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第ニ章 『副都』
第二章 36 『結束』
しおりを挟む「この度は、四都祭ご苦労様であった!! 予選、本戦を通し、今回の優勝チームは、副都Aチームだ!! これといって、賞品や賞金は無いが、名誉を与える!! 他国からわざわざ来て頂いた各都の者達もご苦労様であった!! 共に国を守る組織に入団しても、良い関係性で居られる事を願っているぞ!! 以上を持って、四都祭は閉幕する!!」
――ステファの閉会の言葉が終わり、各都の者達もそれぞれの都へと帰る支度を始めた。
「元気でな、フィトス。それから、セシファも」
「あぁ、タクトの方こそ。次に会う時、敵じゃない事を願っているよ」
同じ黒のテラを扱う者同士、フィトスが味方に付くというのは卓斗にとって、有難い事だった。
四都祭予選で対峙した時に、その実力は身を持って確認している。いずれ来る、大罪騎士団との戦いの時に、大きな戦力になる事は間違いないだろう。
そして、二人は握手を交わす。友として、同士として、敵となり戦う事が無いようにと、切実に願いながら。
「フィトス様と彼との関係が良好になっているのは、何かあったのですか?」
「僕は、四都祭の参加者達と啀み合う為に来たんじゃないよ、セシファ。当然、四都祭の優勝は狙っていたさ。興味もタクトにしか無かった。でも、四都祭で出会った者達は嫌いじゃ無いよ。差し伸べられた手を、振り払う様な事はしないよ」
フィトスからの言葉に、「そうですか」と答え、セシファは笑顔を見せた。そして、フィトスは杖に腰掛け、ふわふわと浮きだすと、
「では、帰るとするよ。それじゃあね、タクト」
「おう、元気でな!!」
銀色の髪を靡かせ、悪戯な笑顔を見せて、手を振る。やはり、容姿だけを見れば、女性に見えて仕方が無い。その隣では、セシファが頭を下げて、ゆっくりと飛行するフィトスの隣を歩いて行った。
「龍精霊魔導士フィトス・クレヴァス。お前と一緒に戦えんのを、楽しみにしてるよ」
すると、今度は聞き覚えのある、気怠げな声が卓斗の耳に届いた。
「あ、タク兄~~。見送りっスか?」
龍精霊騎士ヴァリ・ルミナスとティアラだ。ヴァリの強さを実際には分からないが、共に大罪騎士団と邂逅した者同士。
大きな戦力になる事は、何となくだが分かる。
「おう、ヴァリ。体調どうだ?」
「だんだん、マシになってきたっス。あれは、完全にヴァリの不覚だったっスよ。もう、あんな醜態は晒さないっス!! 騎士の名折れにはならないっスよ!!」
悔しそうな表情でそう話すヴァリ。そして、ヴァリには『強欲』を司る、ケプリ・アレギウスへの対抗心が芽生えていた。
次は負けない、という決意の固まった表情にも見えた。そもそも、戦ってはいないのだが。
「本戦で何があったのか知らないけど、まさかヴァリが負けるとはね。僕ちゃん、ちゃんと実力あるんだし、自信持ちなよ?」
ティアラにそう言われるが、本戦での出来事は話せず、卓斗がヴァリやフィトス、ラディスに勝ったという、ありもしない事実が残っていた。
ティアラもそうだが、副都に居るメンバーも少なくとも、そう思っている。
「ぅえ? あー、うん!! そうする」
「それと、シャルの事も考えておいてね」
ティアラは、そう言って卓斗にウインクする。神王獣と、この時代ではそう呼ばれる、龍精霊シャルの事だ。
シャルの契約者になる様にと、ティアラには前々から言われているが、実際にはまだ決め兼ねない。
一度、対峙しているから、その強さを知ってしまっている。恐らく、契約をする云々というより、その前にきっと、殺されてしまうだろうと卓斗は思っていた。
「まぁ、一応考えとく」
「ん!! じゃあね、僕ちゃん。行くよ、ヴァリ」
「あ、待つっスよ!! タク兄、また今度っス!!」
ティアラに置いてかれぬ様、走り去るヴァリの背中を見つめて、卓斗は笑顔を零した。
話し方さえ、ちゃんとしていれば、エレナに劣らずの美少女だ。それに、龍精霊騎士という肩書きもある。彼女との出会いも、卓斗の物語には必定だったのかも知れない。
「――兄貴!!」
大体、予想はつくが、次に声を掛けたのはラディスだ。その隣には、エルザヴェートとクライスも居る。
「おう、ラディス。お前も帰るのか?」
「あぁ!! もう少し、副都に居ようかとも思ったけど、帰って師匠に鍛えて貰うとするわ!! 姉ちゃんを守れるくらいに強くなりてぇからさ」
拳を叩いて、力強く話した。それと、卓斗は一つ不思議に思っていた事があった。それは、
「そういやさ、お前ってヴァリと仲良いよな? 前からの知り合いなのか?」
「いいや、今回の四都祭が初めてだ!! 予選で戦って、姉ちゃんの強さに惚れた。めちゃくちゃ愉しかったんだよ!! だから、絶対に姉ちゃんより強くなる!!」
八重歯をチラつかせながら、笑顔でそう話した。エルザヴェートの弟子であるラディスが、ヴァリをそこまで褒めるとなれば、ヴァリの強さも何となく、実感出来る。
「ともあれ、タクトとラディスの関係も、良好の様じゃの。妾の弟子を抑え、優勝したのは褒めてやるぞ」
卓斗は、エルザヴェートに視線を向けた。本戦での出来事、大罪騎士団との邂逅の事を、エルザヴェートになら言っていい気がした。
「エルザヴェートさん、少し話いいか?」
「ふむ、何用じゃ?」
「四都祭の本戦の時、実は俺ら何も競って無いんだ。俺の優勝ってのは不本意な形で……でもそれにも、理由がある」
エルザヴェートは、真剣な表情で卓斗の話を聞く。ラディスも、腕を組み、卓斗が話し終えるのを静かに待っていた。
「――本戦の会場である、シフル大迷宮で大罪騎士団と呼ばれる組織と出会ったんだ。ハルって名前の男と九人の仲間が居た。そいつらの目的は、世界を終焉へと導く事だって言ってた」
微かに、エルザヴェートが目を細めた。クライスも卓斗を見つめる。
「して、大罪騎士団とは?」
「よくは分かんねぇ。でも、そこにグラファス峠に居た、ヴァルキリアとセルケトってのがそこにも居た。エルザヴェートさん、何か知ってる事ないか?」
畳んだ扇子を顎に当て、考え始めるエルザヴェート。千三百年もこの世界に生き、最古の国、エルヴァスタ皇帝国の皇帝陛下であるエルザヴェートなら、何か知っているかも知れない。
卓斗は、そう考えていた。だが――。
「悪いが、妾にもよく分からんのぅ。エルヴァスタ皇帝国としても、調べてはいた所じゃが、組織名も目的も、詳細は分からなかった。して、世界を終焉へと導く事と言ったな?」
「あぁ、恐らく大罪騎士団のリーダーっぽい、ハルって男がそう言ってた。俺の考えだけど、そいつも黒のテラを扱う。それから、フィオラの秘宝を見つけ出し、壊すってのも言ってた。俺の中にある事は知ってなかったけど」
その言葉を聞いて、エルザヴェートは目を丸くして驚いた表情を見せた。
「フィオラの秘宝を狙っているのは、調査で何となく分かってはいたんじゃが、まさか壊すと考えていたとはのぅ……して、その理由は……」
「――世界を終焉へと導く為に、フィオラの秘宝は邪魔な存在」
エルザヴェートも、卓斗の返事と同じ言葉が頭に過っていた。フィオラの秘宝の存在の大きさが、千三百年前から今に至っても変わらない事に、胸を痛めた。
それに、フィオラは旧友であり、壊されるとなると、解放が出来ない。エルザヴェートとしては、それだけは絶対に避けたい所だった。
「妾の過ちが……今の時代にも、影響を及ぼすか……妾がフィオラから黒のテラを貰わなければ、妾が不老年珠の魔法を創らなければ……『後悔』という言葉は、余りにも残酷じゃな……」
そして、そのフィオラの秘宝は現在、卓斗の中にある。自分の過ちを正し、旧友であるフィオラを守る為に、エルザヴェートが出来る事。それは――。
「其方は、妾が全力で守る。エルヴァスタ皇帝国一丸となっての。なんなら、妾の元に来てもよいぞ?」
それは、実質上のエルヴァスタ皇帝国の騎士団への推薦という形の勧誘だった。
「気持ちは嬉しいけど、やっぱ俺は副都に入ったし、副都で出会った皆を、俺は守らなきゃなんねぇ。エルザヴェートさんの言葉は有り難いけど、今回は大丈夫。味方でいて、力を貸してくれるだけでも、かなり嬉しいからさ。フィオラの秘宝は、奴らには絶対に壊させねぇ。そんで、この世界も守る!!」
「其方は、フィオラと会話をしたと言っていたの? 会った事は、もちろん無い。何故、そこまでフィオラを?」
卓斗は、フィオラの秘宝が体の中にあり、声を聞いただけだ。会った事も無い人物を守るというのも、はたから聞けばおかしな話とも言える。
「確かにな。俺はフィオラを全然知らねぇ。知ってるとすりゃ、黒のテラの開発者とか、エルザヴェートさんを倒した凄ぇ奴とか、女の人って事ぐらいだ。正直、フィオラを守るっていうより、世界を終焉へと導かせない為に、フィオラの秘宝を守るって事の方があってるかな」
「ふむ、なるほどの。其方はフィオラに似ていると思っておったが、あいつに似ておるの……」
「あいつ?」
「いいや、こっちの話じゃ。とは言え、其方の話は分かった。妾としても、其方に協力するのぅ。もちろん、ラディスもの」
その言葉を聞き、ラディスは笑顔でサムズアップする。強力な味方を付ける事が出来、卓斗は安堵した。
「そういう事じゃ。何かあれば、妾の元に来るがよい。妾も旧友の為ならば、全力で其方を守る。いつでも頼れ。――では、国へ帰るとするかの」
そう言って、エルザヴェートは歩き出す。卓斗は、その背中をジッと見つめて頭を深く下げた。
黒のテラと言い、フィオラの秘宝と言い、エルザヴェートには世話になってばかりだった。だが、そんなエルザヴェートもかつては世界を終焉へと導こうとした、諸悪の根源。
それでも、卓斗にとって大きな力になる事は、目に見えていた。諸悪の根源だったのは昔の話で、今は良好的だ。守ってくれると言ってくれるのなら、大いに甘えようと卓斗は思った。
――他国の都の者も帰り、副都にようやく静けさが戻ってきた。賑わっていた食堂も、お風呂も副都の人間だけだと広く感じる。
「はぁ……疲れたぁ……」
机に上体を預けて、疲労感に襲われる卓斗が溜め息を零した。不本意な形とは言え、優勝を果たし、副都のメンバーのテンションは、卓斗を置いてけぼりにして上がっていく一方だ。
「お疲れ様、卓斗くん」
「おぉ、三葉……四都祭ってこんなに疲れんのな……」
「卓斗くんは、予選と本選に出たからね。でも、本当に優勝するなんて、凄いね!! 私も、ちゃんと応援してたからね。セラちゃんとアカサキさんと一緒に」
三葉の笑顔を見て、疲れが吹き飛ぶ感覚を得る卓斗。体の体温が少し上がった様にも感じた。
「ん? どうかした? 私の顔に、何か付いてる?」
「いや、何もない。応援してくれて、ありがとうな」
教室には、全員が集まっていて、優勝を祝っている。主役とも言える卓斗は、隅の方でぐったりしていた所に三葉が歩み寄ったのだ。
この世界に来て、三葉とは一番長く一緒に居る仲だ。卓斗の気持ちには、確かに『恋』の気持ちが芽生え始めていた。
本選の前日の夜、三葉が心配して掛けてくれた言葉、楽しそうにしている時の笑顔、見ているだけで、声を聞くだけで癒される感覚。
一緒に居たい、隣に居たい、特別になりたい、そう思っている卓斗は、完全に三葉に対して、恋心を抱いている。
だが、告白する勇気は全く無い。
「――なぁ、三葉」
「ん?」
「絶対に、一緒に日本に帰ろうな。この世界を救って、笑顔で帰ろ。もちろん、三葉の事もちゃんと守るから」
それは、かなり遠回しの告白とも言える言葉だった。この言葉には、ずっと一緒に居よう、隣に居て守ってやる、という意味が込められているが、恋愛に疎い三葉には解読出来ず、
「うん!! 皆で、一緒に帰ろうね!!」
この様子だと、自分が勇気を出さない限り、気持ちは伝わらないだろうと、悟った卓斗だった。それでも、この弾ける笑顔を見れば、許せてしまう。
「俺が、頑張るか……」
――と、言ったものの、何の勇気も出せないまま、更に三ヶ月の月日が経ってしまったのだった。
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