恨み買取屋

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第一章・首吊り少女の怨念

後日談

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 なんと声をかけていいかわからなかった。
 自分が同じような心境にあった時も、どうして欲しかったかなどわからなかったから。
 きっと彼女だってそうだ。自分が今どうして欲しいのかなんてわかっちゃいないだろう。どうしようもない罪悪感は、いずれ身を焼くような怒りに変わるだろう。自分だけに向かっていたはずの怒りは、次第に世の中に対するものに変わるだろう。
 平たく言えば八つ当たりだ。
 だけれどこの子は、八つ当たりなんて器用な真似ができる子だろうか?
 何もかもを自分のせいだと抱え込んで、消化されるのを待つ──
 そんな術しか知らないような子じゃないのか。
 実際目の前で震える彼女の目は、恐怖で染まっていた。罪の意識への恐怖。その目に誰かを責めようという気は一切感じられない。
 昔の自分にそっくりだった。
 だけれど同時に、昔の自分とは正反対だった。
 哀れだと思った。
 救われない話だなぁと思った。
 一つ望むなら、彼女が自分と同じような末路を辿るのだけは避けたかった。
 だから僕は彼女の名前を呼んだ。
 傷つくのは僕だけでいいから。
 たとえどれだけ殴られても、銃弾をいくつ撃ち込まれても、その上で彼女を慰められるのは僕しかいないから。
 多分あの時、僕は、自分で斬った相手からですら慰めを期待していたから。
 そうして泣きじゃくる彼女を見て、もしかしたら僕だって、なんて考えが頭をよぎったが、いやはや全く冷笑に値する。僕とこの子は似ているというだけであって、根本的に同じではない。僕は、僕だ。最悪なくらい、僕だ。
 ただ。
 ただ都合のいいように考えてもいいのなら。
 僕はこの子を、あまりに乱暴で、残酷で、粗雑な方法で救うことができたんじゃないかと──
 ほんの少しだけ、そう思った。

    ▽ ▲ ▽ ▲ ▽

「…終わったのかい」
「うん。なんとかね」
 藍玉は普通の猫のように、ブロック塀の淵に寝そべっていた。傍らには恨みの核と思われる宝玉がコロンと一つ落ちていた。ひとつ伸びをすると、身軽にそこから飛び降りて夜狐の目線の下に移動する。
「…香澄は、寝てンのかい」
「疲れちゃったんだと思うよ。…なかなか、大変だったからね」
「……ホラ見ろ、やっぱりどうにもならなくなった」
 夜狐の背中では香澄が静かに寝息を立てていた。それが一定のリズムであることと、寝顔が苦しそうでないのを確認するように藍玉が香澄の顔を覗き込んだ。隠しきれない涙の跡があったものの、年相応に穏やかな──安心したような寝顔をしていた。無意識なのか意図的なのか、藍玉はその顔を見ると声量を抑えて話し出した。
「香澄、随分スッキリした顔してンだねぇ」
 皮肉がたっぷり詰まった言葉だった。
「…そうだね」
「…また言わなかったのか、さすがは化け狐だよ」
「藍だって僕の立場だったら言わないでしょ」
「……ま、それもそうだ。今回はあくまで恨みの対象が死んだだけ──恨み側としちゃあ不完全燃焼。下手をしたら恨み自身もおとなしく核にもどっちゃくれない。だから香澄の中にある『恨み』は完全には無くならない。…だから」
「『ざまあみろ』が通用する」
 藍玉のセリフに被せるように夜狐が食い気味に言った。
「…と、思ってたんだけどね」
 思ってたより香澄ちゃんは優しすぎた、と夜狐は困ったように笑った。藍玉が何かいいたげに口を開いたが、すぐに閉じた。それ以上はわかっているから言うな、と、彼の目が優しく語っていた。
 なんて──わかっているから、と。
「どうすンだい、その子」
 稀有な体質。能力。
 それが何を意味するのか。
 二人ともわかっていた。それは夜狐が香澄に伝えたような内容で終わる範囲の話ではないということ。その程度ですんでいいような話ではないということ。
「人殺し」なんて事実が霞んで見えるほどに。
 おそらく、彼女──香澄を中心に、何か大きな──
「…考えたんだけどさ」
 故に適当な人物に任せるなんてことはできなかった。信頼ができて、かつ優秀な人物の監視下のもとに、彼女を置く必要がある。
 信頼ができて、優秀で、そして何より──

恨み買取屋うちに入ってもらおうかなって」

 藍玉がわかりやすく顔を歪めた。
 対する夜狐はあっけらかんとして、へらへらと笑っている。
「……っなぁ~~にが『考えた』だァ!手近なとこで手を打っただけじゃないか!香澄をこんな奇人変人の巣窟みたいなところに放り込むつもりかい?!巫山戯ンのも大概にしろッ!それにアンタ後輩の教育なんてできンのかい!出来ないに決まってンだろ!いいや違う、そもそも、こんな仕事に就かせるなんて──」
「あーー!わかってるわかってるわかってるって!ちょっ、香澄ちゃん起きちゃうから!」
 烈火の如く怒りを露わにする藍玉をなんとか静止させ、夜狐は悪びれもせず笑っていた。藍玉はまだ小言を言い足りないのか、鋭い目つきをしている。それを落ち着かせるためなのか、それとも自分を納得させるためだけの独り言なのか、夜狐は話し出した。
「…ま、勿論、香澄ちゃんが僕ら側にならずに済むっていうのがベストだったんだけどさ。藍の言う通りだったよ──どうにもならなかった。なら、今僕が彼女のためにとれる最善の選択肢はこれだけだ」
 うちほど労働環境が整ってて上司が優しいようなトコなんてないよ──と彼は自嘲気味に笑った。香澄に対する負い目、というより、憐憫を感じているのは、隠せそうもなかった。
 しかしこうなっては他にどうしようもあるまい。これが最善──というより、彼女を必要以上に傷つけまいとするのなら、選択肢はこれしかない。
「閻魔様も店長も、許してくれるでしょ。店長はともかく、あのバカ閻魔はなんだかんだで若い子に甘いからね」
 そう言って歩き出した主人を式神は追った。だが途中ふと立ち止まると、彼女は主人の背中に向かって一つ言葉を吐き出した。
「どうして、そこまで」
 別に返事を期待したわけではなかった。それは独り言のようなもので、藍玉自身も十分わかっていたことであった。しかし夜狐は気まぐれなのかなんなのか、意外にも、軽く振り返ってこちらを見つめて答えた。
「知ってるでしょ。僕は無責任なんだ」
 流し目がこれまた自嘲的に、三日月型に湾曲した。見慣れたはずの笑顔だった。ただその笑顔に、藍玉だけが見出せる悲しみの色は見当たらなかった。

「ただの自己満足だよ。ずっとね」

 答えは答えであって真実ではない。
 お互いに痛いほどわかっていた答えを、夜狐は得意げに吐き捨てた。
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