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お兄ちゃんの話・第四十二話《欲しい言葉》からの分岐

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閑話があるので一話ズレているように見えますが、本編としては四十二話です。

こちらはJ.GARDEN51(22年春庭)にて無料配布として出していました。
(余った分は今回の秋庭でも……)
あの時お手に取っていただいた方々、ありがとうございました。


――――――――――

「おい、カーライル! ちょっと待てって、カール!!」

 健翔けんとがぽろっと零した昔の彼女の存在――それを聞いたカールは問答無用で俺を抱き上げて、その場から移動し始めた。
 廊下に出ても降ろしてもらえず、俺の言葉だって無視される。
 狼獣人に限らず獣人全体がつがいに対しての執着が強い。俺だってカールに過去の恋人がいたら少しはモヤっとすると思う。しかし……

(そうは言っても、あの時はこっちのことを覚えていなかったんだから仕方ねぇだろうが!!)

 このオーベルシュハルトで生まれた、レオルカ・グロリオ・オーベルシュハルトは一度死んだ。この男――カーライルの手にって……というと中々にヘビーだが、事実だから仕方ない。
 なんにも知らないレオルカと言う青年は、番であるカーライルに腹のど真ん中に風穴を開けられて失意の内に命を落とした。
 まぁ生きてるけど。
 この国の王族にだけ起きる奇跡――一度だけの死に戻りによって、別の世界の日本という国で片桐かたぎり しゅうとして生まれ変わった。
 優しい両親とそれなりに可愛いと思える弟に囲まれて、大学を卒業してさぁ次は就職だというタイミングで思い出したんだ。
 俺がオーベルシュハルトの王だと言うこと。
 光る魔法陣(この世界に魔法はないが、イメージとしてはそうとしか言えない)が現れて、それに触って全部を思い出して、混乱する前にオーベルシュハルトへと戻ってきた。
 腹に開いた風穴は勿論無い状態で。ついでに獣人特有の獣の耳と尻尾も復活して……

(この尻尾、死んだ後にカールが切り取って奪っていったとか聞いたな)

 俺の死を証明する物が必要だったと一連のドタバタの中で教えてもらったけど、そうなる前に一言でも言って欲しかった。

(要らん苦労までしてさ……ほんと、カールって馬鹿だよなぁ)

 カールにそう言われたら「わかった、じゃあ一回死んでくるね!」と笑顔で言ってしまうくらい、昔の俺も馬鹿だった。
 世間知らずで番に盲目的だったのかもしれない。
 小さい時に出会って、お互いに番だと一発でわかり合って、それからずっと一緒にいたのに、カーライルとセルトの抱えている問題に一つも気付いていなかった。

(死んで、戻って、ようやくわかったことはあるけど……)

 言葉遣いや性格がちょっと悪くなったのはご愛敬。カールも別に気にしていないから、執事のダミアンが言う小言なんて受け流す。
 それよりも得たもののほうが大きいんだ。
 なんてことを考えていたら、見覚えのある俺の部屋へと戻ってきていた。
 そのままベッドへと直進したカールがそこに俺を降ろしてくれる。見上げようとした顔は何故かそのまま下がっていき、俺が見下ろせる位置で止まった。

「カール……?」
「すまなかった。お前に辛い思いをさせて、痛い思いをさせて、苦しい思いをさせた。本当はもっと早く謝りたかったんだが……」

 再会してからそんな時間が取れなかったのは俺にもわかる。
 流石にアウェイの環境で国の一大事の話をするなんて出来ないから、オーベルシュハルトに戻ってからになったのは仕方ない。
 多少の今更感なんて言ったところでどうしようもないんだ。
 むしろ俺もこいつも、生きてここにいられることに感謝しかない。
 お互いにこんなドタバタで死ぬようなタマじゃないけれど、こいつの場合は全部終わらせたらサックリ自決していた可能性がある。
 実際に「自分のことは死んだと思え」なんて意味で、自分の尻尾を送りつけてきた。
 勿論、その尻尾は自分で切っている。現代日本ではそうそうぶち当たらない、指詰めみたいな話だ。
 だから、間に合って本当に良かった。

「カール、俺……そりゃ死ぬ直前はショックだったよ。なんで? どうして? って思った。でもまっさらな状態になって片桐鷲として生きれてさ、逆に良かったと思えるんだ」
「レオルカ?」
「うん。……俺さ、こっちだと母上が早くに死んじまっただろ? 父上も忙しかったし、晩年は寝たきりだったし……ティグレたちには可愛がってもらえたけど、親の愛情とかそういうのは知らなくて……向こうでやっと〝こういうことか〟って理解出来た」

 本当に一般的な中流家庭。
 住んでるところだって都会とも言い切れない、けれどまぁまぁ利便性の高いエリアの一軒家。向こうの父親はサラリーマンで、向こうの母親はパートタイマーで働いていた。
 多分、日本ではありふれた家族の形だろう。

「親父と一緒に風呂に入ったり、健翔と食べるおかずの量で競ったり、熱を出した時には夜通しおふくろに看病されたりさ……なんかそういう、レオルカとして生きていた時には味わえなかったこと、いっぱいしてきた。してもらってきた」

 祖父母って存在も、こっちにはいない。
 母上は元は他国の下働きで、口減らしのために売られたと聞いた。
 父上の更に上と言えばこの国の先々代の王だけれど、父上が成人した時には五十を超えていた。その上で、父上が母上に出会うまでに時間が掛かったから、祖父母は俺が生まれる前に寿命を迎えている。

(そう考えると結構うちの直系って晩婚なんだよな)

 番という一生の内に一人しか出会えない存在を探してしまう獣人の性さがとも言えるけれど、王という椅子に座るせいで番探しなんて早々に出来ないからもあるだろう。
 俺はたまたま早い内にカーライルと出会えた。
 その代わりにずっと、心で思っていたことがある。

「言わなかったけど、俺ずっと不安だったんだよ。カールには親がいないだろう? セルトって弟はいるけど、あいつだっていつか番を見つけて独り立ちする。その時に家族を増やしてあげたいって思う気持ちと、俺なんかがちゃんと育てられるのかって気持ちと……」

 俺を育て上げたダミアンって育児のエキスパートはいるけど、出来れば自分の手で育てたかった。愛情をもって育ててあげたかった。
 でも俺には親の愛情がわからない。カールも多分、わからない。
 そんな俺らが子供と向き合えるのか不安だった。

「全部を出来るかはわからない。でも、多少は愛情ってやつを繋いでいけると思ったんだ。だから俺、やっぱり向こうで暮らせて良かったよ。……あー、まぁその、記憶がなかったんで恋人云々のことは聞かなかったことにしてください」

 それなりにモテていたのは自覚している。請われるがままに付き合って、それっぽいイベントは一緒に過ごしたし、ヤることもまぁヤっていた。
 でもずっと〝違う〟〝この人じゃない〟と思っていた。心のピースが嵌まらない感覚でなんとなく付き合っていれば、そりゃ「別れましょう」と切り出される。
 健翔は知らないけど、大学生活の後半あたりじゃ告白されても最初から断っていたくらいだった。

「必要だったんだよ、俺たちには。……色々としんどかったけどさ」

 日本よりも神様が身近なオーベルシュハルトなら、あり得ないことではない。何せ死に戻りがあるから、そんなことは嘘だ詭弁だと一蹴することは不可能だ。

「愛しているよ、カーライル。だからあまり気に病まないでくれ」
「……レオルカ。俺も愛している」

 自然とお互いの唇がそっと触れあった。
 その時、心のピースがカチリと音を立てて嵌まったことは、きっと俺にしかわからない。


――――――――――

お兄ちゃんとしてはこうですが、この後の四十七話ではカールさん「戻るつもりはない」です。
おい!! って感じです。
でもなんというか、カーライルさんはそういうところがある。
これはこれ、それはそれ……みたいな。
お兄ちゃんに許されてそこだけスッキリした! もう思い残すことはない! みたいな。
カーライルさん……酷いな(笑)
でもこの人はそういうところがあります。それは確かです。

お読み頂きありがとうございます。
番外編(健翔とセルトの旅行編)が書けるのは……いつだろう。(おい)
気長にお待ちくださいませ。
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