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欲しい言葉

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『んで? 好きか嫌いかもわからん状態でセックスしたのか、お前は』

 ドナドナ先はドアで区切られた隣の部屋。両肩に手を置かれて逃げられない体勢になってからそう聞かれた。顔を逸らすことも出来ない状態で、答えはイエスかノーかしかない状況。

『これ、イエスって答えたらビッチじゃない?』
『ビッチとは思わないがバカだとは思う。俺から見てもお前はあいつに懐いていたし、それなりに好きなんだと思っていたんだが違ったのか?』
『うーん……』

 懐いてはいるよ。行き倒れを助けてくれるなんてそれだけで好感度爆上がりじゃん。ついでに無愛想だけどイケメン枠だし。いや、この世界で会ってる人イケメン美女のオンパレードか(兄貴は除く。多分その枠にいるけど)……あ、でもアデラールさんはイケメン度合いが低かったかも。元気かなぁ、そろそろ帰ってくると思うんだけど……

『ぁイタっ!』
『余計なこと考えてんじゃねぇよ。はぁ。……何がネックなんだ? 金はそれなりに持ってるし、実家も太い。ティグレはあんなんだけど可愛がってもらえるぞ? セルトに何かあったとしても食いっぱぐれることはないから将来は安泰だ』
『俺がそれでセルトさんを選んだら、とんだクソヤローだよ!!』
『セックスが下手くそだったか? まぁそれは童貞同士なんだから許してやれよ』
『あれで下手だったの?! ちゃんと気持ちよかったのに!!』

 あ、余計なこと言った。「へぇ?」ってめっちゃ悪い顔で笑ってる。セルトさんごめん。多分、後々それで弄られると思います。逃げてください。

(でも……そっか。セルトさん初めてだったんだ。ふーん。初めて……俺が……)

 この二年間はどうかわからないけど、兄貴の知ってる間では誰かと付き合ったりとか、そういうお店に行くとか、なかったんだって。そんな人が急に方向転換することもなさそうだし、多分初めてだったんだろうな。キス、あんなに慣れてる風なのに俺が初めてとか……ちょっと嬉しい、かも。

『んな顔してんだから、やっぱりセルトのこと好きなんだろ?』
『……番だから大事にしてくれるけど、でもそれって俺が番じゃなければ興味無かったって話にならない? セルトさんは俺じゃなくても良いのかもって、どうしても思っちゃうんだよね……好きとか言われたことないし』

 番って存在だから好き、なんだとしたら俺じゃなくても良いんだよ。もちろん、神様が指定しているんだから「間違いでした」とはならないと思うけどさ。特別な匂いっていうのも感じられるし、番なのはわかってる。わかってるけど……

『オメガバースでベータからオメガに性転換しちゃった受けがさ、運命の番に出会っても信じられなくてすれ違うとかあるじゃん……それと同じとは言わないけど、なんか信じられないんだよ』

 信じられないのにエッチしちゃったとか、もうダメダメですね! 知ってる!! いやその前からチュッチュしてたんだけど……あれ? 俺ってこう考えるとビッチじゃない? セルトさんどう思ったんだろ。だってお水飲ませるところは仕方ないとしても、その後は俺からキス強請ったもんね。うわぁ……痴漢じゃん。

『あー……うん。なんかわかった。しんどかったな』

 そうと言われて背中ポンポンされてしまった。あ、やばい。泣きそう。やっぱり獣人同士だと暗黙の了解というか、お互いにわかり合う部分はあるんだって。それは否定しないよ? でもやっぱりさ……〝番〟だから必要なんじゃなくて、〝俺〟だから必要なんだって、言って欲しいと思うのは我が儘なのかな……あー、本当に面倒くさい思考になってる!!

『おっし。ちょっと待ってろ』

 鼻をスンスンしてたら、兄貴がそう言ってドアを開けてしまう。そのままズカズカとセルトさんのところに行って、〝バキッ〟……あの、それする流れだった? 今そういう流れだった?? さっきからセルトさん叩かれすぎじゃない??
 そのまま何かを言われたらしく、今度はバタバタって足音を立てながらセルトさんが近付いてきて、そのまま俺の前に跪いた。

『あの……』
「すまなかった!」

 開口一番でそう叫んで、頭まで下げちゃうからつむじしか見えない。あ、セルトさんのつむじって二つだ。えーっとどうしたら? と向こうを見たら、兄貴がサムズアップしてた。

「しっかりと気持ちを伝えていないと、陛下に言われて気付いた。確かに最初は番だから気になっていたし、世話もしていた。だがそれはすぐ、ケント自身への好意へと変わったんだ……しっかりしているのに突拍子がなくて、わからない世界でも気丈に立っている姿に惹かれた。笑顔を見れば、みっともなく揺れる尾を制御するのに苦労するほどだった」

 そういえば耳はよく動いていたけど、尻尾ぶんぶんはあんまり見なかったかも。あれ、我慢してたんだ。みっともないなんて思わないけど、狼獣人の矜持とかに関係してくるのかな。

「本当は番なんていらないと思っていた。俺はずっと、一人で生きていくのだと……でもケントと出会って、共に生きたいと思った。離れたくなかった」
『……』
「順番が前後したことは理解している。だが言わせて欲しい。ケント、お前が好きだ」

 最後、俺を好きって言う時だけこっちを見るなんてずるい。めっちゃ真剣な顔で、そんなこと言うなんて……

「な、泣くほど嫌か?!」
『ちが……だって、不安で…………』

 好きって言ってもらえてようやく気付くとか、俺ほんとにバカかも。ずっとネックだったんだ。セルトさんは俺じゃなくても良いのに、俺がセルトさんを好きになることが怖かった。だったら他の理由で一緒にいられれば良かった。
 兄貴やカーライルさんが心配だったのも本当。
 この世界が居心地良かったのも本当。
 でも、セルトさんがいてくれたから……

『俺も、一緒にいたい……好きです。セルトさんが、好き……』

 ようやく気付けた。ようやく言えた。言った途端に涙が止まらなくなった。そんな俺を慎重に抱き寄せてくれたセルトさんに、思いっきり抱きついてグズグズと鼻を鳴らす。恥ずかしい。でも嬉しい。

「あー……これで一件落着か? 言わないセルトも悪いけど、お前だってちゃっちゃと認めとけば良いじゃねぇか。昔ちなみちゃんが好きとか散々言ってただろ」
『幼稚園の頃のこと、今更持ち出さないでくれない?!』
「そんだけセルトに本気だったのかもしれねぇけどよぉ……バカだろ?」
『俺は兄貴みたいにモテモテじゃないし、彼女をとっかえひっかえしてないんですぅ!!』
「あ、おま、それ言うんじゃねぇよ!!」

 セルトさんにひっつきながらそんなことをギャンギャン言い合っていたら、グインと視界が高くなった。あれ? なんで抱っこされてるんだろう?

「カーライル」
「ん? どうしたセルト」
「陛下はあちらで恋人が途切れたことがないそうだ」
「……ほぉ?」
「あ、セルトてめぇ余計なこと言うんじゃ……うぉあ?!」

 カーライルさんが兄貴のことを俵抱きにして、奇しくも俺と同じ体勢。兄貴はジタバタしてるけどね。その振動をモノともしていないカーライルさんって凄いなぁ。俺はジタバタするだけの元気はないです。

「「詳しいことは、この後しっかりと聞かせてくれ」」

 わぉ。息がぴったり。……でも兄貴は別として、俺が話せることなんて何もないんだけど。
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