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バイトしますよ、賄い付きなら③

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「ひゃっ」
「よー、一花。夏休み中なのに学校に来るなんて真面目だな」
「流歌」
「これやるよ」
「ありがとう」
「そんで、何描くか決まったのか?」
「まだ……」
「珍しいな。スランプか」
「そんなところ」

 雑談しながら流歌が持って来たペットボトルの蓋を回した。プシュと音がして透明な泡が立ち上る。
 グッと飲み込むと、爽やかで甘いサイダーの味がした。
 流歌は一花の隣に座ると、自分の絵のセッティングを始めた。本日は前髪を上でまとめて大きいリボンのヘアゴムでくくっている。相変わらずどうかしている髪型だ。初めの頃はいちいちツッコミを入れていたが、もう慣れてしまっていちいち言及しなくなっている。

「流歌はどう?」
「下塗り終わったから、これから塗ってくとこ」
「早いね」
「まあ、早けりゃいいってもんじゃないと思うけどな」
「遅すぎるよりいいよ。私なんてこのままだと何も描けない。ヤバい」
「大丈夫だって、そういうアイデアは、ある日突然ポーンと振って来るもんだから」
「そうかなぁ」

 流歌はあっけらかんと言うが一花にはそうは思えない。どんどんと準備する流歌を眺めながら、一花は焦りを感じた。置いていかれる。

「ねえ流歌。私ってさぁ……才能ないと思うんだよね」
「んなことねえよ」
 「なんでそう思うのよ」
 あっさりと否定して来る流歌に一花は問いかけた。
「だって俺、一花の絵好きだから」
「事あるごとにそれ言って来るわね……じゃあ聞くけど、私の絵のどんなとこが好きなの」
「え、決まってんじゃん。優しいところ」
 
 一花の質問に流歌は即答した。道具を並べる手を止めてこちらを見て来る。

「一花の絵のタッチはさ、柔らかいよな。そんで出来上がった絵は優しい。俺には出せない味があっていいなと思うよ」
「私はオリジナリティ溢れる絵が描ける流歌が羨ましいんだけど」
「そこは人それぞれの持ち味があるだろ。今描けないんなら、それはお前の心が絵に集中できてないんじゃないか? 他に気になることがあるとかさぁ。それならそっちをなんとかすんのが先なんじゃないかなと、俺は思うわけだ」

 的を射た発言にどきりとする。なぜ流歌は、一言も話していないはずの事情を知っているのだろうか。エスパーか?
 一花は立ち上がった。画材一式をカバンに詰めなおし、まだ来て一時間も経ってないが帰る準備を始める。

「帰るのか?」
「どっかでネタ探して来る」
「そっか。なあ一花。あんまり思い詰めるなよ」
 
 流歌は言って一花を見つめた。

「お前の絵、俺は好きだからさ。そのうちいいもの描けるって」
「…………」
「何かあったら言ってくれよ、俺、なんでも手伝うから。どうせ夏休み暇だし」
「ありがとう」
「とりあえずアレだ。カラオケでも行く?」
「行かないわ」

 一花はそれだけ言うと絵画組成室を後にする。外に出ると、ひりついた熱波が押し寄せる。持っていた日傘を差して、駅を目指した。
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