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バイトしますよ、賄い付きなら①

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 夢を見た。
 これは小学二年生くらいの時だ。
 一花は父の帰りを今か今かと待ちわびていて、そわそわと玄関のドアばかりを見つめていた。
 鍵が差し込まれ、ガチャリと扉が開く音。
 一花はリビングテーブルから勢いよく降りると、廊下に飛び出した。

「お父さん、お帰りなさい!」
「ただいま、一花」
「ねえ見て見て、お父さん! ジャーン!」
「お、それは何だい?」
「表彰状!」

 一花が自慢げに見せたのは、一枚の表彰状だった。

「市のコンクールでね、私が学校で描いた絵が選ばれて表彰されたの!」
「それはすごいな!」
「市役所に飾られるんだって!」

 一花は胸をそらせて父に言う。父はとても嬉しそうに目を細めて一花を眺めた。

「一花は絵の才能があるんだな」
「本当?」
「本当だよ。表彰なんて、誰にでもされる事じゃない」
「へへへー」
「一花は幼稚園の頃から絵が上手かったもんな。父さんは絵心が無いから、羨ましいよ」
「ふふふん」

 一花はこの時、自分の才能を疑っていなかった。だって皆が一花の絵を褒めてくれる。
「いっちゃんは凄いな」「羨ましい」「私も絵が上手くなりたいなー」などと教室で言われる事も多かった。
 だから 一花は、自分には特別な力があると思い込んでいたのだ。
 父は表彰状を取り上げて、言った。

「じゃあこれは、額に入れて飾っておこう」
「うん」
「表彰を記念して、またあの店にでも行こうか!」
「うん! ビーフシチュー食べるんだぁ!」
「父さんは今度はロールキャベツにしようかな」
「それもいいね、美味しそう!」

 父の持つ表彰状に書かれた自分の名前が誇らしい。「南野 一花」。リビングで母が呼ぶ声がした。

「一花、お父さん帰ってきたばかりなんだから、あんまりつきまとっちゃダメよ」
「はあーい」

 父と一緒にリビングへと戻った。

「明日は土曜日だ。吉祥寺に額縁買いに行って、あの店に行こう」
「うん!」
「いいわねえ」

 親子三人の、楽しい声がリビングに響いた。
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