特異点じゃない。特異点は別にいる」
「世界線を歪めるほどの運命力を持つ人間、だっけか。仲間の一人か?」
「今はまだ、仲間になっていない」
「へぇ……」
あまり実感がわかない。当然と言えば当然なのだろう。
「……星座の力を、早く手にしろ」
「星座…?」
「各々にあった力がある。自覚する事が一番の条件だ」
「そうか。意識してみる」
「俺はそろそろ戻る」
「どこへ?」
「時代だ」
「なるほどな」
「またな」
その言葉に、あぁ、コイツは本当に俺自身なんだと思った。
「……あぁ」
そう言いながら、転移によく似た魔法陣によって身体が消えていくのを、静かに見送った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「開けるぞ」
「ああ。いつでも」
その声を聞いて、扉を押す。大きな2枚扉は音を立ててずれていき、そのまま完全に内部を見せつける。
「アイツらが……今回の守護ボスか……」
「奥にいるのが報告にあった王か」
今回の守護ボスは、同部屋に2体同時出現している。手前にいる片手剣を使う剣士と奥に居座る杖を持つ王という構成だ。王は魔法攻撃を飛ばしてくるらしく、剣士の相手をしている間に詠唱が完了されると、大ダメージを受ける可能性が大きくなってしまう。
それに、剣士がボスと言えるような体格ではなく、人間と同じような大きさをしている。その為、大人数で入り込んでもお互いが邪魔になり、王の魔法攻撃をもろに食らってしまう。少数精鋭で行くしかないボスだ。
参加したのは計六人。
俺、ライト、氷河、龍牙、天、レナ。
「後衛が不安だな」
と、龍牙が呟く。
「え、私じゃ役不足?」
と、レナが反応するが、そこに間髪入れずに俺が返す。
「おまえ、テンション上がってきたら前衛行くだろ」
「うん」
「うんじゃねぇよ。魔法使えよ魔法使わない」
「魔法使いです」
「使ってないじゃん」
「はい」
「魔法使わないさんじゃん」
「誰だよ」
「お前だよ」
最後の台詞は俺ではない。ライトである。
「俺は後衛って括りじゃないしな。」
と、氷河。
確かに、氷河は後衛というよりはオールラウンダーなイメージがある。銃を使うと言ってもハンドガンではある程度接近する事を想定しているからである。
「そうだな…実質後衛ゼロだな」
「じゃあお前が後衛しろよ」
と、レナ。
「いいぞ。前線の司令塔いなくなるけど。後ろ行くね」
「ごめん忘れて。正直すまんかった」
「ええんやで」
「だまれ」
なんでや…なにがあかんかったんや……と思いながら左腰の黒い剣を抜く。全員が武器を出したのを確認してからゆっくりと敵に近付いていく。ある一定の距離になった瞬間に、王が手に持つ杖を音高く地面にぶつける。それが合図なのか、剣士が緩やかにこちらへと近付いてきた。
俺の横を、2つの影が飛び出る。龍牙と天だ。剣士と撃ち合いはじめたふたりは、一歩も引かずに互角に渡り合っている。竜牙は当然だが、天もかなり腕を上げた。それを眺めながら微笑みそうになったが、今はそんなことしている場合じゃない。
「レナ」
「了解」
レナの杖から一瞬で魔法陣が出現し、ボス部屋の真ん中を区切るようにバリアが出現する。魔力遮断バリアだ。直線的に狙ってくる魔法攻撃は、完全にこちらに通らなくなった。これで背中を撃たれる可能性は限りなく低くなった。しかし足元をサーチしてくる魔法は一部防げないものもあるし、魔法以外は弾けない。油断は出来ない。
「氷河、ライト。王を頼む」
「任せろ。」
「分かった」
王は魔法攻撃を得意としている為、物理攻撃が弱点というのがセオリーだ。まだ確かめられていないが、無理があれば、ちゃんと撤退できるようにはなっている。レナの転移魔法も発動可能であることを確認済みだ。
「レナ、魔力体を王に」
「分かった」
その返事の瞬間にレナの横に俺の姿をした魔力体が出てくる。俺は剣士のもとへと走り、飛んできた斬撃を切り落とす。
そのまま接近し、天の横に並ぶ。
「王の直線は防いだ」
「分かりました。……ゼクルさん」
「どうした?」
「コイツ、ヤバいです。一撃が重すぎて」
「マジか。分かった」
そのタイミングで上から炎が降ってくる。気付いた俺達は左右に分かれて飛ぶ。左に飛んだ直後に、また上から、今度は剣が降ってくる。さっきの報告を受けて、極力回避しようと思った直後ではあるが、この体勢から回避は無理だ。
「クソッ」
毒づきながら、右手の剣を上に掲げる。そこに衝突した剣は、大剣の上位ソードスキルを受けているかのような感覚がある。確かに異常なほど重い。俺は即座に剣を傾けて攻撃の軌道を逸らすと、ダッシュでその場を離れる。龍牙の元まで走ってから呟く。
「なんだあれ……」
「いつものお前なら回避できるだろう。心配なのは王の魔法だ」
「確かに。バリア貫通してやがる」
そう言いながら、ボス部屋の奥に目を向ける。ライト、氷河、そして俺の姿の魔力体。ライトが攻撃を弾き続ける中で、魔力体と氷河が攻撃を続けている。今のところは順調だが、どこで行動が豹変するか分からない。
「……こうなったら、こっちをすぐに片付けるしかないか」
天が相手の剣を弾いた瞬間に俺が飛び出す。剣を限界まで引き絞りながら叫ぶ。
「レナ!」
レナが笑みを浮かべながら剣士に向かって呟く。
「…喰らえ」
細剣用重突進技――アルビレオ。青い光がボス部屋を包み込み、剣士の体に風穴を開ける。先程俺がいた場所とは逆方向から。
転移によって敵の死角に移動しながら撃つ高火力技は、反則気味の対応難度がある。膝から崩れ落ちる剣士の体は、ボロボロと砕けていき、消えていく。
素早く身体を起こすと、王の方を見やる。
剣士が倒しやすいということは、王の方に何かしらあるはずだ。
「龍牙、天。回復したら、王行くぞ」
「分かった。数秒待て」
「了解です。行きます」
天はダメージを受けていないようで、そのまま王のもとへと向かう。
「強くなったな、天は」
「だな。けど、まだ伸びる」
天はまだ、上に行ける。俺とは違うから。まだ、砕けない闘志があるなら。
「もう大丈夫だ。行くぞ」
「あぁ」
龍牙と共に王のもとへと向かう。しかし、俺の索敵スキルが今までにないレベルの警告を出し始める。
「っ!……なんだ…!? この感覚!?」
「なんだ! どうした!」
龍牙の声も遠く感じる。この……敵の数は……!? ありえない数の魔法陣が現れて、先程倒した剣士が魔法陣全てから出てくる。ボス部屋を埋め尽くすかのような数だ。そう思った瞬間に王の姿がかき消え、索敵スキルからも消滅する。
「クソッ…………大層な置土産だな! 全く!」
氷河が叫ぶ。全速力のダッシュだろう、足音が後ろから聞こえる。
「ゼクル、退くよ!!」
そう言いながら、動けない俺を引きずりながら出口へと向かう。頭の中が、少しずつ白くなっていく感覚がある。
「転移使えない! 出口に向かって!」
「ライト、最後列行けるか!」
「任せろと言いたいけど、流石に数が…」
「僕が行きます! 下がってください!」
「天! 無茶だ下がれ!」
「天くん!」
「……クソッ!」
「駄目だ! シールド…もう持たない!」
「下がれ! 下がらないと全滅だ!」
「けど…!」
「ゼクルは絶対に連れていけ! レナちゃん!先に行け!」
「…………ッ!…………分かった!」
「……………クル! ゼクル!」
目を覚ます。記憶は鮮明だ。眠っていたのは、数分か、数秒か。今になって状況を理解する。
「天は!」
「まだ奥にいる」
「行ってくる。レナは」
「行くよ。一緒に」
「駄目だ。ここにいろ」
「なんで…?」
「俺の勝手でこれ以上巻き込むわけにはいかない。強い弱いなんて関係ない。レナがどう思っているかなんて関係ない。俺が自分を許せなくなる」
「……ゼクルは。ゼクルは、なんで私が協力すると思ってるの?」
「…………分からない。友達だから、だけじゃないはず」
「そうだね……私は君を知ってるから。それが理由」
優しい声で伝えられたその言葉を、俺は理解できなかった。
「どういう意味だ……?」
「言葉通りだよ。……私は、今の君以上に、君を知ってる」
俺に向かって。壁にもたれた状態の俺に向かって。肩をつかんで、必死に言う。涙を浮かべて。
「……君が、ライズくんを生き返らせようとしている事。私は知ってる」
頭が真っ白になった。仲間の中でも、生前交流がなかったレナが。俺が話さなかったレナが。彼女の口から。
何故、ライズの名前が出てくるのか。
「私を助けてくれたじゃない……あの時」
レナの声が、少しずつ俺の記憶を溶かしていく。
「……国に喧嘩まで売って……何処まで私の事好きなのかと思ったよ」
ライズと、俺と。そのふたりで王宮と戦って。取り戻した少女。
当時、世界に抗った代償で目が見えなかった俺は、人の放つ"気"を頼りに世界を視ていた。その時に感じた"気"を思い出し、そして、目の前の涙をこぼす少女と重なる。
「……レナ、だったのか……? ……あの時……俺がライズに託した……あの子は……」
「……私だよ、ゼクル」
レナは、ライズと交流があったのだ。
大戦のあと、苦しんでいたのは俺だけじゃない。分かっているつもりだった。
聖杯を求めているのはライズを取り戻そうとする俺達だと。分かっているつもりだった。
レナも。レナもだ。彼女も、いや、彼女こそが俺と同じように思っていたのなら。
俺は、何故レナを信用出来ていないのか。
「レナ。帰ったら、話をしよう」
「うん」
「行くぞ。レナ」
「……………うん!」
涙を飛ばすように頷いたレナと共に立ち上がり、再び遺跡の奥へと走っていく。
走っていくと、どうやらここが最下層の真反対だったらしいと分かる。しばらく走ると、扉が見えてきた。奥から光がとめどなく届く。戦っているのだ。俺の仲間が。友達が。
「ッ……!」
思い切り床を蹴る。扉をくぐり、その場で右手を掲げる。そこに敵の群れから飛び出したそれが収まる。
「ゼクル!」
「ゼクルさん!」
「戻ってきたか…!」
「みんなありがとう。俺は大丈夫だ。下がってくれ」
俺の声が聞こえた瞬間に、全員が重攻撃を放って敵を足止めする。すぐに下がってくる仲間を横目に、敵を見る。
もう、隠す必要なんてない。ここには信頼する仲間しかいない。
「……行くよ、相棒」
そう言いながら、剣につけたキーホルダーを手で弾く。力の残滓が、その場から飛んで、俺の横に蓄積する。人の形をなしたソレは緑と白の鎧を着た青年。俺と同じように、戦ってきた。その年季の入った鎧と、彼の腰に釣られた派手な白銀の片手剣、勇者の象徴。
ライズ・クライムが、当時と変わらない笑顔でそこに立った。
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