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『魔拳士』レクトール

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 レイナの転移を使って、俺とレイナもみんなと合流した。ナロッパニア王国のダンジョンに向かって移動している最中だった。

 合流するなりノエルが俺を見つめている。やべ、レイナとイチャついていたのが、ばれたか?

「カイト、レベルが372まで上がっているね」

 お、違うようだ。俺のレベルは魔王リーゼロッテを越えたのか。なら次にあいつと戦うときは、アイギスの盾が有効になるんだよな? これなら楽勝だな。

 そんな俺の甘い考えを見抜いたのか、ノエルは俺に釘を刺す。

「魔王はチートスキル『魔王の刃』で、防御系スキルを全て無効にできるから油断は禁物だよ。それにダンジョンで高レベルのモンスターを倒して、レベルも以前より上がっているし』

「なんだよそのスキル? 完全に俺対策じゃないか!」

 やっぱり楽はさせてくれないのか。なんとなくそんな気もしたけどね。俺がやれやれとため息をつくと、ノエルは全く気にしていないような様子で続ける。  

「まぁそうね。それと、レイナのレベルも355に上がっているわ」

 レイナも大きくレベルが上がったんだな。ノエルによると、イグニスの鏡像になっていた女神の神器『双魂の神鏡』を破壊した際に、神器の駆動用に使われていた強力なコアが砕けて、それをレイナが吸収しからだという。便利なスキルを得た上にレベルも高い。いつもながらウチのメイドは頼りになる!

 俺がそんなことを考えながら、レイナを眺めているとノエルが言う。

「私もレベルを上げたいから、次のディアージェスは私が倒すね」

 俺たちの中で、最強の戦力であるノエルのレベルが上がれば、それだけ女神討伐もしやすくなるだろう。断る理由もないので、俺は「了解」と頷いた。



 * * *



 目的のダンジョン付近に到着した。

 ナロッパニア王国のパラティナ草原のダンジョン。王都から90kmほど北に広がっている草原地帯の真ん中に位置する。王都からのアクセスが悪く、冒険者には人気が無いらしい。

 俺は上空から地表を見る。やはりここも多数のモンスターがダンジョンから排出されて、モンスターの軍団が出来ていた。しかも感じる波動は今までよりも強めだ。

 ノエルは俺に向かって片手をあげる。

「私がディアージェスを倒してくるから、みんなでモンスターの処理をお願い」

「分かった。気を付けて!」

 ノエルは大きな波動の持ち主がいる方へ飛んで行った。

 さて、俺は俺でやれることをやりますか。

 俺は魔装術を発動させて、神剣ベイルスティングに魔力を通わせる。そしてモンスターの大群の中に降り立つと、モンスターどもは色めき立って俺に襲い掛かってきた。

「そう慌てるなって」

 俺が軽く剣を振るうと、数体のモンスターが消し飛んでいく。レベルアップのおかげで威力も上がっているのだろう。神剣ベイルスティングに俺の魔力が良く馴染んで、まるで体の一部のようにすら感じる。俺は遠慮なくモンスターの大群を斬り裂いた。

 他のみんなも、本日三回目のモンスターの大軍の相手だというのに、疲れを見せることなく戦ってくれていた。この分ならすぐにでも片付くだろう。そんなことを思いながら、ペースを上げてモンスター処理に精を出すのだった。



 * * *



 カイト達がモンスターの軍団を蹴散らしている最中、モンスターの軍団の最後尾でノエルがディアージェスと対峙していた。



「ククク、来たか勇者。俺はディアージェスの一人『魔拳士』レクトールだ!」

 ノエルを見て、レクトールは舌なめずりをする。

「魔王もいい身体だったが、勇者もなかなか……。じっくり楽しませてもらおうか」

 ノエルは凍えるような視線でレクトールを睨む。

「下衆め。すぐに終わらせる」

「果たしてそう簡単にいくかな? 女神様にもらった力、見せてやるぜ!」

 レクトールは雄叫びを挙げながら、両手に着けている手甲に魔力を通わせる。するとレクトールの波動が爆発的に上昇した。

 レクトールが両手に装備している手甲は、女神フォルトゥナが彼に渡した魔道具であり、一時的に使用者のレベルが二倍に上昇する効果を持つ神器だった。

「今の俺様のレベルは694だ! たとえ勇者であっても、これだけのレベル差があってはどうにもできまい!!」

 レクトールの魔装術によって全身に通う魔力が、力強いオーラとなって立ち昇る。レクトールは「行くぜ!!」と手甲に魔力を込めて突進し、ノエルに殴りかかった。ノエルはそれを難なく剣ではじき返す。

 ノエルは続けてレクトールに斬りかかる。レクトールは手甲でそれを受け止めようとするが、ノエルは身をひるがえすとレクトールの背後に回り背中を斬り裂いた。

 斬られたレクトールは悲鳴を上げて距離を取る。彼は傷を魔法で治癒するとノエルを睨んだ。

「お前の薄っぺらい魔装術で、俺の攻撃を凌ぐとは! 何か強力な魔道具でインチキしてるんだろう!!」

「私の魔装術が薄っぺら? フッ、カイトは一目見て私の魔力操作の精密さに気が付いたみたいだけどね。そっちこそ、高いのはレベルだけで、たいしたこと無いのね?」

 薄く笑うノエル。一見すると、彼女の身体を覆う魔装術は頼りない薄い膜のようでもある。だが実際には魔力を薄い膜にまで圧縮した、極めて魔力密度の高い魔装術であった。これは、ノエルの精密な魔力操作技術があってこそ可能になる超高等技術である。

 一方でレクトールは、膨大な魔力で体を覆われ、見た目は派手にオーラが噴き出している。しかし、それは魔力を体に止めておくことができていない密度の薄い魔装術であり、女神の神器で増幅させた大きすぎる魔力を、操り切れていないことの証明でもあった。

 そのため、両者がぶつかるたびに、レクトールのダメージは蓄積していく。しだいに汗だくになり、息をあげるレクトールは焦りを隠せずにいる。

「こんなはずではぁっ! クソがぁぁぁ!!」

 レクトールは両手のひらを合わせて魔力を凝縮させると、ノエルに向かって一気に放出した。しかしノエルは顔色一つ変えることなく、剣を振るってかき消す。そしてノエルはレクトールを蔑むような目で見る。

「話にならないわ、あなたの攻撃は薄いのよ。魔力を収束しきれていない」

「おのれ、おのれ、おのれぇぇぇ! 魔円斬!!」

 レクトールが手のひらの上で形成した、円盤状の魔力の刃が放たれると、高速で回転しノエルに飛び掛かる。だが彼女が軽く剣を振るうと、あっけなくはたき落とされた。
 
 爆風が起こりノエルの髪は激しくなびいているが、彼女の表情からはその程度の威力など気にも留めていないようだ。

「つまらない小細工ね」

「うぐぐぐぅ、これならどうだ! 魔光貫殺法まこうかんさっぽう!!」

 レクトールは指先に魔力を集めて発射した。同時にノエルは左手をレクトールに向けて水平に上げると、彼女の指先がキラリと光る。

 ノエルの放った光は、レクトールの撃った魔力の光線を斬り裂き、更には彼の右腕をも切り落とした。

 レクトールは即座に腕を魔法で治癒するが、驚きを隠せないでいた。

「なんだ!? その光の糸のような魔法は!!」 

「ライトボールだけど」

「ばかな! そんな初級魔法で、この俺様の魔光貫殺法と魔法障壁を破って、腕を切り落とせるわけがない!」

「たかが初級魔法でも、魔力の密度を上げれば、それだけ威力が上がる。それだけのことよ」

 ノエルが使ったのは、まさしく初級魔法のライトボールだった。しかし、ノエルの極めて精密な魔力操作によって、彼女の強大な魔力を豆粒ほどの大きさに凝縮し、速度と貫通力に力を注いだものだ。光の粒が高速で移動する際、レクトールには糸のように見えたのだろう。

「派手に爆発したりしない。速く正確に敵の急所を貫通するために、極限まで密度と精度を磨き上げた私の魔法」

 20年前、ノエルが単身モンスターの大軍と戦い続けるという、極限状態で洗練された魔力操作技術。持久力と威力を両立するために、自身の魔力を最高の効率で活かせるように身に着けたものだった。

 レクトールとノエルが睨み合っていると、二人が戦っているところから離れた場所で、閃光が上がり爆発音が轟く。モンスターの大軍を処理している、クレアやフィリスやアイリたちの神器による固有技だ。ノエルはそれを見てフッと笑う。

「あの子たちもまだまだ。あんな大技を連発していたら、すぐにバテてしまって三日連続で戦い続けるなんてとても出来ないもの。もう少し、魔力を効率よく操れるようになって欲しいものだわ。まぁ、今は20年前と違って便利な能力もあるし、私たちの戦力も多い。魔力を温存しながら戦う必要も無いのだけれど」

 レクトールは、怒りで震えていた。ノエルの語りなど、もはや聞こえていない。

「確かに貫通力はすさまじいようだな! だが、そんな小さな魔力の粒一つで、曲がりなりにも神である俺を消滅させられるかな!!」

 魔王やディアージェスは、女神フォルトゥナに創られた神の肉体を持っている。女神フォルトゥナのような真なる神とはレベルが違いすぎるものの、ただの人間とは比較にならない耐久力を持っていた。それでもノエルは余裕の表情を崩さない。

「ひとことでも言ったかしら?」

「あぁ?」

「私がこの魔法を複数同時に使えないなんて」

「え……?」

 レクトールが間の抜けた声を出した直後、ノエルの魔力が一気に解放されて、彼女の頭上に無数の光の粒が浮かぶ。

「これら、ひとつひとつが同じ程度の魔力濃度で圧縮してある。もちろん全て私の意のままに操れる」

 ノエルはクスリと口元を緩める。

天光千粒錬舞てんこうせんりゅうれんぶ。カイトに言われて技名を付けてみたけれど、つまるところ、たかが初級魔法のライトボールよ。凌ぎきれるといいわね?」

 一粒に込められた魔力量は、神器の一撃に匹敵するほどであり、もはや初級魔法の範疇にない。それらが空に舞ったあと、流星群のように一斉に移動を開始した。

 レクトールは光の粒で構成された津波に飲み込まれる。彼の魔装術のガードは、いとも簡単に突き破られ、次々と粒子が貫通していく。

 レクトールの肉体は治癒が追いつかずに、ボロボロになっている。彼の霊体は既に崩壊寸前まで痛んでいた。ノエルは高速移動でレクトールの正面に立ち、冷酷な表情で聖剣ラングザードを振り上げる。

「魔法で殺してもレベルアップできないから、止めはラングザードで刺すね」

「ままま待ってくれぇ! 助けて! もう魔王ごっこなんてやめる! 街も襲撃しない! だから見逃してくれ!」

 ノエルは凍えるような視線のまま、レクトールの目を見つめる。

「その目……、20年前に嫌というほど見てきた。命乞いする悪党どもはみんな同じ目をしている。あなたをここで見逃せば、必ず多くの人を傷つける」

 ノエルが聖剣ラングザードを一閃すると、レクトールの頸は飛んで、肉体もろとも塵になって消えた。
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