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フィリス2

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 そんなある日、いつものようにランドルさん達とダンジョンへと向かう道中で、一人の男が私達の前に立ちはだかった。

 父の従者のターキヌだ。老齢だが元Bランク冒険者だったらしく荒事もこなす執事だ。

「ようやく見つけましたよフィリスお嬢様。このようなところで山賊の真似事などしていないで、お戻りください」

「山賊じゃなくて冒険者よ! もとはあなただって冒険者をしていたんでしょ。そんな言い方は無いんじゃない?」

「私の過去など些末なこと。それに、山賊でも冒険者でも同じでしょう? エラッソス公爵家に泥を塗る行為ですぞ? 公爵様も心配しておいでです」
 
「私はもうあの家とは関係ないわ! 今はただの冒険者よ!!」

「貴族としての責務から逃げ切れるとでも思っているのですか?」

「私はもう貴族なんかじゃないっ!!」

「いい加減になさいませ。あなたには義務があるのです。高貴なあなたが平民として生きられるとでも?」

「うるさい!!」

「フィリスお嬢様は昔から気が強くて、聞き分けのない方でしたなぁ……。いたしがたない。少し痛い思いをさせてでも連れ戻せとのご命令なのです」

 そういうとターキヌは静かに無手で構える。その立ち居振る舞いからは歴戦の強者の風格があった。

 白い手袋をつけた拳を握りしめ、腰を落としていつでも飛び出せるように重心を下げる。

「さあ、お覚悟をお決めくださいませ」

 そう言うとターキヌは音もなく踏み込んできて、一瞬にして距離を詰めると私の腹をめがけて突きを繰り出す。

 速いけど、これなら反応できる!

 私はそれを身を捻りながら半歩下がって避け、ターキヌの腹に拳を打ち付けた。その後バックステップで距離をとる。

「お年寄りに暴力を振る趣味なんてないわ。ターキヌ、引きなさい」

 ターキヌは驚いたのか、一瞬目を見開くがすぐに冷静さを取り戻す。腹部をさすっているものの、痛痒を感じていないようだ。

「よもや私に一撃入れるとは……。フィリスお嬢様がこれほどならば、お連れの方々もそれなりの腕前なのですね」

「えぇ、みんな強いわよ? それでもまだ戦うつもりかしら?」

 ターキヌは「フッ」と鼻で笑う。

「私はお嬢様と戦いに来たのではありません。連れ戻しに来たのです」

 ターキヌは懐から魔影鏡を取り出して何か操作をしている。父に報告でもしているのだろうか?

 ターキヌのすぐ近くに魔法陣が現れ一人の男が転移してきた。任意の場所に転移できるポータルなんて国宝級の秘宝のはず。一度の使用でどれだけの費用が掛かることか……。

 それよりも、この状況で転移してきたということは相当な使い手なのだろか。

 ターキヌは現れた男に深く頭を下げる。

「お手数をおかけします。スターク殿」

「ああ、かまわん。これも仕事だ。それで……、あの娘か?」

「はい、極力無傷でお願いいたします」

「了解した。ほかの四人は?」

「払いのける塵に気遣いは不要かと存じます」

「それもそうだな」

 スタークと呼ばれた男はこちらを見るとニヤリと笑みを浮かべた。

 その笑顔を見て背筋が凍りつくような感覚を覚えた。

「最後の警告だ。おとなしく王都に帰れ」

 スタークの言葉に、これまで私とターキヌのやり取りを黙ってみていたランドルさんが前に出て言い放つ。

「フィリスは俺のパーティメンバーなんでね。リーダーである俺の断りもなく連れて行かせるわけにはいかないんだ」

「なら、この場でパーティは解散……、いや全滅だな」

 スタークが剣を抜き地面に叩きつけると地面が広範囲にえぐれ、凍気を伴う凄まじい衝撃波が私達を襲う。

 私達はカロンさんの土魔法で強化した盾術でどうにかこらえた。

 ランドルさんはスタークの一撃の重さに驚きながらもメンバーに指示を出す。

「なんて威力だ!? セリカ、バフを頼む! フレーナはブレイズランスで牽制しろ!」

「了解!」「任せて!」

「フィリスは俺と一緒にあいつを行動不能にするぞ!」

「はい!」

 私はランドルさんの指示に従い、槍を取り出してスタークに向かって走り出した。スタークはフレーナさんが連射する火炎の槍への対応でいっぱいだ。
  
 ランドルさんと息を合わせてスタークへと同時に槍を突き出す。これならやれる――

 その時、スタークの姿が消えた。直後スタークはランドルさんを背後から蹴り飛ばし、私の槍を両断した。

 さらに、氷の魔法を放ってカロンさんとセリカさんとフレーナさんに命中させ、たった一発で行動不能にしてしまった。

「お嬢サマ。お遊びはここまでだ」

 一瞬の出来事に頭が追い付かない。つい言葉が漏れる。

「なにが、……おきたの?」

「強者が雑魚を蹴散らした、それだけだ」

 スタークは不敵な笑みを浮かべて私を手刀で打った。

「う……そ……」

 その言葉を最期に私の意識は闇へと落ちていった。



 * * *



 気が付くと馬車の中に寝かされていた。

「フィリスお嬢様、気が付かれましたか?」

「ターキヌ……、他のみんなはどうなったの? まさか殺したんじゃ……?」

「止めは刺しておりません。彼らとてBランクの実力者。あの程度では簡単に死にはしないかと」

「あのスタークとかいうやつは?」

「スターク殿は多忙の身なので、ポータルで一足先に帰還されました」

 あいつは特別扱いだな。異常に強いからそれもうなずけるけど……。

「……一人にして」

「分かりました。くれぐれもおかしな気は起こしませんように」

 ターキヌは馬車を止めて、並走している他の馬車へと移っていった。

 再び馬車が走り出し私の体を揺らす。私はマジックバッグの中から一つの魔道具を取り出した。

 希少なアイテム、蒼輝石。一度使うと消滅するが10分ほどスピードと反応速度が大きく上昇する。もし、自分たちが勝てないようなモンスターに出会ったら、これを使って逃げろとランドルさんから渡されていた。

 これを使ってもスタークからは逃げられないだろう。でも今ここにいる護衛達からなら逃げ切れる。

 私は蒼輝石を使用して、馬車を飛び出した。全力で駆けるとターキヌたちの慌てる声もすぐに聞こえなくなった。

 でも、もうランドルさんたちの元へは戻れない。今度見つかったらきっとスタークに殺されてしまう。

 カークヨムルド王国から出ればきっと私は自由になれる……。そう信じて国境を越えた。


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